――血を撒き散らして――
楽しかった。自分でもわかるくらい気が高ぶっていた。
俺の中心で何かが燃えるのが感じ取れる。それは生命の燃焼。生命エネルギーたる念の使い手だからこそ分かる魂の咆哮。
全力疾走の後に心臓の高鳴りを感じるように、時に血流の音すら耳にできるように、命の際だからこそ生命の鼓動を理解する。
ヘルマンとの『戦うための戦い』では感じられない感覚。『殺すための戦い』だからこそのギリギリのスリル。
ああ、楽しい!!
そんな得難い時間に水を差したのはフィオだった。
視界の端に彼女が入るのを捉える。距離にして二十メートル弱。それは合図。
長年共に過ごし、時に共闘した仲間との合図。『撃つから勝手に合わせなさい』。そう言葉にせずフィオは言っているのだ。
(……チッ。分かったよ)
瞬時に俺は『円』を展開した。
『円』
それは『纏』と『練』の応用技法。
自分の周囲にオーラを広げ、その範囲内にあるものを知覚する術。
H×H原作内においてはノブナガ、ゼノ、ネフェルピトーの『円』が印象的だろう。
ノブナガは半径四メートル。ゼノ・ゾルディックは三百メートル。ネフェルピトーに至っては数キロもの『円』を展開したが、実際『念』を手にした俺から見れば、三者の『円』の最大半径の差は実力ゆえに出来たものではないと分かる。
その差は偏に『役割』ゆえ。索敵を他の旅団に任せられるノブナガにしてみれば『円』の最大半径を自分の間合い以上に広げる意味などないだろう。逃げる標的を追う仕事もあるゼノにしてみれば数十メートルの『円』では修得する意味がない。外敵の警戒を任せられたピトーが必要とする『円』の最大半径はさらに広い。
ならば俺はどうか。
俺の『円』の展開可能距離は半径三十メートル。はっきりいって広げようと思えばさらに広げることも出来た。強化系の俺にとって『纏』と『練』の応用技は修得が容易なこともあり、この距離まで至ったのは数年も前のこととなればなおさらに。
しかし俺はそれ以上円を広げようとはしなかった。俺の役割は、俺にとっての『円』の必要状況は、追跡のためでもなければ警戒のためでもないのだから。
俺にとっての『円』の意味。それは連携の知覚のため。
見えない位置から繰り出される仲間の攻撃を正確に知覚し、即座に対応するためなのだから。
背後へ伸びた俺の『円』がフィオを包む。
『そこに誰かが居る』なんてことしか分からなかったのはかつてのこと。範囲を広げるかわりに精度を高めるための修行をしてきた俺の『円』は、最早唇の動きを、空気の震えを、どんな呪文が発動するのか、視線を向けるまでもなく『視る』ことが出来る。
フードを被っていることにより生まれた死角、頭上から振り下ろされるチャチャゼロの剣を一瞥することも無く掴み取る。
正面のエヴァンジェリンが驚愕に目を見開くがそれも当然だろう。オーラの見えない俺以外の人間にとって、今の俺の動きは云わば狂気の所業。実力的には格上のチャチャゼロの、それも命に確実に届く攻撃に対して視線もむけずに対処しきったのだから。己の命を度外視した行動に映ったことだろう。
そのまま俺はエヴァンジェリンへと肉薄。チャチャゼロを
大気の層を蹴っての虚空瞬動。迎撃しようと爪を振るったエヴァンジェリンの攻撃を無視し上空へと跳んだ。
瞬間、爆炎がエヴァンジェリンを襲った。
(さぁ、俺の
――炎に巻かれて――
楽しかった。十五年ぶりの解放とともに味わう戦闘は、血も通わないはずのチャチャゼロの心を昂ぶらせていた。
徐々に平和ボケしていく御主人様をからかうより時も、咸卦法の修得のために『別荘』へと入り浸っていた高畑を嬲っていた時よりも、かのサウザンドマスターを追っていた時よりも、幾倍も楽しかった。
やはりこの身は殺戮のための人形。そう自覚できる程にアイカへと剣を振り下ろすことは楽しかった。確実に
しかしそんな時にも終わりが来る。アイカの仲間、フィオが介入する機を伺う姿が、否応もなく目の前のアイカだけに向けたい注意を散漫とさせる。
もっとも決闘などというわけでもない戦いなのだから卑怯だなどというつもりもないが。そもそもこちらは二人がかりでアイカを襲っているのだし。
フィオが詠唱に入る。小声で唱えているのだろう、チャチャゼロのいる位置までは聞こえないが、しかし魔法による奇襲は心配していなかった。
それも当然。アイカがチャチャゼロらと近接戦闘を続けている以上、フィオは魔法を撃てはしない。仲間を巻き込まない程度の魔法ならば真祖たるエヴァンジェリンの魔法障壁を貫くことなど出来ないし、エヴァンジェリンにダメージを与えるほどの魔法ならば、アイカを巻き込まずにはいられない。
ゆえに奇襲はあり得ない。アイカへなんらかの合図を送ってこない限りは。
そして力を取り戻したエヴァンジェリンならばその合図を見逃すはずがない。たとえ念話による合図だったとしても、魔力の動きがある以上察知は出来る。チャチャゼロもそれを信頼し、
結果、驚愕することになる。
目も眩まんばかりの閃光。六百年間
(ア、アリ得ネェ! 味方ヲ考エネェ大魔法ナンザ、ウチノ御主人ダッテシネェゾ!!)
広域魔法を撃つからには前衛を下がらせることは定石。それは人形を従者とするエヴァンジェリンも、自ら悪の魔法使いを自称する彼女ですらも守る鉄則。その思考の死角を突かれた。
(アイツハギリデ避ケタミテェダガ、前衛ガ前衛ナラ後衛モ後衛ダ! イカレテヤガルッ!)
炎が晴れる。ギリギリで耐えきる。
これが封印状態のエヴァンジェリンならば不死性ごと殺しつくされていただろう。それほどのダメージ。従者たるチャチャゼロも満身創痍という有様だった。
(ダガ、耐エキッタゼ。ケケケ。次ハテメェラガ殺サレル番ダナァ。――――ッ!?)
今にも溶け落ちそうな愛剣を握り直し、チャチャゼロがフィオへと飛ぼうとした刹那、上空から巨大なプレッシャーが降り注ぐ。
跳ね上げるように頭を上げ目を向ければ、おそらく退避がギリギリだったのだろう片足を焼かれたアイカが睥睨していた。
(……ナンダ、アレハ?)
アイカは片手に黒皮の手帳を手にしていた。どこか懐かしさを覚えるスタイル。赤髪の男を幻視させる佇まい。
しかしそれ以上に目を引くのは、彼女が今にも撃ちだそうと展開している魔法の矢。その数軽く千以上。
(アリエネェ……。アレハ本当ニサギタマギカカ? イヤ、ソレ以外ニアノ数ハアリエネェガ、)
アレはヤバい。そうチャチャゼロは感じ取る。かつてエヴァンジェリンが一介の吸血鬼だった時代、まだ闇の福音と呼ばれてはいなかった時代に幾度となく感じた破滅の予感。それをフィオの炎よりも強く感じていた。
『チャチャゼロ』
エヴァンジェリンも一瞬で看破したのだろう。アイカの魔法が通常のそれとは一線を画すものであることを。
それゆえの念話。このような声など誰にも聞かせられないから。
そしてエヴァンジェリンは続けた。
『……頼む』
「キャハ!!!」
歓喜の声を上げる。御主人様の言葉に人形の身がギシギシと疼く。
瞬間、射出されたアイカの魔法の矢からエヴァンジェリンを庇うように、チャチャゼロはその身を躍り出した。
魔法の矢を撃ち落とす。十と撃てずに愛剣が砕け散る。
(久シブリジャネェカ御主人。ソノセリフヲ言ウノハヨォ!)
エヴァンジェリンへと向かう矢を腕で止める。軋み、曲がり、弾け飛ぶ。
(ソウサ、俺ハソノタメニ作ラレタ。御主人ノ敵ヲ刻ムタメニ。御主人ヘ向カウ敵ヲ止メルタメニ)
腕が無くなれば足を使う。どんな技法を使ったのか、上級魔法に匹敵する威力を持った魔法の矢にはそう持たない。
(壊レヨウガ砕ケヨウガ御主人ガ生キル限リ俺ハ死ナネェ。ダッタラヤル事ハ一ツシカネェ)
背後ではエヴァンジェリンがすでに詠唱に入っている。唱えるは彼女の究極。分子運動すら停止する絶対零度を生み出す『えいえんのひょうが』。
(従者ヲ捨テ駒ニスルノハ悪カ? 違ェヨナァ。何ガ何デモ勝利シテコソ『悪』ダロォガ)
左眼に着弾。顔の半分が持っていかれるが、それでもチャチャゼロは止まらない。
(テメェラノ連携ハ見事ダッタゼ。ダガ、勝ツノハ御主人ダ)
目は背けない。極彩色の弾幕を、いささかも恐れずに身に受け続ける。百度、千度滅ぼされようと、エヴァンジェリンさえ守りきれば勝利なのだから。最弱の時代、幾度となくもぎ取ってきた勝利と同じなのだから。
(勝ツノハ御主人。勝ツノハ俺タチ。勝ツノハ
弾幕が終わる。既にチャチャゼロはボロボロで、最早首を動かすことすら出来ないが、それでも耐えきった。エヴァンジェリンを守りきった。
しかし、
(イネェ……ダトォ!?)
晴れた視界にアイカはいない。上空から見下ろしていたはずのアイカは、そこから消え失せていた。
『カッコよかったぜ、チャチャゼロ。だが、勝つのは俺たちだ』
不意の念話。敵のはずのアイカから送られてきた念話に、その魔力の出どころを探れば、
「御主人ッ!! 後ロダァ!!」
チャチャゼロ同様アイカを見失っていたエヴァンジェリンの背後で、彼女に手帳を向けるアイカがいた。
チャチャゼロはエヴァLSのメイン盾 そんな29話 まるでアイカが悪役みたい
ちょろっと雑記
作中でも出ましたが、『円』に関して
たまに『ノブナガって弱いんじゃね? 円で半径四メートルってww』てな感じの発言を某掲示板なんかで見かけますが、
2Pカラーはそれは違うんじゃと思ってます
むしろ戦闘要員のノブナガが数百メートルの円を使ってたら、その修行する時間を他の能力鍛えるために使えよってなりませんかね
アイカも同様です
現状では円の最大範囲は半径三十メートルですが、これ以上にはなりません
『あれば便利』程度の能力よりも他を伸ばさせるつもりですので
索敵ならば14話で出たヘルマンの使い魔使役術やフィオえもんがいますしね
修正)エヴァの詠唱中の魔法を『おわるせかい』から『えいえんのひょうが』に変更しました
スクナにぶっ放したアレ、一つの魔法じゃなかったんですね
凍らせた後で粉砕用の魔法を重ねていたとは