――女子中等部学園長室――
「それでは説明をしてくれるかの?」
そう言ったのはどこか表情が翳っているぬらりひょん。エヴァンジェリンに血を吸わせ、フィオが結界を解除したと思ったら即座に連行されました。千雨はフィオが転移で逃がしていたし、封印の解けたエヴァンジェリンは魔法先生らに要請された同行を突っぱねたため、ここにいるのは俺とフィオだけだが。
そんな俺たちを取り囲むように立っているのは数名の魔法先生。おそらく麻帆良でも上の立場にある者だけが集められたのだろう。ちらほらと『原作』でも見た顔がいるし。デスメガネとか眼鏡の教授っぽい人とか色黒眼鏡とかヒゲグラとか眼鏡女剣士とか。眼鏡率高!?
とまぁ思考を横にそれてばかりもいられないか。なんだか睨んできてるのもいるし。色黒とかシスターとか。
「説明って言われてもね。何の説明をすればいいのやら」
「何が起きたのか、じゃよ。こちらが受けた報告によると、エヴァンジェリンと戦闘を行ったと?」
とりあえず頷く。というか俺の状態を見れば一目瞭然だろうに。有無を言わせず連れて来られたせいで未だに俺はボロボロだ。肉体の傷はあらかた治ったが、血の汚れは落ちてないし、服も再生なんてしない。袖は両方とも吹っ飛んでるし、腹のところには穴もある。靴なんて片方燃え尽きちまったしな。
「何故じゃ? 理由があるとも思えんが」
(何故、ねぇ。何故エヴァンジェリンに喧嘩を売ったのか、か)
そう言われてもこれといった理由などない。強いて言うなら『最強』とはどんなものなのか味わってみたかった。今の俺がどの程度強いのか、どの程度『最強』に通用するのかを知りたかった。そんなところか。
もちろんそれだけというわけではないが。俺のアーティファクト『如意羽衣』のレベルアップを図りたいということもある。体感ではあるが、強者を観察し、変化できる対象を増やすごとに変化の幅そのものが広がるように感じるのだ。『如意羽衣』の使い方を掴めるようになる感じとでも言えばいいのかな。
後はやっぱり、十五年もの間あのクソ赤毛に縛られ続けていたエヴァンジェリンへの同情もあるのかもしれないが。
しかしなんと答えるべきか。下手な回答はお説教コースな予感がするが。
(ま、こういう時はフィオえもんに頼みますか)
と、俺がフィオへと視線を向ければ、以心伝心といったところかフィオは一瞬嫌そうに眉をひそめるが、
「別に話してしまってもいいと思うけれどね」
何を? そう思うが言葉にはしない。
「ふむ。言いにくいことなのかね?」
「その前にこちらからも一つ質問を。ここにいる先生方は信用してもいいのね?」
ピクリと教師陣の表情が動く。それは信用できるものにしか明かせない理由というものが裏にあると感じたが故か、暗に信用できそうもないと言われたように感じるからか、それとも学園長へのタメ口を不敬に思ったか。まぁ最後のはなさそうだが。
「うむ。彼らは信頼に足る先生方じゃよ」
「そう。なら聞いているかしら? ナギ・スプリングフィールドは生きていたということも」
ざわりと空気が動いた。すぐさま学園長が制したが。
「一応高畑君から聞いておる。未確認な物かつ表に出れば騒ぎになることが確実な情報じゃったから皆には知らせられんかったが」
「そうね。騒ぎになることは確実。だからアイカも話していいか迷ったのよ」
フィオの言葉を合図に俺に視線が集まるが、見られても正直困る。そもそもエヴァの封印を解いた理由を聞かれてたのに赤毛生存説を出した意味すら分からないし。
「少なくとも十年前に死亡したとされる情報は間違い。アイカが魔法世界で会っているのだし。何年前のことだったかしら?」
「あーっと。七年? いや六年前か? そんくらい」
「その時に話したらしいわよ。兄への言伝、自身の杖のこと、そして旧世界極東に自分が封じた吸血鬼のこと。他にもいくつか」
「むう……」
最後のは学園長の声だった。俺には未だに分からなかったが、どうやら今のフィオの説明で解決らしい。
というか、と俺は念話を開く。
『なぁ、フィオ? 俺別に赤毛とおしゃべりなんてしてないんだけど』
『いいから合わせなさい。責任なんて取りたくないでしょう?』
『そりゃ取りたくないけどさ。今の説明で許されたわけ?』
『許す許さないの問題でもないのだけれどね。納得はされるはずよ。追及もないでしょうね』
と、それまで悩むような表情をしていた学園長が顔を上げた。
「つまりはナギが……」
「ええ。自分が呪いで縛った
(おお。そう繋げるのか)
「かのサウザンドマスターがそれが正しいと言ったのよ。
表情はいつも通りだというのに、フィオがとてもいい笑顔に見えるのは何故なのだろうね。俺にはフィオがとても生き生きしているように見えた。
「闇の福音の解放。それが正しいことなのかどうかは分からないわ。個人的な意見を言わせてもらえれば、アイカも私も間違っているのではと思っていたもの。だから一度は戦闘に入ってしまった」
「ふむ」
「でも、間近で闇の福音を感じたアイカはサウザンドマスターの言ったことは間違いではなかったと感じたらしいわ。だから本人の望み通り血を与え、サウザンドマスターの頼みを遂行した。その辺りの機微は凡人たる私には理解できないのだけれど」
どこが凡人なのやら。そう俺は思う。普通の表情をしているはずのフィオが、ニヤニヤと笑っているようにすら見えて。
「闇の福音の解放に関しては、やはり否定的な意見を持つ人の方が多いのでしょうね。でもそのことでアイカを責めるのはお門違いよ。かの大英雄の考えを否定し、彼の頼みを聞いたアイカに責を追わせるなんてこと、
「……確かにナギならばそのようなことを言いかねん。麻帆良にエヴァンジェリンを連れてきたのもナギじゃったしな。じゃが、それは本当に本人じゃったのか?」
「アイカのアーティファクトに関する報告も来ているのでしょう? アイカのアーティファクトの能力は、
筋は通っている、のか? 俺は首を傾げたい衝動に駆られるが、どうやら目の前の先生方の様子を見るにフィオの説明で納得されたらしい。学園長も何も言ってはこなかった。
「説明はこれくらいでいいかしら? いい加減アイカの血を落としてあげたいのだけれど」
「む? そ、そうじゃったな。追って何かを尋ねることがあるやもしれんが、今日のところは帰ってもらって結構じゃ。しかしこのことに関しては――」
「言いふらしたりなどしないわ。はじめに言ったでしょう? アイカもこのことは話すべきではないと考えていたと」
それを最後に俺とフィオは学園長から出た。
なんというか、良くわからないうちに解決したようだ。
そもそも俺に理解できたことなど一つだけ。それは、
(赤毛のネームバリュー、すごかったんだな)
六百万ドルの賞金首を解放しても、『ナギの決めたこと』の一言で納得されるとはね。
まぁいいや。帰って風呂入って何か食おう。ということで
そういや千雨の答えも聞かないとな。
――人気のなくなった学園長室で――
アイカとフィオ、二人からの事情聴取を終え、その場に同席した魔法先生たちとの簡易的な会議も済んだ夕暮れ時、近右衛門は一人その場に残っていた。
頭を悩ますのは言わずもがな、アイカ・スプリングフィールド。
友人でもあり娘婿の戦友でもあり、そして何より魔法世界の英雄であるナギ・スプリングフィールド。彼の娘のことである。
(まさか来日した当日にこのような事件を起こすとはのう)
事件。闇の福音と呼ばれ恐れられるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと戦闘行為を行い、さらには彼女にかけられた呪いを解除してしまったこと。この情報が自分の元まで上がってきた当初、近右衛門は何かの間違いだと思った。当然だろう。何もかもが
(ものの見事にこちらに悪い方にばかり転がったものじゃな)
もしもアイカが動くのが明日以降だったならば、介入することが出来た。おそらくはエヴァンジェリンの封印が解けることも無かっただろう。そう近右衛門は思う。
刹那らとアイカを同室に出来なかったことで、元々用意していたフォロー体制が崩れていた。それを補うため、臨時で魔法先生たちを集めての会議をしていたのだ。
アイカは今更言うまでもなくサウザンドマスターの娘だ。注目度も高く、『戦争の英雄』の娘であるが故に悲しいことだが敵も多い。さらに彼女が二歳の折りに発生した『失踪事件』のこともある。麻帆良はアイカを守るためにも監視を怠るべきではないと考えていた。
(加えて言うならヘルマン殿のことじゃな。臨時会議のために監視要員は減らさざるを得なかったために、どうしてもアイカ君よりヘルマン殿に人員を振ることになってしもうた)
様々な要因が絡み合い生まれたアイカがフリーになる時間。来日直後という、通常ならばありえないタイミング。普通ならばこのような時に派手に動くはずがない。そういった思考の死角を突かれたようなものだ。どのような意図のもとであれ、アイカがエヴァンジェリンの呪いを外すには、このタイミング以外にはなかったとも言える。
(今更言っても後の祭りじゃがな)
もっとも良い方向に転がったこともあった。アイカとフィオの言葉である。
当初はエヴァンジェリンの呪いを外したアイカを詰問するつもりの者もいただろう。十五年もの間、侵入者への対処を行ってきたにもかかわらず、エヴァンジェリンへの風当たりは強い。公正に見ればエヴァンジェリンこそが麻帆良に最も貢献してきた魔法使いであるにもかかわらず、だ。
ゆえにエヴァンジェリンを解放したアイカを責める者もいるだろうと近右衛門は考えていた。正義感の強いガンドルフィーニやシスター・シャークティなどがその筆頭だろう、と。
しかしアイカらを呼んでの事情聴取では誰も口をはさむ者はおらず、アイカらが退室した後も、アイカを責めるような発言をする者はいなかった。
すべては『ナギがアイカにエヴァンジェリンの解放を頼んだ』という一言があったがゆえに。
そもそも誰もが恐れるエヴァンジェリンが麻帆良で学生をやっていけていることも、それがナギが決めたことであるためだ。恐れ、時に嫌悪を表しても、決してエヴァンジェリンへの迫害がなされなかったことは、ナギの意思というものがエヴァンジェリンの背後にあるからだ。
エヴァンジェリンを排斥しようとすれば、それはすなわちナギの意思を否定することになる。大英雄サウザンドマスターが間違っているなどと言えば、『正義』に凝り固まった魔法使いたちのことだ、そう発言したものをこそ排斥するだろう。
(自分自身の『正義』を持っておらん魔法使いが多いことは、本来なら嘆かわしいことなんじゃがの)
とはいえこの場合はそれがプラスに働いた。
元々アイカに対して魔法先生たちが持っていた感情は『期待』だ。次代の英雄候補。謎の失踪事件から帰還した英雄の娘。かならずや
(さてと。物思いに耽るのはこれ位にするかの。やらねばならんことは山積みじゃし)
アイカのこと。フィオのこと。ヘルマンのこと。エヴァンジェリンのこと。加えて魔法先生たちのことも。さらには来月やって来るネギへの対応もより詰める必要があるかもしれない。
まずはエヴァンジェリンのことから始めよう。近右衛門は電話をとった。
(まったく、苦労させられるじゃろうとは思っておったが、何も一日目からこんな思いをさせてくれんでも。ジジイをいじめて楽しいのかのう?)
コール音を聞きながら考える。果たしてエヴァンジェリンはどうするつもりなのか。
呪いは解け、麻帆良から出ることも可能になったエヴァンジェリン。しかし近右衛門はそれを容認することは出来ない。一度は賞金が取り消されたとはいえ、エヴァンジェリンが真祖の吸血鬼である事実は変わらないのだ。
ゆえに世界がエヴァンジェリンを受け入れることはないだろう。エヴァンジェリンが麻帆良の外に出た瞬間、彼女が何もせずともMMが賞金を懸け直し、再び流言飛語が飛び交うだろう。
(そうさせないためにはエヴァンジェリンには麻帆良に留まってもらいたいのじゃが。どうしたもんかのう)
いや、そもそもだ。
(今までこき使った恨みとかで殺されちゃったらどうしよ。ジジイ泣いちゃう)
出来れば出てほしくはないのう。そう後ろ向きに近右衛門は思っていた。
しかし現実は非情である。十三回目のコールの後に、ガチャリと電話の繋がった音がした。
責任は全部親父に取ってもらおうぜ そんな32話 ほのぼのですな
今だから言うけど、変化による性転換を思いついた当初出てきたのは如意羽衣じゃなかったんですよね
ヘルマンとなぐり合ってた頃に考えてたのはもっとギャグよりでした
その名もずばり、AF『バナナムーン』
アイカは今、夢をかなえようとしているのだ!!
火を吹く口! 落雷を呼ぶ角! ドラゴンの牙!
鋼鉄のボディー! 空を舞う翼! 棘の飛ぶ尻尾! ええともうないか!
見よ! バナナムーンによって生まれた『最強アイカ』だ!!
ただし魔法は尻から出る!!
いやぁ如意羽衣を思いついて本当に良かったですね