漢を目指して   作:2Pカラー

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35.五人目

 

 ――帰路――

 

 ツカツカツカとローファーを鳴らして邁進中。こんな時に限って隣を歩いてくれるフィオさんがおりませぬ。

 

「アイカちゃーん」

 

 麻帆良女子中の転入から早一週間。歓迎会やらバトルマニアズからの挑戦やら部活勧誘合戦やらがあり、ようやくお祭り騒ぎ大好き集団(2-A)も落ち着き始めた今日この頃。

 

「ねえねえ、聞こえてますよねー?」

 

 しかし俺の心は落ち着きとは無縁の状態。むしろどうしてこうなったと絶賛混乱中。

 

「もう。無視されると悲しくなっちゃうよー?」

 

 きっかけは分かってる。たまたま今日、普通(・・)に目を合わせてしまったことだ。

 

「折角お友達になれると思ったのになぁ。なんだか泣きそう」

 

 いやいや待て待て。俺は漢の中の漢を目指しているはず。後悔なんて男らしくないんだぜ!

 むしろ立ち向かうべきだろうが! と俺は声の主に向き直る。

 すると彼女(・・)はパァと表情を輝かせるが、

 

「お、おおおおおお化けがなんぼのもんじゃい!」

 

 ………………

 

「もう! お化けって言わないで!」

 

 ヒィィ!! お怒りなせらあられませたんだぜ!?

 

 拝啓フィオレンティーナ様。俺、憑りつかれたっぽいでござる。

 ボスケテェェェェ!!!

 

 

 と、取り乱したぜ。落ちつけぇ俺。こういう時は深呼吸だ。

 フゥーーー!! コォーーーーー!! ヒョォーーーーーーーーーー!!

 うん。大丈夫。大丈夫だって。彼女の顔は『原作』で知ってるだろ? こういう時に原作知識を使わんでどうすんねん。

 ちらりと視線を向ければぷりぷり頬を膨らませてるOBAKE。もとい相坂さよ様。ふよふよ俺の周囲を漂ってらっしゃりまんがな。

 

「大丈夫。これは悪霊じゃない。呪われない。だから平気。絶対平気」

 

 そう繰り返すが震えは止まらない。ぶっちゃけマジで怖ぇ。

 そもそも幽霊とかダメなんだよ俺。妖怪なら平気なんだけど。だってあいつらなら殴れそうじゃん?

 でもお化けは無理。殴ってもすり抜けんだぜ? そんなんどないせいっちゅうねん。

 

「だ・か・ら、悪霊でもないってば。私は相坂さよ。何度も言ってるでしょ?」

 

 ……そりゃ何度も言われたけどさ。大体『原作』の幽霊娘はもっと大人しかっただろ! なんでこんな積極的に話しかけてくるんだよ!

 いやそもそも何で俺にははっきり『視え』ちゃってんの? あれか? 念のせいか?

 ……そういやH×Hじゃ除念=除霊って言われてたよな。

 …………つまり念=霊?

 Oh My God!!

 念能力なんて貰うんじゃなかったZE! HAHAHA!!

 

「もう。また別のこと考えてるのかなぁ。なんとかしたいけど、私じゃ触れないし……って、あれ?」

 

 あれ? なんだかほっぺが冷たいぞ?

 

「さ、触れる」

 

 ヒ!?

 

「ヒィィィィィ!! アーメン! アーメン! アーメン!」

 

「や、やめてアイカちゃん! なんだか綺麗な景色が見えてきちゃう! 気持ち良くなってきちゃう!」

 

「なんまんだぶなんまんだぶ! 仏説摩訶般若波羅蜜多心経!」

 

「だ、だめぇ! 逝っちゃう! 逝っちゃうからぁ!!」

 

「うおおおおおおおおおお!! 逝っけえええええええええ!!!」

 

 虚空に向けて両手を高速で擦り合わせるという奇行を見咎められ、ヘルマンに回収されたのは十数分後のことだった。

 

 

 

 ――女子寮――

 

「アイカにも苦手なものがあったんだな。てっきり怖いモノなんて何もないのかと思ってたけど」

 

 そう笑う千雨は、ヘルマンに届けられてすぐにベッドに潜り込んだアイカを指でつついていた。

 それを中空から見下ろしているのは相坂さよ。死後六十年にわたり麻帆良に住み続ける地縛霊である。

 

「ちちち千雨は怖くねぇのかよ!」

 

「そう言われてもな。全然見えないし。ってかエヴァンジェリンの人形の方がよっぽどホラーだったじゃねぇか」

 

「アレは殴れるじゃねぇか! お化けに打撃は通用しないんだぞ!」

 

「なんで殴れるかどうかが基準なんだよ」

 

「それが全てじゃねぇか! 殺人人形だろうが吸血鬼だろうがドラゴンだろうが悪魔だろうが、殴れるんなら平気なんだよ!」

 

「なんだそりゃ。さっぱり分からん」

 

 そう言って千雨がさよへと視線を向ける。

 しかしやはりと言うべきか、千雨の視線は一所に定まらず、結局さよを見ているわけではないと分かってしまった。

 

 

 相坂さよは本来大人しい性格の少女である。

 生前から存在感が薄く、それは地縛霊となった今も変わらない。

 幽霊となってしまった経緯は最早思い出せないほど昔のことであるが、しかし幽霊を続けてきた六十年、大人しい性格は変わらなかったように思う。

 では何故アイカに対して積極的に出たのかといえば、それはやはりアイカの影響であろう。

 

 それまでどこか斜に構えていた千雨と楽しそうに会話し、クラスから浮いていたエヴァンジェリンと話し、転入から一週間ほどにもかかわらず誰とでも親しげに話すその姿は、さよにはとても羨ましく、そして格好よく見えた。

 友達が欲しい。自分はそう思うだけで何も出来ていなかったというのに。

 

(だから、がんばろうって決めたんだけどな)

 

 積極的になろうと決めた。友達になってくれる人が現れるのを待つなんてやめて、自分から探しに行こうと決めた。

 そしてそんな時だ。アイカと目があったのは。

 彼女は確実にさよを見ていた。だからさよは思わず話しかけたのである。アイカの口元がひくつくのも無視して。

 

(でも、こんなに怖がられちゃった。やっぱり私には無理なのかなぁ)

 

 心が沈んでいく。変わろうと決めた意思が折れかける。

 

 と、そんな時だった。

 部屋の一角に置かれていた水晶球から光が溢れたのは。

 

(え? え? な、なにが起きたの?)

 

 混乱しながらもさよが目を向ければ、いつの間にか現れたのかフィオの姿が。

 さよとは逆に落ち着き払った千雨が声をかけた。

 

「随分早かったな。てっきり数時間はかかるのかと思ってたけど」

 

「幽霊に関する研究は昔やったことがあったのよ。だから今回は以前作った道具を探し出すだけで良かったの」

 

「へぇ。良くあることだったりするのか?」

 

「そうでもないわ。大抵発見と同時に祓われてしまうから会おうと思って会えるものでもないしね」

 

 さよにとっては要領を得ない会話。しかし質問することも出来ない。そもそもさよの言葉はアイカにしか届かないし、そのアイカは毛布にくるまってプルプル震えている。

 なのでフィオと千雨の会話を理解しようと耳を傾けていれば、フィオが取り出したのは木造りの小箱。

 さよも浮かびながらそれを覗き込むように移動すれば、

 

(モノクル?)

 

 小箱の中にあったのは随分と懐かしいもの。

 さよの生前であっても尚古めかしいと思われるだろう片メガネが二つ収まっていた。

 

「これで見えるようになるはずよ。幽霊、アイカ的にはオバケだったかしら?」

 

 え? そんな声をさよは上げた。途端アイカが作っていた毛布饅頭がひどく震えたがさよには気にしている余裕はなった。

 見えるようになる? 何が? 誰が?

 

 唐突な言葉にさよは『そうあってほしい』と願った一番のものを頭から追い出していた。

『自分』が『彼女たち』に見えるようになる。それは友達が欲しいというのに誰からも気づかれることすらなかったさよが、もっとも望んでいたこと。 

 しかし臆する。『また』なのではないかと。

 勇気を出して夜に見かけた生徒に話しかけた時、授業中に手を上げてみた時、楽しそうに笑っているクラスメートの輪に加わろうとした時、その全てにおいてさよが気づかれることはなかった。

 六十年。半世紀以上もの間完全なる孤独を強いられてきた彼女は、アイカに怯えられたことでついに諦めかけていた。

 もう無理なのだと。何を望もうと、自分には無理なことばかりなのだと。

 だから縋れない。見えた光を希望だと思ってしまえば、また傷つくだけだから。もう一度頑張ろうと拳を握ったところで、きっとまた裏切られるだけなのだから。

 

 だが、

 

「お? マジで見えた」

 

 そのさよが見たのは、モノクル越しにさよを見て驚く千雨だった。

 

「なんだ。アイカがビビってたから血みどろで顔が半分潰れてる感じのドギツイやつかと思ったら、普通の女子生徒って感じじゃん」

 

「あ、あの! 私のこと見えるんですか!?」

 

「ああ。って、声も聞こえるようになるのな」

 

「それは霊を認識可能にするためのトリガーのようなものだからね。さすがに触ることは無理でしょうけど」

 

 

 それはいったい何と呼ぶべき感情だったか。さよの心に様々な思いが溢れる。

 折れかけていた心が癒される。六十年ぶりの会話に、永遠にも思えた孤独からの脱出に、涙が溢れる。

 言葉が頭を埋め尽くし、何を言っていいかもわからなくなっていた。

 

「ありがとう、長谷川さん。ありがとう、フランチェスカさん」

 

 だから、さよはお礼を言っていた。何も飾らせることなく、思うままに。

 気が付けばもう涙は止まらなくて、ただただ感謝の言葉を口にすることしかできない。

 

(私を見てくれてありがとう。私の声を聴いてくれてありがとう。私がいることを知ってくれてありがとう)

 

 声がかすれてしまう。体が無いはずの幽霊だというのに、ちゃんとお礼も言えないことが悲しかった。

 だから、さよは今度こそ頑張ろうと思った。

 頑張って、もう一度言ってみようと。

 

「あ、あの。私、2-A出席番号一番の相坂さよです」

 

 モノクル越しにさよを見てくれている千雨に。黙って聞いてくれているフィオに。毛布から顔をだし、恐る恐るといった風ではあってもさよを見てくれるアイカに。

 

「私と、お友達になってくれませんか?」

 

 涙をこらえ、必死で笑みを作って、さよはそう尋ねたのだった。

 




何故か思いついちゃったのでさよちゃん回 そんな35話 もうヘルマンとかどうでもよくね?

さて、エヴァの四倍もの間学生をやってるさよちゃん。しかも誰とも話せず誰にも気づかれずという状態で
2-A可哀想ランキングがあったらぶっちぎりなんじゃないですかね
だから本作では何とかしようと思ったんですが・・・どうしてこうなった?
ってかさよちゃんにビビるオリ主って中々いないような・・・ま、いっか

さてさて、さよちゃんあっさり仲間入りです
今回使った落しテクは原作朝倉がやった「落として上げる」ですな
さんざん悪霊呼ばわりして傷つけ、そののち甘い顔を見せることで「ステキ☆」となるという、なんだかDV夫のような手法ですが・・・
もうちょいやり方あったかもなぁと早くも後悔が

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