漢を目指して   作:2Pカラー

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36.卓を囲み

 

 ――ネギ来日一週間前――

 

 麻帆良の学生になって早くも一月が経とうとしていた。

 いよいよ『原作』が始まる。束の間の休息(というには色々あったが)は終わり、ネギを中心とした物語が始まる。

 だというのに俺は未だに向き合えちゃいなかった。

 何と? もちろん相坂さよとだ。

 頭では分かってる。彼女は俺に害をなそうなんて考える性格じゃなく、ただただ友達を求めているだけの優しい幽霊なのだということは。

 だが怖いモノは怖い。いくら『原作』で知っているからとはいえ、いくらこの二週間で千雨と話して微笑む姿を見ているとはいえ、どうしても怖いのだ。

 こんなのちっとも男らしくない。自己嫌悪がぐるぐると頭を埋め尽くす。

 なんとかしたい。なんとかしなくちゃならない。そう思うのに自力では一歩も動けないような感覚。

 

 だから、

 

 頼ろうと思った。

 

 自分では無理なら助けてもらおうと思った。

 

 俺はどうするべきなのか、教えてもらおうと思ったんだ。

 

 

「そんなわけで助けてくれ、エヴァ。こう、お婆ちゃんの知恵袋的な感じで」

 

「帰れ」

 

 だというのに断りやがるとは。こっちが誠心誠意頼んでいるというのに。

 

「ど・こ・が・誠心誠意だ!! 貴様の言動からは私をバカにしているようにしか思えんぞ!!」

 

「そんなこと言うなって。色々お土産も持ってきたんだから」

 

 人生ゲームだろ。UNOだろ。ジェンガだろ。麻雀牌に雀卓まで買ってきてんだぜ?

 

「きっとエヴァは大人数でワイワイやるゲームとかやったことないだろうと思って。中学生を五順もしてるのにな」

 

「余計な御世話だ! やっぱりバカにしているだろう貴様!!」

 

「してないしてない。クラスメートが修学旅行で枕投げしている時も一人寂しくスラリンのレベル上げしてそうとか思ってないから」

 

「うがああああ!!」

 

 あれ? 言葉選びを間違ったか? なんだかエヴァが涙目になってしまったんだが。

 ってか襟をつかむな。首を揺するな。吸血鬼パワーでやられるとシャレにならん。『纏』がなきゃ首が捥げるぞ。

 

 その後も俺がフォローするたびに強くなるエヴァの折檻に耐え、結局茶々丸が助け舟を出してくれるまで十数分、俺の脳味噌はシェイクされ続けたのだった。

 

 

 

 ――エヴァンジェリン邸にて――

 

 高畑・T・タカミチは現在混乱の極みにあった。

 脳裏を埋める言葉はただ一つ。どうしてこうなった。それだけだった。

 

 現在、麻帆良の魔法先生たちは多忙を極めていた。

 その理由は言わずもがな。ネギ・スプリングフィールドの来日のための調整である。

 特別な生まれとは言えネギが九歳の子供であるというのは事実。そのネギを教師にするため、越えなければならないハードルは非常に多い。

 各関係機関への根回しに始まり、一般教師たちへの説明の必要もある。海外の大学を飛び級で卒業した天才を教育機関に迎えるテストケース、そういう形で認めさせるよう政府側に打診する必要すらあった。

 とはいえ麻帆良も一角(ひとかど)の組織である。これらは数年前から計画的に進められ、予定通りネギの教師就任は波風を立たせることなく行われるはずだった。

 

 そう。はずだった(・・・・・)

 

 それに波風を立てたのは、長年失踪していたアイカ・スプリングフィールドと、長く麻帆良に縛られていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 

 現在高畑と雀卓を囲む二人である。

 

 もう一度繰り返そう。高畑の脳裏を埋め尽くす言葉は一つ。どうしてこうなった。ただそれだけである。

 

 

「まったく。何故私がこんな小娘と……。チッ、ツモ切りだ」

 

 タン

 

「ケケケ。グチグチ同ジコト言ッテンナヨ御主人。オ? コレガ来ルトハツイテルゼ」

 

 タン

 

「まぁまぁチャチャゼロ。エヴァも実は楽しいんだぜ? ツンデレなだけで。っと、……まぁ通るか」

 

 タン!

 

「ここでドラ切りとはな。張ったか? って誰がツンデレだ! おいタカミチ! 貴様の番だぞ!」

 

「あ、ああ。済まない」

 

 促されるままに牌をめくる。手元に来たのは九萬。染め手気配のエヴァもタンピン狙いらしいチャチャゼロも、そして初っ端字牌連打のアイカもチャンタは無いだろうとツモ切りすれば、

 

「お? それカン」

 

 とアイカから待ったが入り、

 

「そんでもってー、はい来た。嶺上開花!」

 

「またそれか! ガン牌でもしてるんじゃないだろうな、小娘!」

 

「ケケケ。最初ノ半荘ガ終ワッタ辺リカラ急ニ強クナリヤガッタシナ。既ニ仕込ミハ終ワッテルッテコトカ?」

 

「はっはっは。エヴァちゃん知ってるか? バレなきゃイカサマじゃないって言葉。逆に言うならイカサマだって言いたけりゃタネを割るしかねぇんだよ」

 

 今にも掴みかかっていきそうに唸るエヴァを横目に、高畑は茶々丸の入れてくれたお茶を啜る。

 やはりというべきか、思考を埋め尽くす言葉はいささかも変わらなかったが。

 

 

「それで、タカミチ?」

 

 ん? と高畑が牌を整理する手を止めればこちらを伺うエヴァと目があった。

 

「今日は何の用だ? 貴様が何の用もなくウチに来るはずがないだろう?」

 

 出来れば最初にそれを聞いてほしかったんだが。そう高畑は苦笑する。

 

 どういうわけかあれよあれよという間に茶々丸の代わりに卓に座ることになってしまったが、元々別の用があったのだ。

 なので高畑は話を切り出すことに。もっとも雀牌を手繰りつつではあったが。

 

「ああ。来週にね、ネギ君がやって来るからさ。その件でね」

 

「ほう。小娘の兄か。手を出すなとでも言いに来たのか?」

 

 似たようなものだよ。そう高畑は答えた。

 もっとも高畑自身はエヴァがネギを襲うとも思っていない。近右衛門もそうだろう。彼らはエヴァと付き合いも長いし、なにより今のエヴァにスプリングフィールドの血を求める理由が無いことも知っているのだから。

 だからこれは、『エヴァンジェリンには釘を刺した』と魔法先生たちにアピールするための訪問のようなものだ。

 

「アイカちゃんとエヴァが戦っただろう? アレのせいでピリピリしている魔法先生もいてね」

 

「ふん。文句ならそこの小娘に言え。私は喧嘩を売られたから応えたにすぎん」

 

「ケケケ。アレハ楽シカッタナ。ソレハソウト、ロンダゼ御主人」

 

「なっ。チャチャゼロ、貴様ッ! 謀ったか!」

 

「ケケケケ。温イコト言ッテンナヨ御主人。今ハ勝負中ダゼ? 気ヲ抜イタ奴ガ負ケンノハ当然ダロォ?」

 

 チッとエヴァは舌打ちし、チャチャゼロへと点棒を渡す。

 ジャラジャラと洗牌がされ、南三局へ。

 と、今度はエヴァがアイカに話しかけた。

 

「貴様の兄か。どんな奴なんだ?」

 

「知らね。まぁでも『いい子』って感じじゃねぇの?」

 

「何故他人事のように……、っと、そうか。貴様、七年間も失踪していたのだったな」

 

「そ。だからぶっちゃけ家族だとも思えなくてなぁ。まぁ俺みたいに突然喧嘩を売りに来ることも無いとは思うぜ? 英才教育受けたエリートって感じだったし。っと」

 

 確かに。と高畑は頷く。アイカとネギとではまるで性格が違うと。

 知性的なネギとは対照的に、アイカは野性的だ。ともすればかつて見たジャック・ラカンを彷彿とさせるほどの『いいかげん』さ。

 しかしエヴァにとってはアイカの言葉では想像しにくかったのだろう。

 

「エリート? 貴様の兄がソレとは想像できんな。ナギもエリートとは程遠かったが」

 

「俺とは生まれは同じでも育ちが違うからな。赤毛も育児すっぽかしてどっか行っちまったし。まぁなんだ。俺が森でイノシシ追い掛け回してる間、ネギは期待を一身に受けて過保護に育成されましたって感じか。まぁ似たようにはならんだろ」

 

「ツマリハ温室育チノガキッテコトカヨ。オ、御主人。ソレ、チーダ」

 

「付け加えるなら世間知らずって感じかもな。まだ九歳だし仕方ないんだろうけど、これから白くも黒くもなれる素材っていうの?」

 

「随分と辛辣だね。ネギ君は立派な魔法使いを理想として頑張っていると聞くよ? そうそう黒く染まることなどないとは思うけど」

 

 しかし高畑の言葉にアイカはにやりと笑って見せ、

 

「わっかんねぇぜ。ネギの理想は立派な魔法使いというよりサウザンドマスターだろ? 赤毛なら世界を敵にするとしてもこうするはずだ、なんて言われりゃコロッと悪の道に入っちまうかも」

 

 その言葉に一瞬高畑の心臓が跳ねた。

 思い浮かぶのはかつて憧れた英雄の姿。連合・帝国の両方から賞金を懸けられ、お尋ね者となっても尚一人の女性を味方し続けたナギの姿。

 戦争が終わり罪人とされた彼女を、しかしそれでも救い出した男の背中だった。

 

(あの人にとっては正義も悪も関係なかったんだろう。ただ自分のしたいことをするだけだった。でもネギ君はどうだ?)

 

 今更ながらに高畑は背筋に寒いものを感じていた。

 ネギは才能あふれるとはいえ九歳の子供だ。容易に他人に影響されるだろうし、甘言を跳ね除ける力もないだろう。

 もしもアイカの言う通り、ナギならばこうしたはずなどと言う人間が近づけば、ネギは簡単に騙されてしまうのではないか。それこそが正しいのだと盲信してしまうのではないか。

 もしかしたら、自分たちは危ない綱渡りをしているのではないかと。そう思ってしまったがゆえに、高畑はうすら寒いものを感じずにはいられなかった。

 

「おいおい、高畑センセー。そんな考え込むなって。それでもネギの本質は『いい子』だと思うぜ?」

 

「あ、ああ。済まない」

 

 冷や汗でも滲んでいたのだろうか、アイカの心配する声に高畑は礼を言った。

 なんにせよ、学園長に相談するべきかもしれない。そう頭の片隅にはしっかりと記憶して。

 

 

 

「っと。来たぜぬるりと」

 

「チッ。また貴様か。さっさと明けろ」

 

「くっくっく。見さらせ俺のォ、字一色!」

 

「「「なぁっ!?」」」

 

 もう一つ、この面子では麻雀は二度と打つまいと、記憶にとどめる高畑だった。

 




今回から三人称場面でのエヴァの呼び名をエヴァンジェリンからエヴァへと変更しました
タイミング的にここらへんかなぁと思ったので
他にも三人称視点というのは悩ましいもので
たとえば姓名どちらで呼ぶか
近右衛門なんかは木乃香と被るのを避けるため『近衛』と呼ぶわけにもいかなかったり
しかし超は姓で呼んでるんですよね。古菲なんかフルネームですし
龍宮は真名と書くと少し違和感がありますが、刹那の場合は桜咲と書く方が不自然だったり(この辺りは私だけかもしれませんが
なかなか難しいモノです

さて没ネタ(というか裏設定?)
タカミチ以外の面子ですが、普通にイカサマしてます
エヴァは室内の人形の視覚を通して牌を盗み見、チャチャゼロはエヴァと念話で通しをしてます
で、アイカはといえばガン牌ですね
オリジナル変化系修行Lv.5 字置き
触れた牌の背面に一瞬で念文字を書いちまってるわけです
三局もすれば鷲頭麻雀並みにスケスケに
ちなみに操作系の系統別修行のかいもあってサイコロも自由自在だったり
念の汎用性は異常ですな

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