漢を目指して   作:2Pカラー

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04.サバイバル

 

 ――MMから東に約五百キロ――

 

 MMを出てから何日経っただろうか。

 思えばMMから出るために要した一日分が、一番過酷だったかもしれない。

 MM自体が巨大な都市で、そこから抜け出すまでは、文字通り絶食だった。

 早速心が折れかけたものな。飲み水が公園で確保できなければ、どうなっていたことやら。

 もっとも今は飲み食いに関する不安はない。

 見渡せば視界いっぱいに広がる緑の世界。

 背を預けているのは巨大な老木。

 ここは巨大な森林だった。

 

「ふぅ」

 

 バッグの中から適当に採取したキノコを取り出し、生のままぱくり。

 ふむ。ふむふむ。

 体に異変はない。どうやらコレにも毒はないらしい。

 もっとも後日判明したことではあるが、俺が食用だと信じていたキノコのうち六割は毒キノコと呼ばれるもので、俺の場合はなぜか(おそらくオーラで胃が強化されていたのだろうとは思う)、その毒にやられなかっただけ、ということらしいが。

 閑話休題。

 ともかくその時の俺は、『赤松ワールドには毒キノコなんてなかったんやぁ』と、見当違いの感謝をこの異世界を作った神様とそのモデルの物語を作った大先生に捧げていた。

 感謝感謝。

 感謝の正拳突きはさすがにしないけどね。

 

「よし。歩くか」

 

 というのも今の俺には余裕がなかった。

 子供の、というか幼児の体で森の中を一日何キロも歩くというのは、予想以上に過酷なことだったらしく、初日などあっという間にへばってしまったのだ。

 肉体が弱すぎる。まぁ当然の話ではあるが。

 しかし同時に俺は知っていた。『念』使いのパワーはすさまじいものだと。

 H×Hの読者としても知っていたし、MMに来たばかりのころに魔法使いの男をぶっ飛ばせたという実感もある。

 ならば、ということで肉体を鍛えるのではなく(まぁ歩くことで自然鍛えられるのだろうが)、オーラの扱いを鍛えることにした。

 歩くときに使うのは『流』。オーラの攻防力を移動させる高等技法。

 まずは右足に『凝』をして一歩。左足が地面につくまでに『流』でオーラを左足に集め、着地。さらに『凝』の左足で一歩を踏み出す。今度は右足に『流』。要はツェズゲラの垂直跳びの要領を横移動に利用したようなものだ。これを繰り返すことで通常の数倍の速度が出せるはずだと。実際予想以上の効果は表れていた。

 これを試すことにした初日には、意識しながら両足を交互に出すことに四苦八苦し、一歩踏み出すために十秒以上かかるほどだったため、大した距離を歩くことは出来なかったが、今では全力で駆けながら攻防力の移動をこなせるようになっている。まぁ全力で走るということ自体が、そもそも幼児の全力である以上、慢心するつもりはないが。

 そうそう魔法世界に来てから気づいたことではあるが、俺のオーラ総量はかなりのものとなっていた。

 やっぱり積み重ねが大事だね。生まれてすぐに体を巡るオーラを感じ取り、自力で精孔を開けてからというもの、四六時中『纏』と『練』を繰り返してきたんだ。

 ビスケ曰く、『練』の持続時間を十分伸ばすのには一月かかる、とのこと。

 生まれて二年超。約二十四か月。ビスケの言葉に従っても二百四十分、即ち四時間『堅』を維持できる計算だ。実際個人差はあるだろうし、持続時間の限界なんて試してはないが、おそらく四時間くらいなら余裕だと思う。

 結構なものだろう? ナックルと戦った時のゴン・キルアでさえ『堅』で三時間だったのだから。

 

「おっと」

 

 足を止めて、今度は『絶』。進行方向から少し大きなオーラが感じ取れたからだ。

 おそらく獣。生命エネルギーでもあるオーラは、『纏』が使えなくとも体から漏れ出しているのが普通だ。そのエネルギーの大きな気配を感じ取って、気づかれる前にこちらの気配を消したわけだ。

 そのまま手近な木に登り、上から観察。気配の主は巨大なイノシシ。

 

「というか牙すげぇな。アレ、必要か?」

 

 下顎から上向きに伸びる牙の有用性に若干首を傾げるが、まぁファンタジー世界の生き物ということで納得しよう。

 イノシシの傍らには、おそらく子供なのだろう、小型のイノシシ。というかウリ坊。

 ふむ。警戒心が強そうだな。子供を守るためか。

 不用意に近づけば突進されてもおかしくはないと、俺は迂回することに。

 あまり気配が大きくなっては気づかれかねないと、『練』ではなく『纏』状態のオーラを足へ。『流』を用いた歩法で枝を飛び移り、そのまま離脱した。

 

「子供に感謝しろよ。一匹だったら食っちまってたぞ」

 

 そんな捨て台詞を誰に向けるでもなく言い放ち、木々の隙間から見える『西=左っぽい』象徴である太陽に向けて、駆け出した。

 

 俺の目指すアリアドネーが、MMから西ではなく、東に位置していたと知るのは、ずいぶん後になってからのことである。

 ……いや、南半球を上に描いている地図があるのは知ってたけどさ。魔法世界までそうとは思わないじゃんか。

 

 

 

 

 

 ――MM――

 

 魔法世界において、連合の中心ともされるメガロメセンブリア。そのゲート管理局に、一人の男が訪れていた。

 高畑・T・タカミチ。魔法世界では知らぬ者などいない英雄『紅き翼(アラルブラ)』の一員で、現在は『悠久の風』の看板ともされる男である。

 

「アイカちゃんの行方は分かりませんか?」

 

「はっ、すいません。ただいまメガロメセンブリア総出で捜索にあたっておりますので」

 

 高畑の言葉に直立不動で言葉を返したのは管理局の職員。

 魔法世界随一の有名人を目の前にした興奮と、自分たちが犯してしまった巨大な失態への悔恨との板挟みで、胃がきりきりといっていた。

 

 高畑が自身教員を務める麻帆良学園から魔法世界へと来たことには意味があった。

 すなわち『千の呪文の男(サウザンドマスター)』こと、ナギ・スプリングフィールドの娘であるアイカ・スプリングフィールドの捜索のためである。

 アイカ・スプリングフィールドが魔法使いたちの隠れ住むウェールズの隠れ里から姿を消したのが二週間前のこと。いうまでもなく、このことは旧世界の魔法使いたちの間に一大パニックを引き起こしていた。

 旧世界で活動していた魔法使いたちはすぐに捜索隊を結成。『悠久の風』にも当然要請があり、高畑はそれを受諾。ウェールズ周辺。さらにはイギリスを駆け回っていた。

 しかしアイカ・スプリングフィールドの姿は見つからない。影も形もなく、それどころか痕跡すら見つからなかった。

 もしや過去の大戦で連合に恨みを持った人間が関与しているのでは? そんな懸念から『捜索隊』のメンバーを、より戦闘力を持った人間で構成し、『救助隊』として動くべきではないかという意見が出るに至るころになり、やっと手がかりらしきものが舞い込んできたのだ。

 魔法世界メガロメセンブリアのゲート管理局にて、アイカ・スプリングフィールドと同年齢らしき子供が密入国していたという情報である。

 

(まったく。どうせ子供に不法入国を許してしまった失態を隠そうとでもしたんだろう。自分たちのメンツのために。そのために情報の開示が遅れるなんて。これでアイカちゃんになにかあったら、僕はもうナギさんに顔向けできないじゃないか)

 

 高畑はため息をつきたいのを、自分と応対してくれている職員に気を使って何とか自制し、それでもいらだつ心を抑えきれず煙草を取り出し火をつけた。

 

(それにしても魔法世界に来ていたかもしれないなんて。いくらナギさんの子供とはいえ無茶が過ぎる)

 

 高畑はウェールズを訪れた時にスタン老やネカネから強く頼まれていた。

 曰く、アイカを無事に連れ帰ってくれ、と。

 心配で気が気じゃなかったのだろう。ほかの住人達も、『さすがはナギの娘だ』なんて笑うことは出来なかったようだ。

 誰もがアイカの身を案じていた。そのことに高畑も若干ながらアイカへの怒りを覚える。

 

(こんなにみんなを心配させるなんて。それなのに家出なんて。いったい何が不満だったんだい? 君はナギさんの娘なんだ。そのことをしっかり言い聞かせないと)

 

 常にナギを中心に考える高畑。しかし本人はそのことの歪さに気づかない。

 本当の意味で『アイカ』を心配しているものが一体何人いるのだろうか。『アイカ』ではなく『英雄の娘』だからこそ心配していると、そのことを自覚している者が何人いるのだろうか。

 そのことに高畑は気づかない。彼はナギという強すぎる光に目を焼かれているのだから。

 

 その時応接室に備え付けられた電話のベルが鳴った。

 それに伴い目つきの鋭くなった高畑の様子にあわてつつも、職員は受話器を取る。

 

「はい。こちら管理部……はい。…………そうです」

 

 そのあとも『え?』だの『そんな』だのと不穏な単語が職員の口から出るたびに高畑は焦りを感じるが、それでもじっと待つ。

 火をつけたというのに碌に吸っていなかったタバコが根元近くまで灰になるころ、やっと職員は受話器を下した。

 

「申し訳ありません。メガロメセンブリアにてアイカ様の発見には至っておりません」

 

「ぐっ」

 

 ぎりっと拳を握りしめた高畑に何を感じたのか、職員はあわてて付け加えた。

 

「しっ、しかし目撃情報を得ることが出来ました。市内の書店にてアイカ様らしきローブ姿の子供を店員が見ていたと。なんでも世界地図を手に取りながら『西へ』『西へ』と繰り返していたそうです」

 

 MMから西へ。そこには巨大な砂漠が広がっているのみだ。それを越えた先にあるのは、

 

「……西の果てにはフォエニクス。しかし何故アイカちゃんが」

 

 わからない。その子供は本当にアイカなのだろうか。

 しかしそれ以外の有益な情報などない。旧世界では足がかりすら見つけられていないのだ。

 行くしかないだろう。たとえ藁を掴むような可能性だったとしても、それを無視して『英雄の娘』を失うわけにはいかないのだから。

 

「わかりました。貴方はこのことを旧世界へ連絡してください。僕はアイカちゃんの足取りを探します。それとメガロメセンブリアでの捜索も続けてもらえるよう、高畑・T・タカミチが嘆願していたと、上へ報告願えますか?」

 

「はっ。了解しました」

 

 まるで軍人のような答えを返す職員に、しかし高畑は苦笑する余裕もなかった。

 

(急がないと。フォエニクスへ。無事でいてくれよ、アイカちゃん)

 

 アイカの捜索のため、高畑が。そして『災厄の魔女』の娘を確保するため、MMの上層部が『西』へとその手を伸ばし始める。

 

 アイカが西ではなく、東の果てにあるアリアドネーへと走っていることを知る者は誰もいなかった。

 




北の連合、南の帝国。この描写があることから魔法世界の世界地図は南半球を上に描かれているようで
なんだかややこしいですよね

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