――エオス――
エ・オ・ス!!
ようやく到着したぜ。人里に。
いやぁ長かった。一月くらいは野生児生活してたんじゃなかろうか。そう考えると感慨深いものがある。
非常に鍛えられた気がする。肉体の方もそうだが、なにより『念』の操作の点で。
だからさ。
だから目は逸らそうぜ。
森を抜けてしばらくしたところで街道らしきものを発見したが、MMからすんなり来れるルートがあったなんて忘れてしまおう。
そりゃ考えてみれば当然の話。いくら空飛ぶ船が普通に存在するからと言って、それだけにすべてを頼っているわけがない。当然地を行く道も存在するわけで。
いや、だから目を向けるな。現実を見つめちゃだめだ。
人間万事塞翁が馬。この一月のサバイバルが俺を強くしてくれたことが、きっと将来役に立つさ。
ふむ。それじゃあ納得がいったところで、そろそろ街に入りますかね。
エオス。MMから東に約千キロほどにあるその都市は、MMほどではないにせよ、それなりの賑わいを見せていた。
かつて魔法世界が二分された大戦。MMを盟主に、旧世界より移り住んだ人間が中心となった北の連合。対するはヘラス帝国、すなわち元より魔法世界に住んでいた亜人で構成された南の帝国。
MMから比較的距離の近いエオスは、大戦時においては連合においては中心的な役割を担っていたとか。
ま、戦争のことはどうでもいいんだが。
俺は心中でのみそうつぶやくと、背中に下していたローブのフードを引き上げる。
戦争のことはどうでもいい。しかし他の人間は、それも連合の人間にとってはそうではない。
大戦は既に過去の歴史、というわけは当然なく、今も世界中で戦火の残り火が燻っている。
そんな魔法世界においてナギ・スプリングフィールドの子供の重要度は計り知れないだろう。それも『災厄の魔女』の面影を感じさせるとなればなおのこと。
原作での『
さすがにDEAD or ALIVE扱いはされないだろうが、情報提供者には謝礼をなんて扱いなら無いとは言い切れない。
そうでなくてもあの両親はいろんな所で恨みを買ってそうだもの。
姿を見られないに越したことはない。
水場を見つけるごとに丁寧に洗ってはいたが、それでも土の匂いを感じさせるローブを目深にかぶると、俺はようやくエオスへと足を踏み入れた。
さて、まずは。ということで探したのは秘薬屋。
原作においては魔法薬の調達先=まほネットだったわけだが、俺はネット環境どころかPC一つ持っていない。
しかしここは魔法世界。諦めるには早すぎる。MMでは武器屋なんてのも普通に見かけられたし、魔法薬を取り扱っている店もあるだろうと、ちょっとばかし探してみたのだ。
こちらはせいぜい幼稚園児程度の見た目。その上無一文と来てはいるが、まぁなんとかなるんじゃないかと楽観的に思ってみたり。
「って。普通に看板出してるよ。
お目当てのお店はあっさり見つかりました。路地裏にあるとか何語か分からない看板を出しているとか、もう少し人目をはばかってたりするもんだと予想していただけに、ちょいと肩透かしを食らった感じ。まぁ楽と言えば楽なんだが。
ごめんくださーい、ってな具合に小奇麗なドアをくぐる。
どうやら俺以外の客はいないようで、それには少し安心。
人嫌いというわけではないが、先述の理由で目撃情報は少なければ少ないほどいいからな。特に連合の勢力下では。
さて、と。それじゃあ無一文から脱却しましょうかね。
ファンタジー世界で金を得る方法と言ったらアレでしょう。
つまりはモンスターを倒して金を得る。もしくは遺跡なりに潜って得た宝を売る。さらにはモンスターから剥いだ素材や、植物など採取したものを売りさばく。
そのためにあの森では色々集めてバッグに詰め込んでたからね。
キノコとか葉っぱとかキノコとか石とかキノコとかキノコとか。
ここで何も買い取ってくれなかったとしても、どういうものなら価値があるのか聞くことくらいは出来るでしょ。
というわけで、俺は店主に声をかけたのだった。
――魔法薬専門店 バッツドルフ――
エオスに居を構える秘薬屋バッツドルフの主人リヒャルト・バッツドルフは、珍しいタイプの客に眉をひそめていた。
フード付きのローブを目深に被った客。その恰好が珍しかったわけではない。ここは魔法世界なのだから。
客が人間ではなく亜人だったというわけでもない。もっとも亜人だったとしても驚いたりはしなかっただろう。人間と亜人が戦った大戦は、十年以上も前に終結しているのだから。
ならばなぜリヒャルトは眉をひそめたか。
それは非常に簡単な話。
客が秘薬屋などには似つかわしくないほど小さな子供だったからだ。
それも大人に連れられて、というわけでもないとなると、大方迷い込んできたというところか。
ガキとはこれまた面倒な。リヒャルトはそう心中で悪態をつく。
秘薬屋はそれなりに貴重な品を扱う店だ。面白半分に陳列棚に手を突っ込んだ挙句、大事な商品をぶちまけられでもしたら大損もいいところ。その上並べられている秘薬によっては子供に害のあるものもある。勝手に商品をぶちまけ、勝手に商品で怪我をされ、その上子供から目を離した阿呆親にクレームでもつけられたら、もう面倒だなんて話では済まなくなる。
リヒャルトは不快感を隠そうともせず、眉をひそめたまま。何かやらかされないうちに追い払わないとと、カウンター内に置いた椅子から立ち上がった。
しかしそこで、予想外のことが起こった。
もの珍しそうに商品棚を眺めていた子供が話しかけてきたのである。
「なぁ、おっちゃん。ここって買取とかってやってるの? 秘薬の材料になりそうな物とかのさ」
鈴を鳴らすような少女の声。おそらく先月五歳を迎えたばかりの姪っ子と同い年か、それとも姪よりも幼いだろう背丈の少女は、迷い込んできた子供としてではなく客としての言葉をリヒャルトへかけてきた。
「あ、ああ。ウチは外からの仕入れだけじゃないからな。俺が魔法薬を調合することもあるんだよ」
少女の言葉に驚きつつもリヒャルトは答えを返す。
リヒャルトの言葉通り、バッツドルフは代々魔法薬の調合で生計を立ててきた。
リヒャルトも父から魔法薬学を学び、父は祖父から学んできた。
バッツドルフといえばエオスではそれなりに老舗の秘薬屋なのである。
「そっか。よかった。なら買い取ってもらいたいものがあるんだけどさ。まぁ金になるものがあるかどうか怪しい感じなんだけど」
そう言って少女はカウンターまでやってきた。
本当に小さい。カウンターの影にすっぽり隠れてしまうほどに、少女は小さかった。
(こんな幼い子が? お使いか何かか?)
しかし、それは違うとリヒャルトも思う。
お使いあるならば『金になるかどうか怪しい』なんて言葉は使わないはず。十中八九、この子がこの子の意思でやってきたということだろう。
ならば、
「お嬢ちゃん? うちは秘薬屋だよ? 魔法で薬を作ってる店だ。そのへんで摘んできたお花なんかは買い取れやしないんだわ」
「まあまあ。そう言わず見るだけ見てくれよ」
リヒャルトの制止も無視し、少女は肩にかけたバッグをごそごそと漁りだす。
まったく。他に客がいないとはいえ付き合っているのも面倒だ。さっさとお帰りいただこうかと、そんな思考に反してリヒャルトの動きは止まった。
少女が背を伸ばすようにしてカウンターに乗せたものは、大小さまざまなキノコ類。まぁそれはいい。なぜかほとんどがイノシシでも食べないような毒キノコばかりだったが、今はいいだろう。
リヒャルトの視線を釘付けにしたのは十枚ほど束ねられた葉。
その名も、
「アルテミシアの葉」
「おう。それか。なんかいい感じのオーラを感じたんだよね」
オーラ? とカウンターによじ登り顔だけ出している少女の言葉に首を傾げるが、まぁ子供の言うことだ。話半分に聞いておけばいいだろう。
それにしても、アルテミシアの葉とは。
「その葉っぱって高いのか?」
「ん? ああ。イクシールって魔法薬のことを知っているか?」
両腕と顎を引っ掛けることでカウンターにぶら下がっている少女の言葉にリヒャルトは質問で返す。
答えは予想の通り『否』。この葉がなんなのかも知らずに採ってきたのだ。当然ではあるが。
「イクシールってのはな。最高級の魔法薬の名前なんだ。一瓶で百万ドラクマくらいはするような、な」
「おおー。百万」
「でもってアルテミシアの葉は、そのイクシールを作る際の材料になるんだわ。まぁ葉を張り付けるだけでも大抵の傷を治しちまうような優れもんなんだが、魔法薬を作れる人間にとっちゃもっと価値が高くなる。まぁ……こんなところか」
リヒャルトは電卓をはじくと少女に見やすいように向きを変えてやる。
もうリヒャルトに少女を追い出そうという考えはなくなっていた。少女の正体について大体の予想がついてしまったからだ。
リヒャルトの予測。それは少女が戦災孤児ではないかというものだ。
大戦は十年以上も前に終結している。しかしそれで世界が平和になったかと問われれば、答えはNO以外あり得ない。
そこここで諍いの火は燃えているのだ。この少女もその被害者の一人ではなかろうか。そうリヒャルトは考えたのである。
「なぁ、おっちゃん。これ……マジ?」
「マジだ」
リヒャルトの言葉に少女はため息を一つ。電卓の数字を食い入るように見つめていた。
「いや、ありえねえって。これはありえねぇ」
「そうか? 適正な値段だとは思うが。ならもう少し色を付けてやっても」
「逆だから! なにこのアホな数字は!?」
それだけの価値のあるものなわけだが。
「つかさ。葉っぱの名前も知らんようなガキが相手なわけだから、二束三文渡してハイサヨナラってのが普通じゃねぇの?」
その言葉にリヒャルトは予測の確信を強めた。この子はやはり戦災孤児かそれに準ずるもの。少なくとも人というものをこの幼さで信用出来なくなるくらいの経験はしているのだろう。
人間なんてものは、他人を騙そうとするのが当たり前。そうこの少女は思っているのだろう。だから騙そうなんて気を持たないリヒャルトには逆に疑念の目を向けてしまう。
ローブを目深にかぶっていることも、口調を男のそれに似せていることも、過去が関係しているのかもしれないな。
「まぁなんだ。価値があるとわかりゃ、また嬢ちゃんが持て来てくれるかもしれんしな。アルテミシアの葉は仕入れが難しいもんだから、期待もしちまってるってわけよ」
「ふーん」
嘘ではない。嘘ではないが、それがリヒャルトの本心かと言えば、それは否である。
魔法使いには『
リヒャルトも多分に漏れず、『
魔法使いは、魔法世界の住人は『正義』を目指すことが当然なのだ。それは一つの価値観とかそういうレベルの話ではなく、もっと深いところに根付いているものなのであり。
現代日本で『六歳を過ぎた子供は小学校に通うのが当然』というのと同じくらい、魔法世界では『魔法使いは
そんな環境で生きてきたリヒャルトだ。軽い惚れ薬や年齢詐称薬などの『騙す』秘薬をも扱う秘薬屋とはいえ、客まで騙そうとは思わない。それは『立派』とはほど遠い概念なのだから。
今では『
「ま、いいや。こっちとしちゃ高く買い取ってくれんのは有難いことだしね」
「ん。そうかい。んじゃこっちのキノコなんかも一緒に買い取ってやるよ。ちょっと待ってな。金を用意するからよ」
そう言うと少女はカウンターから降り、再び珍しそうに商品棚を眺めに戻った。
しばらくして戻った少女が手にとっていたのは年齢詐称薬。
リヒャルトは、まぁ悪用されることも無いだろうと、アルテミシアの葉の代金の一部と引き換えにそれを売ってやることに。
思えば不思議な子供だった。そうリヒャルトは後に話している。
現れた時から妙な存在感があり、何故か迫力さえ感じていた。
年齢詐称薬に関してもそうだ。普通であれば子供に売るような品ではない。
しかしその時は少女を窘める事など出来なかったのだ。
まるで、そう。高貴な貴族様でも相手にしているような気分だった、と。
「それと、耳に残ってる言葉があるんだ。あの子は最後にこう言ってた。『西に行くんだ』ってな」
普通に店員Aで良かったような気が
誰やねんリヒャルトて
ちょっと無理矢理ですが年齢詐称薬Getさせることに
子供の姿だと人と関わることが出来ませんからね
ツッコミキャラの確保もそうですが、はやいとこ『発』を作らせたいなぁと思う今日この頃
修正)大戦はネギが数えで十歳時点で『二十年前』のことでしたね
ネギが現在三歳なので今はまだ『十三年前』のことでした
あー、ハズカシー