身体が上手く動かない。嫌な汗は止まってくれやしないし、呼吸だって上手くできやしない。
それが自分らしくないことくらい分かっている。けれども、状況が状況だけに良い改善策が見つからないんだ。
一乙したら終わり。そのことを考えないようにすればするほど、泥沼のようなものに嵌っていってしまう。
流石にこれは困りました。
さてさて、どうすっかなぁ。怯み値が低いことを考えるに、コイツが下位程度の力な可能性は高い。それなら、俺とこの白ネコが負けることはないだろう。
だからと言って、いつも通り動けるのかと言うとそうじゃあないんだ。
怖いものは怖いのだから。
「……安心して。きっと勝てるから」
「ありがとニャ」
むぅ、先程から白ネコに随分と格好の悪いところを見せてしまっている。よろしいことじゃない。
「怖くて当たり前。それが普通」
あー……まぁ、そうなの、かな? 確かに、今までは自分が安全な場所にいるって思っていたのかもしれない。そんなはずないってのに。
いつからそうなってしまったのかは分からない。でも、ちょっと俺はこの世界を舐めすぎていたんだろう。
そして、そのツケが今になってきた。
「……はぁ」
震える足を無理やり動かし、オストガロアの突進を躱すと白ネコのため息が聞こえた。
「いつも通り戦えとは言わない。そんな状況じゃないことくらい分かるから」
「……うニャ」
多分、呆れられてるんだろうなぁ。どう見たって今の俺は動きがおかしいのだし。
でもさ。やっぱり難しいのですよ。
「無茶して無理して……それでも進むことができるのは貴方の強み。それは私にできないことだし、そのままで良い。それでも、貴方なら大丈夫。貴方はこんなところで止まっているようなハンターじゃない。それに……少しは私を頼ってほしい、かな」
この白ネコは俺がどんな経験をしてきたのかなんて知らないはず。そうだというのに、よくもまぁ、そんなことを言えたものだって思ってしまう。
ただ……うん、ありがとう。君のおかげで身体は軽くなった気がするよ。
随分と格好の悪いところを見せてしまった。きっと今日だけで、俺の評価はどん底まで落ちてしまっただろう。
それで良いさ。
そっちの方が俺には合っているのだから。
けれども、俺だってあのパーティーの一員だったんだ。それならやらなきゃいけないことがあるだろう。
落ちるところまで落ちた俺の評価。あとはもう、上げるだけだ。
「うん、了解。今回はよろしくお願いします」
「お任せー」
短く息を吸ってから、大きくその空気を吐き出す。
いつも通りとはいけない。自分にそれだけの実力がないことも分かっている。それでも、ツギハギだらけの自信を身に纏い、この小さな身体で胸張って行かせてもらおうか。
目を閉じてから、ゆっくりと目蓋を上げる。
その世界にもう色は――
「うニャ!?」
カチリ――と自分の中の何かが噛み合おうとした瞬間。あの白ネコに叩かれた。
んもう、何をしますか。
「そこまでやれとは言ってない」
「あっ、はい」
む、むぅ、なんとも注文の多いネコさんだ。
ただ、手足はもう震えない。だから、この白ネコには素直に感謝。
それじゃ、改めて……
「っしゃ! 行くかっ!」
「おー」
さてさて、そろそろ反撃させてもらおうか。
この状態のオストガロアの攻撃パターンは少ない。いや、第二形態の方も攻撃パターン自体はそんなにないけど……
ま、まぁ、とにかく今の状態のオストガロアの攻撃はそんなに怖くない。それに多分コイツは下位個体。即乙だってしないとは思う。
だからと言って、攻撃なんて喰らいたくもないが。
「潜った! 片方の触腕お願い!」
「りょ」
触腕がふたつ同時に潜った場合は、だいたい突き上げからのビームをグルグル出す、良く分からない攻撃をする。要は好き放題殴ることのできるチャンス。ただ、残念なことに、触腕は先っぽ以外肉質が柔らかくない。
やっぱり狙うなら、叩きつけのあと触腕の先を攻撃する方が良いかも。
「……破壊、完了」
ナイスです。
多分、さっき怯みをとった方の触腕だと思うけど、とりあえず片方の触腕を引っ込めることに成功。これでもう片方を壊せば大ダウンを奪うことができ、弱点を狙える。
ビーム攻撃が終わり、触腕は再び定位置へ。
それなりに怯みを奪っているおかげか、地面にはいくつもの落し物が見える。できれば拾いたいところだけど、もう少しだけ我慢。今回ばかりはノーダメでいきたいから、慎重になるくらいが丁度良い。
定位置にある触腕の攻撃は叩きつけとなぎ払いがメイン。叩きつけは先っぽを殴ることのできるチャンスだけど、なぎ払いが少々面倒くさい。攻撃範囲は広いし、判定時間が長いからフレーム回避も不可。
「なぎ払い! 緊急撤退で!」
だから、なぎ払いが見えたら直ぐに緊急撤退。
ガードをした方が手数は増えるけれど、安全にいきたいんです。
それに、本体というブーメランを投げつけ放題のサポゲ供給機がある。因みに、サポゲは肉質に非依存で、各モーションにサポゲの貯まる値が決まっています。だから、とにかく攻撃を当てれば当てるだけでサポゲは貯まる。
緊急撤退でなぎ払いを躱し、地中から地上へ。
そして、直ぐに触腕の叩きつけ。チャンス到来。
叩きつけられた触腕の先へ白ネコと二匹で猛ラッシュ。其処で、ふたつ目の触腕の破壊に成功し大ダウン。
大ダウンを見てから直ぐ、背中にある虹色に輝いている弱点へダッシュ。大ダウンの時間はそんなに長くないけれど、弱点を殴ることのできる少ないチャンスを逃したくはない。
そんな、むき出しとなった弱点へ二匹で攻撃。
……やっぱり大ダウンの時間が短いから、あまり攻撃できなかったけれど、それなりのダメージは入ったはず。
大ダウンから起き上がったオストガロアは、本体ごと地面の中へ。
「……バリスタ拾う?」
「うん。ただ、突き上げのビームだけは気をつけてくれ」
「了解」
此処までは順調。
ただ、やっぱりいつもと違うせいか、滅茶苦茶辛い。頼むから早く終わってもらいたい。
落し物である、古びたバリスタ弾を限界まで拾い、バリスタが設置されている場所へ。
オストガロアはマップの外周にある水辺に現れ、噴出口から青色の粘液を撃ち出しながら優雅に遊泳中。そんなオストガロアの背中へ先程拾ったバリスタを撃ち込む。
たまに、ピンポイントで青色の粘液が飛んでくるから、その場合は直ぐに退避。
半周ほど遊泳したところでオストガロアが停止。
此処で怯ませることができれば大ダウン。できなければ、今度は青色じゃなく赤色の龍属性のブレスを撒き散らしてくる。
アレをやられるとキツイから、なんとか怯ませたいんだけど……
そんな想いが届いたのか、白ネコのバリスタが当たったところで、オストガロアがまた大ダウンをした。
ナイス!
白ネコのいる場所からオストガロアは近いけれど、俺は位置が真逆。同じ場所でバリスタを使えないのだから仕様が無いけれど、やっぱり面倒くさい。
流石に弱点を殴るのは間に合わないから、代わりに触腕の先を攻撃。殴らないよりはマシと言ったところです。
そして、起き上がったオストガロアは再び地中へ。
いったいどれくらいのダメージが入っているのやら……
「……もうちょっとかな?」
「そうだと嬉しいんだけどなぁ」
心の底からそう思います。
此処まで俺と白ネコはお互いにノーダメージ。どうにかこのままいきたいところだけど……そんなに甘くないことも知ってます。
地中へ潜っていたオストガロアがマップの中央に出現。
そして、開幕時以来の咆哮をあげた。
その瞬間――オストガロアは青色に発光し、景色が一変。
青色の世界へと変わってしまった。
つまり、怒り状態。
でも、それはダメージが通っていたということ。怯んでいる時間はない。悲観することは何もない。
「もう少しだけ頑張ってみるか」
「うん、分かった」
うだうだと悩むのはもうやめよう。
この特殊なクエストが始まってから随分と時間はかかってしまったけれど……漸く面白いって思えてきたのだから。
お前が本気じゃないことは分かっている。お前が本気を出したら、勝てないことも分かっている。
けれども、今ばかりはこの小さな手で――ネコの手で狩らせてもらおうか。
ふふっ、
本当に下らない洒落だけど、どうしてかそんな言葉が面白かった。
「むっ、集中」
「ご、ごめん」
クスクスと笑っているところを見られたのか、白ネコに怒られた。失礼しました。
ただ、もう負ける気はしない。
どうせお前とはまた戦うことになるだろう。だから、どうか今ばかりは負けてくださいな。
怒り状態となったオストガロアの叩きつけ攻撃。ソレを躱してから触腕の先端にブーメランを。怒り状態なため、攻撃力は上がりスピードだって上がった。
とは言え、変わったのはそれだけ。其処に負ける要素はない。
「……ありがとう。お前のおかげで、俺はまた進むことができるよ」
そして、もう一度やってきた叩きつけを躱してから、その先端へ攻撃したところで、オストガロアの悲鳴のようなものが聞こえ、地中へ潜っていくのが見えた。
「……クエスト完了?」
ん~……どうだろうか。
ああ、うん。大丈夫だ。遠くの方へ行くのが見えるし。
「どうやらそうっぽいね。どうにか撃退できたみたい」
今回は運が良かった。もし第二形態になられていたら勝てなかっただろうし。
まぁ、そもそもオストガロアと戦うことになってしまったのだから、運は悪かったって言った方が良さそうだけど。
それはともかく……
「お疲れ様ニャ!」
「うん、お疲れ様」
俺ひとりじゃ絶対にクリアできなかったクエスト。
こうしてどうにか、やり過ごすことができたのはこの白ネコさんのおかげです。ありがとう。
ただ……ホント、今回は疲れました。お願いだから、今後はこんなことが起こらないようにしてもらいたい。
相変わらず知らないことが起きると、もうダメなんです。成長しませんねぇ……
この白ネコには情けないところを見られてしまったし、今後は色々と影響が出てきそうだ。ギルドに見られていないってのは有り難いけれど、やっぱり普通に戦いたいものです。
自分に足りていないものを考えさせられるクエストって言えば、聞こえは良いし、この白ネコともまた仲良くなれたのかなって思う。
だから、きっと得られたものもあったんじゃないかな。そう思うのです。
今頃はきっとご主人だって、ひとりで頑張っているはず。そんなご主人に負けないよう、俺も頑張ったつもりだけど……帰ったらなんて説明しようか。
そして何より――
「……帰り、どうしよっか?」
ホント、どうしようね?