「うニャ? うニャ!?」
目を閉じ、温泉を楽しんでいるっぽい彼へ、ぱしゃぱしゃお湯をかけると驚いたような声を出した。ちょっと面白い。
とは言え、アレはいただけない。
確かに、彼がモガの村の看板娘を好きなことは知っていたし、この世界であのキャラに会えば喜ぶだろうとも思っていた。けれども、まさかあそこまでとは……
彼に浮気だとかそういう気はないってことくらいは分かっているけれど、やっぱり気分は良くない。
だから、八つ当たりのようにまた彼へ向かってお湯をかけた。
「うニャ!?」
「ふふ、今日はなんだかネコさんたちも楽しそうだね」
そうだね、ちょっと楽しい。彼がどう思っているのか分からないけど。
彼がどういう性格なのかは私も分かっているし、そんな性格だから私も好きになったんだと思う。ただ、それでもモヤモヤしてしまうことはあるし、私だってもっと彼に甘えたい。
じゃあ、自分のことを話せってことだけど……それはまた別のお話。何かきっかけとかそういうものがあれば良いんだけどなぁ。
「ご主人さんは大きな温泉へ行かないの?」
せっかくユクモ村へ来たのだし、温泉には入っておいた方が良いと思う。私はこの足湯で充分満足だけど。
「うん、そうだね。白ネコさんたちを見てたら私も温泉へ入りたくなっちゃった。ネコさんたちも行く?」
もし彼が行くと言ったら全力で止めよう。流石にそれは許さない。
それにしても……ご主人さんもご主人さんだ。確かに私たちの見た目はただのネコだけど、中身は人間。そうだと言うのに、このご主人さんは色々と無防備すぎる。
いや、まぁ、私たちがネコじゃないってことをご主人さんが知らないのだから仕方の無いことなんだけど。
「へっ? あ、えと、ボ、ボクは遠慮するニャ。此処で充分満足ニャ」
良かった。どうやらまた叩かなくても良いらしい。
ここ最近、やたら彼とご主人さんの距離が近い気がしていたから、少し心配だった。
「あっ、う、うん! そっか、そうだよね! そ、それじゃあ、白ネコさんはどう?」
……あれ? なに、この空気。
いつものご主人さんなら、多少無理やり気味でも彼を連れて行こうとする感じなんだけど……
「私も此処で満足。ご主人さんはゆっくり楽しんできて」
「あ、了解。それじゃあ、どれくらい時間がかかるかわからないけど、ちょっと温泉に行ってくるね」
……なんだろう。もしかして、私の知らないところで、何かあったのかな? ここ最近のふたりのことを考えると、何かあったって考えるのが自然。
ただ、そんなこと聞けるわけがないし……
マズい。もしかして私だけ仲間外れ? これは私のことを話さなきゃいけない日が本当に来るかもしれない。
足湯から出たご主人さんはふらふらと何処かへ。ゲームじゃ此処以外に温泉はなかったけれど、多分、何処かにちゃんとした温泉もあると思う。
ん~……その間、私たちは何をしていようか。流石にずっと温泉の中にいたらのぼせちゃう。
「……これからの予定は?」
彼には色々と聞きたいところがあったけれど、とりあえず無難な質問を。
お互いに遠慮するような関係じゃないけど、やっぱりまだ話したり聞いたりするのは怖いから。
「んと、とりあえずご主人の武器の強化になると思うニャ」
まぁ、普通に考えたらそうだよね。もう上位ハンターになったのだから、流石にいつまでもエムロードビートでいるわけにもいかない。
「オブシドハンマー?」
「うニャ。それが良いと思ってるニャ」
ふふっ、貴方もそうだったもんね。
と、なると強いモンスターと戦えるようになるまで、ご主人さんの防具はアシラSで武器はオブシドハンマーになりそうだ。防具の方は頼りないけれど、それだけの装備ならかなり進むこともできると思う。
それから暫くの間、私と彼との間に会話はなく、ただただ温泉へその身体を溶かし続けた。
「うニャ……たまにはこういうのも悪くないニャ」
彼の言葉が何処か遠くの方から聞こえる感覚。
うん、そうだね。たまにこうやってのんびりするのも悪くないかも。
この世界へ来て、色々なことがあった。本当に色々なことがありました。ただ、その間、こうやってのんびりしている時間はなかったと思う。
特に、私が初めてこの世界へ来た時や、大老殿へ行くことになってからは毎日が忙しかった。せっかくモンハンの世界へ来たのだから、やっぱり多くのモンスターと戦いたいって思う。だから、それを悪いと思ったことはないけれど……ちょっと私たちは急ぎすぎていたのかもしれない。
そりゃあ、私たちだって有名になってしまうはずだ。この世界で私たちがやってきたことは明らかに異常だったのだろうから。
ああ……長いこと温泉へ入っているせいか、自分が何を考えているのか分からなくなってきた。そろそろ出ないとマズイかな。思考が、まとまらない。
でも……もう少しほど、この気分を味わっておきたいな。
「……ねぇ」
無意識のうちに自分の口から出た言葉。
そんな言葉ですら酷く遠くの方で聞こえた。
「うニャ?」
私の呟きに答えた彼。
何を思い、私が彼に話しかけたのかは分からない。変なことを言わなきゃ良いなぁ、なんて、今の自分を客観的に見る自分がいた。
くるくると回る思考。
積もり溜まったそれらがくるくる、くるくると私の頭の中で回った。
「貴方のことが好きです」
そして私の口から落ちたのは、そんな言葉。
それは嘘偽りない言葉であったけれど、いくつもの嘘が重なったもの。そんな言葉を私は落としてしまった。
「……そっか。うん、ありがとう」
優し気な彼の言葉が聞こえる。
どうして私がそんな言葉を落としてしまったのかが、分からない。無意識のうちにぽそりと溢れてしまった理由がよく、分からない。
「だから、これからも一緒にいてくれると私は嬉しい」
多分、多分だけど……不安だったんだと思う。
私と彼はこんなにも近い距離にいると言うのに、最近になってそんな彼が何処か遠くへ行ってしまうような気がしていたから。
そんな不安があったからあんな言葉を落としちゃったのかなって思う。
そして、私の言葉に彼は――
「……ごめん。俺も君のことは嫌いじゃないけれどさ、他に好きな人がいるんだ。待っていてくれているのかは分からないけれど、いつか帰らなきゃいけない。だから……俺はその言葉に応えることができないかな」
なんて言葉を落とした。
ふふっ、あーあ……フラれてしまいました。
でも、悪い気分じゃない。だって、彼の言う好きな人ってのはきっと……
そうであってほしいな。そうであったら良いな。
今、此処で私が私のことを話したら彼はどんな表情をしてくれるだろうか。そんな酷く自分勝手なことを思ってしまう。遊び半分で振り回してしまうのは良いことじゃないというのに。
結局のところ、私が自分のことを話さないから、勝手にひとりで不安になっていただけってことなんだろう。この彼はずっとずっと変わらないままだったというのに。
ごめんなさい。こんな我が儘な私で。
ありがとう。こんな我が儘な私に。
それでも、これからもまた一緒に居てくれれば私は嬉しいです。
私の気持ちを彼に伝え、彼からもその気持ちを教えてもらった。
お互いに、随分と可愛らしい見た目となってしまったけれど、きっときっとその中身は変わっていないはず。
そんなことを分かったことが嬉しくて、そんなことが分かったところで、私の意識は途切れた。
温泉は良いものだけど、ちょっと長い時間入りすぎちゃったね。
パチリと目を開けると知らない天井だった。
起き上がってから周りの様子を確認すれば、やはり見たことのない景色。どこの建物の中なんだろう。
「あっ、大丈夫? 白ネコさん」
そして、ご主人さんの声が聞こえた。
ああ、そっか。あのまま倒れちゃったのか。なんとも申し訳ないことをしてしまった。
「……うん、大丈夫」
ご心配をおかけしました。
ご主人さん以外に人影は見当たらない。あの彼は何処かに行っているのかな?
「ふふっ、温泉は良かったけど、のぼせちゃうのは問題だね」
「うん、問題だ」
……意識が途切れる前のことを思い出す。
忘れてなんかいない。私がどんな言葉を彼に落としたのかはっきりと覚えている。
うわぁ……わ、私はなんて恥ずかしいことを……
「うーん、まだ顔が赤いし、もう少し休んでいた方が良さそうだね」
いや、それは多分また違った理由で……
だって、次からどんな顔をして彼と会えば良いのか全く分からない。もし、ただ私がフラれただけなら問題はないけど、私と彼の関係は……まぁ、その色々ありますし。
それに彼だって私にどう接して良いのか分からないと思う。もういっそのこと、のぼせていたから何も覚えていないってことにした方が良いかも。
いや、でも、此処で彼に本当のことを話す良い機会かもしれないし……あぅ、どうしよう。
……うん、まぁ、とりあえずは様子見ってことにしておこう。
そろそろ白ネコさんにも頑張ってもらいたいところ
次話からはまたモンスターと戦う日々に……戻ってくれるかなぁ