……白ネコさん、お願いします
相棒との会話を終え、皆のいる場所へ戻り、それから打ち上げをしたわけだけど……そんな打ち上げのことはよく覚えていない。それほどに、あの相棒との会話が効いたってことなんだろう。
あの相棒がどうしてあんなことを言ったのか。その本当の理由はやっぱり分からない。そりゃあ、色々な想像はできる。できるけれども……本当の理由は分からないよ。
昔から、そういう類のことが苦手だったっていう自覚はある。それでも、あの相棒にあそこまで言わせてしまう自分が情けなく……酷く惨めに思えた。
この世界へ来たのはもう3度目。元の世界で溜め込んだ知識を活かし、多くのモンスターを倒してきた。けれども、俺は止まってばかりだ。
そして、俺が止まってしまう原因は狩りのことじゃなく、何時だって人と人との関係のこと。
悩んでばかり。後悔してばかり。そんな度に周りの仲間に助けられてきた。
詰まるところ、全く成長してないってことなんかね。人間的に。
どれだけ多くのモンスターを倒そうが、どれだけ優秀な防具で身を固めようが、その中身はポンコツのままだ。
このままじゃダメだって分かっている。そんなままでも前へ進まなきゃいけないってことも知っている。そうだというのに、俺は止まってばかりだ。進歩が見られない。
そんな俺が此処まで歩んで来ることができたのは、頼もしい仲間たちのおかげ。そんなことだって分かっているつもりだったんだがなぁ。
……難しいよね。人間って。
確定行動もなければ、絶対的な攻略法もない。理不尽なハメ技を容赦なく使ってくるし、こっちの攻撃が届かないことばかり。そんなせいで、どんなに強いモンスターよりも戦いにくい。戦い方が俺には分からない。
だいたい、あんなことを言われた俺はどうすりゃ良いんだ。
例え、どんなに距離が離れようと、世界を越えようと、あの相棒が俺にとって大切な仲間であることに変わらない。あんなことを言われたのは確かに驚いた。でも、だからといって今までの関係を崩してしまう理由にはならんだろ。
今はご主人のオトモとして戦っているし、オストガロアを倒した時、俺たちがまた消えてしまう可能性は高い。けれども、あの相棒とまた一緒のパーティーを組みたいというのは本当のこと。それこそ――元の世界を捨てても良いと思うくらい。
それなのに、あんなお別れの挨拶じみたことを言われてしまうと……
まぁ、それもこれも俺が相棒に伝えなかったからなんだろう。何にビビっているのか知らんが、どうしてこの身体はこんな時ばかり臆病になってしまうのだろうか。
感情と行動の矛盾。言葉にしなければ伝わらない。そんなこと痛いくらい分かっているはずなのに……
その日は、そんなことを延々と考え続けていた。
このままあの相棒と別れてしまうのは絶対に避けたい。
それがどのくらい残ってくれているのか分からないけれど、どうやら勇気を出さなきゃいけない時が来たんだと思う。
―――――――――
……さて、これはどうしたものだろう。
あの彼じゃなく、何故か私に目を付け始めた妹さんもどうにかしなきゃいけないけれど、それよりももっと面倒なことがある。
その内容がどんなものだったのかは分からない。でも、楽しい内容じゃなかったことは確か。
だって、明らかに彼の様子がおかしいもん。
話があると言ってからあの娘と一緒に席を離れ、戻ってきたらこの有様。あの彼のことだし、どうせまた、余計なことで悩んじゃっているんだと思う。彼の様子がおかしい時の原因はだいたいそんなもの。
そして、あの娘だってそうだ。
明るく普段通りに振舞おうとしているのがよく分かる。ふたりでどんな会話をしたのか知らないけど、また面倒なことになったなぁ。こんなことになるのなら、無理矢理でもついて行けば良かった。
あのふたりの仲はすごく良いし、相性だって良い。けれども、そのせいでハマってしまう時はとことんハマる。良い方向へも、悪い方向へも。そして、今回はどうやら後者だったらしい。そんなことは今までに何度もあった。
さてさて、問題なのはここから。とりあえず彼が悪いのは確かだ。どうせ、あの娘にちゃんと伝えられなかったせいで、すれ違いが生じたとかそんなことが原因だと思う。それで、悪い方へ考えがちなあの娘が何かしちゃったんだろうなぁ……
あの彼が、ああなってしまうのはよくあることだから問題ない。放っておいても何とかなると思う。だから、今はあの娘の方をどうにかしないと。
「っと、うん? どしたの、白ネコちゃん」
打ち上げも終わり、後は寝るだけ。でも、このまま明日になるのはよろしくない。
だから、私がちょっとだけ頑張ってみる。
「……ガールズトークしよ」
結局のところ、このメンバー中での私の役割は変わっていない。
「……それで、何があったの?」
まどろっこしいのは無し。単刀直入。そうでもしないと、この娘はいらないことを喋って自爆する。
「あー……やっぱり分かります?」
「分かる。だって、アレだけの時間を一緒に過ごしたんだもの」
馬鹿にしないでほしい。今は離れてしまい、一緒のパーティーを組むことができなくなってしまった。だからといって、昔のことがなかったことになるわけじゃない。
こうして離れた今だって、この娘は私の大切な仲間で大事な親友だ。
「笛ちゃんも変わらないね……」
い、いや、そんなことはない。ちゃんと成長したし、これからもちゃんと大きくなる。どことは言わないけど。
「貴女だって変わってないこともある」
やたらと大人びて見えることもあるけれど、この娘はこの娘のままだ。
それに、例えこの娘が変わったとしても、私のこの娘に対する気持ちまでは変わらない。
「そう、なのかな? 私もよく分かんないや」
泣きそうな顔をしながら言葉を落としたあの娘。
どうやら思っていたよりも状況はよろしくないらしい。むぅ、ボケるにボケられなくなった。
「それで、何があったの?」
それじゃあ、そろそろ本題に入るとしよう。このまま続けたらこの娘、泣き出しそうだな勢いだし。
「その……彼に告白しました」
…………うん?
「ごめん。何言ってるか分かんなかった。もっかい言って」
「えっ、あっ、いや……だから、そのぉ……彼にですね、好きだと告白を……」
……ちょっと、待ってね。
流石にこれは予想外だ。開幕初手で最終兵器を使われた気分。不意打ちもいいところ。
いや、ちょっと、本当に待ってほしい。言っていることは分かるけど、意味が分からない。だいたい、
そして何よりそんなことは……そんなことをしたら――
「……なんでそんな傷つけるようなことを?」
傷つくに決まっている。
それくらいはこの娘だって、分かっているはず。
「あぅ、そうだよね……やっぱり彼、かなり傷ついていたよね……」
「違う、そっちじゃない」
あの彼は別に良いんだ。そんなのいつものことだし。それに、よくメンタルをボコボコにされているせいか、あれで彼はなかなかに打たれ強い。
でも、この娘は違う。そうじゃない。
「私が聞きたいのは、どうしてそんな自分を傷つけるようなことをしたのかってこと」
何を思って、そんなことをしたのかは分からない。でも、それが正しい選択だったとは思えなかった。今回はお互いに傷つきあったところで、その傷を帳消しにできるようなメリットはないと思う。
まぁ、この娘のことだし、半分は勢いだったんだろうなぁ。
「……だって、私はもう笛ちゃんたちと一緒にいられない」
叫ぶように、けれども静かに静かにあの娘は言葉を落とした。
そんなあの娘の目には雫が溜まり始めている。
「私はもうあの彼の
そして、言の葉とともに雫がこぼれ落ちた。
……ふむ、なるほど。だいたい分かった。
この娘がここまで凹んでしまっているのは、多分ご主人さんと一緒にクエストへ行ったのも原因だと思う。あのご主人さん、今はすごく良い感じだし、影響されちゃったのかな。しまったなぁ、ご主人さんの心配しかしてなかった。
さて、予想以上にシリアスな感じになってしまったけれど、これくらいなら問題ない。結局のところ、今回だっていつも通りのすれ違いだもの。
それくらいならよくあることだ。
私にできることは少ない。でも、ここは頑張らなきゃいけないところ。それが私の役割なのだから。
「……もし、貴女が私よりも早く彼に告白をしていたら、あの彼と付き合っていたのは貴女だったと思う」
「へっ? え、えと……う、うん」
あまりそういうことを想像したくないけれど、あの彼とこの娘が付き合う可能性は充分にあった。それこそ――私と彼が付き合う可能性よりも。
それほどに、この娘と彼の仲と相性はよく見えた。それに、言葉として聞いていなかったけれど、この娘が彼を好きだったのは確か。
この娘の境遇を考えれば、そうなるのは自然なこと。そして、あの彼だって私と付き合っていなければ、この娘の告白を受け入れたはず。それも確かなこと。
じゃあ、どうしてそうならなかったのかというと、私が横からかっさらったってのはもちろんある。
でもそれ以上に、この娘が引いてしまったというのが大きい。それは、私のことを考えてってのもあるし、自分じゃ彼と釣り合わないとか思っていたんだろうなぁ。この娘はそういう性格なんだ。
悪い方へ悪い方へ考え、一歩引いてしまう。いつもそうだとは言わないけど、この娘はそんな性格。私とは正反対だ。
そんな性格だもん、色々と溜め込んじゃうよね。そして、今回はその溜め込んでいたものが出てきてしまった。きっとそういうこと。
「貴女はもっと自由に生きて良い」
「……それが難しいんだ」
うん、まぁ、そうなんだけど。
なんだ、窮屈な生き方をしている自覚はあったんだ。
「それに……私はまだ貴女のことを大切な仲間だって思っている。そして、あの彼だってそう思っているはず」
それだけは確かなこと。
「……でも、笛ちゃんたちはまた消えちゃうんでしょ?」
「そうかもしれないし、それは私たちが決められることじゃない」
普通に考えれば、今回はオストガロアを倒したときに消えてしまうはず。私たちの意思なんて関係なく。
「じゃあ……」
「でも、もし消えずにこの世界に残ることができたら、また貴女と一緒にいるって約束する」
そうなる可能性は低いし、随分と自分勝手なことを言っているってことも分かっている。
それでも、ここは私が我が儘に言わなきゃいけない場面。あの彼とこの娘が言わない代わりに私が言わなきゃいけない。
「……その時、彼も一緒にいてくれるかな?」
「大丈夫、引きずってでも連れて行くから」
そんなことには、まずならないと思うけど。
「ふふっ、相変わらずだね」
それが私だもん。それだけは変えられない。
その目にまだ涙は残っているけれど、漸くあの娘が笑ってくれた。これで少しは元に戻ってくれたのかな。そうだと良いな。
……むぅ、それほど長い時間、お喋りをしていたわけじゃないけれど、そろそろ眠い。
けれども、まだ言わなきゃいけないことが残っている。
「それとだけど……」
「うん」
この娘は私にとって大切な仲間であり親友。
この世界の人間がNPCとしか思えなかった私を変えてくれた存在。この娘にはあの彼と同じくらい救われたし、今もこうしてこの世界を楽しめているのはこの娘のおかげ。
返しきれないほどの恩があって、あのパーティーにいたのがこの娘で良かったと心から思っている。
そんな存在ではあるけれど――
「彼の隣だけは譲らない」
それだけは譲れない。
彼と付き合うようになった今でも、この娘は私のライバルだ。少しでも油断をすれば彼を取られてしまってもおかしくない。そんな危機感。それほどに、彼とこの娘の仲は良い。
「一日だけでもダメ?」
え? あれ? そ、そういう話をするの?
「え……え? あ、あー。ん~……い、一日くらいなら……いや、でも……」
「ふふっ、冗談です。そんなことを言ったらあの彼だって困るだろうし。それにしても、そっか。そうかぁ、もしかしたらまた一緒にいられるかもしれないんだね」
あっ、良かった、冗談か。本当に良かった。もし真剣に頼まれていたら断れなかったと思う。いや、私だってこの娘に対して後ろめたさはやっぱりあって……ま、まぁ、それはいいや。
「うん。それは約束するし、そうなるよう頑張ってみる」
何を頑張れば良いのか分からないけど。消える時は本当に突然消えちゃうからなぁ……
いっそのこと、オストガロアを私たち以外のハンターに倒してもらうってのもアリかもしれない。ただ、あの彼だってオストガロアとはやっぱり戦いたいからなんとも難しいところ。
「そう言ってもらえれば私もまた頑張れそうだ。ありがとう笛ちゃん。あー……ホント、そんな未来になればいいなぁ」
そうだね。今の生活だって楽しいけれど、そうなったらもっと楽しいと思う。
どうしても元の世界には未練がある。でも、捨てられないほどには、この世界のことが私も好きになっている。
そんなこと、昔の私じゃ全く考えられなかったというのに。
だからきっと、私だって変わっているんだ。そして、それは悪い方向にってことばかりじゃないはず。
まだ完全に元通りってわけではない。それでも、あの娘の調子はかなり戻ってくれたと思う。
この娘には随分と苦労をかけてしまっている。そのことを申し訳ないって思っているけれど、今の私にできることはそれほど多くない。
だから、私にできるのはこれくらいだ。
そして、そんな会話をあの娘とした後だけど、結局朝までお喋りを続けることになった。いつもなら直ぐに寝てしまう私も、こんな時くらいはちゃんと起きていられるらしい。
そんなお喋りの内容は……割愛ってことで。
これで、この娘とはまた暫くの間お別れ。
けれども、きっと再会できる。そして、昔みたいにまた一緒にいることができるはず。そうなる可能性はすごく低いし、何の確証もない。
そうだというのに、そんな予感がした。
さて、私にできるのはここまでだ。あとはあの彼に任せるとしよう。