鈴色紅葉   作:足の裏の歌

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~3~

「このクラスの担任になった高畑だ。これからよろしく頼むよ」

 

 今日は麻帆良女子中等部の入学式。父母たちも集まった堅苦しい式を終えて、教室の自分の席に腰を下ろした私はこれからの期待と戸惑いに溢れていた。教壇に立ち挨拶する高畑先生の言葉を受けながら胸に手をやればとくとくと早鳴っている。私は今日、中学生になった。

 

 学生生活の心構えを語る高畑先生の話を聞きつつ私はきょろきょろと辺りを見渡す。教室には私と同じ年の生徒たちが新品の制服に袖を通し、思い思いの格好で彼の話に耳を傾けていた。

 

 その中には当然ながら白い毛並みのオコジョの姿はない。

 

『式は出たるけど、教室までついてく訳にもいかんやろ』

 

 昨晩、女子寮に割り当てられている私の部屋で、カラクネは嬉しそうにそう言った。鈴音も中学生やな、と、父親が娘の成長を純粋に喜んだやさしいまなざしで。不安なのかい、とフェイトは皮肉めいた口ぶりで問いかけてきた時にはそんなことないと否定したものの、内心不安でいっぱいだった。

 

 何せ初めての学生生活だ。火星には青春を送れるような学ぶ場所はなかったし、理知的な大人が子供たちに向けて開いていた青空教室に通ったこともない。賢かった私は幼い頃から研究員として日夜兵器の開発に勤しみ、過去に戻り歴史を改変するという目的が出来てからは同年代の子供たちと遊ぶということはトンと頭から抜けていた。

 カラクネは遊びに行こうや、と誘い出してくれてはいたが、どうにも当時の私は同世代と遊ぶのが苦手で、いつも二人で料理を作ったり本を読んだり語り合ったりするのが主だった。無理やりに同世代と遊ばされた時も、必ず私の近くにはカラクネがいた。

 

 だが今日は違う。頭の上にはいつもの重みはなく、どこを探しても白い毛並みはなく、耳をそば立てても彼の低い声は聞こえず、飄々としたカラクネはどこにもいない。

 

 つまり現状――同世代の中でひとりというのは初めての経験なのだ。

 

 故に、非常に緊張している。

 

「出席番号2番、明石祐奈です! 麻帆良出身なんでわかんないことあったら何でも聞いてね! 趣味は運動、どこかいい部活あったら入るつもりです。あと好きなものは……お父さんかな? 三年間みんなよろしくにゃっ!」

 

 元気いっぱい笑顔満点で赤茶がかった黒髪の少女、明石祐奈さんがピースサインを決める。周りから巻き起こる拍手にはたと気づき、私も追随して両手を叩く。初対面の人たちが集まる中――寮で皆の顔は見ているし、火星の資料でもこのクラスの人たちの顔は確認しているのだが――自己紹介をしなければならない。おちゃらけて決めるべきか、天才少女らしくクールに決めるか、それが問題だ。

 

 クラスメイトになる人たちの中には見知った相手もいる。麻帆良大学工学部まで協力を取り付けに行ったハカセと裏つながりで話す機会のあったせつなサン、それにハカセと共に起動させたガノノイドである絡操茶々丸と、彼女を預けに行ったエヴァンジェリンの四人。

 

 彼女たちは目的があって接触したために割り切った無難な初会合を果たせたと思っているが、この度はちょっと違う。これから三年間、正確に言えば計画を果たすための二年と少しの間、クラス替えもなく彼女たちと過ごしていくのだ。

 正直なところ、どのような立ち位置で接してゆけば良いのか、私自身距離感を図りかねているのだ。

 

「桜咲刹那です。寮では弟も一緒なのでご迷惑をかけるかもしれませんが、みなさんよろしくお願いします」

 

 日本を代表する退魔剣士集団のひとりなだけあり、ぴしりと鋭角に頭を下げたせつなサンに質問の雨嵐が襲い掛かっていた。てかもうせつなサンの順番なのかね? 早くないかね?

 

 育ての親が一緒で、料理が得意な方がいれば教えていただけると嬉しいです、こちらでもよろしくお願いします、と、辟易しながらも柔和な表情で答えるせつなサンは、私が火星で見た資料に残されていた態度とは異なっていた。

 

 この時期の彼女はもっと険のある言動をし、他者を遠ざけるスタンスを取っていたはずだ。だが現状は百八十度違っていた。垣間見える鋭さをそれ以上のやわらかさがつつみこみ、ちょっと堅物そうだが親しみやすい雰囲気がせつなサンから醸し出されている。それはやはり、小太郎が一緒に麻帆良へ来ているからだろう。

 彼がいて、彼の姉として振る舞おうとしているからこそ、本来ネギ・スプリングフィールドが京都を訪れ、旧世界の姫でありせつなサンの幼馴染兼護衛対象の近衛木乃香さんと和解を果たすまで外に出てこなかった彼女本来の性格がにじみ出しているのだろう。

 

「コタ君にうちんとこにも遊び来てぇてゆうとってなぁ」

 

「はい、必ず」

 

 微笑んだ木乃香さんに微笑み返しているせつなサンの。これは私たちがこの時代に来たために起きたイレギュラーで、本来いないはずの異物である私たちが作り出した現状だ。二人の間に流れるあたたかい空気を感じると時を越えてよかったのかもしれない――そう思う反面で傍観者的に自分を俯瞰するもう一人の私の存在に気づいた。

 私たちがこの時代を来訪するだけでひとつの人間関係が変わってしまった。つまり別の場所でも目の前の光景のように、出会うはずの人が出会わず、出会うはずのなかった人が出会っているのだろう。

 

 解っていたつもりだ。理解して、その上で私は私の未来を変えるためにこの時代を訪れたはずだ。なのに先ほどまで高鳴っていた胸が冷えていくのは、いないとわかっているカラクネの姿を探してしまうのは――

 

「超、次は君の番だよ」

 

 ハスキーな声に誘われて音源を向けば、褐色肌に中等部の制服がコスプレに見える美女がどうぞ、と手を差し伸べていた。人差し指で自分の顔を指せば、彼女はこくりと頷く。自己紹介の順番は私まで来ていたようだ。

 

 とりあえず立ち上がって周りを見渡す。期待と興味の入り混じった視線が四方八方から私に注がれてくる。まずいね、全然考えてなかったね。

 

「ニーツァオ、超鈴音言うネ……えーと……」

 

 やばいね、どうするね、ピンチね。こんなことだったら昨晩に考えとくんだったね。なんで考えてなかったか……そうか、昨日は中国人キャラを安定させようと肉まんを作ったんだったか。しかし昨日のはなかなか上手くできたね。ふわふわの皮に肉汁たっぷりの餡を詰め込んで、タレも自家製で作ってみてフェイトに実力差を教え込んでやった訳で――

 

「肉まん食べたいヤツは私んとこ来るネ!」

 

 ……何言ってるね私。

 

「超さんお店でも出すの?」

 

「へぁっ!? あー……うむ、点心の屋台でも出そうカト」

 

「絶対行くから! お店の名前とか決まってるの?」

 

「うむうむ、超包子とかカナ」

 

「クラスメイトだしサービスしてくれる?」

 

「良心的価格で提供させてもらうネ」

 

 いつの間にかお店出す流れになってしまったね。いや、まぁどちらにせよ資金は集める必要があったからな。これも私の天才的頭脳が導き出した完璧な受け答えというやつだな、うむ。

 

「ところで超さんも弟くんと一緒にいるよね?」

 

 ずずいと切り込んできたのは緋色の髪を後ろでひとまとめにした少女だった。確か彼女は朝倉和美さんだったか。にしても先ほどの褐色肌の美女、龍宮真名さんを含めてスタイルの良い同級生がこのクラスは多すぎないかな? 栄養の違いというやつか、それとも素質の違いなのか?

 

「フェイトとは同じ孤児院出身でネ。私が麻帆良に行くといたらついてくるといて聞かなくて……またく甘えん坊な弟分ヨ」

 

 ハハハと笑って答えればどうにもクラスの雰囲気が沈んでいるようで、そういえばこの時代の日本では孤児院育ちは一般的ではなかったのだと口にした言葉に後悔し、取り繕うように私は続けた。

 

「ま、でも楽しくやているから気にせず色んなことを教えて欲しいネ。そして私の点心たくさん食べてお金を落としていてくれたら嬉しいネ」

 

「同情するならー、ってやつだね。了解、しっかり通わせてもらうね」

 

 にししといたずらっぽい笑みを浮かべ、朝倉はねぇみんな、と声をかければクラスメイト達はおー、と声を返す。いやはや、有り難いフォローね。朝倉にはサービスしなければならないな。

 

 しかし、この時代の文化慣習はしっかりと学んだつもりだったのだが、どうにもまだズレがあるようだ。今日の夜は学び直してこの身にしっかりと染み込ませないといけないかな。

 

 

 

 

 

 日はどっぷりと落ち星が空にちりばめられた夜、火星では見たことのない四季を体現した光景は私の目を楽しませてくれている。風が夜の並木道を吹き抜けば桜色の帯があたりを滑り、昼間よりも下がった温度が心地よく肌を冷やす。西洋の建築を基調にした麻帆良の一角――桜通りには満開の花が道の両脇で咲き誇っていた。

 

「なんや疲れとるな」

 

 かちゃかちゃ小さな足の爪が石畳とすり合わさり音を立てる。カラクネは首だけこちらに向けて私の前を歩いていた。

 

「あのクラス……パワーありすぎネ」

 

 後ろに続く私はこぼれるように言葉を漏らす。クラスの熱気そのままに火照る心は身体まで熱し、吐息すら熱かった。

 

 自己紹介を終え、授業の予定などを説明され、高畑先生が解散を告げてからも我がクラスは凄かった。部活動の見学に散ってその日はおしまいかと思いきや、見学の後に教室に集まり直して『クラスメイトになれたねやったよパーティー』を開催することになり、ジュースやお菓子を持ち込み生活指導員を務める新田先生の雷が落ちるまで延々教室で騒ぎ続けていたのだ。

 

「鈴音は騒ぐのに慣れとらんからな」

 

「火星では機会がなかっただけヨ」

 

「連れてったってもモジモジしとっただけやった覚えがあるんやけど」

 

「気のせいネ。第一、今日は完ぺきに溶け込んでいたヨ」

 

「うせやろ」

 

 疑うようなまなざしに私の額にしわが寄る。疲労感が全身に溜まっているせいか足取りは重くとも、振り払うようにつかつかとカラクネの前に躍り出た。別に慣れないことをして疲れた訳じゃないね。

 

「ホントだネ。みんなで飲んで騒いで、もうすでに友達も出来たカラナ、さすが私ネ」

 

「なんていう名前なんや?」

 

「中国からの留学生でクー言うネ」

 

「へぇ……どんな子やった?」

 

「立ち振る舞いに隙がなくて、資料にあたとおりに拳法の達人だたナ」

 

 古菲は形意拳と八卦掌をベースにした武術を身につけ、練り上げられた気を扱う後の世に名を残す稀代の武人だ。最後の英雄ネギ・スプリングフィールドと共に戦場を駆け、素手で鬼神と戦い悪魔の群れを単身撃破したなど数多くの武勇伝を残している。これからの計画を考えるにも要チェックな人物だ。

 

「鈴音が実際に話した印象はどうやった?」

 

「素直で元気なヤツだたネ。話しやすいし、明るいし、みんなの中心にいたヨ」

 

「そんな子と友達になれたんやったらエエことやな」

 

「うむ、だから言たろ。私は天才美少女だからな、カラクネもフェイトも私を見くびりすぎネ」

 

 ふふんと胸を張ればカラクネは私の頭の上に飛び乗ってきて、頭をなでなでした。子ども扱いされているようでどうにも気分悪いね。

 

「他にも友達は出来たか?」

 

「もちろんダ。五月は一緒にお店をやろうと言てくれたしナ」

 

「お店?」

 

「ああ。どちにしても計画のための資金を集める必要があたし、点心のお店をやろうと思ているヨ」

 

 失言から流れて出てきたことは黙っておこう。フェイトに知られたら面倒なことになりそうだからな。

 

「五月は将来に自分のお店を持つのが夢らしくて、腕を磨くためにも是非にと言われたヨ。いやはや、まだ若いのにしかりしていて大したもんネ」

 

「鈴音も同い年やろ。まー年寄り臭い発言やな」

 

「女の子にその発言は最低ネ、ダメダメだネ」

 

 はぁと肩を落としておおげさに溜息をついて反応をうかがうもカラクネはまるで無視するように私の頭の上から飛び降りて、振り向きもせず進んでいく。まったく、これで人間だった頃は結婚していたというんだから信じられないね。

 

「他にはどんなことがあったんや?」

 

 西洋の建築は段々と消えていき、かわりに木々や川などの自然が視界の大半を占めていく。それからも歩きつつぶちぶちとクラスであったことを話していく。魔法世界の姫である神楽坂明日菜さんは世界に名だたる財閥の娘である雪広あやかさんとが急に喧嘩を始めてトトカルチョが巻き起こったことであったり、せつなサンが地球の姫である木乃香サンとおっかなびっくりしながら話していたことだったり、話題に事欠かないのはよいことだね。

 

 しかしあのクラスは中々に厄けたクラスね。まぁ重要人物を守るなら一か所に集めておいた方が管理もし易いから理解できないことはないのだが。私の前に自己紹介した美女も有名なスナイパーである龍宮真名さんだったし、彼女も雇われてあのクラスに入っているのだろうか。

 

 そしてこれから会いに行く『闇の福音』も、私のクラスに在籍していた。入学式が終わると早々にいなくなっていた彼女には私がハカセと共同開発したガノノイド――絡繰茶々丸を預けている。共同開発といってもほぼ八割がたハカセの功績で、私は最後の手助けをしただけなのだが。

 

 さらさらと水の流れる音が耳に入ってくる。川にかかった橋を越えて行けば林の中の開けた場所にログハウスが建っていた。ここが私の生まれた火星にもその名をとどろかせていたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの住居だ。

 彼女に茶々丸を預けた理由は単純明快。これから私が行おうとしている計画において一番のイレギュラーとなりえるからだ。綿密に紡ぎあげていく予定の計画であるが理不尽な暴力はそれを一蹴する。純粋な力というものはそれほどに危険だということを、私は火星でよく学んだつもりだ。

 

 茶々丸はいうなればエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを動かさないための対価だ。人形遣いとしても有名な彼女に茶々丸を預ければ後継機の開発にも役立つという思惑もあるのだが。

 

 扉の前に立ち、私は大きく深呼吸する。先とは違う意味で胸は高鳴っている。

 ここはひとつのターニングポイントだ。ネギ・スプリングフィールドの父親であるナギ・スプリングフィールドに麻帆良に封じられ魔力の大半を扱えなくなっているとはいえ、その気になれば私はひと捻りにされるだろう。魔力がない程度でどうにかなるのならば、六百年の長きに渡り生き続けることは出来ないはずなのだから。

 

「鈴音はさ、今日は楽しかったんやな」

 

 ふっと足下から声がかかった。なんともタイミングのずれた発言だ。

 

「まぁ退屈はしそうにないネ」

 

「そか……なら楽しまなアカンで。鈴音がこれからする経験はお前の作る未来の糧になるんやし、幸せな未来を作るんやったら鈴音が幸せを知っとかんとな」

 

 このオコジョは何とも、まぁ――

 

「そんなこと言われないでも解っているヨ」

 

 私はニヤリと口元を持ち上げて、ログハウスの扉をノックした。脈打つ心臓は心地よいリズムを奏でていた。

 

 

 

 

 

 机の上も、椅子の上も、人形だらけなファンシーな部屋で俺はひとり待っている。鈴音の作ったガノノイドとやらのチェックのためにこの場所を訪れた訳なのだが、俺はまるで機械は門下外なので蚊帳の外だ。女の子型らしいから俺がいるのもまずいだろうしさ。

 

 にしても少女趣味な家だな。右を見ても左を見ても人形だらけで、そのどれもがゴスロリ的な服装をしている。個人的には人形には和装のイメージなんだがな。これも俺の近くにあった人形が西洋人形ではなくて市松人形が多かった影響なのかね。

 

「ケケケ」

 

 甲高いとも低いともいえる、フェイトとはまた違った無機質な声が人形たちの中から聞こえてきた。音源は二頭身の人形からで、それは他のものとは異質な雰囲気を醸し出している。インテリアに彩りを与えるための人形ではなく、いってしまえばその対極にあるすすけたかおりと妙な愛らしさが同居していた。

 

「狂ッテルナ」

 

「なにがや?」

 

「ケケケ」

 

 声のする人形のそばに近寄れば、それは鈴音の作ったというガノノイドとよく似ていた。なんでもガノノイドのマスクはこの場所の主、エヴァンジェリンがデザインをしたらしいからその影響だろう。

 

 緑髪の人形はカタカタと口を動かし、ぐるりと頭を回した。

 

「最近暇ダッタカラナ、コレカラ楽シクナリソウダゼ」

 

 その眼は暗く、深く、血に濡り固められたようだった。

 

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