鈴色紅葉   作:足の裏の歌

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「今日は肉まんもどきを作ってみたネ、お味はどうかナ?」

 

「うん、美味いは美味いんやけど……その喋り方はなんやねん」

 

「中国人ぽくしてみたネ」

 

「はー、そらえらいテンプレな」

 

「まずは形から入ることが重要ヨ。これで私も立派な中国人ネ」

 

 にこにこと無邪気な笑みを浮かべる鈴音にそんな中国人いるか、とツッコミを入れたくなるがやる気になっている気持ちを折るのも申し訳ない。研究室の薄暗い電灯の下、人工肉のパサついた感触を旨みあるスープでカバーし、やわらかな皮と絶妙なハーモニーを奏でる肉まんを口にしながら俺は机の上に肘を立てた。

 

「お行儀悪いネ」

 

 お小言を言いながらあぐあぐと肉まんをほおばる鈴音はひとつの大きな決心をした。

 

 時間逆行による歴史改変。歴史の修正力による影響は、因果律への反逆による自己崩壊は、バタフライ効果によるより悪い未来への進行は――と、考えれば色々と思うところはあるが、彼女が決めて行おうとしていることだ。その道の一助となり、同じ罪を背負ってみようかという想いは偽りない決意として俺の胸に突き立っている。

 

 ただ、その前にひとつだけ聞いておかなければならないことがあった。

 

「鈴音はどの時代に逆行してどの場所で計画を実行する気なんや?」

 

 質問には真剣なまなざしが返ってきた。かぶりついていた肉まんを机の上に置き、その隣にあった懐中時計を指でさする鈴音に続ける。

 

「ネットを使うてゆうとったってことはほどほどに発展しとる過去にさかのぼる訳や。強制認識魔法を使うとも言っとったっちゅうことは霊地に行くつもりなんやろ」

 

「…………」

 

「だんまりか……ま、予想はついとる。あの坊主、ネギ・スプリングフィールドがおったころの麻帆良に行くつもりなんやな」

 

 最後の英雄ネギ・スプリングフィールド。彼は魔法世界でその名をとどろかせる以前、麻帆良学園女子中等部で教員を務めていた。そんな彼は受け持ったクラスで、以降公私共に彼を支えてゆくことになるパートナーたちと出会うことになるのだが――

 

「俺はその考えには反対やで」

 

「……理由を聞かせてほしいネ」

 

 乗り出してくるような雰囲気を抑え込んでいる、そう俺に感じ取らせる鈴音が発した声色はかたかった。

 

「ひとつにネットが発展しとらん、テレビが普及しとる時代でも認識させることは可能やってことや。未来技術で電波ジャックしてサブリミナル効果でも発揮させればエエし、ネットを使わなきゃアカン理由は見当たらん」

 

 サブリミナル効果とは意識と潜在意識の境界より下、認識できないほどの速度と小ささで脳に刺激を与えることで表れるとされていること。繰り返し広告を見ていれば何となく惹かれてしまい、許容のハードルを下げる効果がある現象だ。

 あらゆる電波回線に魔法は存在する、魔法使いは親しい隣人である、というメッセージのせて送ればネットでの情報操作と同様の効果が得られるだろう。

 

「仮にネットで情報操作を行う必要があるとしても、霊地の選択は麻帆良である必要はないやろ」

 

 地球に12か所ある霊地。それは何も麻帆良だけではなく点在している。わざわざ最後の英雄と呼ばれるようになった彼が赴任してくる地を選ぶ必要はないのだ。

 

「軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ」

 

「孫子カ……戦わずに勝つが上策というのは理解しているつもりネ」

 

「ならなんで麻帆良を、あの坊主の来る時代を選ぶんや?」

 

 鈴音は聡い子だ。本当に目的を果たすためならば、それだけを本懐とするならば、やり方はいくらでもあるということは理解しているだろう。

 脅威となりうる戦力のいない時代を訪れ、計画に対するイレギュラーを徹底的に排除し、未来の知識と技術で財を得て伏線を張り、誰に知られることもなく誰に気づかれることもなく、さながら夢のように実行する――たったそれだけでよいのだ。

 

 だが彼女はそれとは違う方法を選ぼうとしている。

 強い意志を宿した眼差しで、自分自身に言い聞かせるように鈴音は言葉を刻んだ。

 

「踏み越えなきゃいけないからネ。過去を変えるほどの大きな事を為すためには計画を、己が身を、危険に晒さないというのは私の矜持に反するヨ」

 

 鈴音は矜持といった。彼女が今口にした不退転の想いは誇り高いと言えるのかもしれない。

 

「それだけじゃないネ。仮に失敗したとしてもネギ・スプリングフィールドが私の野望を踏み砕いて進むことで、よりよい未来を築いていくための助力になるはずダ」

 

 誇りを掲げ機械のように行おうとしないのは、超鈴音は人間で、まだ幼い子供だからだろう。

 

「……そか。ま、俺より鈴音の方が賢いからな、いろいろ考えとるんやったらエエで」

 

 そして、それで良いのだと思う。口には出さないが鈴音には鈴音なりに思うところがあるのだ。それはいまだ語ってくれない彼女の出自のことが関係し、自分自身にくすぶっている何かを決着させるためにあの坊主の生きた時代を選んだのだろう。

 

 人は機械のように合理的に生きてゆくことはできない。環境から、周囲から、影響を受け、悩み惑い成長し自己を確立させる。鈴音の為にもあの時代――俺の生きた平和な時代に行くのは良いこととなるはずだ。

 

「麻帆良に行った後は?」

 

「大学で計画のための準備を行いながら謎の天才美少女として暗躍するつもりヨ」

 

「そらエエけど、俺連れてったら魔法知っとるって看板持って歩くようなもんやで。その辺りは考えとるんか?」

 

「……考えてなかたネ」

 

「ほな魔法世界からの留学生ってことにするんがええやろ。どっちにしても海千山千の近衛の爺様には鈴音の暗躍は見透かされるやろうし」

 

「虎穴に入らざれば虎子を得ず、カ。お膝下で信頼を獲得する訳だナ」

 

 ならば魔法を使えるようになっておかないといけないネ、と鈴音は拳をぎゅっと握る。残っていた肉まんを口に含みもごもごと、武術の練習もする必要があるネ、と続けた彼女に俺は微笑みながら口を開いた。

 

「行儀が悪いで」

 

 

 

 

 

 

 荘厳な石造りの町並みはかろうじて形を保つほどに朽ち、瓦解した光景が戦闘の跡として生々しく残る。耳に入るは爆発音。雷の暴風が、闇と氷の嵐が、炎と土の烈風が、空覆うここは火星と地球の最前線。

 目の前の命の奪い合いにぞわりとすくむ背中を気合で押し出して、私はずりずりと先導者を追う。

 

 旧ウェスペルタティア王国の王都オスティアは今日も今日とて戦争の渦中にあった。

 

「はー、凄いことになっとるな」

 

 弾丸が目と鼻の先に着弾し、硝煙のにおいが鼻にねじり入ってくる。どこからともなく現れた炎の熱波が肌を焼く。経験したことのない戦場の空気感に張り詰めさせられる頭の中に落ちたのは、研究室でお茶をしている時と何ら変わらぬカラクネの声だった。

 

 何か答えねば――そう思うが私の身体の奥底から沸き起こってきた緊張感がのどまで上がった言葉を押し返す。会話する余裕を周囲の環境と私の本能が許してくれないのだ。

 

 時間操作懐中時計『カシオペア』は構想から数年の歳月を経て完成した。胸元に感じるわずかな、されど高く深い重みがその証だ。

 

 今日、この日、私は時を越えて過去に赴く――静かで感動的な場面になると思っていたがそんなもの甘く脆い幻想で、轟音と緊張感で私の心臓はバクバク和太鼓のように鳴っていた。

 

 その理由はいたって単純明快。作れたはいいがカシオペアを起動するための魔力がまったくもって、想定以上に足りなかったためだ。

 ワームホールを生み出すほどの光魔法の多重発動には顎が落ちるほどの魔力が必要だった。取り込める魔力が並みの魔法使い程度しかない私では一万人いたところで疑問符がつくほどの膨大な量。議論する価値もなく個人での起動は不可能で、オコジョであるカラクネでは砂粒を砂漠に撒く程度にしかならない。

 

 という訳で、私は火星と地球がゲートでつながっているオスティアを訪れている。火星連合本拠地から戦場に赴く輸送船に、制作した『T-NAK』の実戦での様子をこの目で見る必要があると説得し乗り込んでこの地に降り立ったのだ。

 

 火星と地球と間に火種が落ち、血で血を洗う闘争が訪れてから魔法世界と呼ばれていた当時にあった地球とのゲートはここを除き閉鎖された。戦力のゲリラ的流入を防ぐべく、地球の首脳陣が真っ先にその決定を下したためだ。

 その中で唯一の例外が私の今いる旧ウェスペルタティア王国の王都オスティア。閉鎖しなかったのは閉鎖できなかったためだ。

 

「あれが世界樹カ」

 

 ぽつりとかすかな声は命を削りあう炸裂音によってかき消される。視線の先、戦火の中枢、そしておそらくオスティアの町の中心部であろう場所に虚像としてそれはあった。

 木などかつて見た紅葉以外に見たことがない私でも規格外だということは理解できる。太く、厚く、高く、広い、光をまとった巨木がそこに堂々根を張っていた。

 

「多分虚像やろうけどな」

 

「大発光の影響か……凄まじいネ」

 

 カシオペア起動させるには、地球からの魔力を運び込む世界樹を利用する方法しか思い浮かばなかった。震える身体を胸に詰め込んだ夢と野望で喝を入れて、私はぎゅっと震えを押しとどめるように両手を握り合わせる。

 

 地球がオスティアのゲートを閉じなかったのは、かつてひとつの惑星に大気と水をもたらしたほどのゲートにすべて栓をしてしまえばどんな異常現象が襲いきても不思議ではないからだ。世界樹が吸い込みため込み切れなかった魔力を放出するのが今、私の目の前で行われている大発光現象だが、零れ落ちた一滴を流用すれば魔法使いたち数十人が必要な大魔法の詠唱をわずか数人で行えてしまう。触らぬ神に祟りなしとはまさにこのことね。

 

 付け加えるならばゲートを閉じてしまえば贄として使っている火星が利用できなくなるからだ。故に、現在の火星連合の目的はゲートの破壊となっている。

 

 閉じなかったのか、閉じたくないのか――その問答を私は考えたくもなかった。

 

「魔力はどんなもんや?」

 

 尋ねてきたカラクネにカシオペアを確認すれば、満タンいっぱいまで魔力が取り込まれていた。改めて世界樹の異様さに息をのまされる。伊達じゃないね世界樹、凄いね世界樹。

 

 頬が自然と緩む。足を一歩踏み入れれば戦場であるこの場所で、気づけば肩の力は抜け落ちていた。

 

「行くかネ、過去に」

 

「せやな。久々に人工ものやない飯が食えると思ったらうきうきやで」

 

 期待に染まったカラクネの声音を聞きながらカシオペアの起動ボタンに指をかける。

 

 頭の上にいつもの重みを受けながら――私は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 ごしごし目をこする。頭の上のカラクネに手をかけ、目の前に持ってくる。白い毛並み、飄々とした表情――うん、いつもと変わらぬカラクネね。

 

「ここはどこネ?」

 

「時間だけ越えたんやったらオスティアやろな」

 

「ほんとにホントに、オスティアなのカ?」

 

「俺らの慣れ親しんだ火星やないことだけは間違いないみたいやけど……」

 

 荘厳な石造りの町並みに劣化の跡はあるが、形を残して私の目の前に広がっていた。

 薄い霧の向こう側には目に新しい、火星では見たことのない緑が寝そべっている。

 

「成功、した?」

 

「たぶんな、この景観は見たことがあるで。正真正銘、戦争になる前の火星――魔法世界やろ」

 

「やったネーっ! 見たかカラクネ! 私はやってやったネ!」

 

「うん、さすがは俺の娘や。と、喜ぶ気持ちはわかるんやけどな鈴音、ちと俺の話を聞いて欲しいんや」

 

 うるさいね、今私は感動に満ち満ちているのね。

 さてこれからどうするか――なんてことはしっかり考えている。準備は十全に、欠陥の無いように、ただかわいいだけの少女と見間違えてもらっちゃ困るよ。

 

「グルゥ」

 

 うるさいね、小動物のくせに肉食獣みたいな真似して。なまいきぃね。

 

「グルルッ」

 

 べちょり、生臭い雨が降ってきた。霧の向こう側では太陽がしっかりと自己主張をしている。空自体は晴れ渡り、この素晴らしい日を祝福しているのだろう。

 

 ゆっくりと顔をあげてみれば心躍る、ステップでも踏みたい気分の私を邪魔するように大きな影が視界を塞いでいた。ぎらつく牙、赤い舌、不規則に並んだ鱗――もう一度、生臭い雨が顔に落ちた。

 

「グルアァァッ!」

 

 耳をつんざく咆哮は書籍の中でだけ見た幻想の代表――ドラゴンの唸り声。

 

「逃げるで」

 

 その言葉に再起動を果たして脱兎のごとく駆け出した私を追いかけてくる巨体を背後に叫ぶ。

 

「なんで教えてくれなかったのネ!」

 

「言っても聞かんかったのは鈴音やろ。てことで俺は先行くわ」

 

 追うドラゴン、逃げる私、その前を疾風のごとく駆けてゆくカラクネ。

 過去を訪れた私の最初の重要任務は逃走とは、なんとも縁起が悪い。

 

「アイヤーッ!?」

 

 すっかり板についた中国人言葉の叫び声は過去の空気にのまれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 喧騒はまぶしかった。

 雲ひとつない澄んだ空も、戦火の跡が残らない街並みも、憂いを含まない人々の表情も。いいご身分だ――つい浮かんだ考えは嫉妬によるものだろう。狂おしいほどに私は、この光景にあこがれていたのだ。

 

「平和やな」

 

 きょろきょろと上下左右に首を振っていた私は、低い声に導かれて正面で止まった。丸い机の上でオコジョ妖精用だと渡されたカップを手に、カラクレ・ウジマーチャはコーヒーをすすっていた。

 

「まるで夢のようネ」

 

「やっぱり人の営みっちゅうんはこうあるべきなんやなぁて改めて思うわ」

 

 やわらかい視線を受けながら、私はミルクと砂糖マシマシのコーヒーを口に含む。暖かいそれはのどを潤し、わずかな苦みが思考に方向性を与えてくれる。

 

 私は魔法世界にある街――オスティアのカフェテリアにいた。時を越え、未来からついに過去へと渡るタイムトラベラーとなったひとりと一匹はドラゴンに出会い追われるという貴重な経験を得てからこの場所にたどり着いたのだ。

 遺跡となり観光地となっていた転移先から東にいくばくか進んだところ、空に浮かぶ島に建造されたここでようやく一息をつけているという訳だ。

 

「さて……これから先の行動は覚えているカ?」

 

 机の上に両ひざを立て組んだ手の上に顎を乗せ、悪役を意識した顔つきで問いかけてみれば、くつくつと喉を鳴らし小さな手で敬礼したカラクネは芝居がかった口調で答える。

 

「ゲートをハックし麻帆良に向かいます!」

 

「うむ、ではさっそく――」

 

「失礼、相席しても良いかな」

 

 意気揚々と告げようとした矢先、背後から声がかかる。

 

 話の腰を折るとはと、断らなければならないなと、不承不承で振り向けば私より少し幼い年頃の、人形のような瞳をした白髪の少年が立っていた。

 

「……へぁっ?」

 

 我ながら間抜けな音が口から洩れた。

 

 過去を訪れるということは不測の事態が起こるということ。私がこの時代に来た影響で本来の歴史とは異なる事態が起こるということ。何が起こっても大丈夫なように準備はしてきたつもりだったが――これは予想外だった。

 

 涼やかに無機質に、たたずむ少年を私は知っている。

 

「こういう場合はまず自己紹介からすべきなのかな。僕の名前はフェイト・アーウェルンクス……魔力を使わない転移術を使った君たちは何者だい?」

 

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