~1~
「あっはっは! 似合ているじゃないかネ!」
大きく口を開いて笑い声をあげる。からかう言動を受けても目の前の少年の顔はいつもと変わらぬ無表情で、そんな彼の様子と背負われた黒いランドセルのアンバランスさがまた私の笑いを誘う。
桜が開花を待つ月。二段ベッドと机が備え付けられた部屋で、麻帆良学園初等部の制服を着たフェイト・アーウェルンクス――もといフェイト・ウジマーチャは涼やかにたたずんでいた。
「なぜ僕が小学校に行かなければならないのか……理解に苦しむね」
「俺らのこと監視するんやったら一緒におらなアカンやろ。で、フェイトの見た目でふらふらしとる訳にもアカンやないか」
憮然とした口調でつぶやく彼の頭の上に乗ったカラクネは、腕を組んで嬉しそうににこついていた。
中学生入試程度は私には何の障害にもならず、麻帆良学園への入学は滞りなく進んでいた。魔法世界からゲートをくぐって地球に来る際に行ったハッキングにより戸籍を偽造し、今の私たちは潰れた孤児院出身の魔法使いとして麻帆良には認識されている。
当初の予定では私とカラクネだけでこの場所を訪れているはずだったのだが、計画にイレギュラーは付き物。ランドセル姿の劇物的人形を良いスパイスとして組み込んでいけるように変更していかなければならない。
「おーっす! 迎えきたで」
思考の海に沈んでいれば、元気満点な声とともに部屋の扉が開かれる。そちらに視線をやれば片方の肩にランドセルをかけて、指定の制服とは異なる学ランを着た黒髪の少年が無邪気な笑みで立っていた。
「おはようやでフェイト」
「……ああ」
「なんや、朝から元気ないやんけ。もしかして朝飯食うてへんのか?」
「君は朝からうるさいね」
「せや! 今日も俺は元気いっぱいやで!」
フェイトの皮肉を皮肉と取らず、天真爛漫に微笑んだ彼は犬上小太郎。本来この時期に麻帆良にいるはずのない少年だ。彼が歴史の表舞台に出てくるのはネギ・スプリングフィールドが引率して行った京都の修学旅行でのこと。フェイトにかどわかされ、そそのかされ、ネギ・スプリングフィールドと相対した時のはずだ。
それまで彼は関西呪術協会の庇護の下、彼の養父母たちと穏やかな生活を京都で行っていたはずだ。麻帆良を訪れ、初等部に通うようになるのも麻帆良がヘルマンと名乗る悪魔の襲撃を受けて以降だった。
これも私が過去に来た影響なのか――歴史が塗り替えられていた。
もとより私が過去を訪れることによって火星で資料に残されていた過去とは異なる道筋を進んでゆくことは予想していた。私のいる過去が私の生まれた未来から地続きの過去なのか、あるいはパラレルワールド的な過去なのかを判断をすることは出来ないが、今は計画を成すことでより良い未来が作られるのだと信じて進む以外道はないのだ。
笑顔を作ってたたずまいを立て直す。部屋の中の私たちに気づいてか、彼はぺこりと頭を下げる。合わせるようにゆっくりとした低い声がフェイトの頭の上から発せられた。
「犬上小太郎くんやっけ? ウチの子、フェイトのことよろしゅうな」
「おう、まかしといてや! ……てかお前の父ちゃんホンマにオコジョなんやな」
「まぁそういうことになっているよ」
「? まぁようわからんけど父ちゃんおるのはエエよなぁ」
「おや、小太郎坊主は寂しがているのかネ?」
ニヤリとからかう視線を送ってやれば頬を膨らませて、彼はわかりやすく意地を張った表情に変わる。
「そんなことあらへんで。俺も姉ちゃんと一緒に来とるし、むしろ世話したらなアカンのや」
「君の姉もダメな人なのかい?」
「んにゃ、父ちゃんに頼まれたんや、男やから守ったれーって。姉ちゃんはエエ姉ちゃんやで……料理がへたっぴやけど」
今度は照れた表情を浮かべて小太郎はにししと笑った。これくらいわかりやすければ御しやすいし愛着が沸くものなのだが、いかんせん私の弟ということになっている白髪の彼はこれまでのやり取りの中でもひとつたりとて表情を変えず、眉一本動かさず、無機質なままだった。そのくせ君の姉『も』と私への皮肉は忘れない、なんとも生意気でやりにくい相手だ。
「せやけど良かったわ。転校して初めてできた友達が裏の人間で、同じ寮にも住んどって」
私たちの今いるここは麻帆良学園中等部女子寮。この春から通うことになる私は正式にはまだ中学生ではないのだが、住む場所がないのは不便だろうという学園長の好意で少し早めに部屋を割り当てられていた。
全寮制である麻帆良中等部の学生は何か特別な理由のない限り、親元を離れて寮暮らしをする決まりとなっている。そしてここは女子寮であり、男子禁制の花園であるのだが、その中の例外が目の前の二人だ。
麻帆良の初等部に通う学生は基本的に近隣に住む子供たちが主であり、数少ない外部から来る子供たちは学園に受け入れを認可された下宿先に預けられている。ならなぜ二人は女子寮に住むことになっているかというと、来年度から中等部に通う姉という立場の相手がいるからであり、双方ともに裏に――つまり魔法に携わる魔法生徒であるからだ。
麻帆良学園は地球にある十二の霊地に建造された魔法使いたちが学ぶ学園のひとつであり、その中でも一般の生徒たちとの交流に重きを置いた学園である。影ながら人々を助けるために彼らの風習や習慣、文化や思想を肌で感じて学ぶことを信条としている。
そのためできるだけ一般生徒に近い場所で、そして環境の変化になれるために身内がいるならば、という特別な認可を学園長から受けて二人はここに住むことになったのだ。それ以外にも何か思惑があるのかもしれないが、邪推しても仕方がないことはとりあえず置いておこう。
「せや! 今日の放課後模擬戦でもせえへんか?」
「どうして僕がそんなことを」
「ええやんか、フェイト強そうやし」
「それより時間は大丈夫なんか? 電車に乗り遅れるで」
とんとフェイトの頭から飛び降りてカラクネが時計を指させば、小太郎はうずうずとした顔つきをはっとした表情に切り替えた。
「車には気を付けるがヨロシ」
「楽しんできいや」
「おう、いってきまーす!」
「…………」
私たちの言葉にぶんぶんと大きな動きで部屋から出ていく小太郎と、一瞥しただけで静かな動きで出て行ったフェイト。正反対な二人を見送って、私は疑問を投げかけた。
「カラクネはどう思う?」
「フェイトの態度か? ま、いろんなものに触れたらもうちいと感情の機敏も出てくるんやないか」
「そっちじゃ無いネ、犬上小太郎の方ヨ」
ああと納得するように小さな手を打って、カラクネはあっけらかんと二の句を継いだ。
「大丈夫やないか。鈴音が過去に来ることで起こったんかもしれへんけど、さしたる問題にはならへんやろ」
「だがどうにも気がかりネ。フェイト・アーウェルンクスとの出会い、犬上小太郎の麻帆良来襲時期……私の知っている過去と大きく食い違ってきている」
計画のことだけを考えるならばフェイト・アーウェルンクスが手駒に入ることはプラスだろう。火星に残っていた資料を見る限り彼の戦力は折り紙付きだ。戦力増強のための手間を省けるならば計画の本筋に力を注げる。
だが同時に最後の英雄の敵対者を失うことにもなる。フェイト・アーウェルンクスは仮に私たちの計画が失敗すれば本来あるべき場所に戻り、ネギ・スプリングフィールドと相対する立場をとるだろう。しかし、その時に最後の英雄は私の知る過去の戦力で悪の組織の人形に戦いを挑めるのだろうか。
「……どこかでテコ入れをする必要があるかナ」
新たな問題が頭をもたげ、私は陰鬱な気分に包まれていた。定型通りにするために敵を作るということは、最も嫌った組織のやり口とまるで同じだった。
○
若葉が芽吹きやわらかな空気感が世界を覆い、うららかな春の陽気が私を包む。ほうと思わず口にしたため息も、負の感情に後押しされたものとは一線を画し、穏やかさがのど元を解きほぐしたがために出てしまったものだろう。
あたたかい風を受けながら、私は麻帆良学園の一角を歩いていた。木々が生え並び、芝が地面を覆い、自然公園を思わせるここは麻帆良大学。
頭の上にいつもの重みはなく、目端にも白い毛並みのオコジョは見受けられない。フェイトを初等部に送る出した後、カラクネも用事があるということで今は私一人だ。なんでもオコジョ妖精協会に登録してくる、とのことだったが……元人間のカラクネが登録できるのだろうか。ま、期待せずに待っておこう。
いくばくか進めばところどころに工事中のシートがかけられたビルを視界にとらえた。あれが目的の麻帆良大学工学部だろう。モニュメントを抜けて、ビルの自動ドアをくぐれば白衣の学生たちが資料を持ち、忙しそうに行ったり来たりしていた。
「あら、迷子かしら?」
その中の一人の女性が私に気づいて近寄ってきた。来年度より麻帆良女子中等部に通う私が大学にいるのは不自然で、迷子かなと思われるのは当然であるが、とある人物に出会うためにこの場所を訪れているのだ。
「友達に会いに来たネ」
少し腰をかがめて私を見る女性にそう返せば、にっこりと彼女は微笑んだ。
「ああ、ハカセのことね」
麻帆良大学工学部には出入りを許され、研究室を与えられた小学生が一人いる。彼女の名前は葉加瀬聡美。後に火星で私たちの生活に深く根差していた『魔法工学』を体系化させた天才だ。
白衣の女性から場所を聞き、エレベーターに乗った私の心は高鳴っていた。過去を訪れるために作成したカシオペアも、地球と火星の戦争での被害を少しでも減らそうと作り上げた『T-NAK』も、すべて彼女が生み出した理論と先例を基にしている。
いうなれば私の夢と野望を生み出すきっかけをくれた相手に会いに行こうとしているのだ。憧れのアイドルに会いに行く追っかけのように、興奮と感動が私の胸を揺さぶっていた。
はやる気持ちを抑えるように、扉の前に立った私は軽くノックする。――返答はない。もう一度ノックするがやはり返事がない。
留守だったか、とノブに手をかければ鍵はかかっていないようで、かちゃりと扉は開いた。
雑然とした部屋だった。いくつもある机には資料が高く積まれ、実験用の器具や測定器があたり一面にあり、本棚には入りきらないほどの書籍が押し込められている。床には脱ぎ散らかされた服が広がり、ソファーには毛布がかけられており、弁当がらや空になったカップ麺の容器がゴミ箱には押し込められて、ここで寝泊まりしていることを私に教えてくれる。
そんな部屋の中心に三つ編み結びの小柄な人影が見えた。
「こんにちはーネ」
声をかけてみるが私に気づいた様子はない。白衣を着た少女は真剣な雰囲気で彼女の目の前にある人型の人形を見つめていた。
緑の髪に黄金比を思わせる顔。瞼を閉じたその人形は、継ぎ目の入った身体をしていた。
「これは貴女が作たのかネ?」
「ハイー。駆動系、フレーム、量子コンピューター、人工知能とすべてウチで作った産物です。AIはMIT譲りですけど」
「ということは神戸兄妹のカナ」
「あ、わかりますか? 頼み込んでなんとか融通してもらえたんですよ!」
ぐりんとこちらを向いた少女――葉加瀬聡美はそこでようよう私の存在に気づいたようで、大きな丸眼鏡の奥の眼を不思議そうな色に染めていた。
「あれ、あなたは?」
「ニーハオ、私超鈴音いうネ」
「ご丁寧に、私は葉加瀬聡美といいます。ハカセと呼んでください」
ぺこりと頭を下げればハカセも合わせて頭を下げる。ふわりと鼻に入った臭いはほんのり臭く、どうやら彼女は昨晩風呂に入らず研究を続けていたようだった。
「このガイノイドはこれで完成なのカナ?」
「はい!……と言いたいところなのですが、今一歩上手くいっていなくてですね。素体の完成はこの1月には成ったんですが、姿勢制御に動作の滑らかさにAIとの対話にと単体では上手くゆくのですがすべてまとめとなるとロボットらしくなってしまいまして、人の生活に溶け込めるガイノイドという当初のコンセプトから外れてしまっているんですよ」
どこがいけないんでしょうか、と首をかしげるハカセにまた私の胸は高鳴る。今目の前にある科学の結晶は、21世紀に入ったばかりの人間が形作れるものではない。確かに神戸兄妹は感情を有したAIを開発したとの記録も残っているが、人の友人となるロボットという側までは到達するにはまだ時間がかかる。火星の記録によればもう十数年とかかるはずだ。
だが彼女は今一歩のところまで迫っている。無論、最後の制御プログラムがブラックボックスなのであろうが、それでも驚嘆すべき事実だ。魔法工学という分野を体系化したのもうなずける。
「……ところで超さんは何をしにここに?」
「もちろん、ハカセに会うためネ」
年相応の幼さで小首をかしげたハカセに、私は不遜な態度を心がけ手を差し出す。
「貴女のその技術を見込んでお願いがあるネ。私の夢の為に、我が野望の為に、力を貸してくれないカナ?」
○
薄暗い部屋の中、僕はコーヒーを口に含む。苦みが精神を覚醒させ、同時に現状を再認識させる。何をやっているんだろうね僕は。
カラクレ・ウジマーチャから提案された意見を受け、僕は麻帆良で生活を始めた。初めて通う小学校は何も考えていない子供の集まりで、その代表例が同じ寮に住んで毎朝迎えに来るから行くという選択肢意外潰されてしまう。
僕は造物主に作られた造物主のための人形だ。魔法世界を救うという目的のため、日夜行動を起こしていたはずだ。なのに旧世界の麻帆良で小学生とは……なぜ僕はあの時にカラクレ・ウジマーチャの提案を受け入れてしまったのだろう。
僕は造物主に作られたが、どうしてか目的意識や忠誠心を設定されずに創造された。思うがままに動いてみよ――調整不足に不信感を覚えた僕に造物主はそう返答して下さったが、それが原因で僕は彼の提案を受け入れてしまったのか。仮に彼と超鈴音が完遂しようとしている計画が成されたならば、あの時僕の目の前で消えてしまった彼女のように――
「おや、帰ていたのかネ」
思考の海に沈んでいれば――これもおかしな話だ、なぜ僕が思い考える必要があるのだろうか――ぱちりと部屋に明かりがつく。超鈴音は両手に袋を持っており、まっすぐ向かっていったキッチンスペースにそれを置いた。
「カラクレ・ウジマーチャは?」
「用事で今日は遅くなると言ていたヨ。ところで夕ご飯は食べたカ?」
食材を手にこちらを向く超鈴音に、僕はもう一口コーヒーを飲んだ。
「必要ないよ、僕は人形だからね」
そう、僕は人形だ。人間のまねごとをし、麻帆良の学生としてここにいるが、僕は人形だ。食物を摂取しなくても良い。コーヒーを飲むのは……癖のようなものだ。
彼女から視線を外すと、向こうから僕の視界に入ってきた。目の前に腰を下ろすと、超鈴音はからかうような笑みを浮かべた。
「じゃあ昔話でも聞かせてあげるネ」
「……必要ないよ。なぜ僕にそんなことをする?」
「それは簡単、私がしてもらたからヨ。やてもらうだけでそれに甘んじるというのは性に合わないネ」
人差し指でピシッと僕を指すと、僕の制止も聞かずに朗々と語り始めた。
はじめに語ったのは桃から生まれた男の子が鬼退治に行く話だ。
「鬼側からすれば侵略者だね。一元的に人間こそ支配者だという発想は未来を詰まらせる」
次に語ったのは猿に蟹が仕返しをする話。
「恨みを受けるかもしれない相手は徹底的に排除すればよかったのさ」
最後に語ったのは死んだ犬の灰で桜を咲かせる話だった。
「意識のすり替えだ。所詮、消えたってその程度の存在だったんだろう」
やれやれ、何の意味があったのか。くだらない無意味な時間に嘆息していると、なまあたたかい視線が降り注がれていた。出所は考えるまでもない、超鈴音だ。
「何かな?」
「私がカラクネに語てもらた時と同じ反応をしたと思ってネ、ちょと懐かしくなった訳ヨ」
同じ反応……つまり僕の思考は目の前の迂闊な超鈴音と同じということか。
あり得ないね、うん、あり得ない。目的意識や忠誠心を植え付けられなかったとはいえ、造物主より最強の設定を受けて創造された僕が超鈴音と同じ……何かの間違いだろう。
僕が眉をひそめていると、超鈴音はさてと膝を叩いて立ち上がった。
「フェイトに足りないのは素直な感受性と想像力だネ。という訳で料理でも一緒に作るカ」
「だから僕には必要ないと――」
僕の二の句はかぶせられた超鈴音の言葉でかき消される。
「ま、私はフェイトのお姉ちゃんだからナ。まだまだ勉強不足の弟くんにいろいろ教えてあげるヨ」
彼女はくるりとその場で一回転すると、勝ち誇った笑みを浮かべた。その表情がどうにも不可思議なノイズを僕の中に打ち出す――不愉快だ。
「あ、もちろん出来ないなら出来ないで助けておねーちゃん、と言ってくれればいいネ」
それはあからさまな挑発で、歯牙にもかける必要のない言葉だったのだが――
「いいだろう。僕に不可能はないということを教えてやる」
気づけば彼女の隣で包丁を握っていた。
「ただいまー……お、エエ匂いやなぁ」
間の抜けた声で部屋に入ってきたカラクレ・ウジマーチャを僕は威圧するように睨み付けた。
「今日は僕が食事を作る。君は僕のだけを食べていれば良いよ」
「ハッ! 料理もまともに作ったことのないおこちゃまが吠えるものネ!」
「黙っていたまえ。君程度相手にならないということを知るといいさ」
そう告げるとまた、先ほどのようななまあたたかい目線が今度は二方から注がれた。不愉快だ。実に……不愉快だね。