東方望幻想   作:海と鐘と

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第1話

『人の想像にはいくつかの種類があることを、きみは知っているかな?』

 

 明晰夢だった。

 その声を聞いた瞬間、それは夢なのだと知覚した。

 辺りは薄ぼんやりとしたナニかで囲まれた、明るくも暗くもない場所である。

 自分の身を囲むぼやけたナニかに見覚えがあり、少し考えてみる。

 思い当たったのは、冥界に住む庭師だった。

 彼女の周りをぐるぐると飛んでいた、白い大きな大福餅のような存在。

 

 霊魂に似たナニかが、自分の身を取り囲んでいた。

 

『それは質の低い方から、空想、妄想、予想、仮想、そして幻想の順に格付けされている』

 

 日中、いつも同じような格好をしているからだろうか、夜に着替えた寝巻きではなく、自分の普段着兼作業服兼勝負服たる、黒白の格好になっていた。

 黒白のエプロンドレス、頭にはトンガリ帽子、指貫グローブに、箒に腰かけた、普通の魔法使いの格好である。

 

『透明な空想が色づき、色だけの妄想が形となり、形となった予想が伝染し、伝染した仮想が飛び出し、幻想と化す。恐ろしきは人の想像なり。くわばらくわばら、ってね』

 

 おどけるような調子で、声が言った。

 どこかで聞いたような話だった。

 紅白の巫女と、人妖の骨董屋店主、そして自分の三人で、赤く染まった朱鷺(とき)鍋を食べているときだっただろうか。朱鷺鍋を赤味噌で食べるか、白味噌で食べるか、そんなことで弾幕ごっこをした、直ぐ後のことだったように思う。

 ならばこれは、その時の会話の記憶がもとになった夢なのだろうか。

 そうであるならば、今話しているこの声がまったく聞き覚えのないものであるのは、少々奇妙だった。

 

『もう少し具体的に話してみようか。興味がなくとも、少しでも耳を傾けておくといい。幻想郷の生き物である、幻想の存在たるきみにも、決して無関係な話ではないからね』

 

 まるで教師のような口振りだった。

 寺子屋を営む半人半獣の知り合いがいるが、彼女が授業をしているときも、このような口調になっていたように思う。ならばこの夢は、数多の知り合いとの思い出が入り混じった、合成記憶のようなものなのだろうか。

 

『まずは、空想から。透明な空想、無意識の発露たる空想から説明してみよう。

(から)の想い、と書くように、空想とは、全く根付いていない、ふっと心に浮かんだ想像のことを言うのだよ。きみも経験があるのではないかな。何の前触れも予兆もなく、唐突に、何かが心に浮かぶことが。

『それが空想だ。人間の欲や、高次の精神活動によるものではない、もっとも低次で、原始的かつ刹那的な想像だよ。

『君がそうしようとしたのではない、というところを鑑みれば、この夢も、空想と呼べるかもしれないね。きみは知識欲が豊富な勉強家だが、しかし自分の興味のない事柄については、全く食指が動かない人間だろうからね。こんなに説明が多い夢など、見たいとは思わないだろう。

『しかしいい機会だ。きみがこの夢を見たのも、なにか要因があるのだろう。チャンスは生かすべきだよ。

『より高次の想像に至るために、こんなことを考えてみたらどうだろう。

 

『きみが今、したいことはなんだ? あるいは、きみが今、目標としている事はなんだ?』

 

『単純な欲とは、手っ取り早く妄想に至るための、最も便利な道具なのだよ。

『このことを、しかと、頭に入れておくといい』

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……っていう夢を見たんだぜ」

「ああそう。つまりあんたは何かしらを妄想したいって思っているということね」

「……なんか嫌な言い回しだぜ」

 

 博麗神社の一画、博麗の巫女たる博麗霊夢が日常生活を送る屋敷の、縁側である。

 二人の少女が湯呑を片手に、煎餅の乗った盆を挟んで座っていた。

 黒白と紅白、対照的な服飾をした二人が、堂に入った仕草で、同時にお茶を啜った。

 

「うわっ。随分と薄い緑茶だな。色が付いてるだけみたいな味だぞ」

「仕方ないでしょ。もう茶葉がほとんどなかったの。最後の最後でほんの少しだけ残ってたんだから」

 

 また霖之助さんから貰って来ないとね、と言いながら、紅白の少女が煎餅を齧った。

 関係のない話ではあるが、彼女が齧っている煎餅もまた、不遇な骨董屋からかっぱらって、否、彼女風に言えば、『譲ってもらった』代物である。

 

「まぁ、飲めれば何でもいいぜ」

 

 黒白の少女もそう言って、煎餅を齧る。

 春の陽気が降り注ぐ、午前中の会話である。その時その時に思ったことを何とはなしにつらつらと隣の相手に聞かせるような、そんな会話の中、黒白の少女が見た夢についての話になったのだった。

 

「それで、夢の話だぜ。なーんかどっかで聞いたような話を続けて、最後は『きみのしたいことはなんだ?』とかって聞いてくる夢。どう思う?」

「だから、妄想がしたいんでしょ?好きにすればいいじゃない」

「微妙に話がかみ合ってない気がするぜ……」

 

 我関せずとばかりに、無関心に無感動に、ばりばりと煎餅を食べ続ける巫女。彼女の基本姿勢である。

 やがて一枚の煎餅をすべて食べ尽くした彼女は、隣に座る魔法使いに視線を向けた。

 

「……夢っていうのは、時に、自分の欲求をそのまま描き出すことがあるって、前に紫がいっていたわ」

「……自分の、欲求」

「もしその夢が、魔理沙の欲求をそのまま表しているのだとするならば、あんたは『自分が欲しているものを知りたい』という欲求を抱えていることになるわね」

「……なんだかごちゃごちゃしてきたぜ」

 

 一昔前の自分探しをする若者のような状況である。

 

「でもまぁ、少し意外ではあるわね」

「なにが?」

「あんたがそんな欲求を抱えているかもしれない、ってことが」

 

 ずずっ、とお茶を啜って、巫女が魔法使いに言った。

 

「人の店に勝手に入ってお煎餅を持ち出したり、屋敷に忍び込んで図書館から本を盗み出したり、あんたって欲求の塊みたいだと思ってたから」

「……香霖堂と紅魔館のことか?人聞きの悪い。別に香霖堂の商品を黙って持っていくわけじゃないし、図書館からはただ本を借りてるだけだぜ。私が死んだら返すさ」

 

 飄々ととんでもない戯言を言ってのける魔法使い。

 確かに、やりたいことがない無気力さとは無縁のように感じる。

 むしろ、彼女の隣にいる巫女のほうが、そういう無気力に近い印象を受けるほどだ。

 魔法使いもそう思ったのだろうか、巫女に尋ねた。

 

「おい霊夢、お前のやりたいことってなんだ?」

「うちの縁側でお茶啜ってお煎餅食べること」

「なるほど、うちでお茶飲んで煎餅齧って……。それ今やってることだぜ!」

「やりたいことだからやってるんじゃない」

「参考にならないぜ……」

 

 がくりと脱力して、魔法使いが頭を下げた。

 その拍子にするりと帽子が頭から脱げ落ち、彼女の黄金色の頭髪が顔を出す。

 脱げ落ちた帽子を拾うそぶりも見せず項垂れる彼女を不思議に思ったか、巫女が言う。

 

「参考にならないって……。あんたのやりたいことと私のやりたいことは、違って当然でしょうに。ちょっと夢に影響されすぎじゃないの?」

「……まぁ自分でもそう思うけど。でも、いい機会だし、チャンスは逃すなって、誰かが……」

「誰かって?」

「いや、分からないけど、あの夢が知り合いとの記憶をごちゃまぜにしたものなら、誰かがそう言ったはずなんだよ」

「…………ふぅん」

 

 誰に言われたにした所で、この少女が人の言うことを素直に聞くとも思えなかったが、相槌を打つだけにしておいた。自分の欲求を確かめるのは別に悪いことでもないだろうし、どうなるにせよ、自分にはあまり関係がないと思ったからだ。

 

「……私の、やりたい、こと……。茸焼酎、の、完成……?いやいや、もっと、こう、なにかあるはずなんだが……」

「………………」

 

 魔法使いが頭を抱える隣で、巫女が黙ってお茶を啜った。

 

「……!?そうかっ、分かったぞっ。魔法の研究だっ!これはやっぱり新しい魔法を研究しろという、私の無意識の催促だったんだっ!!」

「ねぇ、そういえば、ちょっと不思議に思ったんだけど」

 

がばっと跳ね起きて咆哮する魔法使いに、いつもの無気力で、巫女が言った。

 

 

 

 

 

「魔理沙って、なんで魔法を研究しているの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 

 

 

『それはもちろん、魔法使いだからだぜ!』

 

 言った瞬間に、はいはいそうなのそれはすごいわね、と、紅白の巫女は興味を無くしたように最後の煎餅を頬張ったのだが、いつもなら煎餅の処遇を巡っての口論になるようなその行動を、魔法使いはその時、見逃していた。

 

 巫女に言われた言葉を、吟味していたからである。

 

「……魔法、を、研究してる、理由、か……」

 

 箒に跨り空を飛びながら、魔法使いは呟いた。

 

 あれ、そういえば、どうして自分は、魔法使いを目指すようになったんだっけ?

 

 そんなことを考えた。

 実家を捨ててまで魔法に傾倒したのだ、理由がないはずもない。

 ないはずもない、のであるが。

 ないはずもない筈であるその理由の方が、思い出せなくなっているのである。

 

「……あれ?おっかしいな。もうここまで出かかってるんだが」

 

 右手を胸の前にかざし、水平にして上下させる。

 記憶が出るのを渋っているような嫌な感覚が、胸の内に残っている。

 そんなに簡単に忘れるような出来事だったのだろうかと在りし日の自分に問いかけるが、当然、返答が返ってくる訳もない。

 

「……なんか、落ち着かない感じが気に入らんな」

 

 

 

 そんなことを言っているうちに人里の入り口までたどり着いたので、地面に足をつけて歩き出した。

 魔法の森では収穫できない食料や日々の生活で消費した日用品を人里まで出てきて購入していくのも、彼女の日課の一つになっていた。

 

 人里であるから当然であるのだが、ここにはそこそこ大勢の人間が集まる。

 人間だけではなく、それなりの数、妖怪たちも集まってくる。

 総人口が多い故に、いろいろな出来事が毎日発生している場所なのである。

 

 何が言いたいかを、具体的に、率直に表現すると。

 魔法使いは、人形遣いを発見した。

 

 白いワンピースに青いカーディガンを羽織った人形のような服装に、人形のような綺麗に流れる金髪、人形のような感情の読めない無表情をした、総じて人形のような少女が、人形劇をしていた。

 茶屋の前のことである。

 寺子屋が終わった帰りなのかそれぞれ鞄を肩にかけた子供たちが最前列に座り込み、年配の人間や、少数だが働き盛りの若い者までが、彼女の人形劇に見入っているようだった。

 茶屋と共謀して画策した企画なのかなんなのか、彼女の人形劇を見ているものは、その大多数が、片手に団子やら湯呑やら煎餅やらを持っている様子である。

 

「……家を出て行ったレイを追って、マリーは外へと飛び出します。歩みを止めないレイに、マリーは言いました。

  『待って!私も連れて行って!私もあなたと行きたいの!』

 叫ぶマリーに、レイは言います。

  『はぁ?クレイドールのお前が、僕と一緒に行きたいだって?』

 家の外は、雨が土砂降りでした。粘土でできたマリーが長い間外にいれば、体が溶けてしまうでしょう」

 

 劇の途中で話の繋がりは分からなかったが、どうやら人形同士の恋愛劇のようである。なかなかよく響く綺麗な声で、人形遣いが話を続ける。

 

「レイは続けて言いました。

  『わがままを言うなよ。

  『お前が溶けないようにするには、

  『僕がお前に覆いかぶさって、お前に雨が降らないようにしなきゃいけないじゃないか。

  『僕の仕事が増えてしまうよ』

 マリーは言い返します。

  『あなたに守ってもらわなくても、自分で自分を守れるわ。

  『傘を持って、雨から自分を守れるわ』

 家に戻って、傘を取ってこようとするマリーを止めて、レイが言います。

  『傘なんて持っていて、どうやって速く走るんだい?

  『とても急がなければいけないのに、どうやって速く走るんだい?

  『お前は家に籠って、僕が帰るのを待っていればいいんだよ。無理をして、雨の日に外に出なくてもいいんだよ』

 そう言ったレイは、マリーを家に押し込んで、一人で出かけて行きました。

 レイは木でできたウッドドールだったので、雨が降ってもへっちゃらです。次から次へと降りしきる雨をものともせず、レイは駆けていきました。

 マリーは、そんなレイを見ていることしかできません。だんだんと離れて、自分を置いていくレイを、黙って見ているしかありませんでした……」

 

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

「まさか魔理沙に見られているとは思わなかった」

「いやー、なかなか面白かったぜ。途中からだったけど」

 

 先ほどまで店先で人形劇をやっていた、人里の茶屋である。

 魔法使いと人形遣いが、椅子に座って話していた。買い物を終えた後であるのか、大きな荷物が足元に積まれていた。

 

「でも、アリスの人形劇で恋愛話なんて、初めて見たような気がするぜ。いつもは童話をアレンジしたり怪談をアレンジしたり、あるいは本当にあった幻想話を劇にしたりしてるじゃないか」

 

 茶をすすりながら、魔理沙が言った。横には団子の串が山になった皿が置いてあった。神社で煎餅を齧っただけでは、彼女の小腹を満たすことはできなかったようである。

 

「あら、あれは別に恋愛劇ではないのよ」

 

 はむり、と、その形の良い口に饅頭を押し込みながらアリスは答えた。

 

「最初から見ていなかったのなら、分からないのも仕方ないのかもしれないわね。だけど、あのお話の中では、レイとマリーは両方とも少女で、仲の良いお友達で、でもライバルなのよ」

 

「ええ?でも、レイは自分のことを『僕』って言っていたじゃないか」

「男の子のように喋る女の子だっているわよ。魔理沙、あなたみたいにね」

 

 うぐ、と声を漏らして魔理沙は口籠る。

 定着してしまった乱暴な言葉遣いに悩むことも時たまある。

 話を元に戻そうと、アリスにいった。

 

「そ、それじゃあ、あの話にも元があるのか?『外』の童話か何か?全然聞いたことが無いぜ」

「……そうね」

 

 アリスはちょっと押し黙って、饅頭をお茶で流し込むと魔理沙に向き直った。

 

「あれは、どれかというならば、本当にあった幻想話、かしらね」

「へぇ、誰と誰の話なんだ?私も知っている奴か?」

「そう、そうね。あなたもよく知っているはずよ。ただ、私なりにアレンジして物語性を多く盛り込んでいるから、実際とはかなりかけ離れているかもね」

「誰の話なんだ?教えてくれよ。そうして困るってわけでもないだろ?」

「いやよ。モデルにした人に聞かれたら、嫌がられて劇が出来なくなってしまうかもしれないじゃない」

 

 こくこく、と喉を鳴らしてお茶を飲む。

 そして、ちょっと顔をそらして、アリスは言った。

 

 

 

 

「……それに、実際の話はもっと単純で、それゆえに救いがないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れ際、『アリスはなんで人形劇をやってるんだ?』と聞いたところ、彼女はこう答えた。

 

『人形を操る練習になるし、人里の人たちの笑顔を見ることが出来て、かつお金にもなるわ。

 

『だけど、もっと簡潔に答えるならば。

 

『ふっ、と、やりたいなと思ったからよ』

 

 

 

 ふっとやりたいなと思うこと。

 

 魔理沙は考えた。

 

 私は、何がやりたい?

 

 ふっと思った。

 

『弾幕ごっこが強くなりたい』

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