頭オーバーロードさせるの楽しい。頭痛に悩まされそう。
(どうして)
なんで。
(どうしてっ)
こんな。
(どうしてっ!)
何が悪かったのだろう。
何か悪いことをしただろうか。
平穏なカルネ村に住まうエンリ・エモットは平凡な村娘である。
トブの大森林の南方、森の賢王によって守られていたカルネ村。
いや、正確には森の賢王のナワバリがあるから結果的に守られていただけなのだが。
そんなカルネ村に、ひとつの不幸が押し寄せてきていた。
隣国バハルス帝国の鎧を着た騎士たちの蛮行。
なんの罪も無い村人たちは次々と遊び半分に殺されていく。
エンリは妹であるネムを連れ、流れる涙を拭うこともせず走る。
自分達を騎士から逃がそうとするために両親は残った。その後、二人がどうなったのかは……考えたくない。
「ふふぃっ! 捕まえたぞぉ!」
「あっ!? いやっ!」
しかし残念ながらいくら相手が重い鎧を身に付けているといっても、少女の足で大人の騎士から逃れることはできなかった。
醜く歪んだ欲望を隠そうともしない騎士から逃れようとエンリは必死になって暴れる。
その時、幸か不幸かたまたま振るった腕が騎士の顔面に
「このクソアマァ!」
「お姉ちゃん!」
「ネム逃げ――ごふっ」
咄嗟に妹を庇ったものの、エンリは背中を斬りつけられて地に倒れる。
「くそっ手間取らせやがって」
「死んでからもたっぷりかわいがってやるぜ」
(あぁ……私、死ぬの?)
嫌だ。生きたい。
そう思い、動こうとするが身体に力が入らない。
視界が霞み、妹の声が遠く聞こえる。
(ごめんね……でも)
せめて。
せめて妹だけでも逃げ延びることができるように。
気力を振り絞り、起き上がろうとした――
――エンリは、目の前に深い闇の渦のようなモノを見た。
そこから現れた、神の如き存在感を放つ異形なる者。
それが――二つ。
「……む?」
『!?』
片や絶望を染め上げたような漆黒のローブを身に纏った骸骨。
片や貴金属をこれでもかというほど使った煌びやかな全身鎧の騎士。
二人は臨戦態勢に入るが、お互いの姿を確認するとすぐに構えを解く。
『……モモンガ、か』
「えーっと、あー……」
『シリウスだ』
「あぁそうそう、その姿ではシリウスさんでしたね」
騎士は何も思わせない無感情なノイズ混じりの声で「モモンガ」と呼び、骸骨の方は名前を忘れていたのか少し言い淀み、自らを『シリウス』と言った騎士を少しばかりの親しみを込めてそう呼んだ。
「シリウス様置いていかないでくださいよーってなんか凄い人がいますぅ!?」
「モモンガ様ご無事ですか!?」
更に渦より現れたのは小柄で純白の少女と全身漆黒の鎧に包まれた長身の女性。
少女は光を纏う杖を構えながら騎士の後ろへ。
漆黒の鎧は常人ならショック死してもおかしくないレベルの殺気を放ち、斧に近い形状をしたバルディッシュを振りかざし骸骨を守るように前へ出る。
『フロン。そこの娘を癒せ』
「お、おおお落ち着くのだアルベド! 何の問題も無いのだあの人たちは敵ではない武器を下ろせ!」
シリウスは一切の動揺も思案も無くフロンへと指示を出す。フロンもまた、なにも言うことなくすぐさまエンリの治療に当たる。
一方のモモンガは今にも攻撃しそうなアルベドを後ろから羽交い絞めにして押し留めていた。その際に鎧から「くふー」と嬉しそうな声がもれ出ていたがガチ戦士職に力負けしないように頑張っているモモンガはそれに気付いていない。彼は彼でいっぱいいっぱいなのだ。
一気に混沌とした空間を形成された一般人たちはしばし時が止まったかのように身動ぎ一つせずに状況が動いてくれるのを待っていた。人は理解が及ばない事が起きると思考を止めることがある。今がそんな感じだ。
アルベドがモモンガに抑えられたまま口を開く。
「モモンガ様。その騎士はお知り合いですか?」
「ああ。この人はシリウスさん」
『さんはいらん』
少しぶっきらぼうに返したシリウスへと叩きつけられる殺気。出所は……言うまでも無い。一点に集中させた殺気はビームとして目に見えそうなほどだった。
しかしそれもモモンガが話を続けたために何事もなかったかのように霧散した。
「シリウスもギルドごとこの世界に来たんですか?」
『そうだ。モモンガもそうか』
「ええ。……奇遇ですね」
『……そうだな』
この状況を喜ぶべきか悩み、しかし同郷同盟の仲間がいることは喜ばしいものだと思うことにする。
実際、仲の悪かった敵同士であったのならここで戦端が開かれていたであろうことは考えるまでも無い。
モモンガとシリウス、アルベドとフロン。
もしも敵対していたなら……どう頑張ってもシリウスとフロンのコンビが負ける運命しか見えない。エクリプスの即死対策ができない以上、戦闘での守りの要である
『――どこに行くつもりだ? <爆裂/エクスプロージョン>』
再会を喜ぶ二人に気付かれないとでも思っていたのか、アルベドの殺気に呑まれてこっそり逃げようとしていた騎士の足を爆破して消し飛ばすシリウス。
少々範囲が広かったのか、威力が高すぎたのか。下半身を消失した騎士の身体は足の折れた案山子のように地面へと落ちる。物理的な鎧の守りなどなんの意味も成さない内部空間からの破壊現象。
断末魔さえも上げさせない、爆弾魔の所業。
ユグドラシルのプレイヤーが相手であれば当然内部への発生は抵抗されるのだが、この騎士からはほとんど抵抗らしい抵抗が無かった。
『脆いな』
「ひ、ひゃぁぁぁ!?」
「どうした? 毛色の違う相手は無理か? <心臓掌握/グラスプ・ハート>」
モモンガは精神の均衡が崩れて恐慌状態に陥っている騎士の心臓を一切の慈悲も無く握り潰した。
禄な抵抗もできずに即死した騎士は糸が切れた操り人形のように音を立てて崩れ落ちる。
「ふむ……確かに弱いな」
人間を直接手に掛けた事をなんとも思っていないこと、そして人殺しをどうとも思っていないことさえもさして気に掛けていない事を自覚しつつもやはり動揺しないモモンガ。
表情もなく、元々感情が薄い機爆人であるシリウスはその様子をただじっと見ていた。
「シリウス様」
瀕死だったエンリを癒し、濡れて汚れていた衣服を<清掃浄化/クリーン>で元よりも綺麗な状態にしたフロンが近付いて小声で「これからどうするんですか?」と訊ねる。
質問のはずが、なぜだか彼女の瞳には「村を助けるのですよね?」という善なる意思が透けて見える。救済する気満々だ。
このまま姉妹だけを連れて戻る意味は……無くはないが。最も危惧していた『騎士に勝てない』という可能性が消えた時点で邪魔者を排除することは決まっている。
だが、突然シリウスは空を見上げてしばらく固まる。
誰にも聞こえない声量で『誰がバカだ』と言い返しているが、口が動かないのでそれに気付く者はいない。
モモンガが中位アンデッド創造で騎士の死体から
そこへ、シリウスとフロンが現れたゲートから赤髪ツインテールの少女――エトナが出てきた。
『エトナ。村に行く』
「え……あ、はい。そのことで伝えなければいけないことが――」
『知っている。あいつがいるんだろう』
「ですよねー。はい。緊急だったから転移の位置がずれたそうで」
『バカめ……』
分体同士、ある程度は分かり合っている。
部外者が見れば話の全容どころか欠片も見えてこない会話の流れであるが、エゴロジーのトップに立つ者の話なら言うまでも無く伝わっている。
ついでに。無力な特攻屋の彼女を罵りながらもやはりこれは自虐なのだろうかと内心思っている辺りシリウスも彼女と同一人物である証明となっている。
「私はここでこの子達を守っています。気をつけてくださいね!」
『ああ。モモンガ、行けるか?』
「少しだけ待ってください」
モモンガは怯える姉妹を見て、ほんの少しの時間逡巡してから姉のエンリにみすぼらしい角笛を手渡す。その後ろでフロンがネムと一緒に謎のジェスチャーで声無き対話をしていることに突っ込むものは誰もいない。
「これは……?」
「ゴブリン将軍の角笛という召喚アイテムだ。命令遵守の忠実な僕をいくらか呼べる。必要な時に使え」
言いながら「できる……はずだ」と自信なさげに付け加えていたのを幸か不幸かエンリは聞いていなかった。それよりも受け取ってしまった物の価値に意識が持っていかれていたからだ。
アルベドが嫉妬に狂いながらも冷静さを保とうと四苦八苦しているのを横目に、モモンガは待機状態の
「そこの騎士と同じ装備をした連中が村を襲っている。騎士だけを蹂躙してこい」
ヴォァアアアァオオオオオオオオォォォォォォ――――――!!
元が人であったとは思えないようなおぞましい雄叫びを上げて
「えっ……行っちゃうのか」
まぁ確かに行けと命令したけどさぁとぼやくモモンガを置き去りにしていった。
召喚と指示に関しての検証を済ませているシリウスはその様子をなにも言わずに眺めていた。
しばしの間があってから、
「シリウス」
『モモンガ』
モモンガとシリウスは互いに顔を見合わせ、頷く。
昔やった、狩りへ赴く時の言葉を口に。
身体は違うが、経験も知識も記憶も、ユグドラシル時代のほとんどが元と同じように残っているシリウスはそれに合わせる。
場を盛り上げ、互いの息を合わせる言葉。
「『さぁ、派手に行こう』」
死の超越者と大いなる種族の分身体が歩み出す。
その先にある、絶望の風向きを変えるために。
Q:アルベド早くね?
A:ナザリックでも色々あって、彼女は部屋の前で全裸待機していました。
部屋にいたセバスはそのことを知っていたが、モモンガは……