ナーベラル・ガンマ、生きる黒歴史との逢瀬   作:空想病

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 時系列としては、書籍九巻よりもずっと後。
 アインズ様とナザリックが、ほぼ大陸を侵略平定しちゃった。
 くらいに思っていただければ。


 最後に一言。


 ナーベ、かわいい。





ナーベラル・ガンマ、生きる黒歴史との逢瀬

 

 

 

 

 

 

 

 ナーベラルは、自分の左指に輝く指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見つめる。

 冒険者チーム「漆黒」の魔法使いである美姫ナーベとして十分な働きを認められた褒賞として、至高の御身から譲り受けたものだ。

 だが、これを身に着けることは畏れ多く、使うのも躊躇われるので、あまりこうして指にはめることは少ない。では何故、今日、今になってこれを身に着けているのかといえば、無論、アインズから与えられた命令を遂行するのに不可欠だからだ。

 一瞬の転移。

 黒髪が揺れる感触もなく、全身が明るい輝きの中へ吸い込まれる。

 そこは宝物殿。綺羅星のごとく輝く金銀財宝が山と化し、種々様々なアイテムが軒を連ね、主に使われるその時を待ち焦がれていた。

 しかし、ナーベラルはそういった財宝や道具には目もくれず、漆黒に染まる門の前に屹立する。

 緊張に唇を引き結んだ彼女は、教えられたとおりの呪文を宣し、その奥へ続く通路を出現させる。

 この先の霊廟こそ、彼女の目的地。

 暗い通路を駆け出したい衝動を何とかこらえつつ、粛々と、着々と、メイドらしい気品あふれる足運びで進んでいく。

 ナーベラル・ガンマはナザリック地下大墳墓に属する戦闘メイド“プレアデス”の一員である。

 至高の存在に忠義を尽くす身として、そして何より、この場を守護される方の前で、無様な姿などさらせるわけがない。

 高鳴る鼓動を懸命に抑え、メイドは明るく広大な空間に足を踏み入れる。

 

「ようこそ、ナーベラル・ガンマ」

「お久しぶりです――パンドラズ・アクター様」

 

 ナーベラルは思わず息を漏らす。

 至高の御身に作られた数ある造形の中でも、この方のすべては、ナーベラルの理想をすべて体現しているといっても過言ではない。輝く歌のような声色。細くしなやかに伸びた四本指。とりわけナーベラルの胸を震わせるのは、黒い満月を思わせる三つの暗き深淵。

 陶然と、昂然と、ナーベラルを虜にしてやまぬ美貌の(すい)

 それこそが彼、至高の四一人のまとめ役にして、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウン様の御手によって創造されし“宝物殿”の領域守護者、パンドラズ・アクターの威容である。

 

「どうかされたかな?」

「……え?」

「何か用があって来られたのでしょう? そんなところで呆けていては、時間を無駄にしますよ?」

「も、申し訳ありません!」

 

 ナーベラルは羞恥のあまり頭を勢いよく下げた。

 

「与えられた時間は有意義に使わねば。悪戯に時を空費していては、ナザリックが誇る戦闘メイドの威信に瑕疵(きず)がつきますよ?」

「はっ! 重々注意いたします!」

「それで、今回はどのような用向きで?」

「アインズ様より、これを宝物殿に収めよ、と」

 

 ナーベラルは両手で持っていた豪奢な薄布に包まれていた荷物を紐解いた。

 

「ほう……これは」

 

 パンドラズ・アクターは、眼の深淵をより一層深めるように、彼女の両手に支えられたそれを見下ろす。

 

「素晴らしい刀剣だ……これはまさか、アインズ様が仰っていた」

「はい。リ・エスティーゼ王国秘蔵の剣。あのガゼフ・ストロノーフが握っていた超級の宝剣“剃刀の刃(レイザーエッジ)”でございます」

「おお! 拝聴していましたが、実物を前にすると心が躍る! データ量を完全に無視した殺傷特化……否、否! これは、それ以上の性能を秘めている? いずれにしても、この宝物殿で私が管理するに相応しき、至・宝・の・一・品!」

 

 至高の創造主への感謝と賛辞を振りまき踊る領域守護者の喜びようは、ナーベラルにしてみれば本当に魅力的な立ち居振る舞いである。ユリ姉やシズは苦手としているのが不可思議に思えるほど、ナーベラルは彼のこの大仰な感じが好ましかった。自分にも、これほどの演技力が備わっていれば、至高の御方の手を煩わせるようなことはなかったかもしれない。

 

「おっと失礼。あまりのことに我を忘れてしまい」

「い、いいえ、とんでもない」

「私の悪い癖です。宝を前にしては、役目も忘れ狂喜乱舞してしまうのは。アインズ様に窘められていながら、未だに直すことができぬ身の上は、不徳と言わざるを得ますまい」

 

 その気持ち、ナーベラルには痛烈な打撃となって胸を打った。

 自分もまた同じく、至高の御身と共に行動する機会に恵まれながら、その恵みの大きさのあまりに浅慮を犯し、繰り返し何度も注意を促され――否、至高の御方を言い訳に使うなど恥ずべき行為ではないか。

 ナーベラルは自分の卑小さに、己の体が縮み上がる感覚に襲われてしまう。

 自分はなんて不出来な存在なのか。

 それに引き換え、彼は完成されている。自己を省み、役目を全うし、ただ自らに与えられた使命と忠烈に没頭する被造物の典型。

 自分は、彼のようにはなれない。

 それがあまりにも――口惜しい。

 

「この宝剣を手放したということはついに、あの王国もナザリックの軍門に下りましたか。アインズ様は本当に慈悲深い。そして何より恐ろしい、その計略。ビーストマンとミノタウルスの国を殲滅した時点で、人間の国家など存在意義を喪失していたというのに」

 

 人間が国家によって団結してきた理由としては、ひとえに人類が脆弱に過ぎるからだ。弱い個体は群れとなって、強い外敵から身を守ろうとするのは自然の摂理だが、愚劣極まる人間は中途半端に集合することしかできず、ナザリックのごとき金剛石の結束を結ぶには届かない。弱小ゆえに野に追い立てられ、そこで国を築きながら、同族同士で殺し合い潰し合いを続けていては、百年、千年、万年かかっても強者には届かない。

 この世界において、人間の国家など滅び去るしかなかったのだ。

 では何故、アインズ様はあの国を最後までお残しになったのか。

 その深き謀略の意図は簡潔明大。

 反抗勢力の一網打尽である。

 庭にあるゴミを一つ一つ丹念に拾い上げていくよりも、一つ所にまとめ、掃除のちり取りのごとく一挙に取り込み捨ててしまったほうが、かかる手間は段違いに減るというもの。そのために、至高の御方は近隣で唯一となる人類の国を残留させ、そこに反抗因子となりうる者どもが集積するよう入念に準備を整えていたのだ。彼奴らが爆裂を起こす瞬間、絶望から希望へと邁進せんと決起した一刹那、彼らは自らの運命を知ることになる。

 

「あの王女こそ、まさに稀代の烈女。おのれの権と、愛する男との生のために、人類すべての希望をアインズ様の懐に差し出してしまうとは!」

 

 そう。

 絶望を希望に。黒き闇を白き光に染め上げようとするその時に、彼らは悉く封殺された。

 反逆の咎を背負わされた愚鈍な連中がどうなろうと知ったことではない。パンドラズ・アクターのカルマ値はそこまで低くはないが、ナザリックに反逆の意を示した存在にくれてやる憐憫など欠片もない。

 闇は闇のままに。黒は黒のままに。死は死のままに。

 これを覆すことは、至高の存在にしか許されない領域。たかだか人間の分際で、分を超えた妄執にとらわれた結果が、自滅。もっと分相応を弁え行動していれば、ナザリックの庇護の下、繁栄と享楽を永遠に約束されていたというのに。

 この剣が宝物殿に安置されることこそ、まさに人類敗着の証なのである。

 

「さて、御苦労でした、ナーベラル・ガンマ。これは速やかに私が…………は?」

 

 剣を受け取ろうと先ほどから無言を貫く女給の様子を見て、パンドラズ・アクターはまん丸の口を一段階大きくする。

 剣が震えるのは、彼女の手が僅かに震えているから。

 喘ぎ泣く声色は、彼女の唇が引き結ばれているから。

 淡く輝く水滴は、彼女の眼から零れ落ちているから。

 

「ど、どどど、どう、どうされたのかな?」

「いいえ! なんでも、本当に、なんでもない、です!」

 

 手中の剣を取り落とすような無様はさらさない。だが、それゆえに、ナーベラルは止めどなく溢れる感情を抑えきれず、喘ぎ続ける。

 言葉に詰まる領域守護者の様子を、ナーベラルはどうしようもない気持ちで受け入れた。そうするしかなかった。

 自分はなんて不出来なのだろう。アインズ様に迷惑をかけるだけに飽き足らず、そのアインズ様が創り出した彼の手を煩わせ混乱させるなど。恥辱と絶望感で震えが止まらない。それでも彼女は、剣を握り続ける。まるで、それこそが縁であるかのように。与えられた務めこそが、自分の両足に力をもたらすように。

 言葉を紡げなくなったメイドであったが、救いの手は速やかに訪れる。

 四本指が彼女の肩を抱きすくめ、華奢な背中に手を這わす。

 

「貴女は何故泣かれているのか、お聞きしてもよろしいか?」

「私は……泣いて、など……」

 

 優しい声に、精一杯の強がりさえ紡げない。こんな体たらくをさらしては、メイドのみなに顔向けができない。

 

「そうですか。では思う存分、お泣きください」

「……うぇ?」

 

 疑問し、頭上の位置にある彼の顔を仰ぎ見る。

 そこにはかくも美しい、まさに造り上げられた美貌の柔らかさが浮き彫りになっていた。

 

「領域守護者の権限で、貴女に命じているのです。この私に抱かれ、お泣きなさい」

 

 それは、どのような褒美だろう。どれほどの慈しみがなせる業なのだろう。

 許されるのなら、この剣を放り、その胸に縋りたい。思いの丈をぶちまけて、熱い情動に身を任せてしまいたい。恋しく愛おしい(かんばせ)に、額に、唇に、指を絡めて、接吻を落とせたら。

 けれど、私はプレアデス、戦闘メイドのナーベラル・ガンマ。

 与えられた役目を、使命を、任務を放棄するなど、至高の方々以外に許されてよいはずがない。

 

「ここは我が宝物殿。私たちの他には、誰もおりません」

 

 だから、せめて。

 ならば、いっそ。

 剣を握ったまま、彼の腕の中で、彼の胸の内で、泣いて泣いて泣いてみる。幼き子が父親にするような、ナーベラル・ガンマには似合わない、それは慟哭だった。

 磨かれた床を水滴が幾重にも重なって弾ける。喚き声が反響し、意外なほど大きく増幅され耳を劈く。

 そうして泣き続けて、ひとしきり泣き続けたことで、ナーベラルの泣き虫は鳴りを潜める。

 

「落ち着かれたかな?」

「申し訳、ありません」

 

 スンスンと鼻を鳴らすナーベラルは、黒い瞳に未だ大粒の涙をたたえていたが、何とか思考を冷却するに至る。

 その様を見て満足したかのように、パンドラズ・アクターは彼女の肩を抱いたまま、柔らかなソファへ移動し、腰を落ち着けた。

 この段階でもナーベラルは手中に剣を握ったままだった。これを離せば、もう彼の領域にいられる理由がなくなると思うと、どうしても手放しづらかったのが大きい。何よりパンドラズ・アクターも、彼女から剣を受け取ろうとはしていなかった。彼はナーベラルから少し離れると、ソファ横にしつらえていた物を操作し始める。

 

「……何をしているんです?」

「これはアインズ様より賜った品で、レア度はそこまで高くないのですが、私がいつも使っているものです」

 

 それは、外見データはレトロ極まる“蓄音機”の様相を呈していたが、そこまでの知識などNPCには備わっていない。アインズが、パンドラズ・アクターを宝物殿に安置する際、気まぐれというか、部屋の内装がソファとテーブルの応接セットのみでは味気なさすぎるという理由で用意した、程度のアイテムでしかなかったのだが、パンドラズ・アクターにしてみればそういった事情よりアインズから頂いたという事実の方こそが重要だった。

 それに何より、

 

「これは、私のお気に入りなんですよ」

 

 彼は曲目を選び終えると、再生ボタンを押した。

 大輪の花のように広がるパイプから、とても心地よい音楽が聞こえだす。このアイテムは、ユグドラシルにおいて流行した拠点内装用アイテムの一つで、コレクション感覚でアインズが収集したゲーム内BGM再生機能アイテムだ。BGMの再生と銘打たれてはいるが、物によっては古典クラシックや自作音楽データを自由に再生できるという一品で、そういった通なユーザーの心を掴んだことは、今や昔である。

 しかし、音楽の知識のないナーベラルは首を傾げるしかなかった。

 

「この曲、は?」

「Wachet auf, ruft uns die Stimme……カンタータ第140番『目覚めよと、我らを呼ばう物見らの声』」

 

 淀みなく、ビブラートをきかせ答えた領域の守護者は、ナーベラルの左に座りなおす。

 泰然と指を組み、彼は蓄音機から流れる調べに耳を澄ましながら、彼女に語り掛ける。

 

「私は宝物殿に籠ることが多いため、仕事(つとめ)のない暇な時は大概、こうやってアインズ様が与えてくれた音楽に耳を傾けながら、至高の御方々の品々の管理を行っているのです」

 

 彼が意外にも音楽に造詣が深い一面を知らされたナーベラルは、居住まいを正して彼のお気に入りに耳を傾ける。本当に何もない、白亜の宮殿の内側を思わせる広大な空間は、なるほど音楽を奏でるのにはもってこいの場所である。それはまるでオーケストラホールで奏でられる荘厳な響きとなって、彼女たちを至福の時の中へ包み込むようだ。

 

「とりわけ、第四曲は本当に良い。まさに至高の御方々の奇跡を内包した調べに満ちている」

 

 当然ながら、NPCとして偏った知識を持つパンドラズ・アクターは、この曲を作曲したのはアインズをはじめとした至高の存在たちであると信じて疑っていない。“バッハ”という音楽家の存在など、まるでその意中には存在しない。ナザリックの楽師たちが奏でる狂気的かつ怨嗟的かつ生物の悲鳴的な交響曲も捨てがたいが、このアイテムが奏でてくれる朴訥として純粋無垢な演奏も捨てがたいのは、彼の自覚する悪癖の一つだ。

 それでも、アイテムに対する審美眼を持つように、彼は音楽を評価し嗜好する知能と才覚を与えられているというのは、創造主のアインズすら知らない。黒歴史ゆえ、用がある時ぐらいしか宝物殿を訪れないアインズすら予想だにしていなかった、これは彼の特性なのである。

 名残惜しくも演奏が終わった宝物殿の内部に、静寂が広がり始める。

 

「落ち着かれたかな?」

「申し訳ありません。お見苦しいものを見せてしまって」

 

 己のあまりのポンコツぶりに、穴を掘ってうずくまりたい気分になる。腫れぼったい目の周りを意識すると、彼の視線が気にかかる。もうこれ以上、惨めな思いなどしたくないナーベラルは、惜しいと思いながらも、与えられた仕事の完遂につとめた。

 

「パンドラズ・アクター様のお時間をこれほど無駄にしてしまいました。平に、ご容赦を」

「謝られる必要はない。無駄にした時間など、何一つとしてないのですから」

 

 笑みを深めつつ、剣を受け取った彼に、かすかに疑問を覚えるナーベラル。宝物殿に来た当初、この方はなんと言っていたか。

 だが、彼はナーベラルの泣き虫を、共に音楽を傾聴した時間を、無駄だとは認めないと言っている。

 これは、一体どういうことか。

 いくらポンコツな戦闘メイドでも、すぐに答えはわかった。

 

「また非番の時など、何時でも訪ねてください。お茶とお菓子はありませんが、誰かと音楽を楽しむのは、本当に心安らぐものですから」

「は……はい!」

 

 舞い上がる気持ちに蓋できず、ナーベラルは体をはずませながら笑みをこぼす。

 次の非番、きっとここへまた来よう。

 お茶とお菓子は持参して。

 彼と一緒に、隣り合わせで。

 そう思うたび、心は踊る。

 聞くのはやっぱり、あの曲かな?

 こんな自分が、彼と共に過ごせる未来を想う。

 二重の影はどこまでも、逢瀬の温度を高めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナーベラルが剣を渡し宝物殿を辞した、その後。

 一人孤独を味わうパンドラズ・アクターは、わずかに残る掌の温度を握り確かめる。

 至高のアイテムがくれた、福音のような一時に感謝しながら、彼は再び曲をかける。

 

「この曲、詳細は把握しておりませんが、“待ちこがれる魂との喜ばしい婚姻へと至る情景”を描いたものだとか」

 

 次に逢ったら教えてみようか?

 

「つまり“花嫁と花婿”の曲なのですよ、ナーベ♪」

 

 

 

                      【終】

 

 

 

 




 最後まで読んでいただいたあなたに、感謝の極み。

 正直、卵頭同士がイチャコラなんてできるのかという不安もなくはないですが、そこは愛とか愛とか愛とか愛とかで補える……と信じる。信じるっきゃねぇ。

 続くかどうかは未定ですが、なるべく続けたいと思います。

 というか続いてください。この二人のカップリング大好物なんですから。

 では、また次回。by空想病

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