幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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上条達の第二の我が家と化している窓のないビル。以前は貴音の空間移動で入っていたが、今では上条が黒子からコピーした空間移動で入っているらしい。


奇術師は終焉を与える The_7th-Egde.

夜。表通りから消防車と救急車のサイレンが響き渡り――――通り過ぎた。

 当然、それは上条の学生寮に向かってなどいなく、さらに遠くの方へと向かっていく。

上条当麻は路地裏で舌打ちした。

 

「そこまで心配する必要も無いと思いますよ? それに関わらせる人間が多ければ多いほど二次災害が酷くなる場合もありますから・・・・・」

 

そしてそんな上条をよそに、エネは先程からずっと傷ついたインデックスをゆっくりと治療し続けていた。あれだけ苦しそうだったインデックスの顔色はずいぶん良くなり、出血は完全に止まり、小さく寝息を立てていた。

 

「いや、別にお前の能力を疑っている訳じゃなくてさ。その・・・・・出来ればゆっくり休ませられるような場所が無いかって話」

「ん、確かに傷が塞がったとしてもこれだけの傷を負いましたからね。体内にダメージは多少残りますし、間違いなく翌日には熱が出ますね」

 

 

敵に自分達の居場所が割られている以上、自分達の寮に戻る訳にはいかない。エネ曰く『相手はプロだから今更隠れようが大した差などない』らしいのだが、今は焼き石に水だろうが掛けておきたい。

とりあえず目下の目的は『インデックスが安全に休める場所』の確保なのだが、それにしたっていい場所が思い当たらなかった。

学園都市の『外』ならとっておきの場所が幾つか在るのだが、外出バスが無い事は勿論、怪我を負っているインデックスを抱えているこの状況では話にすらならないのだった。

この際多少の金には糸目をつけずにホテルの一室でも借りようか、ああでもインデックスの事なんて言い訳すれば・・・・・というよりID確かめられたら一貫の終わりだし・・・・・そう上条が考えていると、突如としてエネが声を上げた。

 

「そうですよご主人! こう言う時こそ頼るべきですよ!」

「な、何を頼るって?」

「安心してください『風紀委員(私達の仲間)』や『警備員(先生方)』ではありません」

 

エネは月を見上げ指をさし、嬉しそうにその名を口にした。上条の伯父。絶対的な防御力を誇るビルの中に引きこもる逆さまなヤツ。

 

「学園都市統括理事長『アレイスター=クロウリー』ですよ!」

 

 

 

 

 

 

一夜明けると、インデックスは本当に風邪と良く似た症状が出たが、その症状は本当に凄く軽いもので、明日になれば元気に歩ける程度のものだった。

あれだけの傷を負っていた筈なのに、その傷は殆どいや、『全く』残っていはいない・・・・・本当にこいつには敵わないと思う。

で、それはともかくとしてだ・・・・・

 

「なーんでお前のビルの中にこんな少女用の服があるのかなァ? アレイスター!!」

「ふむ。まさかこの私にコスプレ趣味があるとでも言いたいのかな?」

『その可能性は疑ってますよ?』

 

能力切れで音信不通になっていたエネが、元気そうに笑いながら宙に浮かんだディスプレイの中を飛び回っている。

 

「それは残念だ。ここへ来るのを聞いて急いで用意させただけなのに、・・・・・私には信頼の欠片もないようだ」

「いや、でも感謝はしてるぜ? こんな最強の鉄壁を用意してくれたんだからな」

 

チクチクと、布を縫う上条は慣れた手つきで裁縫をこなす。

 

「しかし・・・・・、本当によく成長したものだ。・・・・・その体一つで法王級の霊装を再現できようとは」

『本当。素晴らしい才能ですよご主人!』

 

その褒めの言葉に、インデックスの『歩く教会』を縫う手を止め、上条は、

 

「一度消した霊装を再現するのはそんなに苦じゃねーよ? 知ってるだろ? コピーしたみたいなものだから、異能力みたいに一度触ったら全部の力を使えるなんて訳にもいかねーし。コピーしたのをペーストするより簡単な作業はねーっての」

「まったく。幻想殺しはどこまで強くなるんだ・・・・・」

「ご主人は護りたいモノを護る為に強くなるらしいですよ?」

「・・・・・どこまでも、という事か。化け物め」

 

呆れ呆れに額に手を当てるアレイスターと、ディスプレイからディスプレイへと飛びまわるエネ、熱を出してフカフカの布団で寝ているインデックス。このビルの中は完全に安心できる。

 

「知ってるさ。それと知り合いのオマエは何だ? 人か? 狗か? 化物か?」

「人間だよ。頭のてっぺんから足の先までね」

「そうですよご主人。アレイスターはご主人とは違って人間ですよ?」

「さいですか・・・・・」

 

上条は「はー」、とため息をつきながらも『歩く教会』を縫い終える。完璧な修道服に戻った歩く教会をたたむと、上条はアレイスターに向き直る。

 

「そう言えばだけどさ、アレイスター」

「ん? なんだ?」

「禁書目録ってさ。何で追われてる訳?」

「そりゃご主人。魔道書(グリモワール)原典(オリジン)が目的でしょう?」

「それ以外に何が考えられるというのだね?この大魔術師をからかっているのか?」

 

そう言って胸を張るアレイスターに上条は一言。

 

「だってさ。魔道書の原典って目にしただけで心まで汚れるっていう。何か恐ろしい代物なんだろ?そんなものをアイツの体外に不用意に引き出したりしたら・・・・・全員廃人にでもなるんじゃないのか?」

「・・・・・あ」

「・・・・・確かに」

「それこそ毒性を完全に取り除いて文章を読めるとしたら・・・・・?」

「禁書目録か」

「ご主人くらいでしょうね」

 

エネが上条を見つめると、アレイスターは恐る恐ると上条に

 

「まさか上条君。『アレ』をすべて読んだんじゃないだろうね・・・・・?」

 

完全記憶能力をインデックスと同じように持つ上条が読んでしまっているのか。それがアレイスターの疑問だった。まあ読んでいたとしても何ら問題はないのだが。

 

「流石に十万三千冊全部は無理だけどさ。今も読んでるよ」

「・・・・・頼むからそれを悪用だけは使用しないでくれよ?」

『ご主人は私用にしか使いませんからね』

「人助けするためなんだけどなー」

 

そういう上条の頭には先程からバンダナが巻いてあった。そのバンダナにはいくつもの電極が貼られている。学園都市の学習装置(テスタメント)だ。それを使ってインデックスの頭から上条の頭に、十万三千冊の魔道書の知識をコピーしているのだろう。

 

『それでいくつのフラグを立ててきたんですか・・・・・?』

「いちいち数えてる訳ないだろ」

『・・・・・こんの変態偽善者英雄気取り女たらし浮気者ーッ!』

「ちょっやめろ!! マジでやめろォォオオオオオオ!」

 

ディスプレイの中の少女を止める術は上条にはない。大事なフォルダがゴミ箱で消去されていくのを眺めるしかない上条だった。その様子を見ていたアレイスターはヤレヤレとため息をついたという。

 

 

 

 

―――夜。

 

「おっふろ♪おっふろ♪おっふっろー♪」

 

と、上条当麻の隣で病人やめました、と言わんばかりにパジャマから修道服に着替え、両手で洗面器を抱えたインデックスは歌っていた。

そんな彼女に影響されたのか、同じくスマホの中のエネも同じように歌っていて、なんだか奇妙な二重奏を醸し出している。

 

「なんだよそんなに気にしてたのか? 正直、匂いなんてそんなに気になんねーぞ?」

「汗かいてるのが好きな人?」

「そういう意味じゃねえッ!!」

『ご、ご主人、そんな趣味があったのですか・・・・・・?』

 

ちッがあぁぁあああああう!!! と言う上条の訴えが辺りに響きわたる。 あれから一日経って、普通にあちこち出かけられるようになった彼女の願いが風呂だった。・・・・・・が。

アレイスターの窓の無いビルには『風呂』などという概念は存在しなかった。なので上条達は最寄りの銭湯へ足を運ぶのだった。

 

・・・・・・まぁ上条とエネとしては時々大きな風呂というものが恋しくなって稀に足を運ぶ事があったので「じゃあ銭湯行くか~」と駆り出してみたものの、肝心の近場銭湯が時期外れの大掃除をするだとかで二日間休業中になっていた為、こんなに遅くなってしまったのだ。

 

「とうま、とうま」

 

人のシャツの二の腕を甘く噛みつつインデックスはややくぐもった声で言う。噛み癖のある彼女にとって、どうやらこれは服を引っ張ってこっちを向かせる、位のジェスチャーらしい。

 

・・・・・・なぜかエネが対抗するようにスマホの画面に顔を張り付けているのが気になるが。

 

「・・・・・・何だよ?」

 

上条は呆れたように答えた。『そういえば名前知らない』と言うインデックスに一昨日の朝自己紹介してからかれこれ十八万回くらい名前を呼ばれまくったからだ。 ・・・・・・なぜかエネが対抗するように自分の名前を呼びまくってたのが気になるが。

 

「何でもない。用がないのに名前が呼べるってなんかおもしろいかも」

 

たったそれだけで、インデックスはまるで初めて遊園地に来た子供みたいな顔をする。 インデックスの懐き方が尋常ではない。まぁ、原因は三日前のアレだろうが・・・・・・上条は嬉しいと思うより、今まであんな当たり前の言葉すらかけてもらえなかったインデックスが過去の自分と重なって複雑な気持ちを抱いてしまう。

 

「ジャパニーズ・セントーにはコーヒー牛乳があるってエイワスが言ってた。コーヒー牛乳って何? カプチーノみたいなもの?」

「んなエレガントなモン銭湯には―――」

『ええ、それだけではなくフルーツ牛乳と言うのも有ってですね!いやまさに日本が生んだ―――』

 

エネの話はそれほど無駄でもないものなのだが、それでも上条は話がややこしくなるから黙ってろと言いたくなってしまう。

 

「んー、けどお前にゃデカい風呂は衝撃的かもな。お前んトコってホテルにあるみたいな狭っ苦しいユニットバスがメジャーなんだろ?」

「んー? ・・・・・・その辺は良く分かんないかも。私、気がついたら日本にいたからね。向こうの事はちょっと分からないんだよ」

 

地雷を踏んだ。一瞬でそう分かった。

 

「私ね、一年位前から記憶が無くなっちゃてるから」

 

インデックスは、笑っていた。本当に、生まれて初めて遊園地にやってきた子供のように。油断してた・・・・・・と、上条は自分を責め立てる。直接的に地雷を踏んでいなくても、その地雷の上にある土を踏んでしまえばそれだけで爆発するというのに。

 

この数日間、上条はエネと今後の事を徹底的に話し合った。そして、告げられた。インデックスには恐らく『記憶がない』と。その時の確信めいたような彼女の表情に、彼女の過去にあった出来事と何か関係があるのかもしれないと上条は思ったが、エネは好みや、料理。学園都市の科学技術の感想などといった、思った事や感じた事はそれこそ親に今日学校であった事を話したがる小学生みたいに素直に、愚直に言ってくるくせして、過去の出来事の話になるとまるで話術師のように巧みに話題をすり替えてしまう。

 

ようするにあまり過去の話をしたがらないのだった。 だから上条はもう数百年以上彼女と一緒にいるのに、エネ。「榎本貴音」の過去をあまりよく知らない。 導師達から口止めされている事もあり、上条自身なるべくそのての話題に触れないようにしてきたが、なんだか『お前じゃ話す事はできない』と言われてるみたいで、酷くイライラするのだった。

 

(ていうか、師匠達には話したんだよな・・・。エネの奴・・・)

「むむ? とうま、なんか怒ってる?」

「怒ってねーよ。・・・・・・いや、イライラはしてるけどお前にゃかんけーのねー事だよ」

 

ギクリとしてシラを切ろうとしたが、そもそもインデックスとは関係のない話だと思い、開き直る事にした。

 

「なんか気に障ったなら謝るかも。とうま、なにキレてるの? 思春期ちゃん?」

「・・・・・・その幼児体系にだきゃ思春期とか聞かれたくねーよな、ホント」

「む、なんなのかなそれ。やっぱり怒ってるように見えるけど。それともあれなの、とうまは怒ってるふりして私を困らせてる? とうまのそういう所は嫌いかも」

「あのな、元から好きでもねーくせにそんな台詞吐くなよな。いくら何でもお前にそこまでラヴコメいた素敵イベントなんぞ期待しちゃいねーからさ」

「・・・・・・」

「て、アレ? ・・・・・・何で上目遣いで黙ってしまわれるのですか、姫?」

 

超強引にギャグに持っていこうとしてもインデックスはまるで反応してくれない。おかしい、何か変だ。何でインデックスは胸の前で両手を組んで、上目遣いの目じりに涙が浮かびそうな傷ついたっぽい顔をして、あまつさえちょっと甘く舌唇を噛んでいるんだろう。何かとてつもなく嫌な予感がした為、上条は反射的にエネに助けを求めようとするが

 

「・・・・・・」

(え、エネ・・・・・・さん?)

 

上条は戦慄した。 エネがまるで天使のような完璧な笑顔を顔に貼り付けつつ、胸の前で両手を組んで鬼神のようなオーラを放っていたからだ

 

「『とうま』」

 

はい、と少女二人に名前を呼ばれたのでとりあえず返事をしてみる。

 

「だいっきらい」

断罪(しね)

 

エネが親指を下に向けた瞬間、上条は女の子に頭のてっぺんを丸かじりにされるというレアな経験地を手に入れた。

 

 

 

インデックスはさっさと銭湯へ向かってしまった。エネは勝手に携帯の電源を落としてしまった。

一方、上条は一人でトボトボ銭湯を目指していた。インデックスの後を追いかけようと思ったのだが、お怒りの白いシスターは上条の姿を見るなり野良猫みたいに走って逃げてしまうのだ。

 

そのくせ、しばらく歩いているとまるで上条を待ってたみたいにインデックスの背中が見えてくる。後はその繰り返し。なんかホントに気まぐれな猫みたいだった。もう片方の青い電脳少女は、音沙汰なく、携帯の電源をつけても居なくなっていた。

まぁ『予定通り』だよな。と上条は追いかけるのを止めたのだった。

 

本来は銭湯に着いてから色々と準備をする予定だったのだが、これはこれで安全に時間稼ぎが出来るし、向こうもいつ動き出しても不思議じゃないんだし。と、上条は立ち止まって屈伸をし、アキレス腱を伸ばし、軽く体を馴らせる。

なぜここで唐突に準備運動をする必要があるのかと問われれば、その答えはただ一つ。

 

「・・・・・・」

 

上条はデパートの電光掲示板を見る。午後八時ジャスト。まだまだ人が眠る時間でもないはずなのに、なんだか辺りが夜の海みたいにひどく静まり返っている。

インデックスと歩いていた時から誰ともすれ違ってはいないが、上条は特に違和感を感じる事無く片側三車線の大通りに出た。

 

『誰もいない』

 

コンビニの棚に並ぶジュースみたいにずらりと並ぶ大手デパートには誰も出入りしていない。いつも狭いと感じる歩道はやけにだだっ広く感じられ、まるで滑走路みたいな車道には車の一台も走っていない。

 

路上駐車してある車はそのまま乗り捨てられたように無人。 まるでひどい田舎の農道でも見ているようだった。・・・・・・まぁこの異常な光景も、上条にとっては見慣れたものなのだが。

 

「ステイルが人払いの刻印を刻んでいるだけですよ」

 

ゾン、と。いきなり顔の真ん中に日本刀でも突き刺されたような、女の声。

物陰に隠れていた訳でも背後から忍び寄ってきた訳でもない。上条の行く手を遮るように、十メートルぐらい先の、滑走路のように広い三車線の車道の真ん中に立っていた。

暗がりで見えなかったとか気がつかなかったとか、そんな次元ではない。確かに一瞬前まで誰もいなかった。だが、たった一度瞬きした瞬間、そこに女は立っていたのだ。

 

「この一帯にいる人に『何故かここには近づこうと思わない』ように集中を反らしているだけです。多くの人は建物の中でしょう。ご心配はなさらずに」

 

いや知ってたし。と返してやりたかった。 そもそも上条はこの女の存在に『気づいていた』インデックスと歩いていたときからだろうか、敵意とも悪意とも違う、寂しいような虚しいようななんとも言えない気配が自分達を視ていた・・・・・・。真っ先に気づいたのはエネセンサーなのだが、今は放っておく。

 

(・・・・・・ハズレ引いたなぁ)

 

上条としてはあの炎の魔術師がリベンジにかまけて自分を潰しに、この女がインデックスを回収に向かってくれると色々と助かったのだが、そう上手くはいかないらしい。やはりどこまでいっても自分の不幸体質が災いするようだった。

 

「神浄の討魔、ですか―――――良い真名です」

「そりゃぁどうも。テメェは?」

「神裂火織、と申します。・・・・・・できれば、もう一つの名は語りたくないのですが」

「もう一つ?」

「魔法名、ですよ」

 

ああ、そりゃ結構。上条は言った。そもそも上条は博愛主義者という訳ではないが、なるべくなら争いや面倒ごとには巻き込まれたくないタイプだ。導師の一人みたいに「こぶしとこぶしで語り合う」なんてのは好きじゃないし(嫌いでもないが) 話し合いで決着が付くならそれに越した事はないと思っている。

 

「率直に言って」神裂は片目を閉じて「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

「嫌だ」

 

即答した。退く理由など、どこにもなかったから。

 

「仕方ありません」神裂はもう片方の目も閉じて、「名乗ってから彼女を保護するまで」

 

ドン!!という衝撃が地震のように足元を震わせた。

まるで爆弾でも爆発したようだった。視界の隅で、青い闇に覆われたはずの夜空の向こうが夕焼けのようなオレンジ色に焼けている。どこか遠く―――何百メートルも先で、巨大な炎が燃え広がっているのだ。

 

「・・・・・・チッ!!」

 

誰よりもエネの実力を知っているつもりのくせに、欠片ほどの心配も、する必要は無いくせに、上条はほとんど反射的に炎の塊が爆発した方向へ眼を向けようとして、

 

瞬間、神裂火織の斬撃が襲いかかってきた。

 

上条と神裂の間には10メートルもの距離があった。加えて、神裂の持つ刀は二メートル以上の長さがあり、女の細腕では振り回すことはおろか鞘から引き抜くことさえ不可能に見えた

――――――、はずだった。

 

なのに、次の瞬間。巨大なレーザーでも振り回したように上条の頭上スレスレの空気が引き裂かれた。 上条のすぐ後ろ―――斜め右後ろにある風力発電のプロペラが、まるでバターでも切り裂くように斜めに切断されてゆく。

 

「やめてください」

 

10メートル先で、声。

 

「私から注意をそらせば、辿る道は絶命のみです」

 

すでに神裂は二メートル以上ある刀を鞘に納めている。

上条は動かなかった。

 

「・・・・・・」

 

ドスン、と音を立てて上条の後ろで風力発電所のプロペラが地面に落ちた。

本当にすぐ側にプロペラの残骸が落下したというのに、それでも上条は動かなかった。

神裂は閉じていた目をもう一度開いて、

 

「もう一度、問います」 神裂は僅かに両の目を細め 「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」

「いや、だから嫌だって」

 

上条の声には、よどみがない。

まるで、この程度の事でいちいち驚いてられないと言わんばかりの呆気らかんとした声だった。 一般人にしてはあまりにも余裕に見える上条の言動に神裂は顔をいぶしかめるが、それも一瞬の事にすぎない。

 

「何度でも、問います」

 

瞬、とほんの一瞬だけ、何かのバグみたいに神裂の右手がブレて、消える。

轟!という風の唸り声と共に、恐るべき速度で何かが襲いかかってきた。

 

「・・・・・・」

 

まるで、四方八方から巨大なレーザー銃を振り回されるような錯覚。

 

それは、例えるなら真空刃で作り上げた巨大な竜巻。

上条当麻を台風の目にして、まとめて工事用の水平カッターで切断されるように切り裂かれた。宙を舞った握り拳ほどもある地面の欠片が右肩に当たりそうになるが、上条はそれを体を小さく右に反転させてかわす。

上条は首ではなく視線だけで辺りを見回す。

 

一本。二本、三本四本五本六本七本――――都合七つもの直線的な『切り傷』が平たい地面を何十メートルに渡って走り回っていた。様々な角度からランダムに襲う『切り傷』は、鋼鉄の扉に生爪を剥がす勢いで傷を付けている様にも見える。

チン、という刀が鞘に収まる音。

 

「私は、魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」

 

右手を鞘の柄に触れたまま、神裂は憎悪も怒りもなく、本当にただの『声』を出した。

 

「・・・・・・あんた、強いな」

 

上条は「不幸だ・・・・・・」と深くため息を付くと、机に向かいすぎたサラリーマンの様にコキッ、コキッ、と右手で肩周りを軽く撫でる。

 

神裂にはそれが、見た通り緊張しすぎて動かなくなった体をほぐす作業にしか見えなかった。

 

(身体能力が良い・・・・・・と言っても、やはりこの程度ですか・・・・・・当たり前ですが)

 

本来ならあの握り拳ぐらいの大きさの欠片が上条に直撃すると思ったのだが、上条はそれを避けた。

 

・・・・・・ただ、それだけだ。本当に、普通の人間より少し身体能力が良かったと言うだけなのだ。ステイルに勝てたのも、彼が肉弾戦が不得手なのが災いしたのだろう。

神裂は、落胆した様にため息を付いた。 何に対して落胆しているのかも、何で落胆しているのかも、そもそも自分が落胆している事も、気づく事無く。

 

「私の七天七刀が織り成す『七閃』の斬撃速度は、一瞬と呼ばれる時間に七度殺すレベルです。人はこれを瞬殺と呼びます」

 

あるいは必殺でも間違いではありませんが―――と、神裂は続けようとして、止まった。

神裂が使う『七閃』は厳密に言えば、魔術でなければ刀をもちいた居合い切りでもない。 ホンの僅かに鞘の中で刀を動かし、再び戻す。この仕草で、七本の鋼糸を操る手を隠し、気づかれること無く相手を切り刻む。まるで奇術師のように。

 

断っておくが、神裂は何も自分の実力を安っぽい『七閃トリック』で誤魔化しているわけではない。七天七刀は飾りではなく、様々な宗教の術式を織り交ぜる事で天の使いとも渡り合える『唯閃』を放つ事もできるし、そもそも切り刻むだけでなく、鋼糸を駆使する事で様々な魔方陣を作り出し、普通の魔術師ならば一撃で葬る事ができる七閃自体、十分過ぎるほど強力な物だ。そんな神裂の手に現在握られた七閃用の鋼糸は

 

一本。二本、三本四本五本六本――――

 

『あと一本はどこに行った?』

 

「やめろよ、余所見すんなよ」

 

上条の声がふいに頭に響くように聞こえて

 

「瞬殺されたくねぇだろ?」

 

その直後、神裂の胸元に鬼のような衝撃が襲い掛かった。

バオォン!!

という空間を無理やり引き裂いたような音があたりに響く。

 

「へぇ・・・・・・」

「つッッ!!?」

 

上条が放った瞬速の一撃は、神裂の胸元に届かなかった。届く瞬間、神裂がとっさに片手を使って受け止めていた。だが無理やり体を動かし、不安定な体制で受けた為か、神裂の手からはゴギッ、という嫌な音が響く。

 

神裂はそのまま握った上条の手を捻り、地面に捻じ伏せようとするが、上条は神裂の股下に足を滑り込ませ、体制を大きく崩させる事で逆に神裂を投げ飛ばそうとする。当然それに対抗しようと体を動かした神裂だが、まるでそれを分かっていたような上条の妨害に合い、結果、肩から地面に叩き付けられてしまう。

 

「がッ・・・・・・はっツ!!?」

 

痛みに呻き声を上げる暇も無く、神裂は自分の頭を踏み砕こうとする靴の底を見た。

避けようと全力で横に飛んだ所で、神裂はありえない台詞を聞いた。

 

「七閃♪」

 

耳を疑う声と同時、七つの圧倒的な衝撃が神裂目掛けて襲い掛かった。当然、上条は七天七刀を持っていなければ、鋼糸も無い。その見よう見まねの、と言うか合っているのは数だけの『七閃』の正体は異常な速さと力が込められた『蹴り』だ。

しかも「この技、俺にも出来ないかなー」と言う発想から、たったいま生まれた完全な『付け焼刃』だった

腕、足、鳩尾。まるで直接爆弾を撃ち込まれたような衝撃が神裂の体を貫いて、

 

「おおっ、・・・・・・ぁあああああああああ!!」

「っ!?」

 

そこまでだった。

神裂は神の子としての性質が似ている『聖人』である自分の力のリミットを外し、驚異的な速度と力で放たれる上条の蹴りを、同じく蹴りで弾き飛ばす。

もちろんそれをよしとする上条ではないが、神裂から放たれる力を垣間見て、弾かれた力を利用して反射的に後ろへと下がった。神裂は、よろよろと、それでも常人からしてみれば驚異的な速さで立ち上がって

 

「手を・・・・・・抜いていたのですか・・・・・・?」

「お互い様だろ」

 

上条は何を今更。と言ったように告げる。

 

「アンタ、俺を程度良くボコボコにするだけで殺すつもりなんか無かったんだろ?初めの一撃も、その次のも、完全に俺を狙ってなかった。『相手に自分との実力差を知ってもらって諦めて貰う』暗黙の『降伏勧告』だったんだろ?」

「・・・・・・」

 

神裂は、動かない。上条の鋭いとは決して言えない、それでも全てを真っ直ぐ貫くような眼光に睨まれて『動けない』

 

「・・・・・・何でだよ」

 

上条は、小さく呟いた。一瞬、上条がこれだけの実力があるのに自分が手を抜いた事を怒っているのかと神裂は思ったが、

 

「アンタ、そもそもすごくつまんなそうな顔してたじゃねーか。敵を殺すのをためらってたじゃねーか。最初から全力で俺を殺しに来る事だって出来たくせに、殺そうとしなかった・・・・・・アンタはまだ、そこでためらってくれるだけの常識がある人間なんだろ?」

 

神裂は、何度も何度も聞いてきた。魔法名を名乗る前に全てを終わらせたい、と。

ステイル=マグヌスと名乗ったルーンの魔術師は、そんなためらいなど微塵も見せなかった。

 

「・・・・・・」

 

神裂火織は黙り込むと同時に、顔を歪めた。

余計な考えを振り払い、必死になってこの少年の術式を解析しようと試みるが、そもそも『魔術を使ったような痕跡もなければ、何か特別な事をしたような感覚もない』だとすればこの少年は本当にただの人間?いや、違う。ありえない。何かがおかしい。

そもそも魔術師でも能力者でもないただの人間が学園都市の兵器も持たずに聖人である自分と戦やりあえるなど、ありえる筈が無い

 

「なら、分かんだろ? 寄ってたかって女の子が空腹で倒れるまで追い回して、刀で背中切って、そんな事、許されるはずないってもう分かっちまってんだろ?」

 

血を吐くような言葉に、神裂は思考を遮られ、耳を傾ける事を余儀なくされる。

 

「知ってんのかよ? アイツ、テメェらのせいで一年位前から記憶が無くなっちまってんだぞ? 一体全体、どこまで追い詰めりゃそこまでひどくなっちまうんだよ」

 

返事は、無い。

上条には、分からない。不治の病の子供の為でも良い。死んでしまった恋人の為でも良い。何か『望み』があってインデックスを狙うなら、十万三千冊の魔道書を手に入れて世界の全てを歪める『魔神』になろうと言うなら、まだ分かる。

 

上条自身は覚えてはいないが、

他でもない上条自身が『そうだったから』。

守りたいと思うものを守れるように、そう願った他でもない自分の為に、師匠達の『この世界ではありえない修行』を重ね続ける。

今もまだ絶賛修行中で、師匠達とは比べることすら出来ないほど力の差があるが、それでも前の自分と比べれば及第点があげられる位には強くなれたと思う。

だからこそ、記憶がなくても本能で、直感で分かる。

 

コイツは『自分の望みでインデックスを追い回してない』

コイツは『組織』の一人なのだ。言われたから、仕事だから、命令だから。そんな一言で、たった一言だけで、一人の女の子を追い掛け回して背中を切るなんて常軌を逸している。

人質でも取られていると言うのなら分からないでも無いが、いくらその『組織』が強力なものであるとは言え、コイツほどの実力者が、敵を切るのをためらってくれる人間が、素直に従っていると言う事に違和感を覚える。

 

「何で、だよ?」

 

だからこそ、聞いた。

まるで人を導く導師のように。

 

「アンタ、メチャクチャつえーじゃねぇか。そんな力があれば、少なくとも誰かを守ることが出来る筈なのに、誰かを救う事が出来る筈なのに」

 

自分の内から沸きあがる虚しさを吐き出すように

 

「・・・・・・何だって、そんな事しか出来ねぇんだよ・・・・・・」

 

言った。

悔しかった。死にもの狂いで修行して、死にもの狂いで戦って、ようやく少しばかりの力を得られたから。

悔しかった。自分と同じように力がある人間が、女の子一人を追い詰める事にしか力を使えない事が。

悔しかった。まるで『自分の力の使い方(師匠たちの教え)』を否定されているみたいで。

沈黙に、沈黙を重ねた沈黙。それを破ったのは神裂の方だった。

 

「・・・・・・、私。だって」

 

神裂は、追い詰められていた。あれからお互いに一切の動きは無いくせに、あれ以上のダメージは少しももらって無いくせに、たった一つの言葉だけで、ロンドンで十本の指に入る魔術師は追い詰められていた。

 

「私だって、本当は彼女の背中を切るつもりは無かった。あれは彼女の修道服『歩く教会』の結界が生きていると思ったから・・・・・・絶対傷つくはずが無いから斬っただけ、なのに・・・・・・」

 

上条は、神裂の言っている言葉を一文字一句逃さぬように耳を傾け続ける。

 

「私だって、好きでこんな事をしている訳ではありません」

 

神裂は言った。

 

「けど、こうしないと彼女は生きていけないんです。・・・・・・死んで、しまうんですよ」

 

神裂火織は、泣き出す前の子供みたいに言った。

 

「私の所属する組織の名前は、あの子と同じ、イギリス清教の中にある―――必要悪の教会」

 

血を吐くように、言った。

 

「彼女は、私の同僚にして―――――――――大切な親友、なんですよ」

「どういう事か、説明しろよ」

 

上条は、真っ直ぐと神裂を見据えながら言った。

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