幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
「・・・・・・と、言う訳です。あの子は、あの子は記憶を消さなければ生きていけないんですよ!!」
泣き出す前の子供のような声で必死に上条に訴える神裂。その姿は大切な親友の為に涙を流し、身を引き裂かれるような苦痛に耐えてきた彼女の必死の訴えで、普通であれば同情を禁じえない様なシリアスなワンシーンが醸し出されるのだが、
「・・・・・・」
上条は呆れかえっていた。その右手を額に当て「うわぁ・・・・・・」という一種の哀れみを含んだ表情と、疲れきった様なため息を吐く。
何だコイツは。馬鹿なのか? アホなのか?
インデックスの脳の八十五パーセントが十万三千冊の魔道書で埋まっている? 完全記憶能力があるインデックスは記憶を忘れられないから残り十五パーセントで一年分の記憶しか出来ない脳が破裂する前に記憶を消す?
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて言葉も出なかった。
何だこいつらは。もしかして自分達は魔術師だから何でも出来る。自分達にすらインデックスが救えなかったんだから他に方法などある訳が無い。とでも思っていたんだろうか。だとしたら傲慢にも、馬鹿にも、慢心にも程があると思う。
上条としてはもっとドロッドロの、思わず拳を握り締め、奥歯を嚙み締めてしまう様な悲劇的な事情でもあるのかと思ったが、蓋を開けてみればこれである。
否、神裂達からしてみれば十分すぎる事情なんだろうが、まさか『外の高校や大学でも普通に習う一般常識』すら知らないとは。
無知は罪だと歴史上で誰かが言ったが、なるほどこれは笑えない。
いや違う。これは最早知識が有るとか無いとかそういう問題ではない。そもそも『十五パーセントで一年分の記憶しか出来ないなら完全記憶能力者はみんな小学生にもなれず死んでしまう』という小学生でも気づきそうな違和感にすら気づいていない。
やベー、怖えー・・・・・・無知って怖えー・・・・・・。いや、頭が良い奴が頭が悪い奴を馬鹿にするのは良い事じゃないし間違ってると思うけどここまで来るともうシャレにならねー・・・・・・テメェらガチで定時制高校入って常識学べよコラ。
「分かって、頂けましたか?」
と上条が脳内で怒涛のツッコミを入れる中、神裂は声のトーンを変えずに話を続ける。どうやら上条の表情や行動を「苦悩して頭を抱えている」と思っているらしい。
「私達に、彼女を傷つける意図はありません。むしろ、私達で無ければ彼女を救う事は出来ない。引き渡してくれませんか、私が魔法名を名乗る前に」
いや、むしろあんた達のせいでインデックスが苦しんでるんだけど。
そう言いたい気持ちを抑え、何とか事情を説明しようと口を開こうとして
「それに、記憶を消してしまえば彼女はあなたの事も覚えていませんよ。今の私達を見れば分かるでしょう?あなたがどれだけ彼女を想った所で、目覚めた後の彼女には、あなたの事は『十万三千冊を狙う敵』にしか映らないはずです」
「・・・・・・」
止まった、わずかな違和感を捉えたからだ。
「そんな彼女を助けた所で、あなたにとって何の益にもなりませんよ」
「・・・・・・、何だよ。そりゃ」
違和感は、怒りに変わり、一瞬で爆発した。さながら、ガソリンに火を放つように。
「何だよそりゃ、ふざけんな! あいつが覚えてるか覚えてないかなんて関係あるか! いいか、分っかんねぇようなら一つだけ教えてやる。俺はインデックスの仲間なんだ! 今までもこれからもあいつの味方であり続けるって決めたんだ! テメェらお得意の聖書に書かれてなくたって、これだけは絶対なんだよ!!」
「・・・・・・」
「なんか変だと思ったぜ、単にアイツが『忘れてる』だけなら、全部説明して誤解を解きゃ良いだけの話だろ? 何で誤解のままにしてんだよ、何で敵として追い回してんだよ! テメェら、何勝手に見限ってんだよ!アイツの気持ちをなんだと
「―――――――――うるっせえんだよ、ド素人が!!」
上条の怒りを押しつぶすような神裂の咆哮が轟いた。
言葉遣いも何も、全てを剥ぎ取った剥き出しの感情が上条に襲いかかって
「黙れこの大馬鹿野郎がぁぁああああああああああああああああ!!」
それを上回る上条の圧倒的な咆哮によって打ち消された。
「な・・・・・・」
「テメェらがドンだけ頑張ったかなんて知らねぇ、ドンだけ苦しんだかなんて分からねぇ! でもその頑張りも苦しみも守りたいものの為だったんだなって事は分かる!! だったら何でもっと強くなろうとしねぇんだ! 何で誰もが笑って誰もが望む
上条はようやく分かった。コイツは耐えられなくなったんだろう。記憶を失い続けるインデックスの側に居つづける事が。どんなに思い出を作っても、またゼロになってしまうと言う恐怖に耐え切れなくなった。
『記憶を失わなくてもすむ方法』をずっと探し続けて、それでも叶わなかった。叶える事が出来なかった。だからこそ、敵に回った。インデックスの思い出を真っ黒に塗りつぶす事で、インデックスの地獄さいごを少しでも軽いものにするために
―――――――――だけど
そもそも、こいつらがもう少し強ければ全てが丸く収まった話なのだ。失う痛みに耐え続けるだけの強さがあれば良かっただけの話なのだ。 インデックスに幸せな記憶を与え続け、自分たちが地獄を見続ける覚悟があれば良かっただけの話なのだ。
インデックスに『誰にも頼れずたった一人で逃げ続ける(圧倒的な孤独)』という別の地獄を見せると言う事が一番正しい選択だったなんて認めない、認めてたまるかこのクソヤロウ!
「おい、
「―――っツ!」
地獄の底から響くような上条の声に、神裂はまるで幼子のようにビクリと体を震わせる。
これが終わったら、全てを話そう。インデックスが記憶を失う必要なんて無いって事も、最高の結末がすぐ目の前に転がっているって事も。でもその前に、インデックスに会わせるその前に
「もうテメェは俺の敵じゃねぇ」
コイツの捻じ曲がった性根を叩きなおす必要がある
「ただの「的」だ」
そして、圧倒的な蹂躙が始まった。
最初の異変は、上条の姿がまるでテレビが故障した時に映る砂嵐のように乱れ、ずれた事だった。
次の異変は、上条の姿が目に映るよりも早く自分の目の前に現れ、お腹の下辺りにポン、と左の掌を置いた事だった。
最後の異変は圧倒的な力で自分の体が吹き飛ばされた事だった。
「ごっ・・・・・・がッ!」
上条が放った一撃を、その勢いを、何故か『全くいなす事ができず』体をつ、の字に折り曲げさせられ、ノーバウンドのまま十メートルも吹き飛ばされた神裂は、ダイナマイトの爆発音に負けず劣らずの轟音を立てて風力発電の塔に激突した。
意識が揺らぐ、体に全く力が入らない。それでも何とか力を振り絞ろうと、神裂は己の体に鞭を打って体勢を立て直そうとして
(な・・・・・・!?)
そして驚愕した。
あれだけの威力で、あれだけの轟音で激突した風力発電の塔には『ひび一つ入っていなかった』
(どう、なって・・・・・・あれだけの威力、あれだけの速さ、あれだけの一撃を受けて何の損壊も無い訳が・・・・・・)
肺に溜まった空気を一気に吐き出された神裂の頭に疑問が浮かぶが、冷静に考える暇は無かった。上条はすでに神裂の目の前に現れ、次の一撃を放とうと左足を神裂の右足へと迫らせる
「ッ!?」
とっさに横へ転がる神裂。それが失敗だったと気づいたのは、脇腹に次の一撃を食らった後だった。
ズドム!!という筋肉を強制的に圧し斬るような感触が体を貫いて、神裂はその体を再び十メートルほど吹き飛ばされる。今度は街路樹に身を激突させるが、塔と同じく、樹皮の一つも剥けてはいなかった。
「うっ、が・・・・・・」
急所に上条の蹴りを直撃させてしまった神裂は、もはや立つことすら出来なかった。―――だが。
(お、かし、い・・・・・・体の力が、全く入らない・・・・・・)
それにしてもおかしかった。神裂は『聖人』だ。十字教における『神の子』と似た体質を持って生まれたため、その力の一端を振るう事ができる世界で二十人といない、魔術世界における『核兵器』だ。
上条の一撃は、その力は、その速さは、もしかしなくても今の自分を上回るものだが、それにしても『もらうダメージがあまりにも多すぎる』そして『自分の体に限界が来るのがあまりにも早すぎる』
いや、それ以外にも疑問は尽きない。
『何故聖人としての体質(テレズマの力)』を全く無視できるのか』
『何故この少年は人間としての限界を超えて力が使えるのか』
『何故回りの無機物が傷一つ付いていないのか』
さまざまな疑問が神裂を襲うが、体の隅々まで走る激痛が思考の邪魔をする。 上条はゆっくりと神裂の元に歩み寄り、まるで解説をするように口を開く。
「言っとくけど『魔術』なんかじゃねーぞ。『科学(超能力)』でもねぇ。つーか、俺にはそういう『異能の力』は使えねーんだ。信じてもらえるかは分かんねーけどな」
「ッ!!」
神裂は応じず、行方不明になった一本の鋼糸をストックから足し、放つ。
七閃
「・・・・・・悪いな」
上条は動じない。彼は空中に手をやると、自らの手で放たれた鋼糸を全て掴み取り、そして強引に『左手で』引きちぎった。
「こういう『奇襲』には気を付けろ。って師匠が口をすっぱくして何度も言ってんだよ!!」
驚愕する神裂を尻目に、上条は『左手』に力を込め、手を離す。上条の側に落ちたそれはもはやワイヤーではなかった。あまりの腕力で圧縮され、銃弾のような一つの塊となってしまっていた。
あの時、行方不明になったワイヤーも、神裂が認識できない速度で今のように強引に引きちぎったのだろう。あるいは目をつぶっていた為、単純にその瞬間を見逃しただけか。
「そ、の・・・・・・力・・・・・・いっ、たい・・・・・・」
何の意味も無いのに、相手が答えるわけが無いのに、最早考える余裕すらないほどの朦朧とした頭で神裂は問う。問わずにはいられなかった。 この少年の言葉を信じる義理は無いが、もし「異能の力じゃない」のならこの力の正体は一体なんなのか。 そして、朦朧とした頭に電撃を流し込まれたような、衝撃的な回答が帰ってきた。
「単なる『武術』だよ」
目を見開き、口をポカンと開け、上条を見る。
体を無理やりにでも動かして戦闘態勢を築かなければいけない筈なのに、今度は体どころか頭までもそれを止めてしまった。
この少年は今なんと言った?
「ただの武術だよぶーじゅーつー。空手、柔術、拳法・・・・・・その他にも色々あんだけどな。世界中にあるありとあらゆる武術さ。さっきお前が横っ飛びに避けた時のは『虚実』・・・・・・まぁ簡単に言えばフェイントか。お前がそっちに避けるように誘導して想定していた一撃を入れたんだ。まぁ『かなり特殊な鍛え方』をしてるからその恩恵もあんだけどな」
言っている言葉すら理解出来ない。『ありえない』の一言が神裂の脳内を支配していた。
普通の人間が武術を習えば、習っていない人間と戦った場合、勝つ確率が大きく上がる事は分かる。単純に『経験』『知識』『力』が違う。
だが神裂は『聖人』なのだ。
ただ単に武術を習ったから、程度で勝てる相手ではないし、その道を極めた『達人』であったとしても互角にやりあうのがやっとの筈だ。そもそも『人間の限界』を超える方法が無ければ聖人に打ち勝つ事は難しい。なのにこの少年は、圧倒的な差で神裂を蹂躙する。まるで『何の力も持たない普通の女の子を追い詰める』かのように。
ザッ、と言う地面を擦る靴の音が響く。上条がまた一歩、神裂の側に寄った音だった。
「ッ!!」
神裂が最後の力を振り絞り、全力で抜き放った真説の『唯閃』を内した刀の鞘は、上条の鳩尾に向かって正確に放たれる―――が
「遅い」
神裂が振るうよりも一瞬早く、上条の蹴りが七天七刀を真横に蹴り飛ばす。
あまりの威力に余波を受けただけのはずの神裂の手にかなづちで思いっきり殴られたような痛みが走る。
「がッ・・・・・・!!」
「俺を『殺してでも』止めたいんならせめて刀を抜くべきだったな。刀が鞘から抜けないように調整するのに一瞬動作が遅れた。まぁお前が刀を抜いたところで負ける気はしないけどな」
神裂はもう一度立ち上がろうとするが、どうしても力が入らない。
まるで体の間接一つ一つに杭を打ち込まれたかのように、体が全く言う事を利いてくれない。
「ッ!?」
次の一撃が来る・・・・・・!そう考え、身構えようとしたが
「・・・・・・?」
こない。来るはずの一撃が、いつまで待っても来ない。
「・・・・・・」
何とか力を振り絞ろうとする神裂に対し、上条は相変わらず神裂の前に立っているだけだった。だが上条の体から放たれる見えない筈の圧倒的な威圧感が、全てを物語っていた。
「・・・・・・あ」
「・・・・・・逃げてみろよ」
上条は、言った。
「今からお前達がインデックスにやってきた事をそのままお前達にやってやる。一年中追い回して、見つけるたびにボコボコにして『圧倒的な敵に追い回されて、巻き込めないから誰にも頼れない』って言うあいつが見続けてきた地獄を見せてやる」
神裂は、震えた。
親に悪戯を見つかった子供のように、先生に叱られる小学生のように、だがその身を震わせる恐怖は、上条に蹂躙される、と言う認識からではない。
自分達がインデックスに見せてきた『偽りの幸福(地獄)』を知ったからだ。
「―――ッ!?」
「逃げろよ『聖人』」
神裂は、動かない体を無理やり動かして後ずさろうとしたが、やはり体は動かない。
『戦う』と言う意思は、もはや無かった。魔術師という仕事をこなし続け、数々の修羅場をくぐってきて、強いはずだと認識していた神裂の力は、そして精神は、粉々に砕けそうになっていた。
「それがアイツにとって
その言葉を引き金に、神裂はガクリと下を俯き、ひとつ、またひとつと、大粒の涙をポロポロと流し始める。 分かっていた筈だった。気づいていた筈だった。こんなものは偽りの幸福に過ぎないと。喪失する苦しみを幾ら減らした所で、幸福な出会いを与えない限り意味はないと。
記憶を無くさなくてすむ方法を見つけない限り、インデックスは苦しみ続けるだけだと。だが喪失が与える痛みは、あまりにも耐えがたいもので、あまりにもこらえ難いもので、いつの間にかインデックスから逃げていた。彼女が纏う不幸に巻き込まれまいとするように、逃げた。実際に追っていたのは自分達だと言うのに。
そして、彼女は孤独になった。一番側にいなければいけなかった筈の親友(自分達)からも逃げられて。
「う、ああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
神裂は吼えた。それは後悔による懺悔か、それともインデックスと同じように、こらえ続けて来た何かが溢れ出たのか。
・・・どれほどの時間がたっただろう。一時間にも思えるし、一分も経ってない様にも思える。
やがて、声が嗄れるまで叫び、涙腺が嗄れるまで泣き腫らした神裂は、完全に全身の力を抜いた。
気力など、とっくの昔に無くなっていた。
「・・・・・・」
上条は、そんな神裂に上から手を伸ばす。
敵の攻撃は避けなければならないのに、ある程度体力は回復しているのに、神裂はまるで亡者のような目で上条を見つめるだけだった。
そして、その手が神裂の頭上に置かれ
「やっと叫んだかこの大馬鹿野郎」
頭を撫でられたと認識するのに、数秒かかった。
「・・・・・・え」
頭を上げようとするが、上条の強い力に押さえ付けられ、うまく上げる事が出来ない。
「ったく。そんだけ後悔してるなら、そんだけ溜め込むモン溜め込んでんなら、とっとと吐き出せってんだ。そんな状態でアイツの事を想ったって、
上条は、言った。それは、導師やアイツの言葉を借りた、ただの受け売りに過ぎない。
その場に、その時に適した言葉を選んで、なんて事もしないし出来ない。上条が言いたい言葉を、感情を旨く表現できない時『あ、そういえばこんな事言ってたっけ』程度に参考にしているだけの、説法とはとても言いがたい言葉の紡ぎ。
だが、今この場で神裂の耳は、心は。上条の言葉を、まるで砂漠で何日も遭難した遭難者に突然降り注いだ神の恵みスコールの様に、何日も取っていなかった水をゴクゴクと飲むように、素直に取り込んでいった。
「辛かったんだろ? 怖かったんだろ? だったらその矛先をインデックスに向けちゃダメだ。アイツはもっと辛いし、もっと怖い筈だからな―――だから」
神裂は、見た。
上条は、自覚できたら、自分でもビックリする位に優しく微笑んでいた。
「救ってやろうぜ、今度は俺達の番ターンだ。今からお前に見せてやる。インデックスは記憶を失わなくても良いんだって事を。あいつの幸福は、親友に敵として追われ続ける、なんてくだらないモンじゃないって事を。誰もが笑って、誰もが望む最っ高な
神裂には、理解できなかった。
上条の言葉が、ではない。
この少年だったら捻じ曲がった運命さえ変えてゆける、そんな根拠も確証もない期待に胸が溢れそうになっていた事が。
「だから、今は寝てろ。体を休めろ。俺が言うのもなんだけど、インデックスが最初に目にする親友の姿がそんなボロボロじゃあアイツも辛いだろうからな」
そう言うと、今度こそ神裂の後ろ首に手刀を浴びせ、その意識を奪う。 倒れ付した神裂の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていて、とても綺麗、とは呼べた物ではなかったが
「・・・・・・」
笑っていた。 明日への期待に、まだ見ぬ最高の結末への期待に、まるでセイント=ニコラを待ち続け、結局寝てしまった子供のように、笑いながら、気絶していた。
「・・・・・・で? いつまで見てる気だよエネ」
『何もないはずの空間』に向かって声を掛けると、まるで最初からそこにいたかのようにエネが姿を現す。その左手には炎の魔術師、ステイル=マグヌスの襟首が握られていて、エネが歩くと平行してその身をコンクリートの地面にズルズルと引きずらせる。
どう見ても気絶していた。
「う、あーあ・・・・・・やっぱり気づかれましたか・・・・・・」
「あたりまえだボケ。『無機物が一切傷つかない』というか『無機物の異様な再生力』の時点でおかしいだろうが」
そう、神裂とあれだけの戦闘をおこなって、途中から周りに一切被害が出ていなかった。
物理的に考えてありえない。ではどういう事か。答えはありえないほど単純で『第三者の魔術的割り込み』に決まっている。
今この場を支配しているのはステイルの人払いではない。エネの『人払いを含めた空間支配系術式―無機物保護タイプ』だ。
なんでも『重要な建造物や書物を守りつつ戦闘を行わなければならなかった』為に開発した術で、“榎本貴音”のオリジナルらしい。
伯父いわく『『こちら』の魔術師ではそう簡単に再現できないとても高度なもの』だそうだ。『風水』という職業(趣味)も理由なのか、貴音は空間支配系の術式が得意だった。
上条はエネに引きずられても気絶したままの不良神父(馬鹿)を指差して言う。
「大方、そいつのルーンカードの術式の解析や応用に夢中になって『う~ん、とりあえず補助術式かければあとは大丈夫だよな~』ってとこか?」
ったく、だったらもっとサポートをだな・・・・・・と上条が続けようとして、気絶した神裂に何枚かお札を貼っていたエネが割り込んだ。
「違う! もう解析も応用術式の開発もとっくの昔に終わってますよ!! 私はご主人がどうやって人を導くのかじっくり観察を・・・・・・あ」
「おい、ふざけんなテメェ! 手が空いてんならもっと力貸せサポートしろゴルァ!! つーかおまえ『速攻でケリが付いた』癖にしばらく『遊んでた』だろ!!」
エネの肩がビクリと振るえ『ななななななななな何の事でふか!?』と呂律をまわす事すらできない状態におちいるが、上条はお構いなしに続ける。
「最初に舞い上がって爆発したような炎の渦。あれはコイツがやったんじゃなくて『お前がコイツの魔術を暴走させて自爆させた』んだろ? 確かお前炎系の術式も使えたよな? それの応用で割り込んで、インデックスを追い込もうと死角からコイツが術式を発動させた途端ドガァアン! ってな具合か。多分初撃でケリが付いたんじゃないのか?」
「ギクッ」
なにが「ギクッ」だ、と上条は思う。と、いうかよっぽどの馬鹿ではない限りそういう結論にたどり着くだろう。
(恐らく)自分自身の術式ではそう簡単には燃えないようになっていたであろうステイルの修道服は炭となり、八割以上が消え失せていて、その白い肌のほとんどが露出している。赤髪に染めた金髪は見るも無残な事に、まるでスポーツ刈りのように頭皮の根元ギリギリまでススになっていた。
おまけに(何故か)下着である白いブリーフは一切損傷しておらず、今のステイルの状態を一言で表すと『スポーツ刈りで白ブリーフ一丁のまま胸の辺りにお札を貼り付けられて女学生に引きずられる変態』となる。
ギャグマンガなら『チーン』という効果音でも付いてきそうな勢いだった。
「はぁ・・・・・・で?ちゃんと『遊びの成果』は出たんだろうな?」
「え、ええ! ばっちり『パーフェクト』です! 私にかかればお茶の子さいさいですよ!」
ステイルの姿をあらためて見て色々と気がそがれた上条は、ため息交じりにエネに尋ねる。
(ご主人だって『力の本質』を『武術』でごまかしていたくせに~)とぼやいていたエネは、ホッとしたように五枚のお札を右手に広げた。その仕草はトランプの手札を見やすいように展開させるのに似ていた。
「『力』も『制御』も『時空』も『結界』も『調律』もばっちりです!いつでも出来ますよ!! 相手が『魔人』という事もあって作るのにホンの少しばかり手こずりましたが・・・・・・こいつらの情報を得て調整したので。間違いないはずです」
エネは自信満々の笑みで胸を張って告げる。 自分の腕に正々堂々自信を持って答える事ができるエネのあり方が、実力が、どちらかといえば謙虚で自分の腕に自信が無い上条には羨ましかった。実はこれでもホンの少しも本来の実力を発揮してはいないのだ。いや、正確には『出来ない』のだが。
「結構な事で。んじゃ、行くか」
「はい!」
今頃一人で銭湯に入っているはずのお姫様インデックスは預けておいたお金で銭湯にある飲料や軽食などを食い尽くしている頃だろう。結果的に大遅刻した形になるわけだが、さて、どんな言い訳をしたら頭を齧られずにすむだろうか。
神裂をおぶり、風呂桶を片手で持った上条はそんな事を考えながら目的地へと向かって行く。
次回「蹂躙」