幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
レディオノイズ Level2
風が強い。
宵闇。ビルの屋上に寝そべるように身を潜める少女は目を細める。
その両手にあるのは少女には不釣合いなライフル。いや、不釣合い、どころではないだろう。何せライフルの全長は百八十四センチ。少女の伸長を軽く凌駕する。
メタルイーターMX。
湾岸戦争では二〇〇〇メートル先の戦車を爆破した伝説を持つ対戦車ライフル『バレットM82AI』。本来、あまりに強大なすぎる反動からフルオート機能は必要ないと言われた対戦車ライフルに、無理矢理連射機能を追加した試作モデルがこの鋼鉄破りメタルイーターだ。
チャチなヘルメットならその反動だけで粉々に砕くほど凶暴なメタルイーターだが、しかし何故か少女の華奢な体にはしっくりと馴染んでいる。衝撃というのは押さえつけるものではなく受け流すものである。少女は学習装置テスタメントを用いて一四日に及ぶ情報入力くんれんの末、メタルイーターの放つ衝撃を演算し、最も効率良く受け流す計算式を導く事に成功していた。そんな事をせずともメタルイーターを初見で完璧に撃ちこなす少女も存在するのだが
呼吸を殺す少女は、冷たいスコープ越しに六〇〇〇メートル先の『標的』を眺める。
夏の夜の羽虫を集めるように光を放つコンビニから出てきたのは一五。六歳の少年だ。針金のように細い体、少女のような繊細な肌に白い髪。掴めば折れそうな……という表現に偽りはないだろう。
その少年は、見る物に鋭いナイフの切っ先をイメージさせる。無理もない、書庫バンクに残された少年の公式戦の戦果は全戦全勝どころか、ただ一度の掠り傷も負った事がなく、たった一度の防御や回避を取った事すらないのだから。
少年の在り方は、相手の刃を受け止める可能性など考えず、ただ敵の肉を斬る事のみを目的とした細身にして薄刃の、極限まで刀身を研ぎ澄ました『鋭さ』そのもの。
標的の本名を少女は知らない。コードは『一方通行アクセラレータ』
一大能力開発機関『学園都市』において七人しかいない超能力者レベル5。その中でも『頂点』に立つ少年の名前だった。
(横風が強い、・・・・・・照準を三クリック左へ修正)
スコープの側面についたネジを回しながら少女は口の中で呟く。
つまらなそうにコンビニ袋を揺らして帰路に着く少年―――それが少女の標的だった。
少女が正面から立ち向かった所で一方通行には絶対に勝てない。いや、この学園都市、下手をすれば地球上にすら一方通行に真正面から立ち向って勝てる相手などいないかもしれない。
だが、逆に言えばそれだけだ。
真正面から勝てないなら、真正面から戦わなければ良い。
結局の所超能力なんてものは手足を動かすのと変わらない。よほど制御に不慣れな無能力者レベル0でもない限り、チカラの発動はおおよそ二つに分類できる。
一、能力者本人が『チカラを使う』と命じた時。
一、能力者本人が身の危険を感じた時。
ならば話は簡単、相手が『自分の命が狙われている』事すら気づかない内に、一撃の不意打ちで命を奪ってしまえばどんな能力者にも勝利できる。
遠距離狙撃は元々は学園都市の
(ビル風・・・・・・三方向からの渦、照準を右に一クリック修正)
少女は口の中で呟きながら、さらにスコープを微調整する。
鉛弾というのは、意外と風に流されるものだ。しかもビルが乱立する場所で葉数は一方から吹くとは限らない。様々な方向から流れてくるビル風はぶつかり合い、渦を巻き、あらゆる方向へと散っていく。
外す事は許されない。相手は最強の超能力者、初撃を外して勘付かれれば、その時点で少女の敗北は決したと言って良い。どれだけ距離が離れていても、どこまで逃げたとしても。少女は引き金に指をかける。
そこにためらいはない。スコープの先の少年が生きた人間である事も、この引き金を引けば五〇口径の対戦車砲が時速一二〇〇キロで空を裂き、音よりも速く少年の上半身を肉片に変えてしまう事も・・・・・・それらの事実を正しく理解していても、少女の顔には微塵の迷いも無い。
その華奢な肩に乗せられた指示は一つ。
最強の超能力者『一方通行』を遠距離狙撃で破壊する事のみ。
(・・・・・・、)
少女の耳は風の音を聞いていた。ぶつかり合い渦を巻く風の流れが、刹那、一定の方向へと流れていく。
時間にしてわずか二秒弱。けれど確かに複雑なビル風が安定したその瞬間。
少女は引き金を引いた。
花火工場が爆発するような轟音と共にいくつもの砲弾が空を裂く。遠距離狙撃では考えられない事に、少女はフルオート射撃を行っていた。大の大人すらひっくり返るほどの反動を無理矢理に受け流し秒間一二発もの砲弾を、針の穴を通す正確さで射出していく。
ものの一秒で空となった弾倉を無視して少女はスコープを通して少年の末路を追っていた。風の流れは一定しているため弾が外れる事はない。放たれた一二発の弾丸は残らず少年の背中に吸い込まれ、その針金のように華奢な体が粉微塵に弾け飛ぶはずだ。
そう、
刹那、少女の手にあるメタルイータが爆発した。
だが、少女には飛来する弾丸を目で見て確かめるほどの身体能力はない。
彼女に分かるのは対戦車ライフルが何らかの力で破壊された事、その無数と呼べる鋭い破片が全身に突き刺さった事、メタルイーターのストックに押し当てていた右肩が『何か』に貫かれ、噛み砕かれるように切断された事。
そして、メタルイーターの狙撃を受けて、なお一方通行は無傷でいられた事。
最後に、この遠距離狙撃は失敗し、一方通行に感づかれた事。
それだけ分かれば十分だった。十分すぎた。頭から熱湯を被ったような激痛が襲いかかるが少女は気にしない。そんな暇はない。ボロボロの身体でビルの非常階段へ向かう。
狙撃に失敗した時点で少女には万に一つの勝ち目もなくなった。故にこの敗走は形成を立て直す類のものではない。単純に、一秒でも一瞬でも余命を引き伸ばそうという、単なる延命処置でしかない。
宵闇に足音は響かない。狩人は音もなく確実に瀕死の少女との距離を詰めていく。
狩る側と狩られる側。一瞬にして立場の逆転した殺人劇が幕を開ける。