幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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イマジンブレイカー Level0(and_More)

八月二〇日、午後六時十分。

真夏の夕暮れ、補修を終えた上条当麻はぐったりと帰り道を歩いていた。たとえどんな理由があっても、この長い夏休みに一人学校補修へ行くのは精神的によろしくない、と彼は思う。

だが相方である電脳少女はそんな上条の意見を

 

『そんなものですか? 小萌先生の話は面白いし聞いていて退屈しませんが・・・・・・もしかして一人で授業を受けるのが寂しいんですか?』

 

と、不思議そうな顔と口調で一掃した。

通常『夏休みの補修』と呼ばれるモノは夏休みの初日に行われるものだし、実際の上条のクラスも補修は十九日から二十八日にかけて行われたのだが、例の『自動書記破壊事件』とその後始末で本来受けるはずだった補修を丸々サボった上条は、今になってそのツケを支払わされているという訳である。

で、何故か。

そんな上条は、路上にポツンと立つジュースの自動販売機の前で呆然と立ち尽くしている。理由を説明するのは簡単だ。上条が確かに入れたはずの二千円札に自動販売機は何の反応も見せず、黙りこくったまま微動だにしないからである。

半分以上諦めの表情でお釣りのレバーをガチャガチャと動かしてみるが、やはりウンともスンとも言わない。そりゃあ二千円札が今時珍しいのは百も承知だが、仮にも科学の街である学園都市にある機械なんだからもう少しマトモな反応リアクションをしてくれても良いのではないだろうか。 と、ここで何か視線を感じた上条が目線だけで隣を見ると、そこにはジッ、と自分を見つめる相方の姿が。『私の出番か? 出番ですか??』という屈託のない期待の眼差しで自分を見つめる貴音に、上条はサッ、と瞬速で目線を逆方向へと動かす。

 

確かに上条ではこの手の機械を下手にいじった所で間違いなく警報が鳴るに決まっていた。そんな展開は読めていた。でもだからと言ってここでエネに頼って二千円札を取り戻してもらうのもなんとなく癪に障る。

どうする・・・・・・? と、頭を悩ます上条の後ろから、カッっと革靴の足音が聞こえた。

 

「ちょろっとー。自販機の前でボケっと突っ立ってんじゃないわよ。ジュース買わないならどくどく。こちとら一刻でも早く水分補給しないとやってらんないんだから」

 

と、いきなり後ろから声を掛けられた。それと同時に女の子の柔らかい手が上条の腕を掴んで横にぐいぐいと押そうとするが、女の子の手が上条の腕を掴むより前に上条はほとんど条件反射的にその身を反転させて女の子と向かい合う。そのあまりのスピードに、むしろ女の子の方がビックリしたみたいだった。

 

「『はぁ・・・・・・、なんだ、ビリビリか』」

「わったしっしはー、御坂美琴って名前があんのよ! いい加減に覚えろド馬鹿!!」

 

少女が怒鳴った瞬間、その茶色い前髪から青白い火花がパチンと散った。瞬間、ヤッバイ! と上条は物凄い速さで近づいてその右手を美琴の眼前にかざす。それだけで10億ボルトに達する高圧電流は槍のようにまとまる事すらなく消滅してしまう。

チッ! と露骨に舌打ちする彼女は理解できていない。今、自分は上条という一人の少年によって「守られた」という事実に気づいていない。

 

「・・・・・・」

 

チラッ、と一瞬後ろを見ると、そこにいる少女は眉間にしわを寄せながらいつの間にか取り出したいくつかの呪符をシブシブと服の中へしまっている最中だった。とりあえずは矛を収めた相方を確認して、ホッとしたようにため息を吐く。

ここだけの話、貴音は御坂の事がどうしても気に入らないらしい(無理もないが) いくら御坂美琴が学園都市で七人しかいない超能力者の一人とはいえ、エネとマトモに戦闘を行った場合、確実にギッ、タギタのボッ、コボコにされてしまうだろう。

 

「・・・・・・」

「なに泣きそうな顔でこっち見てんのよ?」

 

美琴は両手を腰に当てて

 

「とにかく用がないならどけどけ。私はこの自販機にメチャクチャ用があるんだから」

「あー」

 

上条は美琴と自販機を交互に眺める。

目の前の少女は情状酌量の余地もなく殺人未遂な訳だが、かと言って確実にお金を飲み込むと分かっている自販機の事を教えない、なんてことは許されるのか。いや美琴のがっかりする顔が見たくないというより、その後に確実に襲いかかるであろう殺人級の八つ当たりが怖い。

そしてなによりその八つ当たりによって今度こそキレたエネを止めなければならないのが恐い。

 

「その自販機な、どうもお金を飲み込むっぽいぞ」

「知ってるわよ」

 

と、美琴は一言で答えた。逆に上条とエネのほうは美琴の意図が分からない。

 

『??? 呑まれるのが分かっててお金を入れるの? ・・・・・・は! もしやこの自販機は仮の姿で実際は賽銭箱的な役割を果たす霊装なのでは・・・・・・!!』

 

と、そんな思いっきり的外れな推理をするエネを尻目に

 

「常盤台中学内伝、おばーちゃん式ナナメ四十五度からの打撃による故障機械再生法!」

 

ちぇいさーっ! というふざけた叫びと共に、あろう事か美琴はスカートのまま自販機の側面に上段蹴りを叩き込んだ。

ズドン! という轟音。次いで、自販機の中でガタゴトと何かが落下する音が響いて、取り出し口に缶ジュースが出現する。

 

(つーか「内伝」って事はまさか常盤台中学の「お嬢様」は皆こんな事やってるのか?いやそんな馬鹿な・・・・・・)

 

完全に否定できないのが恐い。少なくとも一人、彼女と全く同じ事をしそうな女性を上条は一人知っている。

 

『・・・・・・えっと、警備員へ通報するための番号は・・・・・・っと』

 

一瞬唖然としていたが次いで非常にナチュラルな動きで当然のように警備員へ通報しようとするエネを必死になだめる上条。

目の前の少女は情状酌量の余地もなく窃盗犯な訳で、エネの行いは至極当然なものの筈だが、かと言って何の躊躇いもなく中坊を警備員に付き渡すことは果たして正しいのか? いや美琴がかわいそうだからと言うより、自分が共犯者と認識されてしまいそうで恐い。だから上条はとりあえず自分の言葉でこの不良少女を更正させてみることにした。

 

「あのな。もしかしなくてもテメェらが毎日毎日よってたかってこんな事してっから自販機が壊れちまったんじゃねーのかと問いかけたい!」

「いいじゃんよー。なに怒ってんのよ、別にアンタに実害あるわけじゃないでしょ?」

 

あっさりと失敗した。どうやら自分には教師の才能はないらしい。

 

「あん? そういや何でアンタこの自販機が金食い虫だって気づ」

 

言いかけて、美琴はちょっと黙った。

 

「・・・・・・ひょっとして、呑まれた?」

「・・・・・・」

 

上条は助けを求めるようにエネへと目を配せるが、彼女は呆れたようにため息を付いただけだった。その表情は「もっと早く自分を頼っていればこんな事態にはならなかったのに」と暗に語っていた。

美琴は美琴で

 

「一体いくら呑まれたの!?」

 

と目をキラキラさせながら問いかけている。

 

「・・・・・・二千円」

 

上条が正直に言ったとたん、美琴に爆笑された。

 

「二千円? ひょっとして二千円札!? うわ見たい、超見たい! まだ絶滅してなかったんだ二千円札! くっく、あははははは!! そりゃ自販機だってバグるわよ、あっははっはっはっははははははは!!」

 

という、いわゆる「馬鹿笑い」が辺りへと響き渡る。その反応を見て上条は『うそつきーっ!』と叫んで頭を抱えた。だから二千円札なんて言いたくなかったのだ。自販機で使ったのも両替の意味が強い。

こんな事になるならエネの言うとおり、面倒くさくても「自分で一から作るべきだった」と落ち込むが、そんな事を今考えても仕方がない。

そんな上条を見てさすがにいたたまれなくなったのか、美琴は

 

「あー、ごめんごめん。じゃあ笑わせてくれたお礼にこの美琴さんがその二千円札を取り返してあげよう」

 

美琴は自販機の正面に立ち、右手の掌をゆっくりと投入口へと突きつける。

と、ここでエネはふと疑問に思った。

 

『ちょっと待て。アンタ、一体どうやって金を取り返すつも―――ッ!?』

 

次の瞬間、美琴の掌から雷じみた青白い火花が飛び出て自販機に直撃した。

美琴が自販機に近づいていた事もあってか、流石に今回は止める暇など無かった。

ズドン! と言う凄まじい轟音と共に、メチャクチャ重たそうな自販機が相撲取りに体当たりされたようにグラグラと揺れた。自販機の金具と金具の隙間からもくもくとギャグ漫画みたいに黒い煙が噴き出てくる。

上条は青ざめた。槙本の顔は真っ白になった。

 

(何してくれてんの―――っ!)

(ばっ馬鹿なのかな? 常盤台のくせにバカなのかな!)

「あれー? おっかしいわね、あんま強く撃つつもり無かったのに。あ、なんか一杯ジュース出てきた。ねぇ二千円札出てこなかったけど間違いなく二千円以上ジュース出てきたからこれでオッケー? ―――ってなんでいなくなってんのよ! ちょっとー!!」

 

美琴が上条の方へ向き直った時、二千円札を自販機に呑まれた少年Kの姿は跡形も無く消え失せていた。持ちうる全力の脚力でその場を離れ、その時すでに自販機のスグ近くにある公園の林の中に身を潜めていたのだから当然である。

常日頃から様々な不幸を体験している上条には分かる。一秒先の未来オチが明確に見える

 

『ふ、ふざけるなあのビリビリ! あいつは本当に「御坂」の血筋ですか!?』

 

思わずと言った感じで叫んだエネに、上条は木々の陰に身を隠しながら何度も頷き、大いに同意しそうになって―――

 

『やるにしてももう少し上手いやり方と言うものがあるでしょう!!』

「おい!!」

 

上条がツッコんだ瞬間、公園の外。はるか後方の路上で、散々溜め込んだものを吐き出すように自販機の警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ・・・・・・どうすんだこれ?」

「・・・・・・」

 

うまい具合に不幸トラブルを避けた上条だったが、問題なんていくらでも沸いてくるものだと思い知らされていた。

美琴からうまく逃れた後、一度自販機に戻り、二千円札を回収後。寮近くのスーパーに寄って

 

「今日は豪勢にしゃぶしゃぶでもすっかー」なんて軽い気持ちで食材を大量に買い込んでしまったのがいけなかった。

何故か今日に限って野菜もお肉も質の高いものが並んでいた。

 

もちろん最高級のものではないし、いつもに比べたらマシ。程度のものだったが、普段は自分とエネが共に厳選を重ねた「まぁこの中ではマシな方」な一品をその時に必要な分だけ買い込むのだが、今日は「あれもいいこれもいい」と、両手に握る計四つのレジ袋。

 

その一つ一つががパンパンになる程に買い込んでしまったのだ。

いや、これだけならば良い。そもそもこの程度の重さなど、上条にとっては一枚のちり紙と大差ないのだから。

 

では何が問題なのか。

エネの足元にある大きな段ボール箱に上条は目を向ける。ダンボールの中には世界一有名な炭酸飲料が2リットルのペットボトルで半ダースぶん入っていた。スーパーやデパートなどでよく見かける、ありきたりなクジの景品。

 

上条が当てたのかと言えば当然、そうではない。そもそも不幸体質の上条が、しがないスーパーのクジ引きで、三等とはいえ「幸運にも」当たりを引ける、筈がないのである。(「力」を使い、工夫を凝らせば「必然的に」出来なくもないが、そんな事はしない)

 

「幸運にも」当たりを引いたのは、上条に憑いている目覚め、エネのほうだった。

不幸体質である上条に憑いている筈のエネだが、どうやらそれが原因で彼女の運まで落ちるといったことは無いらしい。

 

ゆえに、彼女と出会ってからの上条は商店街で使えるクーポン券を引き当てたり、ジュースの自動販売機で連続で当たりを引いていたりするのである。もちろん、他人からは上条が当てたように「見えるだけ」であり、本当に幸運なのはエネの方なのだが、そんな事はどうでも良いのである。

まぁその「エネの幸運」が、上条にとっても「幸運」であるかと言えばまた別なわけだが。

 

『し、仕方ないでしょう! これは私のクジ運が良かった恩恵であり、運命と言う一つの歯車がこの一品を私達の元に運んできた以上その恩恵をありがたく受け取るのが・・・・・・』

 

必死に弁解の言葉を喚き散らすエネを無視して上条は考える。

もちろん、この大量の荷物、もしくはこの莫大な量の炭酸飲料のどちらかを放置して一度学生寮に戻る、と言う選択肢は無い。

 

再びここに戻ってくるまでの間にスキルアウトの不良どもに持ち去られるのが落ちである。

かといってこのまま纏めて持ち帰っては、明らかに不自然な格好、もしくは行動で学生寮までの道を歩くことになってしまう。

例を挙げるなら、両手でレジ袋をそのまま持ち、余ったダンボール箱を「片足で持ち上げ」もう片方の足でケンケンパをしながら学生寮まで戻る。

という方法がある。常人にはとても出来そうに無い芸当だが、上条にとっては馬鹿馬鹿しいくらい簡単なものだ。

が、もし仮にその姿を誰かに目撃された日には「なんか妙な格好で歩く怪人物」として警備員か風紀委員に通報されてしまうだろう。そうなっては不味い。

 

大量の荷物、人の目、迫る下校時刻・・・・・・

 

さて、どうするべきか・・・・・・

 

 

 

 

散々迷ったあげく上条がとった行動は、ダンボール箱を一旦放置して数十メートルぶんレジ袋だけを運び、その場に片方の腕に掛けていた二つのレジ袋を下ろして箱を放置した場所に戻り、こんどは箱を片方の手で持ち上げて運ぶという、比較的安全(見た目的にも)な代わりに結構な手間を食うものだった。

 

「たっく、修行でもないのになんだってこんな面倒くさい事を・・・・・・」

『ご主人、逆転の発想ですよ。修行を重ねたおかげでこんな面倒臭い作業でも楽々と・・・・・・』

 

路上にパンパンに膨らんだレジ袋を置き、放置したダンボール箱のある場所へ戻ろうとする途中で、路上に転がっていたテニスボールが風に煽られて地面と上条の足の隙間へ滑り込むが、その程度の「不幸」に負けるような鍛えられ方などされてはいない。

 

上条に思いっきり踏まれたそのテニスボールはなぜか全く歪まなかった。

上条が地面と同様に踏みつけて、もう片方の足が地面に付き、再びその足を動かすまで、一ミリも動く事はなかった。 当の上条はそんな事を少しも気にしていない様子でダンボール箱を放置した場所へと戻ろうとして、

 

 

 

その目を大きく見開いた。

目の前にダンボール箱(2リットルペットボトル半ダース入り)を抱えた御坂美琴が立っていたからだ。

 

(・・・・・・は!?)

 

ギョッ、として思わず一歩下がりかけた上条だが、直後に異変に気づいて逆に足を前へと進める。

おかしい。上条は直球にそう思った。 外見は衣服を含めて完璧に御坂美琴その人なのだが、違う。

「魂の波長」が違う。 「魂の波長」と言うのは文字通り、人が持つ「魂」から発せられている特定の「波長」の事だ。人によって弱かったり強かったり、広かったり狭かったりするそれは、「人」であるなら持っていて当然のものだ。

 

幻想郷と出会う前であれば「魂」なんて概念自体半信半疑だったのだが、今となっては、少なくとも「人間」と言うカテゴリにある生物には(いくつかの例外を除き)当然のように在るもの。

 

と思っている。その波長自体、普通の人間には感じ取る事ができず、学園都市の最新鋭の機械を使っても計測できるか分からないオカルトチックなモノなのだが・・・・・・上条には分かる。

美琴が電子線や磁力線の流れを目で追う才能スキルがあるように、上条は「魂の波長」を感じ取る事ができる。

 

そして、この少女から感じ取れる「魂の波長」は、御坂美琴に比べて弱く、危うい。それに・・・・・・なんと言うか妙な感覚を覚えるのだった。

もちろん、魂に依存する波長な為、体の調子が崩れたり、精神が不安定になっていたりした場合、通常とは違う反応を見せるのだが、そもそも上条にはそんな繊細な部分まで感じ取る事はできない(師匠達なら出来るらしいが)。

 

そんな「未熟者」の上条でも分かる。

この少女は御坂美琴「ではない」 極度に似てはいるが、それでもこの少女は自分や槙本の知っている御坂美琴ではない。

 

「お前・・・・・・誰だ? 美琴、じゃ、ないよな?」

「・・・・・・、美琴、ですか、とミサカは問い返します。ああ、お姉さまの事ですか」

 

お姉、さま・・・・・・?

上条は謎の少女から出てきた単語を頭の中で繰り返し、コンマ数秒で一つの、一応の、結論へとたどり着いた。

 

「お前、御坂の血縁者なのか? 一卵性の双子、とか」

 

そうでなければここまで似ているなど考えられない。

「肉体変化(メタモルフォーゼ)」の能力者なら外見上は何とかなるかもしれないが「魂の波長」まで真似る事などできない。 しかしてこの少女が放つ魂の波長は御坂美琴本人と驚くほどまでに似ている。

今の上条では計測を行い違和感を感じ取ることが限界である為、それ以上のことは分からなかったが。

 

「そっ、か、「お姉さま」って事は妹か何か?」

「・・・・・・まぁ、そうなりますね。と、ミサカは一定の間を置いて答えました」

 

・・・・・・ずいぶんマイペースな子だな、と上条は考える。なんと言うかこういう性格の知り合いは「あっち」でも一人も出来なかった為・・・・・・。

 

(って、あれ? なんだろう、誰か忘れている様な・・・・・・なんかこういった物静かな知り合いが一人いたような・・・・・・)

 

ん? あっれー? と、首を捻ってもの思いにふける上条に御坂妹はため息を付く。その瞬間、ガシャン! と言う、何かの精密機械が地面にぶつかったらしき音が聞こえた。

何事かと下方向を見ると、そこにはなにやら大きな暗視ゴーグルらしきものが転がっている。どうやらダンボール箱と自分の体で挟むようにして持っていたらしい。

 

「軍用ゴーグル・・・・・・?」

 

怪訝な顔(上条自身も持っているのだが)をしてそれを見つめる上条に御坂妹は

 

「ミサカはお姉さまとは異なり電子線や磁力線の流れを目で追う才能が無いのでそれらを視覚化する器具デバイスが必要なのです、とミサカは懇切丁寧に説明しました」

 

そう説明を受けた上条は「ふーん。そっか」と素っ気無い返事を返す。別に、理解できなかったからどうでも良い。と言う訳ではない。逆だ。「一瞬で理解出来てしまったから」素っ気無いのだ。

上条は、外より2、30年は科学技術が進んでいる学園都市に来てなお「能力開発」以外の単位で一度も赤点を取った事がない。

常に百点満点かと言えばそうではなく、本当に分からない問題もいくつかあるのだが、上条はこれでも中間や期末に待ち構えているテストで、常に学年内トップテンに入るぐらいには好成績を残す「優等生」なのだ。中学時代だが、学年一位を取った事もある。

そしてそんな理由から、能力開発ではあまり成績が良くないの上条でも普通のレベルゼロよりかは多く奨学金を貰えていたりした。

 

「気温と湿度が高かったので装備を外していましたが、必要性を感じるなら装着しましょう、とミサカは提案します」

 

御坂妹は一人でブツブツ言いながらゴーグルをおでこに引っ掛ける。

 

「ところで、数十メートル先にあるあなたが放置したであろうと思われるレジ袋と、その中にある数々の物品が、今まさに風紀委員と思われる女学生に落し物として回収されようとしている最中ですがよろしいのですか?とミサカは確認を取ります」

 

それを早く言え!! と上条は叫ぶと踵を返して目にも止まらぬ速さで現場へと直行してゆく。

 

(この人・・・・・・)

 

先ほどから一言も喋らない自分の相方の怪訝な様子にも気づく事無く。

 

 

 

見ていられない。 そんななんとも情けない理由で上条は御坂妹に荷物を持ってもらっていた。

学生寮も近い事だし、門限とか大丈夫ならお礼になんかご馳走すっかなー。と上条は両手にレジ袋をぶら下げながら考える。

学生寮は御坂妹と出くわした場所から歩いて五分の所だったし、最悪、お茶くらいなら出す余裕はあるだろう。

上条とエネが住んでいる学生寮付近は同じ建物が並んでいるだけの殺風景な場所だが、実はビル風が同じ向きに統合された学園都市で一番の風力発電スポットだったりする。 ビルとビルの感覚は二メートル強。まるで裏路地みたいな隙間に潜り込み、上条と御坂妹は本当に防犯の役に立っているのか疑問な入り口をくぐって学生寮のエレベーターへと向かう。

と、エレベーターに向かう上条の前方から清掃ロボットがやってきた。全長八十センチ、直径四十センチ程度のドラム缶にタイヤと回転モップがついたような代物だ。

ここまでなら学園都市では不思議でもなんでもない光景だが、ここからが少し違った。清掃ロボットの平たい上部に、十三、四歳ぐらいのメイドさんがちょこんと正座している。

その少女は上条を発見するなり待っていたように近寄ってきて。

 

「うーい、上条当麻(ししょう)

『おお、土御門の妹さん!』

 

土御門舞夏。上条の隣人・土御門元春の義理の妹で、メイドさん学校に通っているからメイド服が制服らしい。何か嫌な事があると気分転換に女子寮から逃げてくる家出少女で、上条の弟子でもある。

一応言っておくが、別に上条がこの可愛らしいメイドさんに化け物じみた体術を教えているのかと言えばそんな訳があるはずも無い。

 

「今日はエアコン壊れたから泊まりに来たー。今晩は兄貴ともども騒がしくなると思うけど堪忍なー」

「おう、了解。・・・・・・つーかおまえも大変だよな。家政婦学校って夏休みねーんだもん」

 

その点は、上条にも良く分かっているものだ。「修行時代」の自分にも、よっぽどの事が無い限り休みなど無く、毎日毎日様々な・・・・・・とここまで思い出した上条の目尻に何も悲しくないのに涙が浮かんできた。

 

「む。真のメイドさんには休息はいらないってのがウチの校訓だからなー。土曜も日曜もないのでメイドさん見習いとしてはゲリラ的に週休二日を実行せねば倒れてしまうのだ」

「サボり癖のついたメイドさんなんてこの氷河期に需要あんのか? 我が弟子よ」

「むしろ完成したメイドさんよりある程度未完成なメイドさんの方が需要が高いわけだがー、っと。時に上条当麻ししょう。はい。ここ最近の修行成果」

 

どこに隠していたのか、土御門舞夏は縦十二センチ、横十センチ程度のタッパーを上条へと献上する。

中身はまだホンノリと温かく、その微熱がタッパーを受け取った上条の手の平へと伝わってくる。中身はどうやら肉じゃがのようだった。

そう、土御門舞夏は上条当麻の「料理」の弟子だった。

とはいえ、上条に料理を教える術などあるはずも無く、舞夏は上条が作った料理を真似して作っているだけである。

 

『おお! どうやらまた腕を上げたようですね。このまま努力を続ければ、舞夏さんならきっと一流の従者になれるはずです!』

 

ちなみに、分かりやすく言うと、同じスーパーで同じ材料を買って同じ料理を作っている筈なのに、舞夏はもちろん長年一緒にいるエネですらも話にならないくらい高次元な料理が出てくるのである。

上条当麻はめったに「外食」と言うものをしないのだが、その理由がこれだ。安上がりかつとても美味しい料理が出せるのだからそもそも「外食」なんてものをする必要がないのだ。

 

「うむ、また腕を上げたようだな我が弟子よ。これからも精進するように・・・・・・つーかいつも悪ぃな。ありがたく頂いとく事にするよ」

「おう、それじゃあ私はこの辺で・・・・・・あとでもっと詳しく感想聞かせてなー」

 

舞夏は満足そうな顔で上条に告げる。と、清掃ロボットの進路が上条達から逸れた。正座していた舞夏はバイバイするように大きく手を振り

 

「・・・・・・上条当麻(ししょう)が言うんだったらそれこそ毎日夕食を作りに来てあげても良い訳だがー・・・・・・も、もちろんそれは私の修行を効率的に進める為であって・・・・・・」

 

上条でも聞き取れないくらいの小声でなんかブツブツ言いながらどこかに行ってしまった。どことなく頬が赤く染まっていたような気がしない事もない。

 

「メイド奴隷趣味があるのですか、とミサカは少々真剣に尋ねてみます」

「真剣になるな。あいつは家政婦学校に通っていて、俺は高校生で、ただの師弟関係だ」

 

上条はきっぱりという。きっぱりと言うのだが・・・・・・あいつの兄貴を含めずに考えても一般的にはどう映るんだろう?未成年略取とか呼ばれない事を切に願う上条だった。

横綱が一人乗ったらワイヤーが千切れます、という感じのオンボロエレベーターに乗って上条と御坂妹は七階に向かう。

いつもなら入り口に入らず、外からちょっと跳ぶだけで自分の部屋の前へと到着するのだが、今日は連れがいるためそうもいかない。

キンコーン、というチャチな電子音と共にエレベーターが七階に到着する。上条の学生寮はまんま長方形なので、エレベーターを出ると直線通路しかない。 と、上条宅のドアの前にインデックスが三毛猫に手を伸ばしてじゃれ付いていた。二本の手に挟まれた三毛猫はワシャワシャー、と撫で回されて床の上を転がっている。

 

「・・・・・・っつか、何やってんだアイツ?おい!どうしたんだ、部屋のカギでもなくして締め出されたのか?」

 

上条が声を掛けると、少女は上条の方を見た。

 

「あ、とうまだ。ううん、三毛猫スフィンクスにノミが付いたからとってるん―――って何!とうまが知らない女の人連れてる!」

 

絶叫したのはインデックスという十四、五歳の少女だ。100%偽名な女の子は、見た目は紅茶のカップみたいな白地に金刺繍の豪勢な修道服に身を包んでいる。どうも、魔術世界において「禁書目録」などと呼ばれているらしいのが「人あらざるもの」の知り合いが多い上条にとっては「普通の女の子」にしか思えないし見えない。

 

「ミャー」

 

おかえりー、といった具合に鳴いた三毛猫は「スフィンクス」と言う。

別に猫の品種であるあの「スフィンクス」ではなく、正真正銘本物の三毛猫だ。

今日の朝。そう、今日の朝だ。気がついた時にはインデックスが部屋の中で三毛猫とじゃれあっていた。

 

捨てたはずの自分でも気づかなかったところを見ると、どうやら連れ込む際にエネが協力したらしい。

 

最初こそ、動物の、誰かの命を預かると言うことがどういう事かインデックスを正座させて三十分ほど説いた上条だが、それでもインデックスが決意を揺らがず、里親を探すとも言わず、はっきりと自分の口で「飼う」と告げたとき、上条はあっさりとOKを出した。

 

二学期になって自分が学校へと向かっている間、彼女は感覚的には一人になってしまう訳だし、遊び相手が必要だったと言うのが一つ。

 

そして、何よりの理由。迷える子猫を里親を探しもせず保健所送りにしたなんて事が師匠に知れれば私怨を含めて二百パーセントの確率で見る影も無いほど再起不能になるまでぶん殴られてしまうからである。

 

良くも悪くも、師匠は動物が大好きだった。それはもう自らを構成するアイデンティティが崩壊してしまうほどに。

 

「それより聞き捨てならねー事言ってなかったか? 三毛猫にノミがついてるってどういう事?」

 

うん、とインデックスはこっくり頷いて

 

「拾ってきた三毛猫がノミだらけ。きっととうまの布団の中とか大変なことになってると思う」

「思うじゃねーよ! テメェ俺が学校行く前にあれほど拾ってきた三毛猫ごと風呂入っとけ、つっただろーが!! そもそも猫とか布団の中にいれてんじゃねぇ!!」

 

うわぁああああああああああ!! と上条は絶叫する。

 

『ってゆーか部屋の中はほったらかしですか、増殖した蚤の魔窟になってるでしょうね。なるほどそれで外にいたと言うわけですか。・・・ってちょっと待ってくださいインデックス。アンタ何をおもむろに袖から「セージ」を取り出してんの』

 

学園都市の能力開発では薬物使用など基本である。

薬に関する知識など歴史年表みたいに頭に入っているし、上条の頭の中には学園都市の中では絶対習わない「異界の知識(パラレル・テクノロジー)」な薬草学の知識がエネと共に師匠達に叩き込まれている。

セージ。―――シソ科の多年草で地中海地方原産。葉はサルファ葉と呼んで薬草として用い、また香辛料や観賞用として栽培されることもある。とこんな具合である。

 

「で、薬草なんか取り出して何すんの? HP回復の為にモグモグ食べるの?」

 

えいちぴー? インデックスは首を傾げ

 

「とうまの不思議言語は良く分からないけど、セージには浄化作用があるんだよ。これを浸かって魔女学っぽくノミを追い払う所存です」

「いや待て。セージにそういう効果があるのは知っているがあえて聞こう。つーか嫌な予感しかしないから聞こう。どうやってノミを追い払うつもりなんだ?」

「セージに火をつけてスフィンクスを煙で燻してノミを追い払う」

「」

「流石に部屋の中で物を燃やすほど非常識じゃないもん」

「」

 

上条は超真剣かつ超純粋に真っ直ぐ答えるインデックスの顔を見る。インデックスの言動は始めて上条と出会ってからしばらくの日々あいだ色々なものに夢中だったエネを想起させてきて、ホンの少しだけ懐かしいようなホンワカとした感覚に包まれる。

と、そんなエネは自分の耳元で手をパタパタと振ると、

 

『黙っている場合ですか。このままでは今夜の夕食の「メニュー」が「三毛猫の香草蒸し」になってしまいます。私は部屋の中の蚤を駆除してきますから何とかしてインデックスをとめてください』

 

携帯電話から飛び出し、ドアをすり抜けて部屋の中に入っていったエネの言葉に、深層に潜りかけた上条の意識が再び浮上してくる。

 

「・・・あ。そうだよそうそう、火災で一番恐いの何だか知ってるかインデックス? 三毛猫を煙に巻いてノミなんか落としてたら一緒に猫まで死んじまうわ!」

 

というかその前に学生寮に常備されている火災警報機がなってスプリンクラーでずぶ濡れになるのが落ちだと思う。

 

「見ていられません、とミサカはため息を付きます」

「あ~、・・・・・・悪ぃ御坂妹。こんなしょーもない事につき合わせて。あ、ダンボール床において良いし、もし良かったら中にあるやつ一本やるから」

「前者には、了解しました。後者には、必要ありません。とミサカはそれぞれ返答します。ようは猫に危害を加えずに害虫を駆除する方法があれば良いのですね、とミサカはダンボール箱を通路に置いてから確認を取ります」

「・・・・・・いや、インデックスも悪気があってこんな真似してるわけじゃねーと思うんだ」

「むしろ悪意がない方が救いようがありません、とミサカは呆れ顔で返答します」

 

全くの無表情のまま御坂妹は答え、

 

「重ねて問いますが、ようは猫に危害を加えずに害虫を駆除する方法があれば良いのですね、とミサカは最終確認を取ります」

「そりゃそうだけど、どうやって?」

「こうやって、とミサカは即答します」

 

御坂妹は丸まっている三毛猫に向けて掌をかざす。

瞬間、御坂妹の掌からバチンと静電気が散るような音が炸裂した。パラパラと埃を落とすように三毛猫の毛皮からノミの死骸が落ちる。全身の毛を逆立てたスフィンクスはバタバタと暴れ―――――――――七階の空からダイブする直前に上条に首根っこを掴まれた。

 

「特定周波数により害虫のみを殺害しました、とミサカは報告します。このタイプの虫除け機は大手量販店などで普通に市販されているので安全面も支障ないでしょう」

 

ミサカは一度、ドアの方を眺め。

 

「室内の方は、煙が出るタイプの殺虫剤を使えば簡単に駆除できるかと思います、とミサカは助言を与えておきます」

 

それでは、用が済みましたら―――――――――と御坂妹は感謝の言葉も聞かずに背を向けて立ち去ってしまう。 少女の後姿を視線で追っていたインデックスはやがてポツリと呟いた。

 

「とうま、とうま。あれこそパーフェクトクールビューティーなんだと思う」

 

もののついでなので、上条もポツリと呟いてみる。

 

「無茶を承知で注文するけど、お願いだから少しでも見習ってください」

『よし、ご主人! 部屋の中の駆除は終わりましたよ・・・・・・と、あの御坂美琴の血縁者はどこへ行きました?』

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