幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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ノイズキャンセル Level3(Over_spec)

空の色はオレンジから紫色に変わっていた。

上条は腕の中の黒猫に目を落としながら、てくてくと大通りを歩いていく。

 

「なんつーかさ、何かがパターン化してきてるような気がすんだよな。いやインデックスが拾ってきた三毛猫を受け入れちまった時からなーんか嫌な予感はしてたんだけどさ、一匹拾えば二匹拾う事になって二匹拾えば三匹、四匹と増えていくような気がしてたんだよなチクショウ」

 

別に動物は嫌いではないし、むしろ好きな方だと思っている上条だが、さすがに瀬戸内海に住む某魚の名前をした動物先生みたいに動物王国を建設するつもりなどさらさら無い。今の部屋に住ませられるのも一匹が限界だ。

まぁそもそも論を言えば上条の寮はペットを飼う事自体禁止されているのだが、そんな事を言ってしまえばインデックスを同じ部屋に住まわせている時点で立派に違反行為なのでこの際気にしないことにする。

 

「・・・・・」

 

・・・・・あと後ろから付いてくる御坂妹が時々羨ましげに自分を見つめてくるのも気にしない事にする。

磁場のおかげで猫に嫌われてしまいやすい体質の御坂妹は、本当はメチャクチャ撫で回したいのに黒猫の気持ちを優先して、その感情を押さえ付けているらしい。

立派な事だと素直に思う。上条の師匠ならばそのいたいけな行為に感動して猫か御坂妹に何らかの細工をして普通に触れるようにしてしまうかもしれない。

 

「ってそうだ、名前! こいつはお前の猫なんだから、責任もってお前が決めろよ!」

「・・・・・、ミサカの?」

「そう、お前の」

 

上条が腕の中の黒猫を見下ろすと、黒猫はビクビクした視線を上条に返す。そんな黒猫を落ち着かせるために優しく撫でてやる上条(と言うより腕の中にいる黒猫)を御坂妹は無表情のままジッ、と見つめて、その後ちょびっとだけ夕空を見上げ

 

「いぬ」

「は?」

「この黒猫には、いぬと命名します。・・・・・猫なのにいぬ、ふふ」

 

何か思い出し笑いみたいになっている御坂妹の顔がちょっと恐い。

 

「・・・・・いや、だから。お願いだから生き物関連には真面目に、もっと威厳のある名前をさ」

「では徳川家康と、とミサカは再考します」

「偉すぎ! ってか考えてるフリして何にも考えてないキャラかお前!」

「ではシュレディンガーと―――」

「ふざけんな! ものの例えとはいえ毒ガスの噴出す箱ん中に猫を突っ込むような話を嬉々として話す博士の名前なんか付けてんじゃねぇ! その名前は猫にとっちゃ禁句だよ禁句!!」

 

「はあ、ハァ・・・・・っ! あ、本屋だ本屋」

「なにか用があるのですか、とミサカは尋ねます」

「まーな。別に新品ばっか売ってるとこじゃなくてもあらかじめ欲しい本を注文しておけば入荷したとき連絡してくれんだぜ? しかも当然お値段もリーズナブル」

 

いや別に新品でも構わないのだが、エネが夢中になっている本と言うのが二十年くらい昔の、なんというか絵柄が特徴的なバトル漫画で、新品ではなかなか手に入りにくい品なのだった。

ゆえに、こういう古本屋の方が掘り出し物として見つかりやすかったりする。上条が今日こに来たのも、エネが読みたがっていた漫画が入荷したという連絡を受けたからだった。

 

「あ~、そういや猫を抱えたまま本屋に入っても大丈夫かな? いや大丈夫じゃないよなうん大丈夫じゃない」

「・・・・・果てしなく説明臭く棒読みな台詞なのですがこちらに預けるのはご遠慮ください、とミサカは先手を打ちます」

「磁場の出る体質のおかげで猫に嫌われてるからってか? ならばその壁を乗り越えてこそ真の友情が芽生えるというもの。食らえ必殺猫爆弾!」

 

上条はすぐ隣にいる御坂妹に向かって黒猫をゆっくりと放り投げた。 当然、猫の反射神経や運動能力を考慮すれば放っておいても華麗に着地するのは目に見えている。・・・・・見えているが、御坂妹は反射的に手を伸ばしてしまった。動物愛好家の悲しい性である。

御坂妹が何か文句を言おうとした時には、上条はもう古本屋の中に入っていた。その直後。御坂妹に訪れる決定的な異変に気づく事は、当然のように出来なかった。

 

 

 

 

冷房の利いた店内は大勢の少年少女であふれかえっている。

ここは大型チェーンの古本屋で、値段の安さもさることながら立ち読みOKを前面に押し出している。店の中にいるのも『漫画読みてーけど買うまでじゃねーんだよなー』という人間が大半だった。

 

「・・・・・、」

 

そんな中、上条は呆然と立ち尽くしていた。

普通に予約していた本を買ってさっさと御坂妹の所に戻ろうとしていたのだが、なんか上条がレジに赴いて事情を説明しても「そんな予約は受けていない」と言われてしまっては呆然とするしかない。

これがパソコンや携帯からのネット予約だったら電子機器の誤作動や不調という事も考えられるのである程度の許容をする事ができるが、上条はこの店舗に来て自分の手で書類を書いて本を注文したのだ。よっぽどの事がない限り手違いなんて起こるはずがないし、そもそも昨日の夜に電話をよこされたばかりなのにこの対応はどういうことだろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ定員さん。上条当麻です上条当麻! 上下左右の上に零条の条、当選の当に植物の麻って書いて上条当麻!! 予約したんですよ二週間くらい前に!!」

 

上条の目の前の女性定員はまだ入りたてのアルバイトなのか、身分証明の学生証を出して必死に訴える上条にわたわたと困ったようにいくつもの予約用紙に目を通し、レジカウンターに常備されているパソコンを必死に操作している。

 

彼女は最終的に「申し訳ありません、しばらく店内をご覧になってお待ちください」と、涙目ながらに正規定員にSOSを求めに行った。

 

不幸だ、と小さく呟く。

これはもう「もう一度予約をし直すはめになる」という未来も視野に入れなくてはならないかもしれない。いや、それもそうだがエネになんて説明すれば良いのだろう。

ここだけの話、彼女は自分の表したい感情を言葉ではなく表情やオーラ示すような人間だ。しかも意識してそれをやっているのではなく、完全に無意識だ。

怒っている時は低度の物ならばその不満を隠す事無く顔面に出し、ぷく~っ、と頬を膨らませるし、真剣に怒っている時は無表情のまま背後に圧倒的な力を持つ鬼神のようなオーラを漂わせる。

喜んでいる時は「えへへ」と頬を緩ませて笑い、楽しんでいる時は遊園地にはじめて来た子供のように目を万面の星でキラキラと輝かせる。

とまあこのように、エネは一言で言えばすごく「分かりやすい」性格をしている。素直、純粋、天真爛漫・・・・・彼女から発せられる穢れを知らない子供のような雰囲気は、これらの要素が関係しているのだろう。

だからこそ容易に想像できる。昨日電話があったその時からもう楽しみで仕方がないという表情をしていたエネが、哀しみのどん底に叩き落され、目を伏せてZU~Nとしたオーラを漂わせながらも上条に心配を掛けまいと笑おうとするその健気な姿が何の苦も無く想像できる。

これがインデックスだったら頭に齧り付かれて終わりだし、ぶっちゃけ上条もそういう直接的な制裁があった方が精神的にも肉体的にも(鍛えているので)楽なのだが、エネは「大丈夫ですよ?」と健気に笑いかけてくる為、それはもう罪悪感が半端ではないのである。自分が穢れきったダメ人間にしか思えなくなってきて、何かありとあらゆるものに「生きててすみません・・・・・」と謝罪したくなって―――――――――

 

―――ご主人!聞こえますかご主人!!

「は、はぃいぃいぃいぃいぃいぃいい! い、生きててすみませんでしたぁぁああ!!」

 

は? と突如として上条の脳内に話しかけてきた天真爛漫な電脳少女の声が一瞬停止した。

同じく、突如として叫んだ上条の声が古本屋の店内に響き渡り、他の客がいっせいに上条の方を向くが、上条はそんな事を少しも気に止めずにエネへの弁解を始める。

 

―――ちょ、ちょっと待ってください。ご主人何を言って、

「だ、大丈夫だって! もし予約が失敗してももう二度と手に入らない訳じゃないし、最悪今度許可証もらって外の本屋で買っても良い! 何だったら何考えてるか良く分からんうちの義叔父(アレイスター=クロウリー)に手に入れさせるから! だからその笑顔という名の破壊光線で上条さんを見つめ続けるのはどうかご勘弁を―――!!」

―――だから何を訳の分からない事を言ってるんですか、落ち着けド阿呆!

 

言うが早いか、上条の頭にハリセンで叩かれたような痛みが襲い掛かり、上条は頭を抱えて床に蟹股で座り込む。エネが何らかの術式もしくは能力を使って脳内にダメージを与えたらしい。まるで西遊記の孫悟空の様だと上条は思った。

 

―――任務―――『ミッション』です

 

その言葉を認識した途端、上条の中で何かが動いた。

まるで通常通り動いている警備ロボを非常用の戦闘モードに切り替える時のように、リミッターを外すように、上条当麻という人物のマニュアルがそのギアを別のものへと変換してゆく。

 

―――と、言っても『いつもの』ではないです。『こちら側』の事情だし、ほとんど私個人のわがままですからそう身構え無くても良いですよ。

 

がそう言っても上条の対応は変わることは無い。ただ静かに次の言葉を待つ。 これが別の人物、師匠や教授だったらもう少し別の対応をするのだが、普通は上条に『任務』を通達することの無いエネが、それでも『お願い』として『相棒』としての立場からそう告げた。

―――が、事は一刻を争う。純粋で素直。天真爛漫で健気。そんな彼女が上条に『任務(死地)に赴け』と命令してくるという事がどういう事か。

 

―――『ミッション』を通達する。今すぐ第七学区の古本屋と雑貨ビルの隙間の路地に赴き、ミサカ10031号を保護してくれ。

「・・・・・漫画、買ってけなくても文句言うなよ?」

 

その意味を理解している上条はホンの少しも迷う事無く、すぐさま本屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

靴が片方脱げた。

片足だけで履いていても走るのに邪魔だと感じた少女―――御坂美琴に良く似た少女は、もう片方も脱ぎ捨てて、なお走る。

暴れ狂う心臓の鼓動、不規則極まりない呼吸、明滅し混乱する思考。その一つ一つは、確実に彼女が狩られる側の人間である事を証明している。

背後に迫る影。

ほんの10mも無い距離まで接敵した白い少年は

 

「はっはァ!ンだァその逃げ腰は。愉快にケツ振りやがって誘ってんのかァ!?」

その狭い直線の路地で、逃げる場所も隠れる場所もない直線の路地で、それでも丸腰のままに『狩る側』の狂熱に溺れていた。

少女が手にした学園都市製のアサルトライフル―――F2000R『オモチャの兵隊トイソルジャー』の赤外線センサーにより分析、電子制御された五・五ミリの弾丸は、少年の体に当たった瞬間に四方八方に弾かれた。

おまけに弾かれた弾丸の一発が少女の肩に命中する。途端、びずっ、と肉を潰す音が響いた。

 

「・・・・・い…ぎ!」

 

少女の体がよろめく。とっさに壁へ手を突こうとしたところで足がもつれ、頭からコンクリートの汚い壁へ激突した。そのままずるずると地面へ崩れ落ちた所へ、

 

「ほらほら退屈しのぎに一丁ナゾナゾでもしてやろォか? さァって問題、一方通行ははたしていったいナニをやってるでしょォかァ!?」

 

狂笑。少女が頭上を見上げれば、飛び上がった少年の足が全体重を掛けて少女の頭蓋骨を踏み潰そうとしている所だった。

 

「!」

 

とっさに汚れた地面を転がり、振り下ろされる足を回避。そのまま頭上を見上げるようにF2000Rを構え、引き金を引く。

ほとんどゼロ距離で、それも眼球に正確に当たったにも拘らず、やはり弾丸は柔らかい眼球に触れた瞬間横合いへと弾かれる。

白い少年は瞬きすらしない。

その白濁した顔に浮かぶのは、焼け爛れたような笑み。その白い手が振り上げられる。一体どんな効果があるかも分からない手が。

 

「・・・・・っ!」

 

少女はとっさに空になったF2000Rを少年の顔へと投げつけ、同時にまだ動かす事のできる左手を振り回し、そこに『力』を集約させ、光の速度で突き進む雷撃の槍を解き放ち――――

その雷撃の槍が少年に激突した途端、文字通り光の速さで跳ね返って少女の胸を貫いた。

投げ付けたアサルトライフルは、粉々に砕け散っていた。

 

「が・・・・・っ!?」

 

ドン! と胸に木槌でも打ち込まれたかのような衝撃が走り、少女は地面を転がる。呼吸が止まり、全身の筋肉が不規則に動いた。 少女は震える唇で、とっさに言葉を紡ぎだす。

 

「反、射・・・・・!?」

「いや残念。そいつも合ってンだけど俺の本質とは違うンだよねェ!」

 

少女は何とか少年から遠ざかろうとする。だが、自分ではなった雷撃のせいで体が全く言う事を聞かない。

 

「答えは―――」

 

少年が歪んだ笑みを顔に浮かばせてナゾナゾの答えを少女に告げようとして、止まった。

この『実験』が始まって以来、はじめての出来事だった。あからさまに動きを停止した事はあっても、それはその残虐性を示す為、より相手を恐怖させる為にあえて動きを停止した訳であり、今みたいに『驚愕して』動きを停止する事は今までに一度も無かった。

 

「『反射』じゃないのか。じゃあ『向き(ベクトル)』変換か?」

 

彼は『実験』におけるイレギュラー要因の対処法など、知らされてはいないのだから。

「はァ?」、と少年は突如として割り込んできた声に答える様にその体ごと後ろを振り返って―――

それと同時に、学生服を着たツンツン頭の少年が自分のすぐ真横を通り抜けて行った

 

「あァン?」

 

再び体を反転させ、先ほどの声の主であろうツンツン頭の少年を目線で追う。改めて少年の容姿を確認した彼の脳内に、ふと『不相応』という言葉が浮かびあがってきた。

この薄暗くキナ臭い路地裏にあの少年がいるのが『不相応』

この、ネジが飛んだ研究者ばかりが集っているイカレた実験に、どう見ても一般人にしか見えないあの少年が関わる事が『不相応』

この学園都市最強の超能力者である自分に少しも興味を示さず、緊張もせず、恐怖も感じていないあの様子が『不相応』

その、何もかもが『不相応』な少年は地面に仰向けに転がる少女の傍に素早くしゃがみ込むと、顔が驚愕一色で染まった少女の首と膝の裏に地面を掘るシャベルの様に両手を入れ、掬いあげる様にそのまま持ち上げて抱きかかえた。

ボロボロになった少女をいたわる様に、優しく、そっと。

そんな少年の様子を見た一方通行は先ほどまでの驚愕の表情を一瞬にして狂笑へと塗り替えた。

 

「ギ、ギャは、ぎゃはははははッ、なンだなンだよなンですかァ! もしかして不幸な少女のピンチに颯爽と現れた英雄ですかァ!? 喜べ人形! 一応、お前らみてェなのにも『助けよう』って思ってくれるような物好きがるみたいだぜェ!!」

 

都合良く現れる、それが当たり前の英雄の登場。突如として沸いた、映画や漫画であるような超展開。面白くないはずが無かった。

 

(何秒持つか分かッたもンじゃねェがな。まァせいぜい―――)

 

と、新たな狩りの獲物を発見した一方通行はそこで気づいた。

少年の学生服のズボンにある小さなポケット。そのポケットから野球ボール位の丸い形をした何かが地面に転げ落ちようとしている事に。ズボンのポケットを離れ、地球が発する重力に従いゆっくりと落下していく野球ボール位の丸い球体は

地面に接触したその瞬間、大量の煙を路地裏へとばら撒いた。

 

「は?」

 

煙の色は白色。量は路地裏を埋め尽くすだけではあき足らず、表通りまでに及ぶほど。あまりにも莫大な量のその煙は、上条と少女だけではなく、白い少年も今以上の白で覆い隠してしまう。

 

『まるで狩人の目から逃れるみたいに』

「・・・・・ッ!?」

 

二拍おいてようやく少年の意図に気づいた一方通行は大急ぎで『空気』の向きを操り、周囲を取り巻く大量の煙を一瞬でなぎ払う。

が、当然のように少年と少女はそこから消え失せていた。

 

「あンの野郎ォ・・・・・!」

 

冷静になってみれば当たり前の事だ。学園都市最強のレベル5。運動量、熱量、電気量。あらゆる『向き』を皮膚に触れただけで変換可能。 弾丸、火炎、雷撃、核ミサイルでさえも傷を付ける事など不可能な一方通行に、真っ向勝負を挑む訳が無いのだ。

ならばどうするか―――その答えが『絡め手(これ)』だ。『戦わない事』が最善なのだ。そもそもあの少年の目的は『あの少女を助ける事』であって『一方通行を倒す事』ではないのだろう。

『実験』や、時々自分に突っかかってくる馬鹿などあくまでも『自分を倒そうとする相手』との戦闘しか行ってこなかった一方通行だからこそ、対応が遅れた。一方通行が少しでも戦法というものを学んでいた場合、こうは上手くいかなかっただろう。少年が少女の下へ駆け寄った時点で逃げられることを警戒したはずだ。

苦虫を噛み潰したような顔をする一方通行は、そこで自分の耳に入る様々な雑音に気づいた。

 

(ちッ!さっきの煙で表通りにまで騒ぎが広がりやがったか・・・・・あの三下、ここまで計算に入れてやがったな・・・・・)

 

この程度のイレギュラーなど研究者達や学園都市の上層部がどうとでもするだろうが、だからと言って人の目が集まりつつある路地裏から堂々と出て行く訳にもいかない。面倒なことになる前にとっとと退散することにした。

連れ去られたあの人形を回収するにしろしないにしろ一方通行にとってはどうでも良い事でしかなかった。『実験』に使う『人形』のストック追加などいくらでも出来るだろうし、なにより―――

 

「だーッ、クソッ! 消化不良すぎンぞ!!」

 

このどこから来るのかも分からないイライラを何かにぶつけて消さないと自分がどうにかなってしまいそうだったから。

イラついている一方通行は自分が大きな勘違いをしているという事に気づかない。

ツンツン頭の少年は『戦えなかった』のではなく『戦わなかった』のだという事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっざけんなちくしょう・・・・・ッ!!」

 

上条が古本屋の裏にある路地裏であの一方通行とか言う学園都市最強のレベル5から御坂美琴そっくりの少女を助け出してきてからもう一時間が経っていた。 第七学区の路地裏にはエネの「人払い」の術が発動している為、あたりには自分とエネ、そして少女を除いて誰もいない。

エネと合流した上条は、彼女が単独で収集した情報と『実験』の詳細を聞いてこれでもかと言うほど奥歯を嚙みしめる。エネは先ほどから上条が抱えて連れてきた気を失っている少女に得意の符術や能力を使って治療を施していた。

なんだこれは。確かに学園都市では「記憶術」と表して人間に薬を飲ませまくり科学的に「超能力」を開発している都市だ。外と科学技術が2,30年進んでいる事も手伝い、この都市ではいわゆる『黒いウワサ』が絶えない。

 

学園都市に敵対する勢力を殺しつくして回るという四人一組の『秘密組織』

上層部の犬で、どんな残虐な命令でもこなすという『猟犬部隊』

学園都市最初の研究所で、こことは違う次元にあるという『虚数学区・五行機関』

統括理事長の命令を受け、裏を悠々と泳ぐ一匹の『黒き龍』

 

・・・・・そして

 

 

「学園都市に七人しかいない超能力者の第三位。御坂美琴のDNAを用いて造られた軍用クローン『妹達シスターズ』・・・・・そしてそのシスターズを二万体殺害することで一方通行をレベル6にする『絶対能力者LEVEL6への進化シフト計画』・・・・・ねぇ」

 

だからこそ、それはただの『ウワサ』だと思っていた。否、思いたかった。

上条は、地面に横たわってエネによる治療を受け続けているミサカ10031号を見た。彼女がこんな大怪我を負ってしまった理由には、間違いなく自分が一枚噛んでいる。

御坂妹(あの固体はミサカ10032号らしい)と昨日初めて出くわした時から感じていた妙な違和感。そして捨てられていた黒猫を前にしての会話で御坂妹に感じた様々な不自然さ。

それだけで学園都市で行われている異常な実験に気づけというのは少々酷で悲観的かもしれないが、少なくともエネは美琴との会話で得た情報と彼女から感じた「不」の感覚。そして「筋ジストロフィー」というキーワードを元に情報を探索してあっさりと真実にたどり着いている。一方でそれをみすみす見逃したばかりか、御坂妹とのん気な会話を交わし、あまつさえ彼女に黒猫を押し付けて一人にしてしまった上条。

無能、の一文字が脳内を駆け巡る。

少なくとも上条が美琴と会話した時に得た情報を想起し、エネが質問した「筋ジストロフィー」というキーワードに何かがあると気づけていれば10031号の実験が始まる前に彼女を助け出せていたかもしれない。

ここまでの大怪我を負わせることは無かったかもしれない。

 

(IQ一六八が聞いて呆れるぜ。クソッ!)

 

自分の観察力と推理力の無さに、上条は悔しさで体が引き裂かれるかと思った。

「筋ジストロフィー」とは「病名」のひとつだ。

その病に掛かった人は、全身の筋肉が徐々に低下していく。

走る事も、歩く事も、ベットから起きる事も、最終的には「呼吸」という生きていく為に最低限必要な行為さえする事が出来なくなってしまう。

そんな恐ろしい病なのだが、未だに決定的な治療法は見つかっていない。(と、されている)

が「例外」はある。人間の脳が筋肉に伝える各種命令は「電気信号」となって伝えられている。 つまり超能力である「発電能力」を研究し、その力を、生体電気を自在に操る力を患者に植えつけることが出来れば通常の神経とは違う法則で筋肉にを動かす事が出来る。 そしてその為には―――学園都市最強の発電能力者、御坂美琴のDNAからヒントを得るのが最適・・・・・ が、ここで一つ疑問が残る。

そもそも超能力者を開発している学園都市には、発電能力者なんて『腐るほどいるのだ』。少なくとも、研究に困らない程度には。 そして発電能力者の研究なんてしなくても筋ジストロフィーの患者を治療する方法なんて「いくらでもある」。

例えば普通の人間千人の体内にナノデバイスを打ち込んで四六時中三百六十五日電気信号を計測し続ける。そしてそのデータを元に、その時その時に応じて筋肉細胞を動かすのに最も適した生体電気を発電する機械を作り患者に埋め込むなど。何の変哲も無い普通の人間を研究しても対策なんてゴロゴロ沸いてくる筈なのだ。

もちろん、御坂美琴にDNAマップを提供してもらい、それを研究するというのも手だが、それはつまり裏を返せば「超能力者御坂美琴のDNAマップを正規ルートで手に入れることが出来る」という事になる。

そしてこの結果に「悪意」が加わるとどうなるか

貴重な超能力者(レベルファイブ)のクローンを大量に造る事が出来る―――

それは、科学者にとって一つの病気の撲滅よりもずっとずっと興味深い事なのかもしれなかった。

 

『嫌な予感がしたんですよ・・・・・くそ!』

 

御坂美琴のDNAを基に造られたクローン、妹達。その内、10031番目に造られたという固体「ミサカ10031号 (呼びにくいので今後はミイ(31)号と呼ぶ)」に治療を施しつつ、上条以上に悔しそうに顔を歪めながら吐き捨てるようにエネは言った。

上条の知らない世界を、知らない時代を生きている彼女には、上条以上に思う所があるのかもしれない。

 

「これだけ肥大した組織が持っているのが善の一面だけ、というのはまずありえません・・・・・分かってはいました、しかし・・・・・!」

 

こめかみにしわを寄せるエネに、上条は違和感を覚えた。 半人前で未熟者の上条だって内から沸きあがる『正しいと思う感情』にのみ身を任せていると言う訳ではない。上条なりの、ちゃんとしたいくつかの『理由』があり、このふざけた実験を止めたい。という意思に拍車を掛けている。

 

しかし今のエネからは『信念』だとか『明確な理由』以外にも、なんというか鬼気迫るものがヒシヒシと感じられる。 それは怒りや悲しみなどといった単純なもので例えられるようなものではなく、「子供」では少しも理解することが出来ないようなとても複雑なもので、エネという人物の知られざる一部分だった。

 

だが、それでもエネを、今の上条でも表現できるたった一言で表すのだとすれば―――

 

何かの痛み耐えているように感じられた。

 

「・・・・・潰しますよ」

 

やがてミイ号の治療を終えたエネは、ゆっくりと立ち上がりながら言った。大量に血を失い、いくつかの骨が砕け、今にも息途絶えそうだったはずのミイ号は、エネの符術により血を補充され、能力によって骨を接がれ、驚くほどの回復ぶりを見せていた

ミイ号に施したのはあくまでも彼女なりの「緊急処置」でしかないのだが、そんな事は誰も信じないだろう。

 

「このふざけた実験を必ず潰します」

 

稀にしか見ない、稀にしか聞けない、彼女の真剣な表情、真剣な声は「禁書目録事件」の時と同じく、間違いなく彼女なりの思惑と信念がそこにあるのだという事を伝えてくる。

 

「命を手前勝手な理由で造り、弄ぶ。それだけでなく死ぬことを強要し、それが当然だと教え込むなど言語道断・・・・・」

 

彼女から感じ取れるのは怒り、悲しみ、嘆き。そして、そういった一時の感情には決して振り回されないという、とてもとても強い意志。

それを、上条は『強い』と思った。

自分の中の正義にただ従い、やるべき事を戸惑わず行い、躊躇う事無く前に進むことが出来る。 彼女が、エネこそが。あの一方通行とかいう超能力者よりもずっとずっと―――

 

「いきますよ、ご主人! 私達が住む領域で外道な行いをする事がどういう事か、このふざけた実験を行おうとする馬鹿共に思い知らせてくれます!!」

 

『最強』に相応しい。と思った。

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