幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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アクセラレータ Level5(Extend)

御坂妹がたどり着いたのは列車の操車場だった。

路線バスで言うなら車庫に当たる。沢山の電車を整理したり、終電を走り終えた列車を置いていく場所だ。学校の校庭くらいの広さの大地には路線と同じ様な砂利が一面に敷き詰められ、一〇本以上のレールが平行にズラリと並んでいる。

線路の先には港の貸し倉庫みたいな、大きなシャッターのついた車庫が並んでいて、操車場の外周をぐるりと取り囲むように、貨物列車に使う金属コンテナが大量に置いてあった。まるで積み木のように何段にも重ねられたコンテナの高さは三階建ての建物に匹敵するほどで、乱雑に山積みされたコンテナのおかげで操車場の周りはさながら立体迷路のように入り組んでいた。コンテナが山ならば、その中にある操車場は盆地のようなものだろう。

操車場に人気は無い。終電が完全下校時刻という学園都市では、操車場からも早々に人気が無くなる。作業用の電灯も落とされ周囲には民家も無い状態なので光も無い。そこは二百三十万もの人間が住む大都市にも拘らず、夜空を見上げると普段は見えない星の瞬きまで見えるほどの闇に包まれていた。

そんな無人の闇の中心に、それは立っていた。

学園都市最強の能力者、一方通行。

周囲の闇と同化するその姿を見て、御坂妹は自分がまるで操車場という、一方通行の巨大な贓物の中に放り込まれたような、そんな感覚を覚えた。

黒い闇の中、白い少年は笑う。

まるで目玉を熱湯の中に放り込んでグツグツ煮たような、そんな不気味な色の白色が。

 

「時刻は八時二十五分ってトコかァ。ンじゃ、オマエが次の『実験』のダミー人形ターゲットって事で構わねェンだな?」

 

引き裂かれる笑みの口から、白い闇が吹き出したような一方通行の声。

しかし、御坂妹は眉一つ動かさず

 

「はい、ミサカの検体番号は一〇〇三二号です、とミサカは返答します。ですがその前に実験関係者かどうか、念の為に符丁パスを確かめるのが妥当では? 『あんな事』があった後ですし、とミサカは助言します」

「・・・・・チッ」

 

『あんな事』ねェ、と一方通行は吐き捨てた。

『あんな事』とは勿論、数時間前の実験でミサカ一〇〇三一号がとある少年に強奪された件についてだろう。あの人形が今どこで何をしているのか、一方通行には分からない。あのツンツン頭の少年が病院に運んだのかもしれないし、結構な大怪我をおっていたから(負わせたのは他でもない一方通行なのだが)その途中で息絶えてしまったのかもしれない。はたまた上の連中に回収されたか、それとも少年ごと抹殺されたのか。

いずれにせよ分かるのは、あの程度のアクシデントでは実験は止まらないと言うことだ。まぁこれは『本物の第三位(御坂美琴)』が実験に絡んできた時からすでに分かっていた事なのだが。

 

「まァ、俺が強くなる為の『実験』に付き合わせてる身で言えた義理じゃねェンだけどさ、平然としてるよなァ。ちっとは何か考えたりしねェのか、この状況で」

「何か、という曖昧な表現では分かりかねます。とミサカは返答します『実験』開始まで後三分二十秒ですが、準備は整っているのですか、とミサカは確認を取ります」

一方通行はわずかに目を細める。うんざりしたような顔で、口の中で噛んでいたガムを横合いに吐き捨て―――

 

「おう、いつでもいいぜ」

 

危うく、そのガムを飲み込むところだった。

突如として操車場に響いた年若い男性のものと思われる声は、とうぜん一方通行のものではない。

だが、その声に、音程に、暗く深い闇が支配する操車場にふと射した一筋の閃光のように響いたその声の主に、一方通行は、御坂妹は、覚えがあった。

すぐさま声がした方へと視線を向ける。

操車場の外周付近―――山積みとなったコンテナの隙間の辺りに、誰かが立っていた。

そこには、『実験』と何の関係もない一般人が立っていた。

 

上条当麻が、立っていた。

 

今一度言うが、一般人に『実験』に介入されたときのマニュアルというものを一方通行は知らない。

が、つい先ほど自分の獲物を横取りされているという事実から来る怒りはまだ少し収まっていないようで

 

「……よォ。またきやがったかコソドロ風情。で? 今度はそいつをお持ち帰り、ってか? はっ! どうせ何体でも「追加」されるだろォから俺としちゃァどォでもいいンだけどさァ。こうも毎回EXP(けいけんち)獲得の邪魔されちゃア流石にただで返すって訳にもいかなくなってくるンだけどよォ。お前そこンとこ分かってンのかァ?」

 

一方通行は凶悪な笑みを浮かべて上条の方に歩み寄ろうとするが、御坂妹がそれより早く、上条をかばう様に一方通行の前に出てそれを止めた。

 

「お待ちください。本『実験』に一般人と思われる人物が介入した場合、被験者ならびに妹達は一旦、すみやかにその場を離れる事が第一項とされています、とミサカは戦略における撤退を促します」

 

今まで見た事がないくらい力強く、さもすれば「命令」にと表現できかねない勢いで目の前に立ち塞がる御坂妹を見て、一方通行はわずかに感心したような声を上げた。

一方通行に一万回以上殺害されてきた『実験』の最中。文句も、泣き言も、憎まれ言の一つも言わなかった筈の人形が、初めて・・・・・否。超電磁砲の時を含めるなら二度目かもしれないが、ともかく、何かに恐怖するかのように自分の前へと立ち塞がった。

思えばこの前の『実験』の際、黒猫を抱えた御坂妹は路地裏から出てきた自分を見て、ゾッとしたような表情を浮かべていたし、もしかしたら彼女達は自分の命はともかく、無関係な人間が巻き込まれるのは許せないのかもしれない。

一方通行は面白くなさそうに舌打ちをすると。

 

「分かった分かった分かりましたよ。おい三下ァ。そういう訳らしいから今回は見逃してやンよ。おいおい、ついてンなァ。この一方通行を前にして二回も生きながらえるなんてお前どんだけ幸運ってやつに恵まれてんだァ?」

 

興ざめした、と言う顔を浮かべ、くるりと身を翻した一方通行を見て、御坂妹は安堵したように息を吐いた。

はずだった。

 

「わりぃ、御坂妹。そりゃだめだ。―――――――――だって、俺はお前を助ける為にそいつをぶっ飛ばしに来たんだからな」

 

静かな、だが確かに、まるでダイナマイトが爆発したかのような衝撃がその場を支配する。

まるで信じられないものでも見るかのように、一方通行と御坂妹は上条の顔を見た。

少し間を開いて先に口が動いたのは一方通行の方だった。

 

「オマエ、ナニサマ? 人がせっかく見逃してやるっつてンのによォ。つゥか誰に牙剝いてっか分かって口開いてンだろうなァ、オイ。学園都市でも七人しかいない超能力者、さらにその中でも唯一無二の突き抜けた頂点って呼ばれてるこの俺をブットバス? オマエ、何なンだよ。カミサマ気取りですか、笑えねぇ」

 

低い、静かな声に混じって静電気のような殺気が周囲の空気へ漏れていく。夜の闇の全てが何億もの眼球となって上条を睨みつけるような、絶大なる殺気。

 

「―――――――――」

 

それを、少年は平然と受け流していた。それどころか「こんなものか」と言わんばかりの、ある意味で失望したような視線すら向けていた。

 

「・・・・・、へェ。オマエ、面白ェな―――」

 

一方通行の赤い瞳が凍る。

『最強』と『無敵』は違う。『無敵』が戦う前から勝負が決まっているのに対し、『最強』は実際に戦ってみて始めて強さが分かるものだ。

つまり逆に言えば

一方通行の最強は、試しにケンカを売ってみよう、と思われる程度のものでしか―――

 

「―――オマエ、本当に面白ェわ」

 

一方通行の視界は、その標的は、改めて上条へと定められた。『実験』の事などさておき、とにかく上条の視線を潰す方が100倍先決だといわんばかりに。

白い少年の瞳に、赤い狂熱が宿る。

その笑みが薄く広く―――まるで溶けたチーズが左右に伸びるように引き裂かれていく。

 

「・・・・・」

 

それでも、上条はたったの一歩も下がらない。

それどころかその足を前へと突き進める。

 

「な、にを―――」

 

御坂妹はギョッとした。

あの少年は、これから一方通行と戦おうとしている。あんな、たった一人で笑顔のままに軍隊と敵対して潰し回れるような人間を相手に、何の武器も持たずに。

あの少年は、御坂妹に言った。お前を殺させないために、こいつをぶっ飛ばしにきたと、そう言った。

つまり、あの少年が戦場へとやって来た理由は。

あの少年が、命を懸けて戦おうとする理由は。

 

「―――――――――やっているんですか、とミサカは問いかけます」

 

御坂妹は震える声で呟いた。

この『実験』で命に価値のない御坂妹がいくら死のうが知ったことではない。

だが、『実験』と全く関係ない、量産する事も出来ない 世界にただ一人の一般人オリジナルが『実験』のせいで傷つくなんて事は―――

 

(なん、ですか・・・・・これは、と―――)

 

御坂妹の中で、何かがじくりと痛んだ。

御坂妹はどれだけ考えても、その痛みの正体が分からない。

 

(―――ミサカは、自分の心理状態に疑問を、抱きます)

 

御坂妹は思考を切り替え、また一歩自分に、そして一方通行へと近づいていく上条を止めるために言葉を紡ぐ。

 

「何をやっているのですか、とミサカは再度問いかけます。いくらでも替えを作る事の出来る模造品のために、替えの利かないあなたは一体何をしようとしているのですか、とミサカは再三にわたって問いかけます」

 

論理に矛盾はない。口調に乱れはない。まるで定規で測ったような、仕掛け通りに動いているだけのような台詞に、御坂妹は自分の心理状態は正常値だ、と結論づける。

にも拘らず、心臓は恐ろしく早い鼓動を刻んでいた。呼吸は信じられないほど浅く、何度吸っても酸素を取り込めない。

あの少年が『実験場』に入ってくる事を、御坂妹は止めたい。

あの少年が一方通行と激突してしまう事を、御坂妹は阻止したい。

 

「ミサカは必要な機材と薬品があればボタン一つでいくらでも自動生産できるんです、とミサカは説明します。作り物の体に、借り物の心。単価にして十八万円、在庫にして九千九百六十八も余りあるものの為に『実験』全体を中断するなど―――」

 

だが、いくら御坂妹が言葉を紡いでも少年は止まらない。もうこうなれば強行な手段に出るしかない、と御坂妹は左手を振り上げ、そこから強能力者級(一千万ボルト)の電撃を放とうとして―――

ガシッ、と少年の右手にその手を掴まれた。

その途端、左手に集中していたはずの力が、跡形もなく虚空へと消える。

 

「・・・・・うるせえよ」

 

動揺する御坂妹に、少年はポツリと呟いた。

な、に? と御坂妹が聞き返すと、上条は御坂妹の胸倉を掴み上げて自分の元へ引き寄せて

 

「うるせえんだよ、お前は。そんなもん、関係ねえんだよ。作り物の体とか、借り物の心とか。必要な機材と薬品があればボタン一つでいくらでも自動生産できるとか、単価十八万円とか。そんなもん、知った事じゃねぇ! そんな事はどうだって良いんだよ!」

 

少年は、烈火のような怒りを、夜空に向かって吼える様に叫んでいた。

それでいて、少年の声は、冷たい雨に打たれたように、痛々しかった。

 

「もしも・・・・・もしも俺が、お前と同じ誰かのクローンだったら、何万体失ったところで補充できる程度の存在だったら、お前は今みたいに止めなかったのか?」

「―――ッ!?」

 

御坂妹は、なぜか言葉に詰まった。 御坂妹はボタン一つでいくらでも自動生産できる存在だ。一人欠けたら一人補充して、二万人欠けたら二万人補充すればすむ、たったそれだけの存在な筈だ。

そのはず、なのに

自分に当てはめた論理に矛盾は一つも無いはずなのに、同じ境遇だったとしても、それを他人にまで当てはめる事は出来なかった。

 

「あ、う・・・・・」

「それと同じだよ。くっだらねぇ。何が作り物の体だ何が借り物の心だ何がボタン一つでいくらでも自動生産できるだ、ふっざけんじゃねえ! そんな小っせぇ事情なんかどうでも良い!!」

 

少年は、御坂妹の目を、ジッと見つめる。

 

「例えどんな境遇で生まれようが、例え誰かのクローンだろうが、DNA単位で同じ存在だろうが、そんなもん理由にすらならねぇんだよ」

 

まるでその中にいる、御坂妹と繋がっている九千九百六十九の妹達に呼びかけるように

 

「―――お前は、お前達は、ひとりひとりが世界でたった一人しかいないんだよ! 何だってそんな簡単な事も分っかんねぇんだよ!」

 

血を吐くように叫ぶ少年の言葉は、御坂妹に届いた。

別に少年の言葉が、世界で一番正しい物だと認識した訳ではない。

御坂妹は、やっぱり自分の命なんていくら失っても問題ない、と思っている。

それでも、そんなちっぽけな存在でも、失いたくないと叫んでくれる人が、確かに存在した。

あの少年が、どれほどの力を持っているかなんて、御坂妹は分からない。

 

「今からお前を助けてやる。お前は黙ってそこで見てろ」

 

だが、その生き方は、他の何者よりも『強い』と思う事ができた。

 

 

 

 

 

同刻――操車場の隅。一番高く詰まれたコンテナの頂上に、エネはいた。

 

「うん、御坂妹達の方は何とかなりそうですね。それにしてもご主人の言霊は何の力も無いのに確実に人の心を、その芯を無意識の内に捉えますねー」

 

エネは感心したように頷いた。上条がまだ小さい頃から一緒にいるエネは、上条の『強さ』と言うものを、多分、『こっち』でも『むこう』でも、誰よりも良く知っている。

恐らく、学園都市最強の能力者である一方通行と普通にぶつかっても、負ける事はまず無いだろう。

そう、『普通に』ぶつかり合ったら―――

 

「さて、ここからが本番ですよ―――ご主人」

 

 

「―――さてと。この辺りで良いか」

 

上条は周囲の状況を見る。

辺り一面、周囲100メートルにわたって広がるのは砂利と鋼鉄レールの敷き詰められた大地。隠れる場所のない平面に立つのは、上条当麻と一方通行のみ。そこに御坂妹の姿は無かった。

一方通行とぶつかり合った場合、上条はともかく、御坂妹まで巻き込んでしまう可能性がある為、場所を変えたのだ。「サシで勝負したい―」という上条の提案を、一方通行は笑いながら受け入れてくれた。ありがたい、と上条は思った。ここで一方通行が提案を受け入れずに襲い掛かってきた場合、まず確実に乱入しようとする御坂妹を気絶させなければならなかっただろうから。

先ほどの場所から三百メートルほど離れた場所に、二人は向かい合って立っている。

お互いの距離は十メートル。全力で駆ければ、三歩か四歩で詰められる程度の距離しかない。

 

「さてと、久しぶり―――かな?」

「あァ? なンの話してンだお前」

「あれ? 覚えてない? ガキの頃よく遊んだんだけどな・・・・・俺だよ俺。上条当麻」

「だから誰だよ」

 

 まさか、本当に覚えてねーの!? お前まさか記憶を消されたんじゃ! などと慌てている上条を尻目に一方通行は呆れたように

 

「上条ねェ。で? どうかしたンですかァ。三下」

「三下って・・・・・だったら思い出させてやるよ。白夜」

 

上条は呼吸を止め

全身のバネを縮めるように、わずかに身を低く沈め

 

「は? 何でオマエがその名を知って―――」

「お、―――――――――ォおおっ!」

「はァ!?」

 

アスリートの選手のような速さで、まるで爆発するように、一方通行目掛けて駆け出す。

一方通行は迫りくる壁に恐怖するように

ダンッ、と。

一方通行は、まるで後ろに飛ぶように、足の裏で強く砂利を蹴った。

ゴッ!!と。

瞬間、一方通行の足元の砂利が、地雷でも踏んだかのように爆発した。四方八方へと飛び散る大量の砂利は、言うならば至近距離で放たれる散弾銃を連想させた。

 

「・・・・・ッ!」

 

上条が両腕で顔を庇った瞬間、ドン!という鈍い轟音と共に大小10を越す小石が上条の全身を叩いた。あまりの衝撃に上条の足が地面からふわりと離れる。と思った瞬間、上条の体が勢いよく後ろへと吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がる上条は、何メートルも後方へ吹き飛ばされてようやく止まる事ができた。

 

「・・・・・遅っせェなァ」

 

上条は立ち上がることも忘れてぼんやりと声のした方を見ると

 

「全っ然、足りてねェ。お前、そンな速度じゃ100年遅せェっつってンだよォ!」

 

一方通行が地を踏みつける

その衝撃の向きを変換し、一方通行の足元に寝かされていた鋼鉄のレールが一本、バネに弾かれるように直立した。一方通行は裏拳で目の前のクモの巣でも払うように、直立したレールを殴り飛ばす

まるで聞き分けのない子供を軽く叩くような仕草

にも拘らず、ゴォン!!と教会の鐘のような轟音が操車場に響き渡った。くの字に折れ曲がった鋼鉄のレールが、まるで砲弾のような勢いで上条の元へと一直線に飛んでくる。

 

「チッ!」

 

上条は地面を転がり、跳ね飛ぶようにその場を離れる。 直後、ひしゃげた鋼鉄の塊がついさっきまで上条の寝ていた地面に聖剣のように突き立つ。

間一髪避けられた―――ように見えるかもしれないが、実際は重要何100キロという鋼の塊が地面に直撃した瞬間に辺りへ大量の砂利を巻き上げた為、上条はその莫大な余波を纏めて食らう事になる。

 

「がっ・・・・・!」

 

地面を転がる上条へ、一方通行はさらに2発、3発と鋼鉄のレールを飛ばしてきた。

宙を舞う鋼の砲弾は、拳銃の弾と同じく人に避けられるものではない。 直撃すれば確実に死に、例えぎりぎりで避けた所で巻き上げられる大量の砂利が散弾の雨となって少しずつ着実にダメージを重ねて死へ追い詰める。

そんな中で上条に出来るのは、地面を転がり続ける事だけだった。砲弾が地に突き刺さる事で巻き上げられる砂利の方向を読み、それと同じ方向へ自ら跳ぶことで少しでもダメージを軽減する・・・・・それぐらいの事しか出来ない。

 

「はッ!」

 

そんな上条に対して、一方通行は笑っていた

 

「ははッ!あははははッ!!アハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

悪魔のような、子供のような、狂気の笑みを、浮かべていた。

 

 

 

 

上条が一方通行とぶつかり始めたのと同時刻、御坂美琴は一人、鉄橋に座り込んでいた。

 

「・・・・・、ばっかみたい」

 

美琴は一人、暗闇の中で呟いた。

彼女は上条を止めたかった。せめて、上条と一緒に『実験場』へ向かいたかった。

だが、上条はダメだと言った。

上条が見つけた実験を止める方法。の肝は、上条が『一人で』一方通行を倒すこと、だ。

その現場に超能力者の美琴がいて、なおかつ上条の味方をすると『一方通行を超能力者を含む複数人で倒しただけ』と言う結果しか得られないから

御坂妹を助けたければ、ここは俺に任せてくれ、と少年は言った。

絶対に、御坂妹を連れて帰ってくるから、と少年は約束した。

美琴は少年の消えた鉄橋の先を見た。理屈では分かる。美琴が『実験場』へいったところで何も出来ない。それどころか、少年がようやく手に入れた『解決法』を壊してしまう可能性すら出てくる。だから、美琴はここで待つべきだ。そんな事は分かっている。理屈の上なら誰でも分かる。

だけど、理屈以外の何かが、理解したくなかった。

美琴は、ギッと奥歯を嚙みしめて

 

「―――――――――、ンな事が、できるとでも思ってんの、アンタは!」

 

結局、美琴は上条の後を追っていった。放っておく事など、できるはずがなかった。

 

 

 

 

(・・・・・なンだコイツ?)

 

上条と一方通行が激突してから、およそ三分と少しが経過しようとしていた。 今上条と一方通行を取り囲んでいるのは、一方通行の圧倒的な力によってトランプのカードで作ったピラミッドが崩壊するかのように崩れた、一つ一トンはあるコンテナと、その衝撃によって周囲に巻き上げられた砂煙だ。

いや、これは砂煙ではない。どうやらコンテナの中身は小麦粉か何かだったらしい。霧のように白い粉末の白煙が、うっすらと周囲の視界を奪っている。

 

「・・・・・」

 

だが、そんな白く薄いカーテンが取り囲む中においても、上条のその鋭く、射るような視線は、まっすぐに一方通行を射抜いていた。

 

(なンなンだ、気に入らねェな)

 

一方通行の脳内を支配するのは、疑問。そして不快感。

一方通行が「格下」の相手からケンカを売られるのは珍しい事ではない。『自分なら一方通行『学園都市最強』を倒せる』とか『一方通行『ベクトル変換』の能力には穴がある』とか、そういう馬鹿な思考を持ってしまった三下の襲撃が、今までだって数え切れないぐらいあったし、今日も上条が乱入してきた夕方の実験前に『スキルアウト』の馬鹿共に絡まれている。

そういう馬鹿共は手足の一本でもハジ(叩き折れ)ば、おのれの愚かさを理解し、表情も後悔と恐怖、そして絶望に塗りつぶされるのが落ちだった。例外なく、そうだった。

が、今目の前にいる少年には、どれだけダメージを与えても、身の毛もよだつような攻撃をしても、全く効果が見られない。

 

(・・・・・コイツ、自分が最弱だって事、理解出来てねェのか・・・・・?)

 

一方通行には分からない。なぜ上条がまだ立ち上がってこれるのか。 『最弱』である少年が、なぜ『最強』である自分に立ち向かえるのか。

 

(いいぜェ。そンなに死にてェなら望み通り愉快な死体オブジェに変えてやンよ)

 

まるで、わざわざ自らの居場所をアピールするかのように一方通行は

 

「ふン。どうやらコンテナの中身は小麦粉だったみてェだが。今日はイイ感じに無風状態だし、こりゃあひょっとすっと危険な状態かもしンねェなァ?」

 

? と上条は訝しげに相手の出方を窺ったが、そんな暇もなく一方通行は靴の裏で地面を叩く。すると、なぜか一方通行のすぐ傍にあったコンテナの一つが、まるでスーパーボールを地面に叩きつけた時のように宙を跳んだ。

 

「ゲ」

 

上条は一方通行が何をしようとしているのかを悟り、体を動かしてこの粉末が覆い尽くす巨大な空間から逃げる。

走って走って、走り続けて。

宙を舞ったコンテナが、別のコンテナに激突する直前、一方通行の声が上条の背中に突き刺さった。

 

「なァ、オマエ。粉塵爆発って言葉ぐれェ、聞いたことあるよなァ」

 

直後、あらゆる音が消し飛ばされた。

小麦粉の粉末が撒き散らされた半径三十メートルもの空間そのものが、巨大な爆弾と化したのだ。まるで空気中に気化したガソリンに火がつくように、辺り一面の空間が爆発して炎と熱風を撒き散らす。

その時、上条は小麦粉のカーテンから脱出していた為、大したダメージは負わずにすんだ。強いて言うなら空気中の酸素を燃料にする粉塵爆破の影響で周囲の気圧が下がり、その影響で内臓をぎりぎりと絞り上げられた事ぐらいだろう。

 

「・・・・・」

 

上条は炎の海のせいで昼間のように明るくなった操車場で、後ろを、自分が逃げてきたコンテナ置き場を振り返る。

一方通行が歩いてくる。

自ら作り出した紅蓮の煉獄の中を、一方通行は平然と歩いてくる。

 

「・・・・・おいテメェ。まさかコレを狙ってたンじゃねェよなァ」

「?」

「チッ。な訳ねェか・・・・・なンだかンだ言って俺は人間だしよォ、酸素吸って二酸化炭素吐き出すっつっー定義はそこらの三下と大差ねェンだわ。だから空気中の酸素を根こそぎ奪われちまった場合、かなり苦しい状況になっちまう・・・・・あ―――ァ。死ぬかと思った。喜べ、オマエひょっとして世界初じゃねェのか。一方通行を死ぬかもしれねェトコまで追い詰めるだなンてさァ」

 

本当に世間話みたいに、声は歌った。

 

「くっくっ。こりゃ核を撃っても大丈夫ってキャッチコピーはアウトかなァ?ま、酸素ボンベでも持ってくりゃ良いンだが。なァ、確かヘアスプレーサイズのボンベって合ったよなァ。あれっていくらぐらいするか分っかンねェ?」

「確か千円以上はしなかったと思うぜ。ダースで購入するんなら少しは安くなんじゃねぇの?」

「・・・・・ご丁寧にどうもォ」

 

が、それは上条も同じだった。

 

「―――――――――、で? 身構えてどうすンの、オマエ?」

 

ふぅ、と息を吐き、再び身構えようとする上条に、一方通行は小首をかしげた。

 

「死に物狂いで努力しても一歩も近づけねェ、かと言って近づいた所でオマエになにができるってンだ?」

 

一方通行は業火の中で涼しげに両手を広げ

 

「俺の体に触れたモノは例外なく『向き』を操られる。それって人の血の『流れ』すら例外じゃねェんだぜ?さっきから馬鹿の一つ覚えみてェに拳ぶン回してるけどよォ。つまりオマエが不用意に俺の体に触れたら最期、お前は全身の血管と内臓を根こそぎ爆破して果てるって意味なンだけどさァ。そこントコ正しく理解してたのか?」

「・・・・・」

 

一方通行の解説に、上条は絶望するかのように顔を下に向ける。

 

「ま、っつってもそンなに気にする事じゃねェンだぜ。実際、お前は結構頑張ったと思うしな。この一方通行にケンカ売って、今こうして呼吸してる事そのものが奇跡なンだよ。それ以上を望むってのは贅沢ってモンじゃねェの?」

 

この殺し合いの最中、涼しげに笑っている。

 

「まったく。元のポテンシャルが低いのが幸いしたよなァ、そンな弱っちィンじゃ逆に『反射』が上手く働かねェ。ホント、お前は俺の弱点をついてたンだ。なまじ下手に強い風紀委員やハイテク兵器を持ち出す警備委員だったら、恐らく最初の一撃を『反射』して終わりだからなァ」

 

炎の海の中で、ぱちぱちと一方通行は拍手した。

心の底から、相手を労うような声で

 

「オマエは頑張ったよ。オマエは本当に頑張った。―――――――――だからイイ加減楽になれ」

 

炎の中で、一方通行の体が低く沈む。

業!と炎の海すら蹴散らして、白い少年は砲弾のように上条へ向かって駆け出した。両者の距離は何十メートルとあったのに、そんなものは、ものの2、3歩でゼロまで縮められた。

まるで水面を跳ねる飛び石のような動きで、一方通行は上条の懐へと潜り込む。

右の苦手、左の毒手。

触れただけであらゆる『向き』を変換するその手は、同時にあらゆる生物に死を与える暗黒の手だ。例えば皮膚に触れただけで毛細血管から血の流れを、体表面から生態電気の流れを、片っ端から『逆流』させれば人間の心臓はそれだけで内側から弾け飛ぶのだから。

一方通行の両手が合わせられる。

まるで手錠に繋がれたように手首を合わせた両の双拳そうしょうが、上条の顔面目掛けて勢い良く突き出される。

魂を握りつぶす両の手が、上条の眼前へと迫り、その時になってようやく顔を上げた上条は

 

「―――――――――この時を、待ってたんだ」

 

 空を裂く重たい発砲音が聞こえ、

三日月のように裂けた口で笑い、

その右手で、ぐしゃり、と。一方通行の顔面を殴り飛ばした。

 

「あ、あぁあ!?」

「―――さて、『準備運動』おーわりっと」

 

一方通行が操車場で起こした粉塵爆発の爆炎を見て、駆けつけた御坂美琴、ならびに御坂妹は、口をポカン、と開けてそれを見ていた。

 

「ごぶぁ!?」

「敗因①自分の持ってる『力』の理解力不足」

「おぶぅ!?」

「敗因②その『力』の過信」

「かはっ!?」

「敗因③『力』が失われた、使えなくなった、効果が無い敵に当たった場合の対策・・・・・おーい、聞いてる?」

 

これは、夢か何かなんだろうかと思い、美琴は自分のほっぺを思いっきり抓ってみるが、痛いだけで目が覚める事は無い。

身の毛もよだつような『実験』が行われるはずだった場所で、まるで友達か何かに話し掛けるような口調と気楽さで、上条は一方通行の顔面を右手一本でボコボコにしていた。

 

「ちっくしょ、何だ?オマエ何なんだよその変な動きは!ウナギじゃねェンだからウネウネウネウネ逃げてンじゃねェ!」

 

せめて顔面に突き刺さる拳を逆に捕らえてやろうとする一方通行だが、それこそ穴を出入りする蛇のように滑らかな動きをする上条の手はそれを許さない。

ありとあらゆる力の向き(ベクトル)を操る為、触れればそれだけで血液や生態電気の流れを逆流させて人を殺すことができる一方通行を前に、上条はとある修行を想起していた。

『相手から触れられたら即死亡ゲームオーバー』と言う条件の元に行われた修行を。

 

「ぶばぁあ!?」

 

まるでギャグマンガか何かのように上条から、それこそ一方的に顔面をボコボコされている一方通行だが、当の上条本人は『まだ少しも力を使ってはいない』

もっと正確に言うと『容赦』はしてないが『手加減』をしている。

 

(ったく、面倒臭ぇなぁ・・・・・)

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