幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
―上条と一方通行が激突する数刻前―
「で? それで何とかなんのかよ」
「ええ。おそらく『コレ』が一番上手く事を収められるでしょうから」
いや分かる。途中までは上条も分かっているし、納得も出来る。
『超能力者の第三位、御坂美琴のクローンを、学園都市最強の能力者である一方通行が二万回殺害すればレベル6に進化シフトする』
樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)によって導き出されたこの結果が正しいものである事を前提に、この『実験』が行われているならば、無能力者レベル0である上条が超能力者(レベル5)である一方通行を倒せば・・・・・つまり、一方通行は学園都市最強の能力者でもなんでもない、と研究者達に思い込ませる事ができれば、実験は止まる。そもそもの前提が間違っていた。と思い込ませる事ができれば、この殺人劇に幕を下ろすことができる―――
と、ここまでは分かるのだが・・・・・
「やれやれ・・・・・ご主人も鈍いですねぇ」
エネは呆れたような、自慢する時にするようなドヤ(ひじょうにムカつく)顔を浮かべ
「良いですか? この『作戦』の肝は『無能力者が超能力者を倒す事』つまりは『一方通行が『最強』の能力者などではない事の証明』ですよ?」
「んなこと分かって」
いいや、分かってない。エネはそう言いたそうに首を軽く振って、上条の目の前に立てた二本の指をバッ、と突き出す。
「この『作戦』が失敗してしまうかもしれない要因は二つ。一つ目は一方通行が演技をしていた、と研究者達に思われてしまった場合。いくら一方通行が『最強』の能力者だとしても『手加減をしていた』と思われては意味が無い。だからこそ『本気を出させた上で叩き潰さなくてはいけない』」
一つ目の条件を言うと、エネは立てた指を一つ折り曲げる。
「二つ目はご主人が特別な能力を持っている人間だと研究者達に思われた場合。学園都市の能力判定ではご主人の力は決して量れませんが・・・・・それでも摩訶不思議なチカラを使った場合、ご主人が最強の能力者を破って当たり前の人間だと思われてしまう」
「んな事分かってるよ。だからこそいつも通り力は使わない・・・・・『枷を着けたままにしとけ』ってんだろ?」
上条は、何も無いはずの自分の右腕――その二の腕部分を凝視する。そこには普通の人間には決して見えない腕輪がはめられていた。白銀の月のように光り輝く特別製の枷であるそれは、上条の師匠達が作ったものだ。
修行中は勿論、その枷を外す必要性を、力を使うだけの必要性を見出したとき以外、外さないようにと言われ続けてきた。これがはめられているあいだ、上条は修行で得た様々な術や力を振るう事が出来ず、力や素早さは大幅に下がってしまうという、まさに強すぎる力を持つものがその強大な力を制御する為にはめる枷だった。
勿論、力を使うべき時にはそれを外す。
実際、上条は七月の終わり頃に、神裂火織という聖人に襲撃されているが、その時も身につけていた枷を解き放ち、それを迎撃。返り討ちにしている。
「ええ。だからこそ、そこに念を押します・・・・・具体的に言うなら、一方通行が最強でないことの証明=ご主人が無能力者だということの証明を持ってそれを成すと言う・・・・・ええと、何ていいましたか・・・・・『ヘンテコなカラス』?」
とぼけたよう言うエネに上条は呆れて
「それを言うなら『ヘンペルのカラス』だ・・・・・対偶論法・・・・・「AならばB」を証明するときに、対偶である「BでないならAでない」=「AならばB」を使うこと、だろ」
つまり、上条は無能力者=それに倒された一方通行は最強ではない。と言う対偶論である。
そうそうそれそれ! と、理解しているのかしていないのかエネは頷いて。
「耐久訓練など嫌と言うほど受けましたよね?軽いものではないですか」
エネは軽く、簡単に言うが、それはつまり・・・・・
「良い事を思いつきました。ご主人、一方通行に五分間ボコボコにされてください」
(確かに一時的とは言え一方的にボコボコにされりゃあ(勿論演技なのだが)俺が無能力者だって事の証明にはなるかもしんないけどさぁ・・・・・)
上条は何かを哀れむように閉じた目を開いて
「おぶっ! ごぶぁ!! バッ、ブアァああああ!!!」
(『さっきまでボコボコにしていた奴さいじゃくから逆にボコボコにされている』って状況を作るためとは言え・・・・・なーんか可哀想になってきたなぁ・・・・・)
言いようの無い罪悪感を覚えながら、ボコボコに(しているのは他でもない上条なのだが)されている一方通行を見た。
一方通行の攻撃をヒラリと蝶のように避けては、蜂のような鋭い一撃を入れる。 右手一本、右手一本だ。たったそれだけで、上条は一方通行という最強(さいじゃく)を圧倒する。枷をはめられているとかそんな事は関係ない。
何十週も何百週もクリアしたゲームのセーブデータが消えても、プレイヤーの腕は決して衰えないように、上条は力を制限されていても余りある、圧倒的な経験の差で今の状況を作っている。
それは、最早殺し合いはおろか勝負や試合という綺麗なものなどではなかった。圧倒的な力を持つ大人が、か弱い子供を、それこそ一方的にボコボコにしているような、完璧な弱い者いじめだった。
そして、その事実が一方通行には一番良く分かるからこそ、耐えられない。
学園都市で最強というプライドが、現実に揺れてギシギシと音を立てる。ズキズキと。鼻を潰すような未知の痛みが、一方通行の集中をさらに削ぎ落とす。
「クソ。クソォ! クソォオオオオオオオオオ!! 何でだ!? 何だって最強の、学園都市の頂点に立っているオレが、オマエみたいな三下に・・・・・!! お前の能力は何だ!? 一体どンなスゲェ力を持ってやが―――」
上条が小刻みに与えたダメージが蓄積し、一方通行の膝からカクン、と力が抜けた瞬間。
ゴッ!!と。上条の、それまでに無い本気の一撃が、一方通行の顔面に突き刺さった。例えるなら、ゴルフクラブで思いっきりボールを打つような一撃。腰の回転を使い重心を載せた必殺の一撃は、一方通行の体をなぎ倒し、ごろごろと地面の上へと転がした。
「はっ・・・・・ハァ・・・・・!?」
「大した力なんて、持ってねぇよ」
一方通行は上半身を起こし、前を見る。そこにゆらりと近づく上条当麻の姿を確認して―――
そして、固まった。 上条の顔は、怒りではなく、虚しさと悲しさで染まっていた。
その事に、上条は気づいていない。
「なんか勘違いしてるみたいだから言うけどさ。俺、大した力なんて持ってないぜ?もう数え切れないぐらい『負け』てるし、師匠からは『未熟者』って呼ばれるし、できる事なんてたかが知れてる・・・・・もしお前が俺の事を『強い』って感じるならそれはお前が『弱い』からだ」
一方通行は、手だけを使ってズルズルと後ろへと下がる。
「俺の師匠がいつも言ってる。強さの定義の一つは、そいつが一番自慢できる『力』を失った時『他に何が残っているか』だってな」
上条は、ゆっくりと一方通行を追い詰めていく。
「自分の能力が、力が、知恵が通じない相手と戦う時、初めてそいつの真価は試されるって」
そうだ、言ってしまえば一方通行を含めた学園都市の能力者達の超能力は、一発芸に近しいものだ。一人につき能力は一つ。中には例外もいるかもしれないが、能力という『根本』は変わりようが無い。
ならばその一発芸を封じられたら?
学園都市に何らかの『異変』が起こり、全ての能力者の能力が使えなくなったら?
「お前の『能力』が、他と比べて『ちょっと便利』ってだけだろ。『お前が強い』んじゃない」
そんなもの、強さとは言わない。
最強?無敵?笑わせるな。 上条は、そう言いたげな表情の中に、虚しさと悲しさ以外に
「なぁ・・・・・」
『憐れみ』を加えて、一方通行を見た。
「弱すぎだろ、お前」
まるで、罪を犯してしまった自分の友人を見るかのように、寂しそうに。
嫌だ、と一方通行は首を横に振った。一方通行には『負ける』という事がどんなものか分からない。生まれてこの方、一度も負けたことの無い一方通行には『負ける』という事にたいする耐性が一切ない。当たり前だ、今の今まで『負けるかもしれない』と思う事すらなかった人間なのだから。
しかし、それでも上条は止まらない。
その前髪が夜風になぶられ、まるで墓場に咲く名もなき花のように揺れていた。
(・・・・・、風?)
風
「く」
一方通行は笑う。上条は思わず立ち止まった。何か得体の知れない危機を感じ取ったのか、一方通行はそう思ったが気にしない。気づいた所でもう遅い。
「くか」
一方通行の力は、触れたモノの『向き』を変えるというもの。運動量、熱量、電気量、それがどんな力であるかは問わず、ただ『向き』があるものならば全ての力を自在に操ることができる、ただそれだけの力。上条が言っていたように
「くかき」
「―――ッ!?ご主人、マズ――――!!」
ならば、同様に。 この手が、大気に流れる風の『向き』を掴み取れば。
世界中にくまなく流れる、巨大な風の動きその全てを手中に収めることが可能―――――――――ッ!!
「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきこきかかか―――ッ!!」
一方通行は見えない月を掴むように、頭上へ手を伸ばす。
轟!!と音を立てて風の流れが渦を巻く。
一瞬前から目の前の少年は何か焦ったような顔をしていたが、今さら気づいた所でもう遅い。すでに一方通行の頭上には、まるで地球に穴が開いたような巨大な大気の渦が、球形を取って砲弾のように待機している。
バチバチと辺りの砂利が舞い上がり、直径数十メートルに及ぶ巨大な破壊の渦が歓喜の産声を上げる。
一方通行は笑いながら、殺せと叫んだ。世界の大気をまとめあげた破壊の鉄球は風を切り、風速一二〇メートル―――自動車すら簡単に舞い上げるほどの烈風の槍と化して、見えざる巨人の手はいとも容易く少年の体を吹き飛ばした。
▽
風が死に、音が死に、大地が死んだ。
一方通行は己が作り上げた惨状を見渡す。操車場の地面を覆っていた砂利は風の塊に舞い上げられ、所々は土の地面が見え隠れしていた。
風速一二〇メートルもの風で吹き飛ばされた少年は、文字通りどこかへ吹き飛ばされてしまったようだが、そんな事は気に留めるような事ではない。砂利の上を転がっていようが自由落下で地面に激突していようが、コンテナや風力発電のプロペラに激突していようが、風速一二〇メートルで何かに激突するのは、交通事故で自動車にノーブレーキで撥ね飛ばされるのと大差ない。
生きているかどうかも分からないような虫の息である事はまず間違いない。
「・・・・・ふん」
とっさに考え付いた事とはいえ、想像以上の威力だった。
だが、これはまだ未完成だろう。自動的な『反射』と違い、『向き』を自分の意思で変更させる場合は当然『元の向き』と『変更する向き』を考慮しなければならない。
風―――大気の流れとは、カオス理論が絡む複雑な計算を必要とする。『樹形図の設計者』でも使わない限り完全な予測など出来ない。
人間一人の頭で、世界中の大気の流れを計算できたとは思えない。
今のはせいぜい、学園都市の中の風をそこそこ操った程度だろう。
だが、それにしてもこの威力。もはや絶対能力など必要ない。より完璧に、より正確に風の流れを計算できれば、それこそ世界を滅ぼす事さえ可能な力を手に入れられる。
世界はこの手の中にあった。
その感動が、一方通行の全身を駆け巡った。
自分が敗北の縁まで追い詰められたからこそ、その勝利の感覚は、胸が詰まるほど生々しく伝わってきた。
改めて確信する。一方通行を止められるものなど、この世のどこにも存在しない。核爆弾だろうが正体不明の右手だろうが、そんなものはなんの障害にもならない。
「く、―――――――――」
一方通行はついに笑い出した。
「何だ何だよ何ですかァそのザマは! 結局デカい口叩くだけで大した事ねェなァ! おら、もう一発かましてやるからとっとと出てこい三下ァ!!」
一方通行は夜空を抱くように両手広げて頭上へ吼える。
「空気を圧縮、圧縮、圧縮ねェ。はン、そうか。イイぜェ、愉快なこと思いついた。おら、立てよ最弱。オマエにゃまだまだ付き合ってもらわなきゃ割に合わねェンだっつの!」
だが、上条は現れない。
無数の鋼鉄のレールが砂利の上へ十字架のように突き立つ景色の中、暴風と狂笑だけが墓地に流れる死風のように吹き抜けていた。
美琴は途中から御坂妹と共に上条の戦いを見ていた。
何度も何度も一方通行との間に割っていこうと考えた。
だが、それは上条の『計画』の失敗を意味している。結局、美琴は今の今まで傷つき、ボロボロになっていく上条の姿を黙って見ている事しかできなかった。
けれど、もう限界だ。 これ以上あの少年を一人で戦わせては、本当に死なせてしまう事になる。美琴は御坂妹に吹き飛ばされてしまった上条の捜索を頼むと、その瞬間、一方通行の前へと現れた。
「止まりなさい、一方通行!」
美琴は何十メートルも離れた場所から、その手を突き出した。握り締めた手の親指にはすでにコインが乗せられている。美琴の全身から紫電が溢れる。後は親指を軽く弾くだけで、美琴の異名となった超電磁砲は音速の三倍もの速度で打ち出される事になる。
だが、一方通行は超電磁砲のことなど見向きもしない。
やれるものならやってみろと言わんばかりに、さらに暴風が力を増す。
攻撃すればした分だけダメージは跳ね返る。強力な一撃を浴びせれば浴びせるだけ、その衝撃は舞い戻る。
「・・・・・っ」
美琴の指が震えた。超電磁砲など返されれば、美琴の体は音速の三倍で粉微塵にされる。超電磁砲と一方通行が戦えば、185手で御坂美琴は惨殺される。冷たい機械が打ち出した決して変える事のできない演算結果が、美琴の心臓へ氷の破片のように突き刺さる。
それでも、美琴は顔を上げる。
敵が勝てる相手だから、誰かを守りたいのではない。誰かを守りたいから、勝てない敵とも戦うのだから。
「・・・・・、ごめん」
美琴は最後に上条に謝った。
上条の計画では『無能力者が超能力者に勝たなければ』研究者を騙す事は出来ない。美琴が手を出してしまった時点で、その計画は必ず失敗してしまう。美琴が手を出さなければ、実験を止められず、美琴が手を出せば上条の計画は失敗してしまう。仮に美琴が犠牲になってこの実験を止めた所で、妹達が普通の生活を送れるようになるとは思えない。
それでも、美琴は黙ってみていることなどできなかった。
「だから、ごめん―――」
勝手かもしれないけどさ、と美琴は歌うように謝った。
「―――――――――それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う」
美琴は、決して勝てない敵へと右手を突き出し―――そして、
「痛ってて・・・・・あの野郎、こんな土壇場であんな大技を・・・・・」
上条は一方通行と激突した場所から九〇メートルほど離れた場所、崩れたコンテナの山の中に埋まっていた。
いくら風速一二〇メートルもの強風に浚われたとはいえ、ここまで距離を離すことなど不可能なのだが、上条は巨大な風の手が自分を捉えるその一瞬前、自らの足で地面を蹴って宙を跳んでいた。
風の流れに逆らわず、あえてその方向へ跳ぶ事でダメージを最小限に抑える。 着地場所にコンテナの山があったのは予想外だが、師匠達によって徹底的に『受身』の練習をさせられている上条にとってはなんの障害にもならない。さて、とっとと一方通行の場所へと戻らなければ―――と、吹き飛ばされてきた方向の空を見上げると。
そこには直径二十メートルほどの白色の太陽があった。うっ!?と、上条は思わず戸惑う。
あれは恐らく、一方通行が風の『向き』を操り、圧縮し、空気中の『原子』を『陽イオン』と『電子』に強引に分解し、作り出した高電離気体だ。
ディーゼルエンジンなどはコレを利用した内燃機関で、あまりの圧縮率で凝縮された町中の空気は、摂氏一万度を超える高熱の塊と化す。
(おいおいどうすんだよこれ!?)
上条はこの時になって初めて真剣に慌て始めた。
妨害する術はある。あるが、それにははめている枷をとき、力を解放しなければならないそんな事をしてはせっかくエネが立てた『作戦』を台無しにしてしまう事になる。エネに頼むのも無理だ。偶然にも何らかの力が働いて高電離気体が消滅しました―――なんてあまりにも不自然すぎる現象では研究者たちは納得しないだろう。御坂美琴に頼んで高電離気体を分解させてもらうというのは勿論論外だ。
万事休すか―――!?と、上条が歯噛みして、それでもこの場を切り抜けられないよりはマシだと、枷を外すようエネに脳内で話しかけようとしたところで―――
ザッ、と砂利を踏みしめる足音がした。
「―――あ」
宿す力は、異能力者レベル2程度。オリジナルの百分の一ほどの実力しかなく、機械によって生み出された、一体十八万円のちっぽけな命。
だが、それは希望だった。
「―――頼みがある」
このふざけた実験を止めるための、最後の希望だった。
ミサカ一〇〇三一号。とある少年からミイ号と呼ばれているその個体は、とある病院の個室でその声を聞いた。
とある少年の完璧とも言える処置と、とあるカエル顔の医者の天才的な治療によって、数時間前まで生と死の間際をさまよっていた筈のミイ号は、今や普通に歩けるまでに回復していた。
しかし当然のよう万全の体調ではない。走ればそれだけで全身が悲鳴を上げるし、安静にしていなければ再び倒れてしまうかもしれない。
だけど、それでもミイ号は自分の体にムチを打って個室を出る。病院から抜け出す。少年の言葉は理不尽なぐらいまっすぐで、その目はどこまでも最高の結末が待っていることを信じていた。
「・・・・・」
ミイ号も、御坂妹も、他の妹達も、自分の命になんの価値も見出せない。ボタン一つで作り出せる肉の体に、プログラム通りに注入される無の心。単価十八万円の命など、壊れた所でいくらでも替えが利くと本気で信じている。
けれど、嫌だな、とミイ号は思ってしまった。
あの少年は、ミイ号のために一方通行から、あの絶体絶命の状況からミイ号を救い出した。
妹達全員を助ける為に一方通行に戦いを挑んだ。
確かに自分の命には何の価値もないけど、そんなちっぽけなものが失われたぐらいで哀しむ人が出てくるなんて事を知ってしまったら、もう死ぬ事などできなかった。
そして、例えこのちっぽけな存在でも、誰かの『夢』を守れるのならば、それはとても素晴らしい事だと、そう思うことができたから
やるべき事があった。 守るべきものを見つけた。
『お前にやって欲しい事がある。お前にしか出来ない事がある』
(その言葉の意味は分かりかねますが―――――――――)
ミイ号は、ゆっくりとその四肢に力を込め
(―――――――――何故だか、その言葉はとても響きました、とミイは素直な感想を述べます)
きっと、そういってくれる誰かがいるから。ミイ号は、まだ立ち上がる事ができた。
美琴が絶望するように頭上を見上げる中、轟!と言う風の唸りと共に、いきなり一方通行の頭上に浮かぶ球体の高電離気体の形が崩れた。
「「な・・・・・?」」
美琴と一方通行は思わず頭上を見上げた。あの高電離気体は街中を流れる風を一点に凝縮させることで作り出されたものだ。その風の流れが、一瞬だが確実に揺らいだ。そのせいで空気の圧縮率に誤差が生じて高電離気体が揺らいだのだ。
風の計算を誤ったか、と一方通行は新たに計算式を組みなおす。単純な「反射』と異なり『操作』には『変更前の向き』と『変更後の向き』の両方を計算しなければならないので面倒臭い。
とはいえ、一方通行はわずか十秒足らずで膨大な計算式を完全に修復する。これくらい、脳を開発された彼には問題にもならない。教育方法に能力開発を取り入れる学園都市にとって、学園都市最強の能力者とはつまり学園都市最高の優等生のことなのだから。
だが。
完璧な頭脳に組み上げられたはずの計算式から逃れるように、街中の風の流れがいきなり動きを変えた。ただの偶然ではなく、まるで風そのものが意思を持って計算式の隙間をかいくぐるように。
頭上で圧縮されていた空気の塊が拡散し、高電離気体が空気に溶けるように消えていく。
(何だァ? 何が起こってンだ! 俺の計算式に狂いはねェ、大体今のウナギみてェ名不規則な動きはどう考えても自然風じゃねェぞ!)
まさか間が悪く、本物の風使いが街のどこかで力でも使っているのか。いや、不規則な風の流れは街の隅々にまで及んでいる。一方通行の能力と計算式の上を行く処理能力を持つ風使いがいるとすれば、そいつは間違いなく超能力者に認定できる。だが、一方通行の知る七人の中に、そんな能力者は存在しない。
一体何が・・・・・、と焦る一方通行はそこでカラカラという乾いた音を聞いた。
風力発電のプロペラが回る音を。
(待、て。聞いた事あンぞ。たしか発電機のモーターってなァ特殊な電磁波を浴びせっと回転するって話が・・・・・ッ!)
一方通行は美琴の方を見るが、彼女が能力を使っている様な様子はない。
そもそも町全体の風を制御できるほどの風力発電のプロペラを操れたとして、一方通行の計算式を確実に乱すような統率性など―――『脳内でネットワークでも構成しているような』―――
とそこまで考えた一方通行が気づくのが先か、
がさり、と一方通行の背後で何か物音がしたのが先か。
「・・・・・」
一方通行は恐る恐る振り返る。
そこに、信じられない光景が広がっていた。風速一二〇メートルもの暴風に吹き飛ばされてどこかへ吹っ飛んでいったはずの少年が、今夜の実験で殺しているはずだったはずの御坂妹が、一方通行の敵として、立っていた。
「・・・・・ありがとな、御坂妹。『あれ』は俺じゃあ無理だった。ははっ、情っさけないよな。あれだけカッコ付けといて、結局お前らの手を借りちまった」
上条は、御坂妹の頭をポンポンと撫でると、御坂妹は少しだけ顔を赤らめ、くすぐったそうに首を振った。
この状況で、あれだけのダメージを負った(と、一方通行は思っている)後で、こんな気楽な会話をしている少年に、一方通行の喉が、理性が、砂漠のように干上がった。
さて、と。上条は呟いて
「覚悟は、良いな?」
獰猛な獣のような笑みを浮かべて一方通行の元へと歩いていく。
「面白ェよ、オマエ―――――――――」
一方通行は叫び
「最っ高に面白ェぞ!!」
そうして、夜空に吼えるように絶叫した一方通行は、上条当麻を撃破する為に拳を握って駆け出した。
例の、地面を蹴る足の力の『向き』を変換した、砲弾じみた速度であっという間に距離を縮めてくる。ありがたい、と上条は思った。そろそろ決着をつけないと、流石に研究者たちが無事でいられる自分に不信を抱く危険性がある。もしここで一方通行が上条を近づけさせないような攻撃をしてきた場合、かなり厄介なことになっていたかもしれないのだから。
上条は拳を握る、視線を上げる。一方通行は弾丸のような速さでまっすぐに上条当麻の懐へと飛び込んできていた。
右の苦手、左の毒手。
共に触れただけで人を殺す一方通行の両の手が、上条の顔面へと襲いかかる。
瞬間、時間が止まった。
上条は一方通行の左手を右手で、そして――――――――『右手を左手で受け止めていた』
一方通行の心臓が凍ったように止まる。今まで上条が自分を殴ってきたのは、いつも右手だった。だからこそ、右手以外の場所は自分の能力を無効化する事は出来ないと考え、まず左手で右手を封じ、次に右手で確実に止めを刺す。
二重の必殺で、確実に上条を人間爆弾のように内側から破裂させてやろうと考えていた。
―――が、待っていたのはあまりにも理不尽な力と
「歯を食いしばれよ、
一方通行を押さえる左手を離し、上条は笑う。
「―――――――――俺の
あまりにも最っ高すぎる結末だった。
瞬間。上条当麻の左の拳が、一方通行の顔面へと突き刺さった。
即座に右の手を離す。
その華奢な白い体が勢い良く砂利の敷かれた地面へ叩きつけられ、乱暴に手足を投げ出しながら、ゴロゴロと転がっていった。