幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
夏の夜は、午後八時になってようやく訪れた。
海の家の一階、丸テーブルを囲むように上条一家はそこにいた。とは言っても、メンツはヘンテコ入れ替わりメンバーではあるが。
このヘンテコなメンツに『上条の友人』として、ごく自然に神裂火織がテーブルに就いていた。もっとも、周りから見ると『むさ苦しい赤髪外国人のヤロウの友達ステイル=マグヌス』に見えるらしいが。
帰れと言ったのになぜここにいるのか、と上条は思ったが、騒ぎが上条を中心に起きている以上、神裂は上条の身辺警護もしたいらしい。
ちなみにこの場に土御門はいない。消波ブロックの陰にでも隠れてフナムシと戯れているかもしれない。世間的には『問題アリの男アイドル』に見えるからだ。人の山に囲まれて身動きが取れなくなるのはプロのスパイたる土御門の望む所ではないらしい。
そんなこんなで、テーブルを囲むのは(表面上は)カタギの人ばかり。
とっとと晩御飯を食べたいのだが、何故か店員さんの姿が見当たらない。
話題もないので、上条は貴音の膝を枕に寝ようとする。
「コラ当麻! 何羨ましい事しようとしてるんだ! いくら恋人同士だからと言ってだな! そんな見せつけるような行為は慎みたまえ」
「うっさい。だったら話題作ってみろよ親父」
「わ、私は構いませんから。大丈夫なので」
「私が構うんだよ! とうま!」
「・・・・・・」
父に従妹にインデックスに・・・やいやい言われた上条の、堪忍袋の緒が切れたのは明白だった。
ブチィという無理やり紐を引き千切ったような音が部屋に響く。
完全にキレた上条のこめかみの血管が破れ、血が垂れている。
「黙ろうか? こんな事話題にすんじゃねェ。黙ってろ」
そう言うと上条はこてんと眠った。
―――夢の中。というものは現実に存在する。科学や魔術では説明がつかない人体の神秘・・・。そんな夢の中で自由に動ける人間が持つ夢の事を『明晰夢』という。
『トーマ』
『んあ? どうした貴音』
『こうして会うのは久しぶりね』
『ああ。“
『とりあえず整理しましょう。何でこんな事になったのか』
『簡単だ。誰かが“異変”を起こしたんだ』
『そんな簡単な話じゃない。向こうとこっちじゃ勝手が違う。いつも通りHA☆NA☆SHI☆A☆I(物理)で何とかできるレベルじゃないわ』
『じゃあなんだっつぅんだよ』
『じゃあ質問。どうしてこの異変を起こした奴は、中途半端な状態で固定したの? 天使を地上に降ろしたの?』
『は? だからえーと・・・。なんでだ?』
『簡単な話。この異変は誰かが人為的に起こしたんじゃない。たまたま偶然に起きただけって事』
『ハァ!? この世界中に干渉できるほどの大魔術がか?!』
『トーマ、あんたホントに馬鹿になるね・・・こういう時こそその頭で理解しなさいよ・・・』
『よく言われるよ! 発想力が足りないって! で、結局結論は!』
『たまには自分の頭で考えればー?』
上条はぐぬぬ。と唸ると、とりあえず情報を整理する事にする。
入れ替わり
本題
副作用
異変
世界が対象
例外は上条
偶然
儀式場
術者
天使
地上の天界論
幻想殺し
魔術
(ダメだ。何かが足りない気がする・・・。こういう時は師匠の言葉を思い出せ!)
『いいか当麻。何事も諦めない事が肝心だ』
(これじゃない)
『気楽に気楽に』
(これでもないこれでもない)
『肩の力を抜い・・・(だァアア! 応援とかいらねぇぇえええ!!)
『・・・当麻。例えお前が直接関わっていなくても、お前が原因で起きる事件もある。それに責任を持てとは言わないが、分かっていろよ』
(・・・これだァ!)
上条は貴音の方を振り返る。
『分かったの?』
『ああ。要するに貴音、お前は「どこかに誰かが無意識に作り出した儀式場が、勝手に発動した」ってコトだろ?』
『簡単に言えばそう言う事ね。それが私が言った「偶然起きた異変」の正体よ』
『うっはー。しかもお前の理論と土御門達の意見を合わせると・・・。恐らく術者は―――』
『・・・うん・・・』
『『まず間違いなく上条刀夜だな』よ』
そう言って二人は結論を出す。
「・・・あらあら~。貴音ちゃん当麻さんを膝に乗っけたまま寝ちゃったのね。二人とも可愛いわ~」
「うらやま・・・、けしからん! もっと純粋なお付き合いを当麻にはしてほしかったのに!」
・・・夕食も終わり。上条は一人、考え事をしていた。
電気は付いているが、上条以外誰もいない。恐らく二階でトランプでもやっているのだろう。
点けっ放しのテレビでは夜のニュースをやっている。まあ夜のニュースなんて昼のニュースとほとんど変わりがないものなので上条は聞き流していた。
「・・・・・・、うむ」
今日一日で得た『御使堕し』の事を整理してみる。
まず、『御使堕し』という魔術が発動した。
それは莫大な力を持つ『天使』を手に入れるための術式らしい。
副作用として、世界中のみんなの『中身』と『外見』の『入れ替わり』が起こった。
その効果範囲は世界中を覆い尽くすほどのものだった。
『御使堕し』は未完成の仮発動状態で、今なら異変を解決できるかもしれない。
けれど、『御使堕し』が完成してしまったらもう直せないと考えていい。
『御使堕し』を止めるには、術者を倒すか儀式場を壊せばいいらしい。
歪みの中心は上条当麻にあり、どうも上条は『術者』と間違われているらしい。
そのせいで上条は事情を知る一握りの魔術師達に命を狙われるかもしれない。
よって、上条は『御使堕し』が完成する前に『真犯人』を見つけ出し、術者を倒すなり儀式場の魔法陣を壊すなりしなければならない。
「・・・・・・、アハハ」
上条は事態を重くは見ていない。かと言って軽く考えているわけでもない。線引きが済んでいないだけだったりする。
―――その無防備な少年を、『視線の主』はじっと見ていた。
その『視線の主』は海の家『わだつみ』の床下に隠れていた。海の家というのは砂と湿気の侵入を防ぐため、床下の高さは七〇センチぐらいある。神社や何かの床下を思い浮かべてもらえばいい。
床板と床板の間にできたわずかな隙間穴から、『視線の主』は少年を見た。
「・・・・・・エンゼルさま、エンゼルさま。お聞かせください」
不健康なほど痩せぎすの中年男の口から漏れたのは、声変わり前の小学生のような高い声だった。暗闇の中で響く中世的な声色には、どろりとした凶器がまとわりつく。
がりがり、と。わずかに聞こえるのは木の板を釘でひっかくような音。
実際に、その『視線の主』は切羽詰まっていた。彼にしても好きでこんな場所に身を隠しているわけではない。本当は昔の仲間のもとを訪ねるつもりだったのだが、思いの外警察が素早く動いたために身動きが取れなくなってしまったのだ。
「エンゼルさま。どうすれば警察の目を逃れて無事に仲間の元へ辿り着けますか?」
「エンゼルさま。それでは今回もイケニエを捧げれば助けてくれるんですね?」
「エンゼルさま、エンゼルさま。それでは、イケニエはあの少年でどうでしょう?」
刻まれる文字は『YES』の三文字。『視線の主』の顔が曇った。また人を殺すのか、嫌だな。やりたくないな。けど、仕方がないか。エンゼルさまがそう言うんだから。私のせいではないんだし。
「エンゼルさま。それでは、私は今日もエンゼルさまを信じます」
そう言って、『視線の主』は奇妙な形をしたナイフを太く短い舌で舐めた。
『視線の主』脱獄死刑囚・火野神作は床下を走る太い電気ケーブルへとナイフを突き立てた。
ブツンと、いきなり全ての電気が消えた。
停電? と上条は暗闇の中で眉をひそめた。海の家は入口が大きく開放されているため、月明かりのせいで真っ暗闇というほどでもなかったが。
上条はそのうち目が慣れるだろ、と思って一息つこうとして、
がさり、と。
上条の足の下、床板の底から、木の板を引っ掻くような音が聞こえた。
思わずクセで上条が飛び退いた瞬間、
ガスン!! と、三日月のようなナイフの刃が、足元の床板を貫通して突き出てきた。
「・・・ヒュ~」
上条が思わず口笛を吹く。偶然とはいえ回避できたことに安堵した。さきほどまで上条の腰があった辺りから刃物が飛び出している。
(・・・青龍刀)
刃は前後に軽く揺さぶられ、やがて床板の下へとゆっくり沈んでいく。
三日月刃によってわずかに空けられた床板の奥にまるでカギ穴から部屋の奥を覗き込むように。闇のそこから、じっとりと。血走ったような、泥の腐ったような、
狂ったような、眼球が。
「おぉう」
上条はその目に少し気圧されて数歩下がるその瞬間、後追いするようにナイフの刃が上条の足元すれすれの床板から飛び出した。
(しつけぇ!)
ナイフの刃が再び床下に潜り、更なる一撃の狙いを定める。
床板からの攻撃をかわすためテーブルに飛び乗ろうと歩こうとした所で、
床板が大きく爆ぜ割れて、床下から飛び出してきた腕が上条の足首を掴み取った。
「ヘブッ!」
顔面から床板に落ちた上条は、本気でキレると、自らの影に左手を突っ込みリボルバー式の装飾銃を取り出す。
「舐めてんじゃねェ!」
無慈悲なる発砲音がわだつみに響く。撃たれた銃弾は上条の足首を掴む手に当たると同時、小さな爆弾のように爆発した。
「ぎ、びぃ! ぎがぁ!!」
床下からの咆哮と共に、上条の足首を掴んでいた手が床下へと逃げ込んだ。がさがさと床下を移動して距離をとろうとしているのが、床板を擦るような音で感じ取れる。
「逃がすかっ」
上条は装飾銃のストッパーを外しシリンダーから特殊弾を全て抜け落とすと、通常弾を詰め込み素早くストッパーをかけ直した。
時間にして半秒。
何の躊躇もなく上条の左手に握られた装飾銃から数度にわたって銃弾が撃ち出され、床板を突き破って何か柔らかいものを抉るような、本来人が聞くべきではない音がする。
「・・・・・・」
対象の沈黙を理由に上条は少し視線を外し何気なく海岸の方を向き、何かに気付き発砲する。
それは一五〇メートルを真っ直ぐ飛び、金属にぶつかって弾かれた。
「・・・やっぱり何かいるか・・・」
視線を外していたその瞬間。上条の視界の端で、床板が爆発するように大きく弾け飛んだ。まるで海面を跳ねるイルカのような動きで、黒い影が飛び出してきた。
床の上をごろごろ転がり、起き上がったその影は、痩せぎすの中年男だった。
一目で内臓がボロボロだと分かるような不健康な肌。汗と泥、血と油によって汚れたベージュの作業服。右の手には鉄の爪のような三日月ナイフ。左の手は焼け爛れ骨が見えている。
その唇から赤い血の筋が垂れていた。
「ぎビっ、ガぁ!!」
手負いの獣は、三日月ナイフを振り上げて上条へ襲いかからんとする。半身の体勢の上条だが、左手は幸いにも相手の方。ナイフが届くよりも先にこちらの銃弾の方が圧倒的に速い。
「失せろ。体中穴だらけになりたくなけりゃ、俺の前からとっとと消えろ!」
まさに怒号。激しい怒りが今まさに火野神作へと物理的な牙となって襲いかかろうとしてくる。
今までの上条の行動で、撃つと言ったら撃つ事を悟ったのだろう。火野は一目散にわだつみから出て行った。
「・・・・・・、ふぅ。めんどくせェなァ・・・」
上条は半ば棄てるような自然な動作で装飾銃を投げる、とソレは影に吸い込まれていった。
そして彼は影から大型のオートマチックの装飾銃を引っ張りだす。
「・・・さて? 誰だお前は」
海岸の砂を踏みしめながら上条は問う。さきほど上条の銃弾をバールで弾いた金髪の少女に。
「彼女はどうやら敵ではないようです」
「・・・・・・神裂」
「ロシア成教の『
「はっ。イギリス清教が『魔女狩り』ならロシア成教は『
笑えねェ。と上条は言う。そして上条は依然右手の装飾銃を下ろさないまま目の前の少女に言った。
「まず始めに言っとくぞ。俺は『御使堕し』を起こしてはない」
「問一。それを証明する手段はあるか」
「だったら魔術でも何でもぶつけてみろ。俺の右手はそう言った類の物全部一切合財消しちまうんだから」
「・・・問二。一体どういう事か」
少し間を開け、ミーシャは身の内の疑問を表すようにわずかに首を傾げ、再度問うた。
「一応、我がイギリス清教必要悪の教会の公式見解ぐらいなら解答できますが」
そう言って、神裂はミーシャに説明を始めた。上条は魔術知識がなく、『御使堕し』を起こせるとは思えない事。超能力者が魔術を使うと肉体に負荷がかかるはずだが、それが見当たらない事。上条が『御使堕し』の影響を受けないのは、おそらくあらゆるオカルトを触れただけで打ち消す事のできる右手『幻想殺し』の作用によるものだという事など。
ミーシャは一つ一つの項目をチェックしていくように、ふんふんと何度も小さく頷いた。それから最後に、じろりと上条の方へ―――正確には、彼の右手に視線を向ける。どうやら、説明の中にあった『幻想殺し』というフレーズが引っかかっているらしい。
「数価。四〇・九・三〇・七。合わせて八六」
ミーシャの背後で海水が水の柱のようにそびえたつ。彼女は水を操れるようだ。
「照応。水よ、蛇となりて剣のように突き刺せメム=テト=ラメド=ザイン」
続けてミーシャが口を動かすと、水の柱がまるで蛇のように鎌首をもたげた。ヒュどらやヤマタノオロチのように枝分かれした何本もの水の蛇。上条が装飾銃をしまうよりも早く、槍と化した水流が勢いよく襲い掛かった。
海岸の砂を巻き上げながら上条の周囲へ突き刺さる水槍。
そのうちの一本が迷う事なく上条の顔面の真ん中へと向かってきた。
(今回のこれは幻想殺しの証明・・・。余計な事はしなくてよし)
上条が右手をかざしてガードすると、水槍は水風船のように弾けて四方へ飛び散った。まるで見えない盾に保護されるかのように、上条には一滴の水も当たらない。
ミーシャは注意深く床に飛び散った水を観察しつつ、
「正当。イギリス清教の見解と今の実験結果には符合するものがある。この解を容疑撤回の証明手段として認める。少年、誤った解のために刃を向けた事をここに謝罪する」
「あ、ああ・・・・・・」(今の水槍・・・もしかして・・・!)
「問三。しかしあなたが犯人でないならば、『御使堕し』は誰が実行したものなのか。騒動の中心点は確かに確かにここのはずなのだが、犯人に心当たりはあるか」
「それがさっぱりですたい。こっちも今調査中なんだにゃー・・・」
「・・・・・・なぁ、土御門。お守りってさ、効果あるの?」
「お守り。の定義は分からんが、一つ一つに絶対意味はあるぜよ。それこそ守護の力を持ったお守りだって存在するぐらいだからにゃー。それがどうかしたんだぜい?」
「いや、もしかしたらだけど・・・。儀式場の場所、分かったかも・・・」
上条が頭を抱えながらそう言うと、神裂が驚いたような顔をする。恐らく土御門も驚いているだろうが顔には出さなかった。
「問四。一体それはどこか」
「その前に根拠はなんだ? 脈絡無く話されても信憑性に欠けるぜい」
「神裂なら見たんじゃないか? 家の父さんのお土産オカルトグッズを」
「ええ・・・確かエジプト土産の。フンコロガシでしたね。あれは」
「食卓に何てもん出してんだ馬鹿・・・」
「それがどうしたんだにゃー?」
「言ったよな。お土産にも意味がある。だったらそんなもんがゴロゴロある家は? そんなもんがあったらどうなる」
「問五。お土産ならどこの家にもあると思われるが」
「うーん。家の場合は異常だからな・・・何だっけ風水?」
「ええ。部屋の家具の配置などで巨大な魔法陣を組み上げる。れっきとした魔術ですね」
「起きたのか。貴音」
「バッチリです」
「それなら土御門さんの得意分野だぜい!」
「見に行って見ようぜ。俺の父さんが作りだした
上条はそう言うと、踵を返してわだつみに戻っていく。
「? 見に行くのではないのですか?」
「カギがねェと入れねェだろ?」
「カギならここにありますよ?」
貴音が右手で持つカギを確認した上条は片手で器用にスマホを操作する。
上条がスマホをしまうと同時、土御門の携帯が鳴る。
「・・・? 地図?」
「家の地図だ。見に行って来てくれ。
「・・・ねーちん」
「分かりました」
そう言うと、神裂は土御門を小脇に抱えると、ピョンピョンと飛んで行った。
それを見届けた上条は、貴音を連れて部屋に戻った。