幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
空動という移動方があった。これはステルスなんて次元などでは無い。目の前にいるのに決して相手に見つからず、不変無き空気のように当たり前にそこにいる。
それが上条と貴音が生み出した究極の移動方だった。師匠達から習った数多の歩術。その全てを応用し、自らの気配全てを空気に変える歩術を会得していた。
その力は、上条達の師匠達すら誰にも気取られず半殺しにできるほどだ。
「・・・ついたな」
「・・・案外早かったですね」
それじゃあ、と。上条達は一瞬で家の中に入っていた。隙間風が家のスキマから中に吹き込むように自然に。これも風動という移動方だ。音を立てず迅速に行動する、空動を速くしたものだ。
「・・・さァ。Showtimeだ」
数分後、上条当麻の実家から出てきた火野神作が捕らえられた。捕らえられた火野はうわ言のように家を指さしながら、「悪魔だ・・・悪魔がいる・・・」と言っていたそうだ。
「さて、土御門君。警官隊が慌ただしくしている間に何とかしちゃおうぜ」
「任せとくぜい」
そう土御門が言ったのを見届けると、上条と貴音は邪魔にならないように外で待機をする。
「・・・カミやん。すごいぜいコイツは」
「凄いって?」
「いやーまさに鉱石ですたい。それも粗削りだが完璧な。壊すのが勿体ない位ににゃー」
「いや、壊せよ? ってか壊せるの?」
「・・・まあ。大丈夫だと思うが」
その時、ひょっこりとミーシャが顔を出して言った。
「問一。この儀式場を造ったのは誰か」
「そりゃ大工さんとかじゃねェの?」
「ご主人。違いますよ・・・術者の話をしているんです」
「・・・入れ替わってないのは誰か・・・だよな? ・・・俺の父親だよ」
「カミやん。それマジかにゃー?」
「自分の父親見間違うか?」
嘲笑気味に言う上条に土御門は唖然とした。
「自分の父親の事だろう! 何故そんなにあっけらかんとしていられる!?」
「さてね、それはアイツを問いただしてから・・・?」
上条がふとミーシャの方を見ると、少女は冷たく息を吐いて。
「解答一、自己解答。標的を特定完了、残るは解の証明のみ。・・・・・・私見一、とてもつまらない解だった」
言うや否や、少女は全速力でどこかへ掛け出していた。
「あ、おいちょ!」
上条はミーシャを呼びとめようとするが無駄だった。少女の姿は既に見えない。と言っても徒歩なのでそう遠くへは行っていないはずだが。
「カミやん。ねーちんと海の家に戻れ。ここは俺に任せとくんだぜい」
「・・・・・・神裂。悪い、おいて行くかも」
「・・・構いません。急いで」
「貴音」
「はいな!」
上条の背中に両手を置いた少女の姿が異形に歪む。少女の姿が上条の背中に生える大きな六枚の半透明の翼になった。
「よっと!」
軽い掛け声で地面を蹴った上条の身体は、まるで電磁加速したリニアモーターカーのように一瞬で遠くに消えた。
「・・・それでは、土御門。よろしくお願いします」
「任せておいて欲しいぜい! ・・・カミやんまるで天使ぜよ」
それは一つの弾丸だった。
ほんの数秒でわだつみまで戻ってきた上条は文字通り着弾した。砂浜を抉り、海面を割り、上条の身体は着地した。
「エネ」
「はいな」
大きな翼となっていたエネが貴音に戻る。
「ご主人」
「ん・・・ああ」
上条刀夜は夕暮れ染まる浜辺を歩いていた。
その顔には疲れが見えている。体中もびっしょりだった。きっと突然消えた上条を捜すためにそこら中を走り回ったんだろう。くたくたになりながらも、それでも足を止める事を許さずに、刀夜は疲労のたまった足を引きずるように浜辺を歩いていた。
それは魔術師何かに見えない。もちろん戦闘のプロには到底見えない。
「父さん? どうしたんだよ。そんなにやつれて」
心底疲れ切ったような刀夜の顔は、振り返った瞬間。安心したような、嬉しそうな、そんな表情に変わった。
それはもちろん。何も知らない一般人の顔だった。
迷子になった子どもをやっと見つける事が出来た父親の、優しい顔でしかなかった。
「当麻!!」
上条刀夜は、たっぷり五秒かけてから、ようやく怒りの表情を作った。
「今までどこに行っていたんだ! 出かけるなら出かけると私達に言わないか! 母さんだって心配しているんだぞ、大体お前は夏バテだから海の家で休んでいると言っていたじゃないか、もう大丈夫なのか、どこか痛んだり吐き気がしたりはしてないだろうな?」
だが、怒りの言葉など一秒も待たない間に上条を労わる言葉に変わっていく。
当たり前だ。
刀夜は、上条の事が嫌いだから
父親は、子どもの事が心配だから
だが、その子供である上条は残酷な答えを向けた。
「いっぺんに質問するな。答えにくいから。捲し立てたって望んだ答えは返って来ないぜ?」
冷めた目で、まるで赤の他人を見るような目で見るという行為によって。
「えーと最初が何だっけ? どこに行ってたか、だっけ。実家だよ実家。家を見に行ってたの。何てったって幼児園以来だろ? 見てみたくてな」
「・・・・・・そうか」
「ちなみに置手紙しといたんだけど・・・? 読んでらっしゃらない?」
「・・・ああ。すまん」
「そっか。伝わって無かったかー。余計な心配かけちまったな。 夏バテはもう大丈夫だ。しかしゴミとか結構落ちてんだなこっちは塵一つないってのに」
上条のその発言に刀夜は「流石学園都市。外の世界に出てくるとそんな感想を抱くか」と全く別方向の感想を抱いていた。
「でもさ。頼むから魔法使いの真似事だけは止めてくれよ。な?」
その言葉を聞いた途端。糸が切れたように、刀夜の表情が消えた。
それは魔術師として身の危険を感じた表情ではない。実の息子にやましい所を見られた父親のような、そんな顔だった。
「・・・そうか、バレてしまったか。さて、何から話そうか・・・」
「何からでもいいぜ。黙って聞いておくから」
カンに障ったら口出しさせてもらうからな。と付け加えた上条に刀夜は少し苦笑すると。
「あんな方法で願いを叶えようとは・・・・・・馬鹿な事だとは、私自身も思っていたのだがな」
そして刀夜は言った。
「なあ、当麻。お前は幼稚園を卒園するとすぐに学園都市に送られてしまったから覚えていないかもしれないが」刀夜は、何かを思い出すように、「お前がこちらにいた頃、周りの人達からお前が何と呼ばれていたか、覚えているかい?」
「・・・・・・疫病神、だろ?」
刀夜は己の舌を噛み切るような表情になった。
実の息子に、その言葉を告げられなければならなかった事を、死ぬほど後悔したような顔で。
「・・・分かるかい、当麻。お前は確かに生まれ持ち『不幸』な人間だった。だからそんな呼び方をされたんだろう。だが分かるかい、当麻。それは何も子供達の悪意ないイタズラだけではなかったんだ」
刀夜は歯を食いしばり
「大の大人までもが、そんな名でお前を呼んだんだ。理由などない。原因などない。お前は、ただ『不幸』だからというだけで、そんな名で呼ばれていたんだ」
上条は苦虫を噛み潰したような顔をする。
刀夜から表情が消える。
楽しいわけでも、嬉しいわけでもなく。ただ、何もない。
「当麻が側にやってくると周りまで『不幸』になる。そんな俗話を信じて、子どもたちはお前の顔を見るだけで石を投げた。大人達もそれを止めなかった。当麻の体にできた傷を見ても、悲しむどころか逆に嘲笑った。何でもっとひどい傷を負わせないのかと、急き立てるように」
上条は、無表情に言葉を紡ぐ刀夜の感情を読む事はしない。
その仮面の裏に隠れる、押し殺す事も出来ないほどの渦巻く激情。それだけは、決して我が子には見せたくないという、気持ちの表れだと思う。だからこそ上条は裏を見る事はしなかった。
「当麻が側から離れると、『不幸』もあっちに行く。そんな俗話を信じて、子供達はお前を遠ざけた。その話は大人までもが信じた。覚えているかい、当麻。お前は一度、借金を抱えた男に追いかけ回されて包丁で刺された事もある。話を聞きつけたテレビ局の人間が、霊能番組とかこつけて、誰の許可も取らずにお前の顔をカメラに映して化け物のように取り扱った事もあるんだぞ」
オレンジ色に染まる世界は、地獄で燃える豪炎に似ていた。
炎の中で、一人の男はただ凍えるような表情でいる事しかできなかった。
「私がお前を学園都市へ送ったのもそれが理由だ。恐かったんだよ。『幸運』だの『不幸』だのが、じゃない。そんなものを信じる人間が、さも当然のようにお前の暴力を振るう現実が」
刀夜は顔色一つ変えずに慟哭して、
「恐かったんだ。あの迷信が、いつか本当に当麻を殺してしまいそうで、だからこそ、そんな迷信のない世界にお前を送りたかった」
だからこそ、刀夜は家族の絆さえ断ち切った。
たとえ家族が一緒にいられなくても、それでも我が子を守りたかったから。
「しかし、あの科学の最先端でさえ、お前はやはり『不幸な人間』として扱われてきた。お前から届いた手紙を読むだけで分かったよ、以前のような陰湿な暴力はなかったようだが」
刀夜は笑みを浮かべたまま、
「私はそれでは満足できなかった。お前の『不幸』そのものを打ち殺したかった。だが、常識的にも、科学の最先端手法を用いても、それは叶わぬ願いだった」
それでも、たとえ叶わぬ願いと分かっていても。
上条刀夜は、決して諦めたくはなかったから。
「残された道は一つしかない。私はオカルトに手を染める事にした」
上条刀夜は、そこで言葉を断ち切った。
そして上条は口を開いた。
「言いたい事はそれだけかバカ親父」
刀夜が驚いたような顔をする。だが上条は止まらない。
「ああ、確かに俺は不幸さ」
上条は冷たい声で言った
「これまで生きてきた中で何度怪我をしたかも分からない。それこそ五体満足じゃなくなった時もあったさ。そりゃクラスメイトを一列に並べて比べてみりゃ、こんな不幸な人生を送ってんのは俺だけだろうさ」
けどな、と上条は続けて。
「俺がたった一度でも、後悔してるなんて言ったか? こんな『不幸』な人生は送りたくなかったなんて言ったかよ! 冗談じゃねェ、確かに俺の人生は『不幸』の連続だ。だから? それが何だってんだ! その程度で、この俺が後悔するとでも思ってんのか!?」
そうだ。
学園都市に入った初日。初めて会った
それと。
裏で暗躍する間に無能力者に崇められ、信仰までされるようになったもの、上条当麻だ。
それに。
学園都市が見捨てかけた少年の側にいて救ったのも、上条当麻だ。
そして。
禁書目録となり追われる身となった少女を救い、その追手の二人と和解させたのも、上条当麻だ。
例えそれが誰かに巻き込まれたものでも、きっかけはほんの偶然が重なった『不幸』によるものだったとしても、その一点だけは誇るべきだ。もしこの右手が無かったらと思うと上条は恐怖する。もし上条が『幸運』にも
「確かに俺が『不幸』じゃなければ、もっと平穏な世界に生きていられたと思う。あんた達の前で厄病神なんて呼ばれる事もなかったはずだ」
上条は、自分の父親を睨みつけて、
「けど、そんなもんが『幸運』なのか? 自分がのうのうと暮らしている陰で別の誰かが苦しんで、助けを求めて、そんな事も気づかずに! ただふらふらと生きている事のどこが『幸運』だっていうんだ!?」
刀夜は、驚いたように上条を見た。
上条は言う。
「惨めったらしい『幸運』なんざ押し付けんじゃねェ! こんなにも素晴らしい『不幸』を俺から奪うな! この道は、俺が歩く。
だから邪魔をするな。
『幸運』なんて欲しくない。すぐ側でみんなが苦しんでる事にも気付けずに、ただ一人のうのうと生き続けるぐらいなら、『不幸』に苦しむ人々にいくらでも巻き込まれてやる。
だからこそ、上条は言う。
「『不幸』だなんて見下してんじゃねえ! 俺は今、世界で一番『幸せ』なんだ!」
おそらく笑みを浮かべて。
獰猛で、野蛮で、荒々しく、上品さの欠片もない、
けれど、確かに最高に最強な笑みを浮かべて、上条当麻は宣言した。
「――――、」
刀夜は、
上条刀夜は、言葉も出ない。
オレンジ色に染まる世界で、ただ波の音を聞きながら、刀夜は笑っていた。笑って、笑って、笑って笑って笑って薄く引き延ばしたように笑って。
はっ、――――と。
その時、
「何だ、お前」
気の抜けたような声で
「最初から、幸せだったのか。当麻」
いや、と上条は句切って。
「もちろん最初から『幸せ』な訳ないだろ。そもそも最初から幸せな奴なんてどこにいる。『幸せ』の価値なんて人それぞれ違うんだ。俺はもちろん一人じゃ潰れていたさ。あっという間に、自分の不幸に巻き込まれる人を想って。だけどな、今の俺には『幸せ』をくれる、『不幸』を分け合える相棒がいる。もう俺は『不幸』じゃない」
刀夜は、何か大きな荷が下りたという表情を浮かべて、
「馬鹿だな、私は。それじゃまったく逆効果だ。私はみすみす、自分の子供から幸せを奪おうとしていたのか」
安堵から来る自嘲だった。
「といっても、何ができた訳でもないがな。まったく、私も馬鹿だ。あんな『おみやげ』を収集した程度で何かが変わるはずもないって、
「・・・」
上条は憐みの眼で刀夜を見る。
刀夜は、そんな息子の様子に気付かない。
「大体、みやげ屋に置いてある家内安全やら学業成就やらといった
「そうだな。そうしろよ」
上条はそう言った後、続けた。
「でもな、お守りにもちゃんと効果はあるんだぜ? じゃないとそうやって売る意味がないからな。特別な場所で買ったきちんとしたものなら、しっかりと願いを叶えてくれる。といっても小さな願いだけどな」
「そうか・・・。よくしっているな。当麻」
「ああ」
上条の耳に届いた砂を踏む音。
ゆっくりと近づいてくるソレからヒシヒシと伝わる殺気。本気で殺す気で放たれているものだが、上条は動じない。
「ミーシャ=クロイツェフ」
顔を上げた上条はスゲェ・・・とつぶやいた。
無言のままに上条の顔を睨み、邪魔をしたら殺すと暗に言っている。
殺意。
純粋なソレだけで形作られた見えない何かが上条を襲うが上条はサラリと受け流す。
「人間にできる目じゃねェよ、それ。何だよお前人形か?」
ミーシャの眼。硝子や水晶の珠にしか見えない二つの眼球を指して、上条は言う。
冷徹な目。否、感情などとうの昔に捨てたようなそんな目で睨まれて、上条は少し汗が出る。
(うっわー。コイツはちょっとヤバいかも・・・)
突然、あらぬ方向から神裂の怒鳴り声が飛んできた。
「そこから離れなさい、上条当麻!!」
風を切り裂く高音に続いて、見えない斬撃が砂を走り上条とミーシャの間を一閃した。横一線に巻き上げられた地面が砂の壁を作り出す。今まさに釘抜きを構えようとしていたミーシャの気が一瞬それて、その間に神裂が間に割って入った。
と、殺気立つ神裂の隣には、いつ戻ったのか土御門も立っている。
「ご苦労さん、カミやん。アンタは本当によくやった。ケリは着けたんだろ。だったら下がりな、
どんな手法を使ったか知らないが、案外近くで見ていたのか。
「・・・まさかとは思うけど・・・ミーシャが?」
「カミやん流石鋭いぜい。そう、この魔術は御使堕しと呼ばれている。つまりアレは・・・」
「必然的に・・・天使ってワケか!」
瞬間、ミーシャの両目がカッと見開いた。
血を揺るがす轟音と共に、
オレンジに染まる夕空が、一瞬で星空の散らばる夜空へと切り替わった。
「うわ・・・・・・」
上条は思わず頭上を見上げた。刀夜の息が凍る。
夜。まるで電灯のスイッチを切ったように、いきなり夕暮れが夜へ切り替わった。頭上には禍々しいほど巨大な蒼い満月。だが、おかしい。今の月齢では、月は半月のはずだ。
「オイオイオイ。
今、この地球の生命をミーシャが握っている事になる。それだけ天体制御は恐ろしいものだ。
「自身の属性強化のための『夜』ですか。月を主軸と置く所を見ると・・・ああ、なるほど。水の象徴にして青を司り、月の守護者にして後方を加護する者。旧約においては堕落都市ゴモラを火の矢の雨で焼き払い、新約においては聖母に神の子の受胎を告知した者」
貴音のその解説を聞きながら上条は素直に感心する。初めは神なんて、と馬鹿にしてたクセに、今ではその知識が頭を埋め尽くしている少女に苦笑すらもしてしまう。
「―――その名は『神の力』。常に神の左手に侍る双翼の大天使、ですか」
神上の伴侶の者の声に、神に仕える者は答えない。
まるで見えない殻を砕くように、見えない皮を脱ぐように。
そうして。ソレは覚醒した。
天使は特に動かない。
神裂は上条や刀夜の盾になる位置に立ち塞がりつつ、腰の刀へと手を伸ばす。
「エンゼルとは善悪なき力。神の意志に従い人を救えば天の使いと崇められ、地に堕ちて泥に染まれば悪魔と恐れられる」
神裂は忌々しそうに、
「まるで旧約の神話そのままですね。そうまでして元の位階に戻りたいのですか、『神の力』」
上条は一回舌打ちをすると
「神裂! そいつを任せられるか!?」
「? 上条当麻。その意図は」
「そいつを止めるのに、術者を倒すか儀式場を壊す必要があるんだろ!? だったら俺が何とかしてみる。神裂は足止めを頼めるか!?」
「分かりました。やってみます」
「信じてるからな! 行くぞ父さん」
上条は刀夜の背中を押しながら、わだつみの方へ向って走る。
「当麻。ちょっと待ってくれ、あれはなんだ。何かの撮影か!?」
走りながら聞いてくる刀夜に上条は簡潔に言った。
「あんたが買って帰った民芸品で起きた事態だよ! とにかく。コイツを止めなきゃいけないんだ!!」