幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
廃劇場『薄明座』の跡地は学園都市からほんの三キロほど離れた場所にある。
潰れてから三週間も経っていないからか、建物には傷んだような場所は見当たらない。内装の調度品が片付けられているためガランとしていて、掃除もしていないのでそこかしこにほこりが積もっているが、まだ『廃墟』という感じはしなかった。きちんと掃除をして調度品を再び持ち込めば、すぐさま活気を吹き返しそうな印象すらある。
イメージするなら『冬眠している建物』という感じだろう。もしかすると、取り壊さないで次の買い手を探している状態なのかもしれない。
インデックスとステイルは何もない舞台の上にいた。舞台・観客席をワンセットとした、体育館ほどの広さを持つ大ホールには窓がなく、照明器具も取り外されているため、光源は開け放たれた五つの出入り口から差し込む夕暮れの光しかない。
薄夕闇に落ちる舞台の上で、インデックスは女の子座りをしていた。
むっすー、と。彼女はほっぺたを膨らませて、
「卑怯者」
「返す言葉はないし、必要もないかな」
ステイル=マグヌスは少女の敵意ある視線に一瞬だけ怯みかけたが、決してそれは表に出さない。くわえ煙草の先に点いた火が、暗闇の中でゆっくりと上下する。白い煙は揺らいで流れ、『禁煙』と書かれた壁際の表示板を撫でては消えていく。
「大体状況は分かってもらえたと思う。もう一度説明が必要か、とは問わないよ。君の記憶力を考えれば、二度繰り返すことに意味などないだろうからね」
「・・・・・・イギリス清教の、正式な勅命」
インデックスはここに連れて来られてから受けた説明を、もう一度思い出す。
誰にも解読できないはずの『法の書』を解読できる人間が現れたという事。
その者の名はオルソラ=アクィナスという事。
『法の書』を解読すれば、十字教のパワーバランスを崩す『天使の術式』を手に入れられるかもしれない事。
その『法の書』とオルソラが、日本へやってきた折に何者かにさらわれた事。
犯人は天草式十字清教らしき事。
ローマ清教の人間が、『法の書』とオルソラの救出を目的に活動を始めている事。
そして元・天草式トップであり現在はイギリス清教に所属している神裂火織との連絡が取れなくなり、不穏な動きが予測される事。
イギリス清教は表向きローマ正教に協力するという形で本件に関わるが、最優先事項は神裂火織が余計な真似をする前に問題を片付けるのだという事。
「その正式な『お仕事』に、一般人のとうまを巻き込む訳?」
「実は僕も何で巻き込まなくちゃいけないのか少し疑問でね。 まぁ、上のご指名というヤツさ」ステイルは煙草の端をゆらゆら揺らし、「その上、これでも僕達は難しい立場にいてね。学園都市所属の上条当麻へストレートに協力を求めると 『科学サイドが魔術サイドの問題に首を突っ込んだ』とみなされかれない。あくまで学園都市内部で起きた問題なら『自衛』と言えば苦しい言い訳にはなっただろうけど、今回は違う。彼が首を突っ込むためには、それ相応の動機付けが必要となった訳だ」
そのための、誘拐。
つまり、上条は『法の書』やオルソラなどは関係なく、あくまで『さらわれたインデックスを助けるために』学園都市の外に出てくる事になる。そこで『たまたま』天草式の人間と出会ってしまい、仲間であるインデックスを助けるためにやむなく戦う羽目になった。というのが大義名分となる。
当然ながらインデックスは魔術サイドの人間だが、現在、学園都市とイギリス清教の間でいくつかの取り決めがされていて、彼女の身柄は一時的に学園都市が預かる事になっている。学園都市に住む上条当麻が、そこに預けられたインデックスを助けてもおかしくない。
「大体話は分かったけど、やっぱり納得はできないかも」
「そうかい?」
「うん。こんな回りくどい事しなくたって、とうまは『助けて』って言ったら助けに来てくれるもん。どんなに危ない場所でも絶対来てくれるから、逆に頼みづらいんだけど」
「・・・・・・、そうかい」
ステイルは小さく笑った。
幼い娘が好きな男の子の話をしてきた時の父親のように、小さく笑った。
「それで、これからどうするの? 『法の書』とオルソラ=アクィナスは天草式の手に落ちてるんだよね。だったら、天草式の本拠期まで行くっていうの?」
少女の声に真剣見が宿る。それは、上条当麻が関わる以上、彼の危険を少しでも軽減させるために情報を集めておきたいという気持ちによるものだろうか。
「いや、状況は少し変わってる」ステイルは辛そうに煙を吐いて、「つい11分前に、ローマ正教と逃走中の天草式が激突したらしい。オルソラ救出戦だね」
インデックスは目を細める。
通信用に使っているのは煙草の煙だろう。何度か細い煙に魔力がまとわりつくのをインデックスは見ているし、そのたびに白煙は風もないのに不自然な揺れ方をした。狼煙は洋の東西を問わずあらゆる地域・時代で使われてきた遠隔通信手段であり、彼女の頭の中にも狼煙を使った古今東西の術式がいくつも収められている。
「それで成功したなら、私がここにいる必要はないはずなんだけど」
「その通りだ。が、明確に失敗した訳でもないよ。双方共に死者は出なかったが、どうも乱戦になったらしい。『法の書』の方は知らないが、オルソラはその隙を突いて逃げ出したそうだ」
「? ローマ正教の方にも戻っていないの?」
「そういう事になるね。現在行方不明だから、再び天草式の手に落ちる危険性もある」
「・・・・・・、それはまずいかも」
人質が抵抗すれば暴力で黙らせるのが誘拐犯というものだ。まして『逃亡』した後にもう一度捕まったとなれば、反抗心を削ぐために何をされるか分かったものではない。
そうなると、こんな所でじっとしている暇はない。今もローマ正教と天草式は逃げたオルソラの捜索・争奪戦を繰り広げているはずだ。
「できれば上条当麻にも急いで欲しいものだが、今さら書き置きの命令内容を変更する事もできないしね。ローマ正教側からの協力者が来る前に彼とは合流したかったが・・・・・・」
ステイルが言った時、開けっ放しだった大ホールの出入り口の一つに、人影が現れた。
「・・・・・・残念ながら、僕達も彼を待たずして動き始めなきゃならないみたいだ」
その人影は、ローマ正教側の協力者だった。