「尋ねたい事があるのだが、いいだろうか?」
とある放課後、ザンはローブを纏った二人組みに捕まっていた。この二人は共にフードを深めに被り、一人は大きな何かを布に包んで持ち歩いている。周りに誰もいないことが二人の選択肢を狭めたのかもしれない。
「いや、私たちは怪しい者では無い」
ジト目で見られていたことを気にしたのだろう、一人が慌てて手を振って否定していた。ザンはギギィと音が聞こえるように首を正面に戻すと、足早に立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
もう一人がザンの手首を掴んだ瞬間だった。
「はうぁ!」
ザンは白目を剥いて倒れてしまった。その姿を見た二人は慌ててザンを持ち上げると、近くの公園に走り逃げていった。
-○●○-
「…ん、んん…」
「気が付いたみたいよ」
起き上がったザンが周りを見渡し現状を把握しようとする。ザンが寝かされていたのは、公園のベンチであった。
「突然気絶したときはどうしようかと思ったぞ」
そう、ベンチの前には先ほどの二人組みが立っていた。もう一人がザンの顔色を覗き込む。
「少し顔色が悪いみたいだけど、大丈夫のようね」
「悪いけど、少し離れてくれないか。さっき倒れたのも、そのせいだ」
二人組みは首を傾げながらも距離をとった。ザンは姿勢を正して二人組みを見る。
「俺は女性恐怖症なんだ。女性に触れると最悪気絶しちまう。ここはあまり人もいないし、フードを取ったらどうだ?」
二人組みは顔を見合わせ頷くとフードを取った。一人は栗毛の女性で、もう一人は青い髪に緑色のメッシュを入れている目つきの悪い女性だった。二人とも美少女といってよい顔立ちをしていている。そして二人は十字架を胸に下げていた。
「知らなかったとは言え、すまなかった。しかし、キミが立ち去ろうとするのが悪いのだろう?」
「何でだよ!? 他に頼めばいいじゃないか! まったく、常識が無いんだから。だから狂信者ってのは嫌いなんだよ」
緑色のメッシュの女性が、さも当然の様にふんぞり返る為、ザンはつい突っ込みをいれてしまった。その突っ込みに二人の目がギラリと光る。
「狂信者とは聞き捨てなら無いな」
「そうよ、まるで私たちが悪者みたいじゃない」
「自覚が無いから、狂信者って言うんだよ。在りもしない神に祈って、それをさも当然の様に他人にふれて回るんだろう? 一般常識が無いのなら尚更だ」
詰め寄る二人に、若干引きながらザンは指摘した。緑色のメッシュの女性は、布に包まれたままの物を振り回す。
「神がいないとは、不信者が。いいだろう、神に代わり天罰を下してくれる」
しかし、その振り回したものをザンは左手で軽々と受け止めた。
「な!?」
「言葉で勝てなければ、暴力か? 貴様らは十字軍の頃から、何も変わらないな。その後、犯罪者を身内から出したくないから、免罪符でも発行するか?」
「ゼノヴィア、争っても仕方ないわ。私たちには目的があるの。そちらを優先しましょう」
もう一人の栗毛の女性がゼノヴィアと呼ばれた女性の肩をつかんで首を横に振った。ゼノヴィアは渋々頷いた。
「ごめんなさい。私は紫藤イリナ。こっちはゼノヴィアというの。私たちは用事があってこの町に来たのだけれど、道を尋ねたくて」
「…いや、こちらも失礼した。少々イライラしていたんでね。俺は桐生斬。駒王学園の二年生だ」
イリナとゼノヴィアは、再び顔を見合わせた。そして、ズイっと顔をザンへと寄せる。
「私たち、駒王学園に用があるのよ。丁度良かったわ」
「へ?」
ニコニコ顔のイリナの言葉に、ザンは思わず抜けた声を上げていた。
-○●○-
「やれやれ、何で俺がこんな目に…」
「何をブツブツ言っているんだ?」
後のゼノヴィアからの声に、ザンはため息をついた。ゼノヴィアたちと会ったその日、ザンはリアスに連絡し、リアスからソーナの連絡先を聞き、教会関係者から紹介してほしいと頼まれているとソーナに相談した。生徒たちが集まる前の早朝なら会えるとの事で、公園でゼノヴィアやイリナと待ち合わせをし、今駒王学園の校門前にザンたちはいる。
「こっちだ」
校門をくぐり、昇降口の来客用のスリッパを二人に渡すと、ザンも上履きに履き替え廊下を進む。二階に上がり、職員室の丁度上の辺りでザンは歩を止めた。扉の上には「生徒会室」とある。ザンは扉を叩いた。
「どうぞ」
「失礼します」
ザンが部屋へ入り、ゼノヴィアとイリナが後に続いた。生徒会長の席にはソーナが座っている。ザンが意外と思ったのは、匙を含め他の眷属がいないことだった。
「昨日お話しました通り、お二方をお連れしました」
「ありがとうございます。私はソーナ・シトリー。そちらにかけてください。ザンさん、あなたはこちらにかけてください」
「え? 俺は案内するだけで…」
「お願いします」
ソーナの真剣な目に、ザンは折れる事にした。ゼノヴィアとイリナも椅子に腰をかける。
「お初にお目にかかります。私は紫藤イリナ。こちらはゼノヴィアです。お願いしたい事があるのですが、こちらの方には席をはずしていただきたいのですが」
「彼は私の片腕も同然の人間です。私に話す内容は、彼にも知ってもらいたい事なのです。その点はご了承ください」
ソーナの言葉にイリナとゼノヴィアは戸惑いを覚えたが、顔を見合わせると頷いた。
「わかりました。では、彼にも聞いていただきましょう」
「それではご用件を伺いましょう。教会の方が、この私にどのようなご用件が?」
ソーナは外向きには笑みを浮かべていたが、イリナとゼノヴィアを注視していた。敵対関係である協会側の手の者が、悪魔に何用か。
「この学園にいる、リアス・グレモリーに取り成しをお願いしたい。駒王学園の生徒会に話せば会えると聞いた」
ソーナの視線がザンを貫く。しかし、ザンもこの二人がリアスに会いたいと思ってもみなかったのだ。ザンは視線を逸らしたが、こめかみから頬を伝わり一筋の汗が流れ落ちる。
「…わかりました。今日すぐという訳にはいきませんが、明日には何とかしましょう。明日の放課後、また来てもらえますか?」
「わかった、お願いする。イリナ、帰るぞ」
「それでは、失礼します」
ゼノヴィアは例の布に包まれたものを持ち、イリナと共に生徒会室を出て行った。その姿を見て、ソーナがため息をつく。
「…リアスに用があるのであれば、リアスに聞けば良いものを」
「いや、すまなかった。駒王学園の生徒会に話を通して欲しいと言われただけでな」
ソーナは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「あなたがいるということもあって、眷属に危険があってはいけないと下がらせておきましたが、杞憂のようでしたね」
「そう、それだよ。何で眷属が一人もいないんだ?」
ザンの抗議の声を、ソーナは笑みを浮かべて受け流す。
「まず、相手に余計な警戒心を抱かせないためです。それに、四大魔王さまと互角に戦えるあなたがいるのですから、護衛は不要では無いですか」
「互角ではないさ。ただ、生き残っただけ。…ん? 俺はあんたの護衛だったって事か? 女性恐怖症の俺が、護衛対象が女性で、相手も女性で!?」
「ごめんなさい」
頭を下げるソーナに、ザンは手を振った。
「いや、そもそもは俺の確認不足だ。謝る必要は無いさ。さて、面倒な事に成らなければいいが」
「教会関係者がこの駒王学園に来ている時点で、難しいでしょうね」
ソーナの尤もな指摘に、ザンは大きなため息をついた。
-○●○-
イリナとゼノヴィアを案内した日から、ザンは部活を休んでいた。木場の事があり、部活動にしていないのだ。イリナとゼノヴィアは、あの日の翌日にリアスたちと部室で対面したとイッセーから聞いていた。そして、アーシアを傷つけたとかで怒っていたイッセーから、木場もまた部活に出ず姿を見ていないと言う。
そんな形で数日が過ぎたとある休日、ザンはあの二人組みにはもう会う事は無いだろうと考えながら、あても無く町を散策していた。そして、その考えが甘いという事がすぐに証明されるのだった。
「えー、迷える子羊にお恵みを~」
「どうか、天の父に代わって哀れな私たちにお慈悲をぉぉぉ!」
人だかりがあるのを見かけ、ひょいと見たのが運のつき。白いローブを着た少女二人組みが、路頭で祈りを捧げているのだ。果たして、緑色のメッシュを入れた少女が目ざとくザンの姿を見つけた。
「おお、そこにいるのは桐生斬くんではないか!」
ザンは見なかった事にして回れ右したが、二人に逃げ場を遮られてしまった。
「いや~、いいところで会った。何も逃げ出す必要は無かろう?」
「少しだけ、お恵みをいただきたいのよー」
ニコニコ微笑む二人組みであったが、その笑みに必死さを覗かせていた。
「…断ったら?」
「「キミに触れるだけだけど?」」
両手をワキワキと動かす二人を見て、ザンは肩を落としながらも頷くしかなかった。
-○●○-
「うまい! 日本の食事はうまいぞ!」
「うんうん! これよ! これが故郷の味なのよ!」
近くにあったファミレスに入り、ザンはこの二人組みに食事を奢る事になってしまった。そもそも、この栗毛の少女の故郷の味がファミレスとは、どういうことなのだろうか。今も国際色豊かな料理がテーブルに並んでいる。
「そんで? どうしてあんな事をしていたんだよ。聞いた話じゃ、お前たちは教会から派遣されたんだろう? それなりにカネはあるはずだろうに」
「ゴフッ、ゴホッゴホッ…」
イリナがむせ込んでしまったので、ザンは慌てて水をイリナの前に差し出す。イリナはそのグラスを両手で掴むと、水を一気に飲み干した。
「イリナが、詐欺まがいの変な絵を購入するからだ」
「な、何を言うの! この絵には聖なるお方が描かれているのよ!」
「ああ、その絵は聖人が描かれているのか。てっきり、誰かの落書きかと思った」
「グフッ!」
イリナが肩を震わせながら凹んでしまった。どうやら、この絵に路銀をはたいたようだ。ブルブルッとザンの携帯が震える。ディスプレイにはイッセーの文字。
「悪い、電話だ。好きなもの頼んでいいから。ちょっと、席をはずすぞ」
「おお、あなたに神の祝福を!」
目を輝かせるゼノヴィアと凹みっぱなしのイリナを残し、ザンは席を立った。
「もしもし、おれおれ」
『そういうのは、電話をかけた方がやるもんだ! って、違う! ザン、ちょっと相談があるんだ』
イッセーからの相談は、木場を助けたいという事だった。事の発端は聖剣計画。聖剣エクスカリバーを扱えるものを育成するというキリスト教会の一部が行った計画の事だ。木場はその被験者であり、生き残りでもある。木場と同時期に育成された者たちは聖剣エクスカリバーを扱えなかった。適応できないと知った教会関係者は、不適合者を『不良品』として処分、つまり殺したのである。
その木場を救うために、聖剣エクスカリバーの奪還もしくは破壊をしたいと、イッセーは言うのだ。そもそも、聖剣エクスカリバーは大昔の戦争で折れてしまい、その破片を集め、錬金術により七本の剣を作り上げたという。そのうち三本が奪われ、今この駒王町にあるのだ。そして、その犯人は『
「木場がねぇ…。それで、俺にどうしろっていうんだよ」
ザンの言葉にはトゲがある。木場の事を許していない事を察したイッセーは、お願いしたいことを先に言うべきだと考えた。
『この間来た二人組みって、ザンが学校まで案内したって言うぐらいだから、知っているだろう? もし見かけたら教えて欲しいんだ』
店の外に出ていたザンは中の様子を見ると、二人は追加注文をしているところだった。
「…いいだろう。教えてやる。ただし、条件がある」
『何処にいるのか知っているのか? 何でも聞くから、教えてくれ!』
「飯を奢ってくれ」
『は?』
ザンは散財の危機を回避することができそうであった。
-○●○-
ザンの指定のファミレスに、イッセー御一行さまが到着した。イッセーに小猫、そして何故か匙までいた。
「あれ、匙。どうしたんだ?」
「こいつらに連れてこられたんだよ! マズイマズイ、会長に殺されるぅぅぅ!」
頭を抱え真っ青になる匙に、ザンはため息をついた。
「おまえなぁ、食事処で『マズイ』は無いだろう? ほれ、そこのウェイトレスも睨みつけているぞ。そうだ、今度会長に言ってやろう」
「お、お前!? ま、まさか、会長の連絡先を知っているのか?」
「ああ、この間この二人を案内するために、部長に電話番号を教えてもらったんだ。メールアドレスは、会合の後だけどな」
携帯の画面には『支取蒼那』の文字。匙はワナワナと震えた。
「くそ~! ザンは女性恐怖症だから安全だと思っていたのに! だからイケメンは手が早いし嫌いなんだ!」
「話が、モグモグ。無いんだったら、ングング。帰っても、ハグハグ。いいかな、ンッンッンッ、ップハーッ!」
ゼノヴィアが器用に食べながら突っ込みを入れていた。
「小さい頃に、食べながら喋るなと言われなかったか? まぁ、いい。話はコイツらがあるんだ。それを聞くまでは、帰れないぜ?」
「何故だ? 悪魔の言う事を聞かなければいけない理由はないぞ」
ゼノヴィアから普通に『悪魔』という言葉が出ているという事は、ザンが知っているということを承知しているのだろう。ザンは人差し指を立てると横に振った。
「いやいや、是非聞いてもらわないとな。君たちの胃袋に消えていった料理の代金は、誰が支払うと思う?」
「キミだろう? …いや、まさか!?」
ゼノヴィアの顔色が青くなり、隣のイリナも気が付いたようだ。
「そう、代金はこのイッセー持ちだ。…悪魔の施しが、タダであると思わないよな?」
「うぅ、わ、私は悪魔に魂を売ってしまった…!」
ザンの笑みに、ゼノヴィアたちは頭を抱えた。
「…先輩の方が、よほど悪魔に向いていますね」
「これは、『交渉』って言うんだよ。相手が抜け出せない状態になってから、条件を提示するのがミソさ」
ジト目の小猫に対して、ザンは肩を竦めて嘯いた。イッセーは姿勢を正すと、ゼノヴィアやイリナに切り出した。
「エクスカリバーの破壊に協力したい」
イッセーの提案に、流石の二人も驚きを隠せなかった。二人で顔を見合わせている。言い出したイッセー自身は緊張して顔が強張っている。二人は考え込んでいたが、ゼノヴィアは決心した様だった。
「そうだな。一本ぐらいなら、任せてもいいだろう。破壊できるのであればね」
「ちょっと、ゼノヴィア。いいの? 食事を奢ってもらって何だけど、彼は悪魔なのよ?」
「イリナ、正直に言って、私たちだけでは聖剣の三本回収とコカビエルとの戦闘は辛い」
イリナも当然その事は承知している。しかし教会関係者が悪魔の手を借りて任務を遂行するなど、イリナは容認できなかった。
「私は、任務を遂行して無事に帰還する事が、本当の信仰だと思っている。…違う?」
「…違わないわ。…でも」
「だからこそ、悪魔の力は借りない。代わりにドラゴンの力を借りる。上もドラゴンの力を借りるなとは言っていない」
イリナは開いた口が塞がらなかった。イッセーは赤龍帝であり悪魔なのだ。屁理屈にもなってはいない。
「イリナ、彼はキミの古くからの馴染みだろう? 信じてみようじゃないか。ドラゴンの力を」
結局、イリナは説得された。イッセーはホッとした表情をしていたが、思い出したように携帯を取り出した。
「OK。商談成立だ。じゃあ、今回の俺のパートナーを呼んでもいいかな?」
「チョイ待ち、イッセー。それは、木場か?」
「ああ、そうだけど?」
イッセーの答えを聞くと、ザンは立ち上がった。
「なら、俺が一緒にいるのはここまでだ。まぁ、お前たちと木場なら、何とかするだろうよ」
「手伝ってくれないのか?」
「忘れているようだが、俺は木場の事を怒っているんだよ。俺は仲間では無いのだろう? なら、勝手にやるがいいさ」
シャツの裾を掴んでいたイッセーの手が、その言葉を聞いて離れた。そのしょぼくれた姿を見て、ザンは頭をかく。
「…一つ言っておく。もしコカビエルに出会ったら、逃げろ。今のお前たちでは、恐らく手も足も出ないだろう。本来、逃げるのですら至難の業かもしれないが、イッセーの能力を使えば、逃げるぐらいはできるだろうさ」
そう言うと、イッセーのベルトループにぶら下げている『光の聖櫃』に『龍の氣』を流し込んだ。
「返してもらうの、忘れていたな。丁度いい。ほれ、これなら一瞬だけなら使えるはずだ。逃げるときの足しにしてくれ」
イッセーの頭をポンと叩いた後、イッセーたちを残しザンは店から出た。
「さてと」
ザンは携帯を取り出すと、どこかに電話をかけるのだった。