第1話
夜が明け始めたころ、ザンは額に汗をにじませながら走っていた。自己鍛錬も日課の一つである。公園に差し掛かるといったところで、息絶え絶えのイッセーの姿があった。
「よう、イッセー。早いな」
「お、おは…よう…。ザン」
「あなたも朝は早いのね」
イッセーの隣には、自転車に乗るリアスの姿もあったのだ。紅髪をなびかせる姿は、優雅なものだ。
「リアス部長、おはよう。ひょっとして、イッセーを鍛えているのか?」
「ええ、そうよ。私の下僕が弱いなんて許されないわ。その為にも、日々の鍛錬が必要なのよ。あなたもそうなのかしら?」
「そうだな…。もう日課なんで、続けちゃってるってのが本当のところかな。じゃあ、俺は先に行くよ」
そう言ってザンは速度を上げて走り抜けて行った。
「イッセーも、あのくらいの速度で走ってもらわないとね。人間に抜かれているようじゃ、まだまだよ」
「…ザンは、人間のカテゴリーから外してください…」
余裕の無いイッセーからでた言葉ではあったが、リアスはなんとなしに納得していた。
-○●○-
朝自宅を出たザンは、デジャヴを感じていた。イッセーが家から出てきて、続いて女性が出てきたのだ。金髪の美少女、アーシア・アルジェントだ。
「イッセー?」
ジト目で睨むザンに、イッセーは慌てて両手をバタバタして答えた。
「いや、違うんだ。実は…」
「ホームステイ?」
「ああ、そうなんだ。父さんも母さんも、まぁ乗り気でさぁ。部長の言葉がトドメだったんだろうなぁ」
なにやら遠い目で語るイッセーではあったが、口元は緩みっぱなしだった。
「これからはイッセーさんのお家でお世話になる事になりました。ザンさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな、アーシア」
ザンは笑顔で応じてはいたが、頭痛の種が増えたと頭を抱えたくなっていた。
毎日イッセーと共にアーシアは登校することとなり、学校中にその噂が広がるのにたいして時間はかからなかった。イッセーが大丈夫なら俺もといった不届き者もいたようだったが、皆轟沈したようだった。
-○●○-
「なんだよ、イッセー」
ある朝、ザンが登校途中で見かけたイッセーは、深刻そうな顔をしていた。アーシアは気にしていたが、イッセーが先に行くように言った為、今はいない。
「ぶ、部長がさ、昨夜自分を抱いてくれって現れたんだよ」
「そうか、良かったな~」
夢でも見たのだろうと、まったく信じないザンは、頷きながらぽんぽんとイッセーの肩を叩いていた。
「信じろって! 最初にお前の名前が出たときは
「…引っかかるところがあるが、それで?」
「いろいろあって、うやむやになった」
その『いろいろ』が重要なのではないかとザンは考えたが、イッセーの重要なポイントはそこでは無いのであろう。
「その、なんだ。よく
「俺でだって嬉しかったしエッチしたかったけどさ、ちょっとまごまごしていたら銀髪のすげぇ美人メイドが来てさ、部長と魔方陣から消えちゃった」
最後の方は少しいじけていた。イッセーにとっては大チャンスを逃したのだから仕方が無い。ザンは少しため息をついた。
「それで、部長は何かいっていなかったか? そうしようとした理由を、さ」
「いや、言っていなかったな…。『これしか方法が無い』とか言っていたけど…」
「ふぅん」
ザンはイッセーの言葉から少し考え込んでいた。自分を抱いて欲しい、メイドの出現、爵位持ちグレモリー家の娘リアス、そして方法が無い。
「…想定はできるが、木場とかオカルト研究部の皆に聞いたほうが良さそうだな」
「そうだな。…あれ、アーシアが校門にいる?」
「イッセーと一緒にクラスに行きたいんだろう? ほら行った行った」
ザンに急かされ、イッセーは慌ててアーシアの下に走っていった。アーシアは嬉しそうに笑みを浮かべて手を振っていた。
-○●○-
「部長のお悩みか。多分、グレモリー家に関わるものじゃないかな」
旧校舎の部室に行く途中、イッセーはリアスがここ最近心ここにあらずの状態について聞いてみたが、木場も良くは知らないようだった。ザンも思い出したように隣を歩く木場に質問をした。
「そういえば木場、今日はお客が来る予定なのか?」
「いや、僕は聞いていないよ。…僕がここまで来て、初めて気配に気付くなんて…。ザンくんは知っていたのかい?」
「ああ、馴染みの無い気配があることはね。どちらさまかは知らないけどな」
イッセーは何の事やらと、さして気にもせず扉を開けると、部室には不機嫌なリアスがいた。傍らにはニコニコ顔の朱乃が佇むが、どこか冷たい雰囲気にイッセーには見えた。小猫も先に来ていたようだが、部屋の隅に座っていた。そしてイッセーの言っていた、銀髪のメイドも佇んでいた。銀髪メイドはザンを値踏みでもするように視線を向けていたが、ザンはあえてそれを無視して中に入った。
「全員が揃ったわね。部活を始める前に話があるの」
「お嬢さま。人間が一人混ざっております。まずそちらの方の排除してから…」
「ザンは確かに人間だけれども、共に戦った仲間でもあるわ。それに…」
リアスがさらに言葉を続けようとした時、部室の床に描かれた魔方陣が光りだす。魔方陣に描かれたグレモリー家の紋様が変化した。
「…フェニックス」
木場の呟きはザンにも聞こえた。まばゆい光が室内を覆い、魔方陣から人影が生まれる。
魔方陣から炎が巻き起こると、ザンはイッセーを庇うように前に立ち、炎の紋章のついたグローブをいつの間にか装着した右手を突き出した。部室内を覆いかねない炎が、ザンの右手に吸い込まれた。
「我が炎が!?」
驚愕の声を上げるのは、魔方陣より現れた赤いスーツの男だ。
「お前なぁ、ここは学び舎だぞ。火気厳禁は当たり前だろうが。大体何だ、その格好は。そんな着崩してはスーツが泣くぞ。もう少し常識を身につけてから来い、ボンボンが」
「貴様! おい、リアス! コイツ人間だろう!? 何でこの場に人間がいるんだよ!?」
「お前は鳥頭か? 今さっき、俺は『ここは学び舎』だって言っただろ? ここは駒王学園の旧校舎、オカルト研究部の部室。俺はオカルト研究部の部員だ。ほれ、部外者はお前だろう? 帰った帰った」
「人間がぁ! フェニックスの怒りを買った事を、思い知れ!」
ザンがシッシッと手を振ると、その行動に怒った赤いスーツの男の右腕は炎とし、ザンに襲い掛かる。しかし、ザンの右手のグローブがその炎を吸い上げてしまった。
「何ぃ!?」
「『何ぃ』じゃねえよ。さっき同じ事やったばかりだろ。…そもそも、どちらさんで? これから部活動やるんだから、さっさと帰れよ。名乗りも出来ない非常識な鳥頭」
「ライザーさま、桐生斬さま、落ち着いてください。これ以上やるのでしたら、私も黙って見ているわけにはいかなくなります」
一歩前に出た銀髪メイドが、目を怒らせながら宣言していた。ライザーと呼ばれた男は怯んだ様だが、ザンは何処吹く風だ。
「…だから? どうして俺の名前を知っているのかも気になるが、俺はあなたの名前を伺っていないんだけれど。そいつにも言ったが、ここはオカルト研究部の部室であり、あなたたちは部外者だ。まず、自己紹介をするのが筋ってもんじゃないのかよ? それとも、悪魔って言うのは非常識なヤツしかいないのか?」
イッセーとアーシアを除くオカルト研究部のメンバーは、ザンの言葉に天を仰いでおり、銀髪メイドの右眉もピクリと動いた。しかし、銀髪メイドは恭しく頭を垂れ、不明を詫びた。
「…申し訳ありませんでした、桐生さま。私はグレモリー家に仕える者で、グレイフィアと申します。以後お見知りおきを」
オカルト研究部のメンバーから安堵の声が漏れた。イッセーやアーシア、ザンには何故それほど安堵しているのかは検討もつかない。
「しかし、今回ライザーさまがこちらに参られたのはグレモリー家にとっても重要な事であり、申し訳ございませんが部活動の前にお時間をいただきたく存じます」
頭を上げたグレイフィアの意思を込めた瞳を見て、ザンは嘆息した。
「…分かりましたよ。悪魔関連じゃ俺は部外者だ。一つお聞きしてもよろしいですか、グレイフィアさん。そちらのライザーという方について」
「この方は、ライザー・フェニックスさま。純血の上級悪魔であり、古い家柄を持つフェニックス家のご三男にあらせられます。そして、リアスお嬢さまとご婚約されておられるのです」
「ええええーー!!」
想定外の事が起こり続けていたが、ザンの後ろにいたイッセーが遂に決壊し絶叫していた。
リアスはイッセーを見つめると首を横に振った。
「私はライザーと結婚なんてしないわ。私は私が良いと思った者と結婚をする。古い家柄の悪魔にだって、そのぐらいの権利はあるわ」
純血の悪魔を途絶えさせないために、フェニックス家とグレモリー家で話し合った結果のことだったが、リアスは頑として聞こうとはしない。
「俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負った悪魔なんだよ。この名前に泥を賭けられるわけにもいかないんだ。俺はキミの下僕を全部燃やし尽くしてでもキミを冥界に連れ帰るぞ」
ライザーが炎を纏い立ち上がり、殺意と敵意が室内に充満する。ザンが立ち上がろうとしたが、グレイフィアが呼び止めた。
「桐生さま、今しばらくお待ちを。…こうなることは旦那さまもサーゼクスさまも、フェニックス家の方々も重々承知でした。そして、最終手段を取り入れる事にしました。お嬢さま、ご自身の意思を押し通すのでしたら、『レーティングゲーム』にて決着をつけるのはいかがでしょうか?」
レーティングゲーム。下僕である『兵士』『騎士』『戦車』『僧侶』『女王』を用いて悪魔同士が競い合うゲーム。成熟した悪魔しか、公式なレーティングゲームには参加できない。
リアスは苛立っていた。リアスの両親はリアスが拒否した事も考え、最終的にゲームで婚約を、自分の生き方を成立させようとした事を許せなかったのだ。
「いいわ。ゲームで決着をつけましょう、ライザー!」
リアスとライザーは激しく眼光をぶつけ合っていた。グレイフィアは両者の意思を確認し、また両家の立会人としてゲームの指揮を執ると宣言した。
ライザーはイッセーたちを見ると、リアスに疑問を呈してきた。
「リアス、まさか、ここにいる面子が下僕なのか? これじゃ話にならないんじゃないのか? キミの『女王』である『雷の巫女』ぐらいしか、俺の可愛い下僕の相手が出来そうにないな」
ライザーが指をパチンと弾くと、部室の魔方陣が輝く。魔方陣の光から、十五人の女性が出てきた。
「…いい加減にしろよ…。どれだけ女性比率を上げるつもりなんだよ…」
青い顔になるザンの肩に、イッセーは手を置いていた。何故かイッセーは号泣している。リアスが、イッセーはハーレムに憧れていて、ライザーの下級悪魔を見て感動している事をため息混じりに告げると、ライザーはイッセーに見せつける様に眷属の一人とキスをし始めた。それも濃厚なヤツを。
「お前みたいな女たらしと部長は不釣合いだ。手前なんぞ、俺のブーステッド・ギアでぶっ飛ばしてやる!」
イッセーは左腕に神器を展開し、神器からは『Boost!』と音声が発せられた。しかし、ライザーは自分が出るまでも無いと嘆息すると、ミラと呼ばれた下僕の一人に命令をしていた。小猫と同じぐらいの小柄な少女が前に出ると、棍を構える。ミラの姿が消えたかと思うと、イッセーの前に現れ棍を突き出していた。イッセーの腹に直撃する寸前で、その先端はザンの左手の掌に阻まれていた。
「!?」
ミラは飛びのこうとしたが、棍がザンに掴まれて動く事が出来なかった。
「イッセー、相手の力量も分からないと死ぬだけだぞ? お前はこのミラという子の容姿を見て侮ったのかもしれない。だが現実はどうだ? この子は今のお前より実力は上だ。強くなれ、イッセー」
「きゃあ!」
ザンが棍を振るうと、ミラはライザーの下まで吹き飛ばされていた。
「人間がぁ、さっきから一体何のつもりだ!? おい、リアス。この人間もレーティングゲームに出せ! 俺の手で焼き尽くしてやる!」
「それはなりません、ライザーさま。レーティングゲームは悪魔同士のもの。例え非公式のものであったとしても、現時点では許可はできません」
リアスは了承しかかったが、グレイフィアがそれを許さなかった。ただ、ライザーの言動をザンは鼻で笑っていた。
「さすが純血悪魔さまになると、相手が格下にも関わらず『人間』をハンデとして組み込むとは、恐れ入るねぇ。よく恥ずかしくないものだ」
「っ! …リアス、ゲームは十日後でどうだ? キミなら、それだけあれば下僕を何とかできるだろう」
ザンの言葉に激昂しかけたが、心を落ち着けライザーはリアスにゲームの開始日を提案した。いますぐゲームをしても、リアスの敗北は目に見えている。そして、ライザーはザンの後ろにいるイッセーを見つめた。
「リアスに恥をかかせるなよ、リアスの『兵士』。お前の一撃は、リアスの一撃なんだよ。…リアス、次はゲームで会おう」
そう言い残し、ライザーとその眷属たちは魔方陣に消えていった。
「イッセー、十日しかないぞ。特訓をするにしても時間が無いな。山篭りでもできれば良いんだけど…」
「それよ! 山で修行するわよ! ザン、良いことを言ったわ! そのお礼として山に同行する事を許すわ! 見てなさい、ライザー! 消し飛ばしてあげるわ!」
リアスは目を光らせ、あさっての方角を指差し燃えたぎっていた。
「どうしてこうなった?」
ザンは天を仰いだ。リアスを除くオカルト研究部のメンバーは、ザンの姿に苦笑せざるを得なかった。