少しは見やすくなるのでしょうか。
「ひーひー…」
巨大なリュックを背負い、イッセーは汗を滝の様に流しながら山の斜面を登っていた。
「どうした、イッセー? まだ音を上げるところじゃないぞ? 荷物が足りないなら、俺のも渡してやろうか?」
「鬼か? 鬼なのか、お前は! 見りゃわかるだろ!?」
隣のザンは、イッセーの倍以上の荷物を持ってひょいひょい上がっていく。同じ量を持つ小猫も涼しい顔だ。
「俺は食材やら何やら持っているからな、粗末に扱ったら、小猫に怒られてしまう」
「当然です」
ザンの言葉に小猫は即答した。ザンは器用に肩を竦めた。
「あ、そうだ。小猫、この間話していた『タイガー屋の羊羹』持ってきたぞ。夕飯でデザートに出すよ」
「わかりました!」
尻尾があればブンブン振っているであろう、小猫の食いつきだった。ザンは若干引いている。
「わかった、わかった。 わかったから、少し離れてくれ…」
「…いつの間に、そんなに仲が良くなったんだよ?」
少し回復したイッセーが疑惑の目をしていた。
「ああ、小猫はよく部室で何か食っているだろう? それでお菓子の話とかしてみたら話が合ってさ。 この間も部活の前に差し入れをしたら、えらく気に入っていたぞ」
そう言ってザンは上って行った。イッセーはザンに負けじと気合を入れて、目的地の別荘まで駆け上がっていった。
「うおぉぉりゃあぁぁぁ!」
「一定のペースで上がれ、アホ」
ザンの冷たい言葉に、イッセーは少し泣いた。
-○●○-
「何やっているの?」
「見りゃ分かるだろう? 晩飯作っているんだよ」
別荘の厨房で、ザンは夕食の仕込をしていた。大根の皮をむき面取りをしていたところに、リアスから声をかけられたのである。
「てっきり、イッセーの特訓を見ているのかと思っていた、わっ」
リアスが勢いをつけ、ドンッとテーブルに置いたのは大きな猪だった。
「お、見事な猪だな。ひょっとして、お前が捕ってきたのか?」
「ええ、そうよ。ほら、魚も釣ってきてあるわ。調理はお願いしても良いかしら? ただし、全部をやる必要は無いわよ。 アーシアも張り切っていたから」
「ああ、任してもらおう。イッセーを頼むよ」
魚も置いて厨房から出ようとしているリアスの背中に、ザンは声をかけた。
「部長、夕食後に少し時間をもらえるかな? 皆に話しておきたい事がある」
「いいわよ。それにしても、何についてかしら?」
「俺自身についてだ」
-○●○-
「おお! すっげー!」
テーブルの上に並べられたのは和洋の料理の数々。リアスが捕ってきた猪や魚、山登りの道中で木場が採ってきた山菜を含め、煮物やグラタン、鍋に塩焼きにから揚げと何でもござれだ。
「ザンくんのおかげで、ほとんど手を出しませんでしたわ」
「何で余計な事をしているんだよ!」
「何で俺が責められるんだよ!? なら、お前は食うな!」
皿を奪おうとしたザンから、自分の皿を守るように覆い被さるイッセー。コントの様なやり取りを、リアスは微笑ましく見ながら煮物を一口。
「あら、おいしい。あの短時間でここまで味を染み込ませるなんて」
「ああ、一旦冷凍すると細胞が壊れるから、味が染み込みやすいんだ。今日は俺が自宅から持ってきたものを使っている。圧力鍋があれば、そんなことしなくても良いんだけど」
「このから揚げ、衣がカリカリしておいしいですわね」
「それは、おかきを細かく潰してあげるときにまぶしているんですよ。味付けにもなるし、アクセントとして良いかなと思って」
「猪はこれだけだったの? もう少し大きいと思ったんだけれど?」
「ああ、全部を鍋にするのは勿体無いかなと思って、半分は表面を焼いた後にワイン、ニンニク、パセリ、たまねぎ、ローリエなどを加えて一煮立ちさせた後、冷蔵庫で寝かしている。明日には柔らかくなっているだろうよ」
リアスや朱乃の質問を、一つ一つ答えていくザン。朱乃の隣では、黙々と、ただし豪快にぱくついている小猫がいた。
「…私はスープを作りました。 イッセーさん、いかがですか?」
アーシアの懇願にも似た目に押され、イッセーはスープを一息に飲み込んだ。
「うん、美味い! もう一杯くれ、アーシア」
「はい!」
夕食も終わり、テーブルには全員分のお茶と、中央には小分けされた羊羹が置いてある。小猫はひょいっと早速一切れ食べ、ご満悦の表情だ。
「それで、話は何かしら? ザン」
リアスが水を向け、ザンが頷く。
「ああ、時間をもらったのは他でもない。俺自身についてだ」
四切れ目を取ろうとした小猫の手が止まり、テーブルの下に引っ込めた。皆も真剣な表情になる。
「皆は優しいからな、聞きたくても聞かないでくれたんだろう。 例えば、これだ」
グローブをはめた右の手の甲を皆に見せる。そこには炎の紋章があった。
「こいつは『神器』の一つ、『
「神器って、それは『
朱乃は驚きの表情だったが、ザンは首を横に振った。
「いや、神器といってもイッセーのような『
「説明してもらって悪いんだけど、謎が増えただけだよね? ザンくん、その『龍騎士』というのは何だい?」
木場が苦笑気味に右手を挙げていた。ザンはさもありなんと頷いている。
「そうだろうな。 簡単に言うと、『龍騎士』とは『龍の因子』を持つ人間を指す。『龍騎士』は『龍の因子』を媒体に『龍の氣』を扱うんだ。確か、小猫が呟いていたよな。俺の『龍の氣』を見て『オーラ』と」
「ということは?」
イッセーの頭の上に疑問符が見えるようだ。木場がハッと何かに気付いたようだ。
「そ、それじゃあ、ザンくんは…」
「そう。俺は『龍騎士』だ。悪魔であるイッセーより力持ちである事も、木場より速く動けることも、納得がいったかな?」
今度は皆が驚愕の表情を浮かべていた。沈黙が空間を包み込む。小猫が徐に手を挙げた。
「…それでは、あのフェニックスの炎を飲み込んだのも、『龍騎士』の力なのですか?」
「『龍騎士』というより、『炎の聖櫃』の力だな。『炎の聖櫃』は『龍の氣』を『炎』に変換する『神器』だ。そして、その逆も可能なのさ」
「そうなると、キミにとって炎って言うのは…」
「単なるエサだな」
はーっと木場は息を吐いていた。納得してよいのか、それとも呆れたほうがよいのかといった表情である。
「…あなたはその力を使って、前にいた世界で戦い抜いてきたのね…」
リアスはぼうっとする表情をして、そして頬には若干赤みを帯びていた。右の掌でザンの頬に触れようとしたが、ザンが飛び退いた。
「…何で逃げるのよ?」
「それは、俺のセリフだろう? 俺が『女性恐怖症』だって、忘れたのかよ!?」
「あっ…」
口を右手で覆うリアスを、ザンはジト目で睨んだ。
「忘れてたな!? 頼むよホントに。…さて、俺がこの話をしたのは、君たちの特訓の手助けが出来ると思ったからだ。ハッキリ言って、今のままでは君たちの勝算は低いだろう。少しでも手助けが出来ればと思ってね」
おずおずとアーシアが手を挙げた。
「でも、ザンさんは女性が苦手なのですよね? イッセーさんや木場さん以外は難しいのでは無いですか?」
「その通りだ、アーシア。そこで、女性陣はこの方にお願いする。コウ、出て来い」
ザンの左手首の純白の腕輪が光ると、ザンの上には三十センチほど龍が現れた。
「ハーイ、私が女性の方々のお相手をすればよろしいんですね?」
「ああ、頼むよ。コウはこれでも向こうの世界の戦乱を生き残った猛者だ。今の君たちでは手も足も出ないんじゃないかな。でも、強大な敵を経験しておくのも良いと思うよ」
ザンの言い方にカチンときたのか、リアスが立ち上がりコウを指差した。
「そんな事言って良いのかしら? 恥をかくのではなくて?」
「別に君たちを貶めたつもりは無いんだけどな。ハッキリ言っとくけど、コウだけで恐らくライザーとその眷属を瞬殺できるぞ。コウは龍の中でも魔法の使い手でもあるんだ。そんじょそこらの龍では太刀打ちすらできないさ」
エッヘンと満足げなコウを、グレモリー眷属は若干青ざめた表情で見つめていた。
-○●○-
話が終わった後、二手に分かれて対峙した。リアス率いるグレモリー眷属女性陣はコウと、イッセーと木場はザンと対峙したのだ。結果は散々なもので、当初コウの殺気による重圧で女性陣は全く動けなくなった。コウが殺気を弱める事により動き出せるようになったが、小猫の一撃は何一つ感じる事が無いかの如くコウは欠伸をして動じておらず、朱乃の雷やリアスの滅びの魔力も何ら効果は無かった。逆にコウの無数の魔力弾に三人は追い立てられる始末であった。イッセーと木場は更に酷く、ザンが展開した『龍の氣』の波動により、恐怖のあまり気絶していたのだ。
「はあっ…!」
イッセーが飛び起き、周りを見渡した。遠くではアーシアが『聖母の微笑』で小猫を治療をしていた。
「よう、イッセー。気がついたのか」
「…ザン、何があった?」
「覚えていないのか? お前は俺の『龍の氣』に当てられて、気絶していたんだよ」
ぶるっと振るえ、全身を両手で抱くイッセー。
「そう、それが恐怖だ。この世でお前が今まで感じた全てを超えた恐怖。それをお前は体験したんだ」
「でも、身体の震えが止まらないんだ。…情け無いな、俺」
俯くイッセーの肩をザンは叩いた。顔を上げたイッセーに、ザンは笑みを浮かべる。
「そんな事は無い。普通は、こんな体験はしないものだ。でも、お前は違う。上級悪魔と、あのライザーとレーティングゲームで戦わなくてはいけないんだ。俺が与えた恐怖を超えてみせろ、イッセー。そうすれば、強くなれるさ」
「僕もそうかな?」
ザンの下に歩いてきた木場もまた、青い顔をしていた。
「ああ。さっきのアレ以上の恐怖を与えるヤツは、まずいないだろうなぁ。その恐怖心を超えることが出来れば、大体の敵には冷静に対処できるだろうよ」
「あのコウって龍は、手加減を知らないのかしら? それに、最初のプレッシャーは余りに強すぎたわ!」
リアスもまた、ザンの下に歩いてきた。ザンは肩を竦めながら首を横に振った。
「いや、アレはかなり手を抜いていたぞ。基本、コウはあの三倍以上の魔力弾を展開していたはずだ」
「そうですね。全力ならさらに数を出せますけど?」
ふわっと飛んできてちょこんとザンの頭の上に乗っかるコウの言葉に、リアスは衝撃を受けていた。
「…こんなことなら、何が何でもザンをレーティングゲームにねじ込むべきだったわ」
「何言ってやがる。これはお前が言い出した事だろう? お前がけじめを付けるんだ。お前の意地を両親に、そしてあのライザーに見せつけろよ」
「…そうね。確かにザンの言う通りだわ。…明日も早いし、今日はここまでにしましょう」
そう気丈に言い別荘に戻るリアスの背中は、ザンには少し小さく見えた。
-○●○-
「眠れないのか?」
ザンが二階から降りリビングにたどり着くと、リアスがティーライトキャンドルに淡く照らされていた。
「あら、起きたの? 女性恐怖症の人が、夜に一人で女性に声をかけるなんて、どうしたのかしら?」
「ふん。邪魔者は消えるよ…」
不貞腐れたザンが階段へ戻ろうとすると、リアスが呼び止めた。
「ごめんなさい、私が悪かったわ。…少し、話し相手になってくれないかしら?」
「…分かったから、その泣きそうな顔は止めろ」
「え?」
ザンは頭をガシガシ掻きながらリアスの対面のソファーに座る。リアスは不思議そうに自分の顔を撫でていた。
「気弱になっていたのかしら…。ザン、ライザーとのレーティングゲーム、私たちの勝率はどのくらいと見ている?」
「一桁だな。イッセーやアーシアが悪魔になりたてだという事もあるが、朱乃を始め木場、小猫、そしてお前は良い線いっていると思う。しかし、相手はフェニックス。不死鳥ってぐらいだから、その不死性をどうにかしないといけない。俺が考え付くとすれば…」
「相手の心を折るのね」
リアスの言葉にザンは頷いた。
「その通りだ。相手も心を持っている限り、心や精神は不死身足り得ない。しかし、現時点でライザーの心を折る一撃を放つ者が、リアス・グレモリー眷属にいない」
「…そうね、その通りだわ」
「だが、イッセーがいる。あいつは化けるぞ。一年、いや半年あれば、ライザーなんぞ足下にも及ばない力をつけると思う。だから、リアス」
ピクリとリアスが震えた。震えた意味が分からないザンはそのまま続ける。
「ライザーと対峙するときは、必ずイッセーを伴につけろ、必ずだ。無いとは思うが、相手の挑発に乗って単騎で行くようなことはするなよ」
ポーっとしているリアスの目の前を、ザンが手を振った。
「…おい、聴いているのか?」
「…え、ええ。大丈夫よ、任せて」
完全に上の空だったリアスに対し、ザンはため息をついた。
「そういえば、以前イッセーに自分を抱くように言ったんだって?」
「そうよ。だってあなたは…」
「そう、そこがおかしいんだ。俺はお前の眷属でも無ければ、悪魔でも無い、ただの人間だろう? 俺が出てきてはいけないんだ」
ザンはリアスの瞳を見つめて、諭すように言葉を紡いだ。リアスは意を決したように瞳に意思の光を灯す。
「ザン、私は…」
「俺は、自分が愛する女性を向こうの世界で見殺しにしてきた」
ザンは悲しそうな笑みを浮かべていた。
「俺の女性恐怖症が発症しない女性が、向こうの世界にいた。長い間旅をし、共に死線を越えてきた。互いの気持ちを伝え合いもした。…だが、今俺は一人でこの世界にいる」
立ち上がると、ザンは肩を竦めた。
「すまないな、こんな女々しい話をして。だが、これが俺なんだ。…リアス、イッセーは強くなる。いい漢になるぞ。あんなイイヤツはそういないだろう。繋ぎ止めておけよ」
そう言って、ザンはリビングに背を向けた。リアスはその背中に声をかけることはできなかった。ザンが去った後、リアスは小さな声で呟いていた。
「バカ。自分だけ言いたいことを言って。それにしても、見殺しってどういうことなのかしら? …あなたは冷たいのかしら、それとも優しいのかしら。私があなたを想うことを諦めさせたいのね…」
リアスは窓の外を見る。夜空には星が瞬いていた。