(初っ端から番外編とか)うせやろ? もう(時間稼ぎでしか)ないじゃん……。どうしてくれんのこれ?
「今日はこれで失礼します」
こう言って扉を閉めた。自分の分の料理は毎日作ってるけれど、人のために料理を作るのは数年ぶりだ。もうすぐナツが退院してくる。いや、言い方が悪いな。ナツが……僕の妹が、ようやく家に帰ってくる。それを考えただけで、スーパーへ向かう足取りは軽くなった。
「ただいま」
誰も居ない我が家。でもそれももうすぐ終わりだ。父さんも母さんも死んでしまったけれど、家は残った。独りで暮らすのには少し広すぎるこの家は、二人になる。
……こんな事、いやこんな事どころじゃないんだけど、早く夕飯を作ろう。バイトに間に合わなくなってしまう。
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材料はあらかた買ってある。今日は何を作ろう?汁物は朝作った味噌汁が残ってる。トマトは生でいいだろう。美味しいし。今日は豚の細切れが安かったから、少し多めに買ってきた。豚丼でも作る事にしようと思う。
まずは玉ねぎを切る。これは近所の人からおすそ分けで貰った淡路島産の玉ねぎ。この前軽くキャベツと炒めてゆずポン酢で食べてみたのだけれど、スーパーの物とは比べ物にならないほど甘かった。一口食べただけでゆずポン酢はお役御免、軽く塩コショウを振って食べた。豚丼にする時も恐らく、玉ねぎ自体が甘いのだろうけど今回は豚肉がメインだから、我慢。自分の一口大より小さめに切っていく。これは、明日雪ノ下さんや比企谷くんにも食べてもらおうと思っているから食べにくいのは悪いだろうという判断。
玉ねぎを切り終わったので、今度はフライパンを弱火で熱し始める。中火がいいのかもしれないけれど、この辺はどうしても適当になってしまう。気にせずに今度は豚丼のタレを作ることにする。買ってあるかと思っていたのだが、冷蔵庫を見るとどうやら切らしていたみたい。
材料は醤油、砂糖、みりんというオーソドックスなもの。3つを合わせて小さい鍋に入れた後、少し熱する。これで少しとろみが出るとかなんとか。
この内に、豚肉の細切れを取り出して、トレーの中で引っ付いたお肉をちぎらないように離していく。
下準備を続けている内に、フライパンも熱くなってきた。少しだけサラダ油を垂らし、一応豚肉がひっつきにくいように全体に油を滑らせていく。油が跳ねないのを確認してから豚肉を投入。この時点でもうちょっといい匂いがしてくる。が、気にせずに軽く塩コショウを振った。タレで十分に味はつくといえど、一応やっておいたほうが間違いがない。
火が通ってくるのを見計らって小鍋をコンロから出し、朝の味噌汁を温める。具材はわかめと油揚げというこれまた平凡なもの。だが、味噌汁は平凡なものでも十分だと僕は思う。むしろ、下手に工夫をしようとすると変に失敗してしまうかもしれないのだから、極めていないうちは基本に忠実に作るべきだろう。
ここで玉ねぎを入れ、豚丼のタレも一緒にフライパンに投入する。火を中火にし、豚肉と玉ねぎをタレと絡めながら炒めていけば完成。あとは丼にご飯と具材を乗せて、お皿にトマトと余った玉ねぎを並べる。今回は玉ねぎが生なのでポン酢がいるかな。温まった味噌汁をお椀に…うん。
今日の夕飯、完成。
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今では慣れた一人で座る食卓。もう少しで一人増えるのでちょっと我慢。
「いただきます」
早速豚丼を口に入れてみる。少し味が薄いかもしれない。次からは濃口醤油でも使ってみようかな。ただ、全体としては十分だと思う。玉ねぎの甘さとタレの甘辛さは割と合っているんじゃないかな。
「……ふぅ」
味噌汁を啜る。やはり味噌汁はいい。
大規模侵攻の前に亡くなった父方のお祖母ちゃんは関西の人だった。うどんや味噌汁のレシピは祖母に教わってきたせいか、今現在でもうどんは関西風だ。味噌汁も、鰹の出汁をとった白が強めの合わせ味噌を使っている。関東のものよりもまろやかで、飲みやすい。因みに味噌は自作である。この辺で同じような味噌が見つからなかったから作ることにしたけれど、初めは失敗の連続だった。麹やら何やらの調整で、自分の好みの分量が見つかったのはつい昨年のこと。寝かせるのにも時間がかかる為、味噌作りは結構苦労した。
そんなこんなで豚丼も完食。あっという間に食べ終わってしまった。
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家を出て、近所の空き地へと足を運ぶ。着いた後、少し体操をしてから柔軟を始める。自慢じゃないけど、僕の身体はかなり柔らかい方、だと思う。足をほぼ180度開いたまま前に倒れることだって出来る。今は使い道ないけど一応。
「…………」
身体も温まってきたので、鞄からトンファーを取り出した。棍は今回はお休み。
僕がこのような形で生活を続けるのにはどうしても力が必要になってくる。それは体格差をカバーする自衛の為でもあり、妹に手を出させない為でもある。
元々虐めにあっていた僕に加えて、大規模侵攻で父さんも祖父母も死に、ナツは足に後遺症を残した。いつ妹がそれをネタにからかわれたりするか分からない。武力を持っていれば、ある程度強制的に黙らせる事が出来る。実際に手を出さずに脅せばいい、簡単なこと。
小さい頃……大体10年くらい前から、僕は武術を習い始めた。その時点での目的は、恐らく単に家にいたくなかったからだろうと思われる。だけどその内に一つ、また一つと目的は増えていった。自分を精神的にも物理的にも守るため、そして妹を守るため。空手からトンファー、棍術、剣舞まで色んな事を習った。師匠はスパルタ。何度も死ぬかと思ったけれど……あの人達のお陰で僕は妹を守れているのだから問題はない。僕にとっての優先順位は第一にナツ、それだけ。
トンファーを両手に持ち、腕の周りを回す。慣れない頃はよく肘に当たってとても痛かったけれど、今では慣れたものだ。というか、直ぐに慣れないとトンファーは使いこなせない。
トンファーを普通に持った時のリーチの短さは見れば直ぐに分かってしまう。だからトンファーの持ち方を変えて、リーチの長い方を前に、回すような形で振る。
トンファーも棍も、扱うにはある程度の体術の心得がいる。僕の身体は小さいけれど、蹴りなら大人にも通用するだろう。本命は武器なのだから、体術はあくまで差し込みの一種。もっと、もっと僕は強くなる。守るために、強く在らなきゃいけない。
30分間、ひたすら武器を振り続けた。
*
何時ものプライベート・ルーム。新しく入った子と出くわした。
「お疲れ様です」
「……お疲れ様」
マスターから話を聞けばどうやら彼女は僕と同じ年齢。それを知ったからどうというわけではないけれど。誰にだって事情がある。それを他人が軽い気持ちで掘り下げてはいけない。相手がこちらに触れてこないのなら僕も触れない、それだけ。
「お疲れ様です」
厨房に入って今の注文状況をチェック。今日は客足はそこまで多くないらしく、落ち着いているらしい。それならそれで構わない、給料が減るわけではないのだから。
「天海ー、サラダ2つ」
「了解」
僕は妹とマスターの為に働くだけ。