二人のぼっちと主人公(笑)と。   作:あなからー

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 私は止まりますが。

 風邪と肺炎を同タイミングで罹患したり百日咳になったりしてたらいつの間にか10月でした。夏は布団の中で病気と闘い、9月にもまた肺炎と闘い……あーもう(作者の免疫力)めちゃくちゃだよ

 この作品は川崎大志が主人公なので例え総武で文化祭のイベントがあろうと視点は暫く大志です(鋼鉄の意志)。原作との変更点なんて実行委員長がちゃんと仕事してスケジュールが順調に進んでるってくらいだしなんてことないですよね!!!!

 そんなことよりたいこま!! たいこま流行れ!! 誰も書かねーなら俺が書くぞジョジョー!! 


(進捗)止まるんじゃねえぞ……

 文化祭。

 

 二人。

 

 二人?

 

 

 

 落ち着け、COOLになれ川崎大志。

 

 

 

 これはまさか、デートのお誘い?

 

 ……いやあ、まさか、な。ただ単に他に行く人がいないだけなんだろう。いやでも、小町さんは人気者だしそうそう余るはずなんてない。だからもしかしたら、マジでオレにもチャンスがあるのかもしれない。

 

「え、えと。オレなんかでいいなら……その、いいよ」

 

 

 

 

 ……やっぱり、ダメだ。

 

 本来なら跳ねて喜ぶ所の筈なのに、つい腰が引けてしまう。どうしても嫌われるのが怖くて臆病になってしまうんだよな。これがもし他の男子なら快諾したのかもしれないけど、オレはどうにも押せ押せで行こうとは思えない。

 だからつい自分を卑下して聞いてしまう。あちらから誘っているのだからダメな筈はないだろうに。

 

 予防線が欲しいんだ。自分を下に置き、「いいよ」と言ってもらえる事で改めて安心感を得たいと思う。

 

 嬉しいし、オレにとってはまたもない大チャンス。それでもなお、逃げ腰になってしまっている。それはすべて、がっつかれていると思われたくないというオレの臆病さから来ているんだろう。

 

 なんて情けない。だけど、その情けなさを顔に出しちゃ駄目だから。

 

 本当は迷惑だったのかな、なんて思われるのが怖い。

 

「ホント!? じゃあまた集合時間とか決めたら教えるね!」

 

「うん、分かった!」

 

 

 

 自分の席へと戻っていく小町さんを見送る。オレに見せてくれた笑顔は明るくて、綺麗で、可憐で。だけどオレはさっきとは打って変わって情けなさで一杯だった。

 

「おいおい大志、あの小町ちゃんからのお誘いじゃん。チャンスじゃねえの~?」

 

 近くにいた友達が羨ましいぜと肘でつついて来るが、お前はそもそも彼女持ちだろ!

 

「ん、まあな」

 

「何だよ、急にテンション下がっちゃって。笑ってたしどう見てもイヤイヤ誘ってるわけには見えねえじゃん。罰ゲームって事も無いだろうし」

 

「そうなんだよなー……」

 

「? 変なやつ」

 

 その事実が、途轍もない重さでのしかかるのだ。

 

 あんなに好きだと意気込んでおいていざチャンスになるとこうなってしまう。本当に釣り合うのか、オレなんかよりもっといい人がいるんじゃないか。その思いが心でグルグルして止まらない。

 

 オレなんかより勉強が出来て。オレなんかより気が利いて。そんな人が。色んな自虐が頭を駆け巡る。

 

 こんなにもオレは情けない奴なのだ、と自分に言い聞かせるように。

 

 そして何より。あの笑顔が、どうしようもなく。

 

 

 

 

「……遠いなぁ」

 

 

 

 オレは、どうしてこんなにヘタレなんだろう。

 

 いや、そもそも。果たしてこれは現実なのだろうか? もしかしたらこれは自分の欲望が溢れた結果の夢かもしれない。

 

 自分の頬を抓ってみる。

 

「いででででで」

 

 現実だった。

 

「何やってんだお前」

 

「いや、夢じゃないかと思って」

 

「ちょっとネガティブ過ぎじゃありません?」

 

 

    

     *

 

 

 

 家に帰ってもどうにも実感が沸かない。沸いたのは自分の部屋で課題を終えた時。

 

 夢では無いことは確認済み。つまり?

 

「デートか」

 

 デートだ。

 

 いや、デートではないかもしれないけど実質デートと言っても過言じゃないだろう。小町さんからすれば全然デートのつもりではないのだろうけど客観的に見ればデートに見えなくもないから多分デートだと思う。

 

 オレよりもスペックが高いやつなんてきっといっぱいいるし、そいつらの方が小町さんを幸せにできるかもしれない。そういった不安は変わらず胸の中にある。

 だがしかし、それはそれ、これはこれ。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 

 思わず叫んでしまったオレを、誰が責められるだろう。

 

「大志、五月蝿いよ!」

 

「あっ、はいすいません」

 

 隣の部屋の姉ちゃん以外、あり得ない。

 

 そんな姉ちゃんも今は文化祭で大忙し。衣装係なんてものに任命されてから、毎日ミシンと向き合っている。

 

 クラスの奴らは強引だ、とか由比ヶ浜の奴が、とかぶつくさ言いながら図面とにらめっこしている姉ちゃんは、前までの棘々とした雰囲気とは打って変わって昔の真面目で優しい姉ちゃんそっくりだ。オレには厳しいし、相変わらず他の人にはそっけない態度をとってるみたいだけど……それでもやっぱり変わってない。姉ちゃんは、姉ちゃんだ。けーちゃんも嬉しそうに姉ちゃんに構って貰っているし、何より家族で飯を食う機会が増えたのが嬉しい。まだちょっぴりギクシャクとした所はあるけれど、きっとゆっくり直っていくだろう。

 勉学も順調で、春のブランクを取り戻しつつあるみたいだ。この前恥ずかしそうに親に押し付けていた模試の成績は、前よりもずっと良くなっていてオレも嬉しかった。

 

 だけど姉ちゃんは真面目で責任感が強いから、今でもオレが働いている事に負い目を感じているみたいだ。夜遅くに家に帰ってきた時に出迎えてくれて、大丈夫か、辛くないかといつも聞いてくる。

 心配してくれるのは勿論嬉しい。でもオレが入隊を決意したのは姉ちゃんの為なんだから、大人しくお礼を言ってくれるのが一番嬉しいんだけどなぁ……どうにも素直に好意を受け取ってはくれないみたいだ。何時かはちゃんとお礼を言ってもらえるといいなぁ。

 

 

 

 さて。

 

 姉ちゃんの件はさて置き、今最も重要な案件についてだ。

 

 

 

 小町さんはまあモテる。一番モテるって程じゃないけどモテる。という事は男子からの人気も高い。

 

 そんな小町さんから二人きりのお出かけの誘いをされ、そしてそれは他の奴らも聞いているわけで。……オレ明日殺されるんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

「おはよう大志。そして死ね」

 

「うぉぁっ!?」

 

 教室のドアを開けた瞬間に飛んできた拳をなんとか躱す。向けられた殺意を辿るとやはりと言うか何というか、いつも遊んでるクラスメイトの奴だった。

 

「何すんだよ!」

 

「悪い、抵抗しちまった――拳が」

 

「何にだよ」

 

「一発だけなら誤射かもしれない」

 

「拳の一発は誤射じゃないんだよなぁ……」

 

 女子の冷たい視線もなんのその、クラスに入って早々に手厚い歓迎を受けつつ、挨拶をしながら席に着く。一息ついていると、不幸にも黒塗りのくじ箱によって遠くの席になってしまった小町さんがこちらへと歩いてきた。 

 

「おはよう大志君!」

 

「あ、お、おはよう!」

 

「お前さぁ、ほんっとウブだよなあ」

 

 呆れた、という顔を微塵も隠さない隣の席の級友。奥手で悪かったな。

 

 

 

 そういえば、そろそろこの中学でも文化祭の――文化『祭』と言うのはちょっと語弊があるけど――季節だ。今年は一体どんなことをするのかな。

 

「あ、そうだ大志くん」

 

 そんな事を考えながら世間話に耽っていた時、小町さんに話しかけられた。ここはどもらないぞ、と硬い決心を胸に言葉を返す。

 

「ん、どうしたの?」

 

「そろそろ、塾の試験があるでしょ?」

 

「あー……そういえば」

 

 オレや小町さんが行っている塾では中間試験よりも少し前に確認試験というものがある。試験範囲はその学期の中間試験の範囲くらいで、何でも学校のカリキュラムの進行程度はそれぞれ毎年同じだから生徒から試験範囲を態々聞かなくてもいいんだとか。で、その確認試験の出来具合によってまたクラスが別れる。重点的にやらなきゃいけないクラスと、応用を中心に試験で高得点を狙っていくクラス、みたいに。因みにオレはほぼ毎年後者のクラスだったりする。勉学にはちょっと自信があるんだ。

 

「そろそろ試験勉強始めないとなあ」

 

「それでちょっと分からない所があるから教えて欲しいんだけどいいかな?」

 

 ああ、成る程。誰かに教えるのが一番の勉強なんて言葉もあるくらいだ、勿論オレの勉強にもなる。それに……小町さんと一緒に総武高校行きたいし! デメリット? ないです。そうと決まれば返事は一つ。

 

「うん、いいよ」

 

「あんがとー! そんじゃ、小町ん家に集合で!」

 

「りょうかーい」

 

 じゃあねー、と手を振って自分の席に戻っていく小町さん。可愛い。あれが小悪魔キャラと言うやつだろうか。正直メッチャありだと思う。流行らせていきたい。

 

 ここでふと、隣からの殺気が更に強くなった気がした。顔を向けると、そこにあったのはすっげえ顔をして睨んでいる級友の顔だった。

 

「お前さ、マジで死ねばいいと思うよ」

 

「何で!?」

 

「気付かないのか……」

 

 

 

 

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 調理室。

 

 

 ここは僕達調理部の戦場だと誰かは言った。確かに個性と個性のぶつかり合い、それこそデスゾ○ン2が撃てるような調理部員達が揃っている(一部除く)以上、間違いとは言えない。

 

 

「すいません(これで)いいですか……?」

 

「はいお願いします……!」

 

「材料はちゃんと入ってる?」

 

「入っちょる!」

 

「なんで訛る?」

 

 文化祭も近づいている中、いよいよ僕達も試作段階へ。

 

 それぞれ自分の得意な技術を活かして、また新米の一年生は先輩からしっかりと指示を受けながら試作を進めている。

 

「最初はこうして、こうだ」

 

「えっと、こう……ですか?」

 

「へっ、何だよ……結構出来んじゃねえか」

 

「ありがとうございます!」

 

「お前が手を止めねえ限り、その先に美味い菓子はあるぞ! だからよ――止めるんじゃねえぞ……」

 

 

 別のグループ。

 

「全く……俺は自分の才能が恐ろしい。ちょっとクオリティを上げ過ぎちまった」

 

「うわあ~、凄く美味しそうです!」

 

「当然だ、俺が作ったんだからな」

 

 

 

 雰囲気は問題ない。逆に何故問題ないのかが不思議なレベルで問題ない。本当に何故?

 

 

 

 ……問題があるとすれば。

 

「天海君」

 

「はい」

 

「予算、足りる?」

 

「……去年は確かギリギリ。今年、ちょっとやばそうです」

 

「だよね」

 

 皆が気合を入れすぎて、今の予算では間に合わなくなってきていること。使う材料や試作品の改良に本気で取り組みすぎているせいで、与えられた予算がとてつもないペースで消えていっている。

 

「別に私のポケットマネーから出してもいいのだけれど、経費申請が面倒だし次の代の悪しき風習にもなりかねないわ。”困ったら自費でいいや”という風習が根付けば、どんどんと活動は暴走してしまうものね。それに、次の予算編成にも影響が出る。はぁ……」

 

 そう言って額を抑えた。部長ともなると色々と大変のようだ。現三年生の中では数少ない常識人、というかマトモな人なのでその分苦労が多い、というのもあるのかもしれない。

 

「それに今年はクラス屋台も食べ物が多いから、どうしてもお菓子とかデザートものを作らなきゃいけないでしょう? 元値が安いのは圧倒的に食べ物だから、それもまた一因なのよね」

 

 クラスでの出し物でよくある焼きそばやアメリカンドッグ、あれらの元値は実はかなり安かったりする。一個百円くらいで売れば余裕で元が取れるレベル。一方、お菓子になると中々難しい。砂糖や小麦粉でまず分類が違うのは勿論、モノによっては一個百円ではギリギリ元が取れる、そんなレベルになってしまう事もある。

 

 そしてうちの出し物は原材料的に恐らく後者。皆調子に乗ってるから後先を考えてない。僕達が頭を抱えているのはこの点。

 

 それで結局どうするのかというと。

 

「多分一番手っ取り早いのは――」

 

「今から追加で予算を貰う事でしょうね」

 

 コクリと頷く。

 

 これが新興の部活であれば許可が降りないかもしれないけれど、この調理部は毎年堂々たる実績を残している。具体的には売り上げ。毎年大きな黒字を叩き出しているからこそ、もしかしたらこういうお願いが許されるかもしれない。

 

 ただ、部長はそう簡単には行かないと予想しているみたいだった。

 

「今年の実行委員会、どんな感じのメンバーかはある程度分かっているけど……今行くとなると問題なのはやっぱ雪ノ下さんよね」

 

「何故?」

 

 純粋な疑問。彼女は良くも悪くも理屈の人だから以前の結果から考えてくれそうだけれど。

 

「あー……ごめん。雪ノ下さん、じゃなくて雪ノ下先輩、の方が良かったかしら?」

 

 

 

 

 唐突に感じた嫌な予感。

 

「その様子だと、会ったことはありそうね」

 

「あの」

 

 予感が当たらないようにと願いながら――絶対に叶わないその願いを――尋ねる。

 

「部長の先輩って、まさか」

 

「ええ。雪ノ下さんのお姉さん。……雪ノ下陽乃先輩よ」

 

「……来てるんですか」

 

「さっき出くわしたわ。逃げたけど」

 

 

 

 …………。

 

 急に頭が痛くなってきた。これではとてもではないけれど予算申請について行けるだけの気力がない。ここは早退して速やかに布団につくべきだろう。そうと決まれば即行動。

 

「すみません、予算申請、体調悪いので」

 

「天海君」

 

「ハイ」

 

「旅は道連れって言葉。アナタ、現代文は学年一位でしょう、勿論知ってるわよね?」

 

 部長、ニッコリ。

 

 僕もニッコリ……は出来ないので人差し指で口の端を持ち上げてエセニッコリ。さて、帰ろう。

 

「ほな、また……」

 

「逃さないわよ」

 

 駄目だった。

 

 

 

 

      *

 

 

「分かりました、申請を受け取りましょう。返事は後日行います」

 

「お願いします」

 

 思ったより早く申請は通った。彼女たちの事だからもっと文句を言われるかと思っていたのだけれど、流石にそれは考えすぎだったのだろう。たとえ文句を言われたとしても原因は全てこちら側にあるから何も反論が出来ない。つまり詰みだった。だから簡単に要望を通してくれた……そう、相模さんだった気がする。彼女には感謝しなければならない。

 

 

 

「天海ちゃーん!」

 

 

 

 することもないし早く戻ることにする。

 

 

 

「あ、ま、み、く、ん?」

 

 

 

 それにしても今日も暑い。今日はアッサリしたものを作ろう。

 

 

 

「いーつーきーちゃーん!」

 

 

 

 どうせなら余っているそうめんでも茹でるか。具材はどうしようか。

 

 

 

「こっち向かないとバラすよ」

「こんにちは、雪ノ下陽乃さん」

 

 ……ああ、無視しきれなかった。弱みを握られていると辛い。いや、何時誰に握られても可笑しくはない弱みではあるのだけれど、初対面でいきなりマウントを取ってくるのは止めてほしかった。

 

「なんでフルネーム……まあいいや。もう、さっきから呼んでたのに気づかないなんてお姉さんは寂しかったぞ?」

 

「気づいてたから帰ろうとしました」

 

 面倒なのが分かりきっている相手にどうしてこちらから関わる必要があるのか、いやない。

 

「あはは、冗談のセンスはあんまりないみたいだね」

 

「冗談ではないので」

 

「センスがないみたいだね」

 

「何の?」

 

 なんてやり取りをしていると、視界の隅にコソコソと去ろうとする部長を見つけた。気持ちは重々承知だけれど、それと僕を生贄にするのとではまた話が別。折角だし地獄に一緒に付き合ってもらう。

 

「部長、待ってください」

 

「あっちょ、バカ!」

 

「…………」

 

 慌てて逃げ出そうとする部長。するとそれを見た陽乃さんの目がキュピーンと音を立てて光ったような気がした。

 

「あっれー? あそこにいるのは……おーい! あ、またね」

 

 僕に向けてウインクをした後、ダッシュで逃げる部長を追いかけていってしまった。サンキュー部長。フォーエバー部長。多分十分間くらいは貴女の事を忘れない。あと僕はもう貴女には会いたくないのでまたねではなくさようならでお願いします。

 

 そして彼女がいなくなった瞬間、場の雰囲気が一気に和らぐ。具体的には雪ノ下さんの禍々しいオーラが消えた。彼女にはご愁傷様という他ない。あの人のカリスマ性とトラブルメーカーっぷりは付き合いが浅くともなんとなく理解出来るくらいだ。しかもそんな人の妹であればさぞ苦労している事だろう。

 

 そんな彼女から目を離し、辺りを見渡してみるとふと見知った顔を見つけた。

 

「お疲れ様」

 

「よ」

 

 相変わらず変な眼をしている彼――比企谷くんはこちらをチラリと見た後すぐに作業を再開した。それだけ忙しいのだろう、あまり邪魔をするわけにもいかないから、用件は手短に済ませる事にする。

 

「今日、遅れる」

 

「おう。一応理由」

 

「通院」

 

 

 

 

 あ。

 

「え?」

 

 ……まずい。この話題はまだ口に出すべきではなかった。

 

「お前通院って、どっか痛めてんのか」

 

「ん」

 

 一時期癖になった言葉――言葉と言うのは怪しいソレで意志を伝える。

 

 つまりは「深くは聞かないでくれ」という意思表示。

 

「お前のそれ、なんか久々だな……」

 

 しみじみと比企谷くんが言うのでこれは伝わったのではないだろうか。

 

「ん」

 

「俺だったら通じると思ったら大間違いだからな?」

 

「!?」

 

「なんで驚いてるんだ」

 

「前からずっと通じていたから翻訳が出来るようになったのかと思った」

 

「翻訳とか言うくらいなら普通に喋れよ! ……ったく、んで結局どこ痛めてんだよ」

 

 主に表には現れない部分を。だけど、これはまだ言うわけにはいかない。

 

 黙り込む僕を見て彼は頭を掻き毟った。あー、と前置きをすると、

 

「……ま、詳しくは聞かねえよ。誰にだって聞かれたくない事はあるだろうしな」

 

 そう言って深入りすることを止めてくれた。やっぱり通じているじゃないか! ……というのは置いておいて

 

 比企谷くんのこうした気遣いはとても有り難い。彼からすると「他所は他所、うちはうち」だとか、善意ではなく自分の中でちゃんと理屈付けをしているのだろうけど。

 そうやって気遣ってくれる……そうでなくとも、大事な大事な友達の彼にいつまでも隠しておく事は出来ないだろうし、隠したくない。

 だけど、まだ。

 

「比企谷くん」

 

「何だよ」

 

「何時か、絶対に僕から話すから。それまで待ってて欲しい」

 

 まだ、話したくない。

 

 ……別に待たなくたっていい。その時までに関係が変わらない、なんていう確証もないのだから。それなのにいざ拒否されたらどうしよう、などと考えているおかしい自分がいることに驚きを隠せなかった。

 

 どうして僕はこんな風に思うのだろう? 確かあの時もそうだった。友達になって欲しいと頼む時。あの時もこんな気分になった記憶がある。

 

 分からない。自分の気持ちが分からない。

 

『この関係を手放したくない』と強く願ってしまう。『嫌われたくない』と思ってしまう。妹以外でこんな風に思ったことなんてなかったのに、今になってどうして。

 

「じゃ」

 

「あ……お、おい」

 

 自分の中の感情に翻弄されるのが辛くて、彼の制止も聞かぬ間に飛び出してしまった。これでは駄目だ。きっと家に帰って寝ても意識が途切れることはない。

 

 ああ――どうして、こんなに僕は弱くなったのだろうか。

 

 




 ぶんしょうのかきかたわすれました

 筆の進みが単純に遅いのは脆弱な身体の特権

 たいこまふえろ

 

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