「起きて、彰」
聴き慣れた声に呼ばれ、意識が浮上する。全身に痛みはなく、むしろ眠れなくなる前の健康な状態に戻ったように体が自由に動く。
辺りを見渡せば、寝ていた筈の保健室ではない。どこまでも続く水平線、空と海が逆さまになったような曖昧な世界。
点々と存在する、切り取られたような花畑の一つに、俺は寝転がっているようだ。
「おはよう、彰!」
上から俺の顔を覗き込んでくる少女がいた。灰色のふわふわした長い髪に、ゴシック調の黒いドレスを着た、二本のアホ毛が特徴的な少女――アトだ。
眠気で落ちてくる瞼をゴシゴシと擦ると、金と銀の大きなオッドアイが更に近付いてくる。
「まだ眠い?もっと寝る?」
『いや、大丈夫だ…おはよう、アト』
「やった!おはよう彰!」
両手を上げて喜びを表しているアトの頭を優しく撫でると、猫のように柔らかい笑みを浮かべながら擦り寄ってきた。
此処は俺とアトを繋ぐ世界だ。半ISだからか、それともアトが特別だからか、今までもこうして何度か此処にやってきては、他愛の無い話や遊んでやっていた。
「ねぇねぇ、これ彰にあげる!アトとお揃いだよ!」
『花の冠か…上手にできてるじゃないか』
「えっへん!」
見た目で言えば齢十歳前後のアトは、その通り幼い。作られてからまだ数年しか経っていないのだから当然と言えば当然だが…
『ありがとう、まるで王様だなこれじゃ』
「じゃあアトお姫様!」
『ははっ、小さいお姫様だなぁ』
俺の頭に花の冠を乗せると、アトは俺の膝の上に座り、上機嫌に三つ目の冠を作り始めた。三個目は一体どうする気なのだろうか。
「アトね、イチカとホウキのも作ってあげるの!えらいでしょ!」
『なるほどな。偉いし優しいなアトは』
えへへ、と笑う小さなお姫様はせっせと花を繋いでいく。一夏と箒の分、か…
あの二人は無事だろうか。あの時、手応えは確かにあったが、飛び火してないとも限らない。
それに、俺のツメが甘かったせいで反撃されてしまったのだ。猛省して二度とあのような事がないようにしなければならない。
もっと力が必要だ。あんな事にならないような、圧倒的に破壊する力が。
「めっ!」
パチンッと両頬がアトの両手で挟まれる。眉間に皺を寄せて、怒りを顕にして、だ。
「こわすのはめっなの!」
うー!と唸るアトの姿に俺は思い出した。
そうだ、お前が黒く染まったのも俺のせいなんだ。このドス黒い、壊すだけの力を求めたからお前は灰色から濁ってしまった。
この小さな両手に何度も怒られて、わからせてくれたんだよな。
『……ごめんな』
そう言うと、花が咲いたような笑顔でアトが抱きついてくる。破壊とは逆の守る力、それがまだどういうものなのか見当もつかない。
俺みたいな兵器にそんな事ができるのかもわからない。ただ、この少女に教えられた事がとても大切な事なんだと理解はできる。
白と黒は表裏一体、灰は濁りも淡くもなる流浪の子、か。束さんも上手い事を言うものだ。
「彰ー?」
俺次第で、アトはどちらにでも転ぶ…俺は試されているのだろうか。
「眠いの?」
ならば、残された少ない時間は白くなろう。あいつらを守る為に。
「おやすみ、彰」
アトが微笑んだ気がした。それを確認する為の目は重くて開かない。
あぁ、おやすみ。アト…