「だから僕はIS学園に転入したんだ。ごめんね、彰には色々助けてもらってるのに、嘘ついたりして…」
『シャル………』
俺は思わず、呟いていた。
シャルが余りにも悲しそうな顔をするから。
ダメだ、駄目だよ。
そんな顔は似合わない、そんな顔をさせてはいけない。
約束したじゃないか。誓ったじゃないか。
シャルには、俺の大切な人達には――
「………………彰?」
俺は無意識に、シャルの体を抱きしめていた。
細い体は力を込めれば折れてしまいそうで、この小さな背中にはどれほどの悲しみが乗っているのか……俺にはわからない。
なんで俺は、一緒にいてやれなかった。どうして俺は、その時に痛みを分かち合ってやれなかった。
シャルの心の傷は、自分自身が気付かないほどに深く、強く刻まれている。
『ごめん…………ごめんな………』
知らぬ間に、涙を流していた。悲しくて涙が止まらない。薄々勘付いていた筈なのに、俺はなにもしなかった。それが悔しくて仕方がなかった。
「…………彰のせいじゃないよ」
綻びそうな力で抱きしめ返すシャルに、どうしようもないくらい胸が痛くなる。昔見たその儚い笑顔は、もうさせないと決めたのに。
『それでも………一緒にいてやれなくて、ごめん………』
声が勝手に震える。伝わったかどうか心配になる程のか細い声でも聞こえるように、俺は耳打ちのように告げた。
『俺は、何があろうとお前の味方だ』
―俺は一生、シャルの味方だから―
鮮明に蘇るあの時の約束を、今度こそ守れるようにと、もう一度言葉にした。
『だから、笑っていてくれ。必ず、守るから』
「っ…………ぅん…」
シャルは涙を一杯に溜めてゆっくりと頷いた。
恐らく、俺とシャルが親友である事も踏まえてデュノア社の社長はシャルを転入させたのだろう。情に流される事も予見して、だ。
『シャル、ちょっといいか?』
俺はシャルから離れ、携帯を取り出した。首を傾げるシャルに『任せろ』とだけ言って、俺はある所にかける。
例え読まれていたとしても、ただでは転ばない。コール音が響き、ワンコールが終わった瞬間に目的の人物が出た。
―そろそろ来ると思っていたよ。思い直してくれたかな?―
『残念ながら、違う用件です』
シャルとの邂逅から電話までの流れは予定通りだ、と言わんばかりの相手――デュノア社の社長、シャルの父親に、平坦な声で告げる。
『俺自体はやれませんが、ISのデータなら譲りますよ。俺が今開発中の、オーバースペックな第三世代型のデータをね』
―ふむ、それでも構わないが…一体どうしたというのかね?―
チッ、と盛大に舌打ちを吐き捨てる。白々しい発言だ、電話の向こうで下卑た笑いを浮かべてるのがありありと浮かぶぞ。
『なに、ちょっと頭に刺激を受けましてね。今送った第三世代型のデータは俺のISを元に量産化を図った機体です。安定した生産ラインを確保出来れば御社には莫大な利益になるでしょう』
―今確認したよ。して、これはビジネスの話になるが?―
『いいや、これはビジネスじゃない。戦争だ』
一気に空気が張り詰めていく感覚に陥りながら、俺は更に続けた。
『政府の最重要機密事項No16、彼の者には一切の友好外接触を禁ずる。つまり、俺を対象にした情報の無断取得及びに友好的でない行為は法によって裁かれる』
そして、
『俺の事を嗅ぎまわってたんならわかってると思うが、仮にも”ドイツ代表”に喧嘩ふっかけたんだ。俺が報告したらどうなるかわかってんだろうな?』
電話の先が静まり返る。今日片付けた書類の中に代表への昇進連絡があった為、一度千冬さんに相談してからと思っていたが、今ここで使わせてもらう。
―……条件はなんだ―
勝った――そう思った瞬間、俺の中で必死に塞き止めていた憤りが一気に高まっていく。
『三つだ。一つ、俺と俺の友好的人間や縁者、関わりのある人間にはそちらがどんな関係であろうと一切の干渉をするな』
これはシャルや俺の周りの人間を盾にされないようにする処置だ。ましてや一夏と箒には指一本触れさせてはならない。
『二つ、IS開発に関わる事は全て俺に報告し、俺の指示通り動け。研究や実戦データ等には俺も協力するが、今後今回のようなことがあれば容赦なく潰す』
IS開発への協力、俺がバックアップや最終調整に入る事でこの学園で得た知識を使用できる向こうへの利益だ。
―わかった、三つ目はなんだ―
『三つ――』
そしてとうとう、俺の感情は振り切れた。
『シャルロットは俺が貰う。テメェは二度と口を出すンじゃねぇ!!』
バキッ!と力任せに携帯を握りつぶし、ノイズを吐き出すゴミになったそれをゴミ箱に放り捨てる。
ここにきて俺に課せられた重荷が役立つとは思わなかった。しかし、俺に残された時間は少ないのも事実だ。今の内にどうにか手を回しておかねばならなくなった。
ふぅ…と息を吐いて、俺はベッドに寝転がる。
「…ありがとう。でもなんで、僕の為にここまで……あたっ!?」
パチンッとデコピンしてやった。なにを言ってやがりますかねこの子は、まったく。
『言っただろ、俺はお前を守る。初めて自分の意志で決めた事なんだ、格好付けさせろって』
「で、でも女だってバレたから、一度本国に戻されるかも。政府が知ったら黙っていないだろうし、良くて牢屋行き…」
『いや、ここにいろ』
俺は制服の内ポケットから生徒手帳を取り出し、あるページを見せた。
『”特記事項第二十一。この学園の生徒には本人の同意がない限り、どんな国家、組織、団体も手を出すことは出来ない”』
つまり、この学園にいる間は何の心配もないという事だ。更に千冬さんにも連絡する予定であり聞き入れてもらえれば最悪の場合千冬さんがなんとかしてくれる。
「良く覚えてたね…」
『千冬さんに叩き込まれたからな』
そしてそれを一夏教えるという二度手間をくらったがな。
それより、いくら俺が鋼の理性を持っているからといっても我慢の限界がある。
『…シャル…その、胸は隠したほうがいいぞ』
「えっ?………わぁっ!」
ジャージのジッパーが丁度胸の辺りまで降りてきており、こぼれ落ちそうになっていた。一応俺も男なんだから、気を付けてもらわないと。
「胸ばっかり気にしてるけど…見たいの?」
『なっ……………!』
「彰のえっち…」
やめてぇ!俺のライフポイントはもう0よ!
と苦悶の表情を浮かべていたら、突然コンコン、と俺達の部屋がノックされた。マズイ、鍵を掛けていない…!
『シャル!とりあえず布団に…』
「彰さーん?夕食をご一緒にどうですかー?」
セシリアか!俺は慌ててベッドに飛び込むシャルに毛布をかけながら、いつもの表情に切り替える。
「彰さん?入りますわよ?」
ガチャリ、と言って間もなく開かれたドアの先から陽気な笑顔でセシリアが入ってくる。心臓が早鐘を打つ中、俺は如何にも「看病してます」という所作でシャルの頭に手を置き、熱を測る振りをした。
「あら、デュノアさん?どうしましたの?」
『慣れない土地のせいか、風邪っぽいらしくてな。熱はないんだが…』
「ご、ごほごほ…」
「お大事になさってくださいね」と心配そうに覗き込むセシリアに、バレなかったという安堵の息を一つ置いた。
『それより飯だったな、何か食えそうな物を探してくる』
今日はもう食堂に行けないだろうし、おばちゃんに言って食事を部屋に持って帰っていいか聞かなければ。
「ウフフ……」
シャルを置いて食堂へ向かう最中、幸せそうな顔でセシリアが腕を組んでるんだが……さりげなく腰を掴もうとするのは何故だ。
「な、何してんのよ!!」
今度は鈴かよ。何故毎回俺が食堂に向かうタイミングがわかるんだ……
この後の出来事を簡単に説明すると、鈴とセシリアが揉めて左右から腕を組まれてつねられ、その状態で夕飯を食べ終わり、食堂の人に焼き魚定食を貰って部屋に戻ったのであった。
……最近、女難の相が出てるんじゃないだろうか。