「あぁあああぁぁあっ!!!」
勝利を確信した瞬間、ラウラが絶叫した。それと同時にラウラのISから激しい雷撃が迸り、俺達は勢いよく跳ね飛ばされる。
「ぐっ……一体何が…!?」
『なっ…………!』
俺達は自分の目を疑った。先程までラウラの両手を覆っていた黒い部分がぐにゃりと溶け、粘土のように形が崩れていき、ラウラ自身を飲み込んで変形していく。
ISは、アトのような例外中の例外でもない限りその原則として、変形はできない筈だ。
せいぜい出来るのは”初期操縦者適応”と”形態移行”の二つだけ……ベースとなる形状がまるまる変形することはほぼ有り得ない。
だが俺は一度だけ、今目の前で起きている有り得ない現象に似たものを見たことがある。
『(アレは……っ!)』
ヴァルキリー・トレース・システム――通称VTシステムと呼ばれる、文字通りヴァルキリーの称号を与えられた者の動きをトレースするシステムだ。
だがアレは操縦者に尋常ならざる負担と、精神側への干渉を含めて危険と見なされ、アラスカ条約でVTシステムにまつわる一切が禁止されている筈。
ラウラの独断で組み込んだのか、または作為的に誰かが組み込んだのか……恐らく後者だろう。
――奴の身体が、揺れた。
『……シャルッ!!』
その一瞬後には、体勢を立て直していたシャルの目の前で居合の構えを取っていた。
『させ、る、かァ!』
右目の越界の瞳を発動、同時に全エネルギーを使って瞬時加速で奴とシャルの間に音速で割り込み、その居合が放たれる前にAICを発動――
『がっ、ぁあああぁぁああぁああぁあああああぁ!!』
ボギンッと、重く甲高い音がした。一歩遅かったのだ。
神業と言える速度で放たれた居合にAICが間に合わず、咄嗟にパニッシュメントでガードしたが、その衝撃は俺の左腕を竹のように折っていった。
「彰……っ!!」
守りに入った筈なのに、一緒に吹き飛ばされ、更には庇われた。何してんだ、俺は…!
『っ……………!』
――奴が、再び揺れた。
俺は立ち上がり、片手でパニッシュメントを構え直す。その瞬間、奴は中段に構え、瞬時加速のような速さで突っ込んできた。
『(アト、残りは何分だ…!)』
―もう30秒もな……くるよ!―
ギィン!と轟音が炸裂し、パニッシュメントが高々と跳ね上げられた。伸びきった胴体目掛けた水平斬りをモロに食らい、頭の中で絶対防御のアラートが鳴り響く。
『ぎ、ぁっ…………!!』
「彰!」
吹き飛ばされたところを、俺はシャルに抱えられその場から距離をとった。
絶対防御が発動し、残り少なかったシールドエネルギーは今の一撃で全て消され、アトが待機形態に強制移行させられた。更には、絶対防御を超えたのか左脇腹から血が流れている。
『クソ……アト、起きろ…ッ!』
―だめ…彰が、彰が死んじゃう…!―
アトに無理矢理展開を促したが、拒絶された。だが、アイツは、ラウラはどうなる?
このまま放っておけば奴は一夏を殺しに行くだろう。それは俺が命に代えても防がなければいけない事だ。
コンディションは最悪、エネルギーもなく、アトも言うことを聞かない。どうする、どうすれば、どうしたらいいんだ。
「彰!動くよ!」
ギュンッと体が加速し、俺はシャルに抱き抱えられたままラウラの攻撃から逃れた。
IS装着状態でない高速戦闘に翻弄されながら、俺はVTシステムでトレースされた人―織斑千冬―の動きを必死に先読みしながらシャルに伝え、猛撃を躱していく。
『(だが、これじゃジリ貧だ……何か打つ手はないのか…!)』
俺の両目はAICを使えるまで回復していない…そもそもISなしでまともに戦えるワケが……
『……シャル!隙を見て奴の眼前に飛び込んでくれ!』
空を縦横無尽に駆け回る中で、そう告げると驚いた顔で否定される。
「何言ってるの!?ISも使えない今の彰じゃ…!」
『あるんだよ、ISなら”ここに”!2時の方向から袈裟斬り!』
「あーもー!」
先読みした通りの攻撃をシャルが僅かなブーストの噴射で躱したところで、俺は”ラウラに飛び移った”。
ゴキィッ!と奴の顔面に膝蹴りを叩き込みそのまま頭を掴んで、
『堕ちろ…ッ!』
”体内のISを無理矢理暴走させて”自分ごと地上に激突した。
「彰…!?」
俺の半身はISでできている…つまり、俺自身をISとして展開できる可能性があった。だが引換に、
『が…あァぁ…ッ!』
右腕が灰色の装甲を纏った機械の腕に変貌し、”俺は人としての腕を片方失った”。
―非常事態発令!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!―
警報が鳴り響き、隔壁がせり上がる中、その外周から教師達がISを展開してラウラを中心に陣形を組み始めた。俺が取り押さえている間に迎撃体制が整ったのだろう。
それよりも、ラウラの反応がないのがおかしい。さっきの攻撃で倒れるほど甘いシステムなんかではない、しかしそうなると――
『……避けろッ!!』
急いで上を仰ぐと、陣形の整った教師達に一筋の光が走った。
ドンッ、ドンッ!と煙を上げて教師達が次々にISを破壊され、地上に墜ちていくその中心には…ラウラがいた。
「こ、の…!」
山田先生と他数人がギリギリで躱していたのか、爆撃音が宙で繰り広げられるが、あとひと押しが足りていない。
右腕をIS化してからアトの反応がない。俺自身と混濁しているのか、それとも強制移行した影響でスリープしてしまったのか。
やはり、俺がやるしかないんだ。俺は宙で繰り広げられている戦闘に目を向けながら、呟いた。
『シャル、悪い』
「ダメだよ」
唐突に謝った俺に対して、言い終わるよりも早くシャルから断られた。恐らく俺がしようとしている事を察したのだろう。
俺自身のIS化――教師達もやられ、ラウラに勝てる力を持った人間は千冬さんと俺だけ…この状況を打破するにはそれしかない筈だ。
『……シャルは千冬さんに連絡して増援を呼んでくれ、俺が時間を稼ぐ』
「ISのエネルギーもない、ましてや先生達まで倒すような相手に生身の彰を置いていくほうがどうかしてるよね」
それに、と付け加えて、
「彰、死ぬつもりでしょ」
反射的に体が跳ねた。俺の考えが読まれて動揺したからではなく、”シャルの声はそれを完全に拒絶していたからだ”。
「言ったよね、”僕を守る”って。今ここで命を賭けて僕を守っても、その先は?彰がいない未来で、僕に笑ってろって言うの?」
『ちが…っ!』
「だったら!!」
両頬を思い切り挟み込まれ、無理矢理シャルと目を合わせられた。その目には涙を溜めて、しかし火の灯った眼差しで俺を射抜いてくる。
「簡単に命を捨てないでよ!僕は、そんな守られ方したって嬉しくない!彰がいないほうがイヤなんだよ!!」
『シャル……』
IS化して熱も痛みも、肌の感触もわからなくなった右腕をシャルが強く握った。滴り落ちる涙が俺の腕に染みていき、思い知る。
俺はラウラを救う事しか考えてなかった。命懸けで向かってくるラウラの為に俺も命懸けであいつを救うと決めたが、どこかで俺は”楽になりたい”と思っていたのかもしれない。
命を懸けて戦うのと、命を捨てて戦うのではワケが違う。俺は――
「忘れないでよ…一人で戦ってるんじゃない、僕やみんなが、いるんだよ…!」
『………ごめん、シャル。だから泣かないでくれ』
ぐいっと涙を拭ってやると、シャルはリヴァイヴからケーブルを伸ばし、待機携帯のアトに繋いだ。
「…まだ死ぬつもりだったらここで気絶させてでも止めるつもりだったけど、わかってくれたみたいだね」
『あぁ……コレは?』
「単純な話、ないならもってくればいいんだよ」
IS同士のエネルギー譲渡か……今まで出来なかったのは、やはり俺があんな戦い方をしていたから出来なかったのだろう。
――使命を守る、シャルを守る、ラウラを救う。それを成すためには命を懸けなければ成し得ないと思っていた。
だがそうじゃない、もっと単純で簡単な事なんだ。ただ全力で挑むだけでよかったんだ。
使命を果たし、仲間を護り、人を救う。命を懸けたり未来を捨てたりなんて小難しい事はいらない。
「リヴァイヴのコアバイパスを開放。エネルギー流出を許可」
アトを通じて、俺の体に力が満たされていく感覚に身を委ねながら、護ると誓った者を見る。
シャルはビシッと俺を指差して、信頼の篭った眼差しで告げた。
「約束して。絶対に負けないって」
俺を仲間として見てくれる人がいる。俺に家族のように接してくれる人がいる。俺を――想ってくれる大切な人がいる。
ならば、俺は――
『Yes, My Lord』
――大切な人達を守る、騎士になろう。
リヴァイヴが消えると同時に、俺の右手にパニッシュメントが展開された。
そしてアトが目を覚ます。
―騎士様、あなたはどんな力を望むの?―
おどけた様子で語りかけてくるアトに嘆息しながら、俺は答えた。
―守る為の、力だ―
上空を見上げラウラに目線を投げると、奴は山田先生を斬り払い居合の構えでこちらに突貫してくる。
対して俺は剣を水平に構え、握った腕に全ての力を注ぎ込んだ。
『零式・零落白夜…!』
パニッシュメントのシリンダーが高速で回転し、ボシュッ!と残った全ての弾丸が薬莢となって飛び散った後、刀身が赤いエネルギーに包まれる。
剣を反転させ、僅か数メートルまで迫った奴に裂帛に気合を乗せた。
『ウオォオオオオオオォオオオオオ!!』
奴の居合と、俺の剣が振り抜かれ、キン…と小さな金属音が響き渡る。
頭、首、胴体と奴の体に一直線の亀裂が入り、ガラスが割れたような音がした。
VTシステムの殻から放り出されるように、ラウラが俺の胸に飛び込んでくる。それをしっかりと抱きとめて、
俺は、ラウラに会いに行った。
『……世話焼かせんな、バカ』