IS―インフィニット・ストラトス―灰色の騎士   作:芦屋戒

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8P目

 

 

 

カコン、と桶の音が誰もいない大浴場に響き渡る。そう、誰もいない。貸切だ。

 

一夏はやはり風呂に入っていたらしく、そうなるとこの学園に男は俺ただ一人。変な気遣いもなく、ゆっくりと埃や血で汚れた身体を洗っていたらすっかり温まってしまったが。

 

ちなみにISになってしまった右腕は、シールドバリアーの応用で防水状態にできるので風呂につけても問題はない……が、機械を水につけるのは些か抵抗がある為一応ビニールに包んである。

 

そして左腕は…確かに折られたと思っていたのだが、どうやらあの音は装甲を壊した音だったようで、骨に異常はないそうだ。正確に言えば、俺というISの防御機能が働いた…とも言えるが。

 

誰もいない事もあって、俺は腰にタオルを巻き、つま先からゆっくりと湯に浸かった。

 

『……はぁ…』

 

安堵の息を吐いたつもりが憂いを含んだものになってしまった。原因は先程もらったある電話のせいだ。

 

―もすもす?ベヒモス?元気にしてたかなぁー?やーーっとできたから近々そっち行くねー!―

 

お分かり頂けただろうか。別れてから数年「会いたかったら探してみてね☆」とか言ってた人間がこうも簡単に姿を見せにくると言うのだ。しかも一方的に場所や時間等も言わずに。

 

『いくらなんでも、軽すぎるだろ…』

 

しかも聞いてみれば、その”できた”というのは超ナノサイズのプラモデルだという。今までの苦労が水の泡になったことを悔やむべきか、それとも素直に会えることを喜ぶべきか悩んでしまうくらいだ。

 

憂いの溜息はそれだけじゃない。今回の戦いで、俺の存在が国家上層部に明るみになった事や、政治的且つ軍事的問題が発生したのだ。

 

俺の所属するドイツ軍と総理大臣は俺の存在を知っていたが、他国は最重要機密の人間がいる程度しか知らなかった。それが比較的浅い部分にまで広まってしまったのだ。

 

これが意味することは、情報の漏洩と人数増加による秘匿性が失われる危険、引いては統治性の欠如や意思意見などの反対論。

 

わかりやすく言うと「そんな人間を囲っていたなんてドイツずるい」とか、「戦力バランスがおかしい」とか。お前らだって俺達に言えない非人道的な実験とかしているのに言うなよと思うが。

 

……そのせいで、俺の存在を公にするしないで揉めたり、俺を中心としたどこの国にも所属しない世界規模のIS部隊を作るだとか色々な話が錯綜しているらしい。

 

いい加減にしてくれ、俺を自由にしてくれよ……ぶくぶく。

 

『(そんな事に駆り出されるなら、自室に篭って研究していたほうがマシだ)』

 

ヒタヒタ、と素足で浴場を歩く音がした。

 

『………』

 

なんだ、結局入りたかったのか。一夏はどうも爺臭いところがあるから大浴場と聞いて我慢できなかったのだろう。

 

だったら俺が誘った時素直に来ればよかったのだ、まったく。俺は風呂の壁に背を預け、左手をひらひらと振りながら、

 

『いらっしゃい。結局入りにくるなら最初から…』

 

「お、お邪魔します…」

 

想像していた返答と声ではなく、思わずピシッと体が石化したように硬直してしまう。

 

古びた扉のようにぎこちない動作で音源を辿ると、そこには湯気で仄かな赤みを帯びてタオルに身を包んだ幼馴染がいた。

 

『しゃ、シャルル…?』

 

「え、えっと…僕も入りたいなーって…あはは…」

 

『……本当、変なとこで思い切りがいいなシャルは』

 

温度を確かめるようにつま先からゆっくりと湯に入っていき、肩まで浸かると「はぁ」と安堵の息を吐きだす。

 

――カコン、と桶の音が俺とシャル以外誰もいない大浴場に響き渡った。

 

俺の左肩にはシャルの頭が乗せられ、水分を含んで黄金色に輝く金糸から水が滴り、俺の腕を通って湯に戻っていく。心地よい静寂を満喫した後、シャルがぽつりと話し始めた。

 

「あのね、大事な話しがあるんだ。彰に聞いて欲しくて…」

 

『……大事な話しっていうのは、学園に残るかどうかってやつか?』

 

うん、と一拍置いてシャルはお湯をすくい上げる。

 

「僕ね、残ろうと思う。僕はまだここだって思える居場所を見つけてないし、なにより……」

 

なにより?と先を促すと、すくい上げた水を手のひらから流し、戸惑いを含んだ動作で、お湯の中で俺の腕を絡みとった。

 

「……彰が、彰がここにいろって、言ってくれたから……そんな彰がいるから、僕はここに居たいって思えたんだよ?」

 

濡れた前髪で表情は見えない。震えた声だけが、この決断をした勇気を物語っていた。

 

「……それに貰うなんて言うし…」

 

……それは言葉の綾というか、勢いというか。怒りが限界突破してしまった故の過ちというかなんというか。なんにせよ、

 

『そうか……シャルには悪いが、俺はすごく嬉しい』

 

乗せた頭を上げ、疑問符のついた表情で首を傾げるシャルに対して、俺は絡め取られた左手をシャルの指と合わせる。

 

お互いの指が交差して繋がれた手にシャルは戸惑うが、俺はそのまま続けた。

 

『俺は、シャルの傍にいたい。もう離れるのは嫌なんだ』

 

大切な人が離れていくのは、もう耐えられない。

 

父と母は研究の末、俺の目の前でこの世から消えた。研究成果として俺を残して。

 

ドイツでは日本人の俺に気さくに話しかけてくれた奴らも、戦場で何人も散っていき、何人も俺の手で楽にした。

 

俺が大事にしようと決めた人達は、皆俺より先に遠いところへ行ってしまう。だからこそ、俺は孤高であろうと力を求め、疎まれようと孤独に徹していた。

 

だが、それは間違いなんだと俺を殴った人がいた。それはおかしいと教えてくれた人がいた。

 

―いつまで一人でいるつもりなんだよ、俺や鈴、弾だっているだろ!いい加減気付けよ!―

 

―忘れないでよ…一人で戦ってるんじゃない、僕やみんなが、いるんだよ…!―

 

つい最近まで、俺は一人でなんでもできると思ってた。なんて傲慢で愚かだったのだろうと過去の自分を悔やむくらいだ。

 

どんなに特別な力を持っていようと、どんなに特別な境遇だろうと、結局は人間。手を伸ばせる範囲も限界があり、目の行き届かない場所があり、知らぬ間に俺という器から零れていく。

 

それは仕方ないことだと思っていたし、それを見たくないからと目を背けられるように力を求めた。だけど零れないように、自分の意思で俺という器の中に残ってくれる人達がいたんだ。友達だから、仲間だから――大切な人だから、と。

 

ラウラと戦ってようやくわかったんだ。俺という器の中に居たかったのに、弾き出されたラウラの怒り。仲間を失うのが嫌で、自分の命さえも見捨てて戦いに身を投じる愚かしさ。

 

自然と繋いだ手に力が入る。この細い指が、暖かい手が俺に気付かせてくれたのだと、繋いだ手を見つめる。

 

「……………彰?」

 

『……俺にはこんな感情、縁がないと思ってたんだけどな』

 

「うん…?」

 

更に首を傾げるシャルに、俺は繋がれたシャルの右手を持ち上げて手の甲を引き寄せ、

 

チュッ、と小さなリップ音が大浴場に響いた。

 

「な、ななな……!?」

 

茹でた蛸に似ているくらい顔を赤くして、口をぱくぱくと震わせているシャルにニヤリと笑ってみせる。

 

『こういうことだ。俺は先に上がらせてもらう』

 

シャルの手をゆっくりとほどき、固まったままのシャルを置いて俺は大浴場を後にした。

 

「……彰…」

 

 

 

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