「わあああ!ち、遅刻!遅刻するっ…!」
あの後、再びラウラと合流した俺は食堂の端で朝食をとっていた。パンにジャムを塗りつけていると慌てた声が俺の前を通過し、顔を上げれば、
『おはようシャル。今日は遅かったな』
「あっ、おはよう彰……」
ファースト幼馴染が手櫛で髪をとかしながらもうすぐ始業だという時間なのに朝食をもらっている姿があった。隣に座るように手招きをすれば座るや否やすぐに口に運んでいく。
『どうしたんだ?』
「あの、ちょっと、寝坊………」
『珍しいな、そういうところは昔からしっかりしているのに』
「まあ、はぐ……うん…ちょっとね」
せかせかと朝食を咀嚼するシャルを眺めていたら、ほんの少しずつ、僅かに離れていく。あれこれと話かけても歯切れの悪い返事ばかりで、疑問に思った俺は首を傾げた。
『シャル』
「な、なにかな?」
『俺、何かしたか?避けられてる気がするんだが…』
「そ、そんなことない、よ?うん、ないよ!」
口ではそう言うものの、目が明らかに警戒体制に入っている。俺が何をしたっていうんだ…それともこの前のラウラとのキスをまだ引っ張っているのか…?
悶々と考えながらコーヒーを飲もうとカップを手に取った瞬間、グイッと勢いよく襟を引き寄せられ、あまりの勢いにシャツの第一ボタンがちぎれ飛ぶ。
「シャルロットばかりに構うな。私も構うがいい」
俺のシャツを破壊した張本人であるラウラが、プクッと頬を膨らませ、自分の顔の高さに合わせるように俺のネクタイを思い切り下に引く。
『離せ』
低い声で告げれば、びくりと身体を強ばらせすぐさま手を離し、今度はたどたどしく制服の裾を掴んでくる。兎かお前は…
『構えと言われてもな……』
言いつつ俺はラウラの頭を撫でる。さらさらと手触りの良い髪を指の間に通したりくるくると巻いてみたりと遊び回す。それに不満なのか「むぅ…」とどこか腑に落ちない感じのラウラだったが、嬉しそうだ。
……それをつまらなそうに横目で見てくるシャルに気付かなければ、結構微笑ましい光景だと思ったのだが。せっかくの朝食で幼馴染にそんな顔をさせたくないので場の空気を変えようと話しかけてみる。
『しかし、シャルのスカート姿って新鮮だな』
「し、新鮮?」
『あぁ、ズボンからスカートに変わっただけだが、凄く可愛い』
「……夢じゃ男子の制服を着せてたクセに……」
『ん?』
「な、何でもないよ!?」
赤くなったり焦ったり、最近の女性は色々と不思議だな…と思ったところで、学校には欠かせないチャイムが鳴り響いた。
……待て、予鈴ってことはこれ始業開始じゃないか?
『お前らも早く………』
ビュン!と一陣の風が俺の目の前を通り抜けていった。その後を目で追えば、銀と金の二人が全力疾走している後ろ姿が。
「私はまだ死にたくない」
「ごめんね彰」
一限目は鬼教官こと千冬さんの授業、遅刻は地獄の旅ツアーへの片道切符だ。いや俺だってそんなのはごめんだ。
俺も駆け出すが、現在の時刻は始業5分前。食堂から教室までは一度靴を履き替えて階段を上って少し歩く為、ギリギリ間に合わない。
部分展開しようにも今の俺にはアトがいない。制限解除してからまた出力が向上してしまい、俺の肉体でさえも耐えられなくなってしまったせいで絶賛調整中なのである。
半ば諦めながら靴を履き替えていると、その先で手を差し伸べてくる人――シャルがいた。
「ほら、彰」
『シャル…!』
「飛ぶよ!」
『えっ』
思った以上に強く手を掴まれ、その一言に呆然としているとシャルはリバイヴの推進翼を展開し、
『おぉおぉぉおおぉおぉぉお!?』
いきなり跳ね上がった移動スピードに体が流されながら、本鈴間近の誰もいない廊下を文字通り飛ぶような速度であっという間に三階に到着する。
……水色、か。
「到着!」
チャイムが鳴る前に教室に辿り着くというミッションを完遂した俺達は安堵の息を吐きながらドアを開くが、すぱぁん!と出席簿アタックが炸裂した。
「おう、ご苦労なことだ」
千冬さんのことだからすでにいるとは思っていたのだが、予想通りだな。遅刻確定だったのだからもう少しゆっくりしておけばよかったと後悔している。
「敷地内でも許可されていないISの部分展開は禁止されている。この意味が分かるな?」
「は、はい……すみません…」
「そして御剣、お前今朝ISで飛んでいただろう」
確かにラウラと別れた後、アトの点検で少し飛び回ったが…千冬さんの姿はなかった筈だ。なのに何故…
「今朝方見かけただけだ」
隠れてやがったなこの人。
「デュノアと御剣は放課後教室の掃除をしろ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」
『「はい………」』
俺達は二人して意気消沈しながら席に座る。一限目の始まりを報せるチャイムが鳴り響き、SHRが始まると同時に千冬さんが口を開いた。
「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえ、お前達も扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」
千冬さんが言うように、俺達IS学園の生徒も一般教科を履修する。だがあくまでそれは付属のもであり、基本となるのはISに関する知識と技術だ。
よって、中間考査がなく期末考査のみとなるが期末で赤点をとると夏休みはもれなく補習の嵐に飲まれることになってしまう。
『(まぁIS学園の生徒なら、ISの知識を得る為に普通よりも高い水準で一般教科を習得しているから問題はないだろう)』
「それと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」
校外特別実習期間、簡単に言えば臨海学校だ。この時期になるとIS学園はとある海辺にある別荘へと赴き、心身の成長を図る…だったか。
なにせ初日は全て自由時間に当てられ、IS学園の管轄区域の為海は澄んだ青色に染まったゴミ一つない綺麗な場所だ。青春真っ盛りの女子達にとっては跳ね上がるほど嬉しい行事とも言える。
……どうせ俺は千冬さんの監視下に置かれるのだろうがな。
それに、俺の場合は高校の教育過程で行くのではないから、尚更タチが悪い。全くもって面倒だらけだ、国家代表というのは。