「はっ、はっ…」
――夕暮れ。大勢の生徒達がいた学校には静寂が訪れ、窓から差し込む茜色の光が廊下を優しく照らし出している。影が多くのものを隠し始める中、私は彼のいる教室へと走っていた。
私―シャルロット・デュノア―は、このIS学園で彼と再会を果たした。
初めて会ったあの日、物心がついた数年後に父の依頼でやってきた若い男女の研究者に連れられた、同じ歳とは思えないほど大人びた彼に。
「はっ……はぁ…」
進む度に顔を打つ髪を耳に掛けながら、目的地へと急ぐ。
やってきた夫妻研究者は言った。「この子と、遊んでやってくれ」と。その時の私は母以外の世界を知らなくて、いきなり現れた人達に恐怖を覚え、母の背中に隠れていた。夫妻は苦笑いをしながら、彼だけを置いて逃げるようにその場を後にする。
夫妻がいなくなったのを確認すると、彼はにっこりと笑ってこう言った。「初めまして。IS適合化研究体――シリアルナンバーは0です」と。
当時はまったく意味がわからなかったけど、それを聞いて母が泣いていたのは、鮮明に覚えている。そして、彼が泣いている母を見て無邪気に首を傾げていたのも。
「ふっ…はぁ…はっ…」
ただ、彼が居た数ヶ月間は、母も私も笑顔が溢れ毎日がきらきらしていた。外の世界を知らなかった私に遊び方や楽しさを教えてくれた彼は太陽のようで、異性として惹かれるのもそう遅くはなかった。
――ある日、彼の悪口を聞いた。人間じゃない、化物、親に見限られた実験動物。意味がわからなくても、彼の事を悪く言っているのだと理解できた私は怒った。
今までは私と母で殻に篭もり耐えていただけだったけど、私達に笑顔をくれた彼の悪口だけは許せなかった。初めて反抗した私は、もつれ合いの末、払われた腕に身を飛ばされ、階段から落ち始める。
周囲がスローモーションで流れ、誰しもが目を見開いて体を硬直させていたのに、彼だけは飛び出し宙に放られた私の体を抱きしめ、一緒に階段を転がり落ちた。
私を突き飛ばした侍女が慌ただしく救急車を呼ぶ声がする。私を庇ってくれた彼が、頭から血を流していたから。それでも彼は笑う。
―約束したんだ。俺は一生、シャルの味方でいるって―
彼のおかげでどこも傷なんてないのに、胸が痛くなって、私は泣いた。その一言で、本当に救われたからだ。
その怪我のせいで私が本邸に呼ばれた時も、客人に怪我をさせたと罵られた時も、その時に愛人の子だと知り本妻の人に殴られそうになった時も、彼は私を守ってくれた。
「だから……」
彼がいなくなる日、その背中に触れることすらできなかった私は誓った。もう一度会えたら、どんなに危険な事でも、どんなに些細な事でも、今度は私が守りたい――あなたの隣にいたい。
積み重ねた手紙の数は、私の想い。二年間送られることのなかった手紙の数は、私の決意。心配させてしまったけど、最悪の形で夢が叶ったけど、全てはあの日もう一度彼と会う為のものだった。
「彰!」
息を切らしながら教室のドアを開けると、金色の髪を風になびかせながら窓際に寄りかかる美しい青年がいた。
彼―御剣彰―は灰色の瞳を伏せ、暖かい風に身を任せて静かに佇んでいる。
『おかえり、シャル』
昔のようににっこりと笑う彼の顔は、夕日のせいかすごく眩しい。まるで太陽のようだ。
鋭い目は優しく、低くなった声は安心感を、身長と共に成長した大きな体は彫刻のように洗練されていて、無意識に言葉を失ってしまう。
ようやく、辿り着いた。
一緒にいた時も、離れていた時も、私を支えてくれていた、あなたの隣に。
「……うん」
首を傾げる彼には悪いけど、私はもう一度確信を得る。気の迷い、幼い頃の幻想、なんて言われてきたけど、やっぱり私は――
「ただいま、彰」
あなたの傍にいたいんだ。