『……暑いな』
本格的な夏が押し寄せ始めた、日差しの強い日曜日。あまりの暑さに空を見上げれば雲一つない青色の中心で白い太陽がぎらぎらと輝いてた。
今日は完全なるオフの日であり、ある人物と待ち合わせをしているが、どうやら時間を間違えてしまったようだ。待ち合わせ場所の広場に設置された大きな時計を見れば一時間前だとわかる。
故に、俺はただただ待っているだけだった。
『(………平和、だな)』
大勢の人が行き交う町並みをどこか遠い景色のように眺める。俺の生きてきた世界とは正反対で、火薬の匂いもむせ返るような鉄錆の香りもしない、明るい世界。
携帯で楽しそうに話す青年、腕時計を気にする少女、揃ってアイスを食べる学生達。当たり前のように日常を謳歌する人達に、思わず笑みが零れた。
銃も、戦車も、ミサイルも、ISもない平凡な日常。平和という当たり前がある世界の為に、俺は戦っているんだとどこか安堵する。
長袖の白いシャツの上から俺は右腕を握った。黒い手袋で隠された機械の指に自然と力を込めると、「その代償だ」とも言っているかのように駆動音が小さく鳴り、力を抜く。
―痛む?―
脳内に響く幼い声――アトが目を覚ましたらしい。俺は『大丈夫だ』と脳内で返事をすると、アトは不安そうな声を真逆のものに変えて、
―よかった!痛かったら言ってね?―
と自信満々に答えるのだった。さて、いい加減腕に熱が篭ってきてしまったし、涼しい場所で冷やさなければ…
「あ、あの~…」
…いけないのだが、思わぬ足止めを受けてしまった。恐る恐る俺に語りかけてきた地元の女子高生らしき三人組に、所謂営業スマイルで返事をする。
「も、もしかして、あの御剣彰さんですか…!?」
『えぇ、私ですが「キャーーーーーー!!」』
おい、人の返事に叫ぶな。
「せ、世界に二人しかいない男性IS操縦者の!しかもモデル雑誌や月間IS特集の看板でもある御剣彰と会えるなんて!」
「奇跡、奇跡だわ!あの、あの!サインもらってもいいですか!?」
「私は握手をっ!」
……困ったな。
――――――――――
「(は、早く来すぎちゃったかな…)」
時刻は待ち合わせの三十分前、人混みの多い広場へ向かう際に腕時計で確認すると、恐らくいないであろう相手に想いを馳せる。
「(ど、どこも変じゃないよね…?)」
目的地に着く前にもう一度自分の姿を再確認する。、夏によく似合う半袖のホワイトブラウス、その下にスカートと同じライトグレーのタンクトップを着ていて、ふわりとしたティアードスカートはその短さもあいまって健康的な脚線美を演出している。
染みも皺もないことを確認し、シャルは大きく息を吸い込み、吐き出す。広場の中央にある大きな花壇にはポールで時計が立たされており、その先で相手が待っているはずだ。
「……よし」
気持ちを入れ直し相手に会った時の自分をシュミレートする。彼は自分を待たせてしまったと申し訳なく思ってしまうだろうから、パフェか何かで誤魔化されてあげよう。
「…って、あれ?なんだかすごい人だかりが…」
待ち合わせ場所には、まるで野外アーティストでもいるかのように沢山の女性達が押しかけていた。その人の多さにゾッとしながら一体誰がもみくちゃにされているのか隙間から覗き見ると、
「(え……彰!?)」
困り顔で女性達の相手をしている待ち合わせの相手だった。人の多さからこちらに気付いてないようで、握手やサイン等に追われているのに反してその数は増えていっているようだ。
御剣彰と織斑一夏の違いはその幅広さだ。女尊男卑のこのご時世でも彼はモデルとして雑誌に載り、また大々的に織斑千冬の弟子として公表されてからはIS操縦者として毎週インタビューを受けているという。
世界で唯一今の時代に浸透している女尊男卑という常識が通用しない男達の一人でありながら、その佇まいは紳士そのもの…とこっそり買った雑誌に載っていた。
だがその裏側から見れば、週末にはインタビューと撮影、余った時間でISの調整と必需品の買出し、平日は授業とISの訓練で夜遅くまで自室に戻らない。そんな多忙な彼から誘われた時には真っ先に心配になったものだ。
「(せっかくのオフなのに…大変そうだなぁ)」
呆然と眺めるしかできず、メールで着いたことを知らせようかとも思ったがまだ三十分前だ。早く来すぎてしまった事は恥ずかしい、と頭を悩ませていると、
「おじょーさん、なに?誰かと待ち合わせなの?」
「こんな暑い中で待ってないで、俺等とお茶でもしない?」
逆だった長髪にスーツをだらしなく着崩したホスト崩れのような二人組に絡まれてしまった。
女尊男卑と言っても、この辺りは変わらない。というのも男性は見た目さえ良ければ気に入ってもらえる可能性が高く、それを鼻にかけているのが現状だ。
「あ、えっと…遠慮します。すいません」
ちらりと彰を見れば未だに人に埋もれている。面倒だなぁ…と心の中で呟くと、男達は強引に手を引いてきた。
「いいからいいから!待たせる男なんてクソ野郎だって!」
「ほら行こうぜ、楽しませてやっからよ!」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男達に思わずISを展開しそうになるが寸でのところでこらえ、そのせいで体が倒れそうになってしまう。久しぶりに履いたヒールでは上手くバランスが取れず、
「わわ、ちょっと…!」
転ぶ――そう思って思わず目を閉じるが、衝撃が一向にやってこない。代わりに感じるのは人の暖かさと固い肉の感触、目を開ければ、そこには彰がいた。
『なんだ、もう来てたのか。あんまりにも可愛くて見間違えたよ』
にっこりと笑って言う彰に茶化すような雰囲気がなく、本気で言っているんだとわかるからこそタチが悪い。ストレートに褒められてしまい真っ赤になった顔を隠すように彰の体に顔を押し付ける。
ところで、と彰が呟くと男達が小さな悲鳴を上げて後ずさりする音が聞こえた。
『シャルの知り合いか?にしては多少手荒いようだったが…』
「……知らない、そんな人達」
『……そうか』
鋭くなった灰色の瞳に更なる悲鳴を上げて男達は一目散に走り出すが、一瞬早く動き出した彰に頭を鷲掴みにされ、宙に浮かされてしまう。そのまま両腕を広げ、ゴンッと頭同士をぶつけ合わせ、気絶したのを確認するとその場に放り投げた。
『こいつは俺の物だ、触れていいのは俺だけなんだよ。出直してこいド三流』
言葉と同時にグイッとシャルの体を抱き抱えれば、黄色い歓声ともとれる声が後方から上がる。
『マズイな…目立ちすぎたか』
「お、おお俺のものって……うわぁ!?」
素っ頓狂な声を上げるシャルに思わず声を殺して笑うと、ぽかぽかと頭を叩かれる。というのも、大勢の目の前でお姫様だっこをしたからだ。
恥ずかしいのか「お、降ろして!」ともがくシャルに嫌だと答えると、何故か周囲から更に歓声が上がり始める。
『可愛い格好もいいが、慣れない靴で足痛めてるだろ。そうやって我慢するのは悪い癖だ』
「……彰に言われたくないもん」
『男は好きな人の前じゃ格好つけたくなるもんなんだよ』
パシャッ!とカメラの音がして、本格的にマズイ状況になってきたと察した二人は逃げるようにその場を走り去っていった。
そんな二人の後を追っている人物がいるとも知らずに。