「心拍、停止……しまし、た」
旅館の一室を救護室にあてがい、その部屋からピーと無機質な音が響き渡る。
心拍を表示するモニターは一本の線を表し、治療に当たっていた男性医が乱暴にマスクを外すと、それを皮切りに山田の目から大粒の涙が零れ落ちていく。
「手は尽くしました……申し訳、ございません」
男性医が震える声でそういうと、山田は居てもたってもいられず部屋を飛び出した。向かう先は、千冬のいる作戦会議室となった風花の間。
つい先程、作戦が失敗し一夏が担架で運ばれてきた。その為に一度外に出ることになった千冬は今戻りかけているところだろう。一刻も早く伝えねば…と悲しみで締め付けられる胸をぎゅっと握り、走る。
「織斑、せんせ、い…っ!」
「……山田先生、そんな顔で走るものじゃない」
千冬の言葉を無視して、両腕を強く握った山田は子供のように泣きじゃくり、言葉にしたくなかった事を告げた。
「御剣君、が……先程…亡く、なられました…うっ……」
「…………そうか」
「う、あぁあ……ひっく…」
千冬は天井を仰ぎ、唇を震わせる。そして、ゴトン、と大きな物音がしてそちらへ視線を投げれば小型のバックパックを落としたシャルロットの姿があった。
「どういう、ことです、か…」
まずい――そう思った時にはもうシャルロットは走り出していた。
シャルロットの背後から千冬の制止の声が聞こえるが、その一言さえ頭に入らないほどシャルロットは懸命に走る。
嫌な予感はした、胸のザワつきはとれなかった、彼と最後に交わした言葉は……”さようなら”だった。
嘘だ、嘘だと自分に言い聞かせるも勝手に涙が出そうになり、歯噛みしてそれを耐えつつ目的の部屋へと辿り着くとノックも無しに割れんばかりの勢いで扉を開いた。
そこには無機質な機械音を発する多数のモニター、そこからケーブルが無数に伸びて中央に敷かれた布団へと繋がれており、多くの医者や赤く染まった医療器具と包帯が散らばっている。
「う、そ…うそ、だ、よね……」
医者達は答えない。代わりに中央部分がよく見えるように左右に退くと、シャルロットは嗚咽混じりに短い悲鳴を上げて恐る恐るそこへと足を動かしていく。
「違う……そんなワケ、ないよ…」
一歩。黄金色をした髪は端から焼け焦げ、黒く固まってしまった血がべったりとこびりついている。
「だって、だって…昨日も、いっぱい話してたのに…」
一歩。すっかり見慣れた機械の腕は肘から先を引きちぎったように無造作に無くなっており、左目は鮮明な紅を保った包帯で隠されている。
「一緒に、お母さんのお墓参り、行こうって……今度は二人で、海に来よう…って…」
一歩。今にも崩れ落ちてしまいそうな足を必死に動かし、知らず知らずに流れていた涙に気付かないまま、認めたくない現実を確かめるべく進む。
そして、シャルロットは見た。
「い……や………」
冷たく横たわる、愛した人の亡骸――御剣彰の死を。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫と共にその場に崩れ落ちたシャルロットの目から大粒の涙が溢れ落ちていき、目の前の現実が嘘であるようにと必死に彰の体を揺さぶった。
「彰、彰ッ!ねぇ起きてよ!おね、がいだから…ッ!」
触れた体は人とは思えないほど冷たく、そして残酷にも現実を突きつけてくる。御剣彰は死んだのだと、シャルロットの体に伝えるように。
もう、彼の声が聞けない。優しく笑ってくれる太陽のような笑顔が見れない。安心をくれる大きな手と手を繋ぐこともできない――御剣彰は、もういない。
「――――――――っ!」
声にならない悲しみと絶望に、シャルロットは手で顔を覆い隠した。認めたくなかった現実に、ただただ涙を流す。
騒ぎを聞きつけた他の代表候補生達と、千冬が山田を連れて部屋へと入ってくる。
口々に何かを言っては涙を流し、床を強く叩くものもいたが…シャルロットには何も聞こえない。
深い深い悲しみと絶望に、抗うこともできず呑み込まれていってしまった。
――――――――――
「ほら、見なよ。君の肉体は死んだ。沢山の人達の心を君は傷付けた。結局、君は壊してばかりだ」
シャルの姿のままアトは言う。
「壊すだけの黒い感情は悪だ。僕を黒く染め上げた君は、永遠に白くはなれない。灰色に濁るしかなく、その罪を背負い続けなきゃいけないんだ」
罪――人を殺め、破壊してきた……俺の罪。
わかっている。俺は生きていちゃいけない大罪人で、存在を証明してはいけない化物で、誰かを想ってはいけない……機械だ。
『それでも……俺は…俺の過ごした時間は…』
そっと俺の頬にアトの手が当てられる。慈しむような優しい顔で、静かに微笑んで。
「うん、教えて……君の想いを、君の過ごしてきた世界を、その意思で、その願いで、何を望んでいるのか」