御剣彰という少年がいた。
どこでにもいるような黒髪に、同色の目を持った、特にこれと言った特徴もない平凡な少年がいた。
少年の両親はISという機械の研究者で、著名な人物であるかわりに息子に興味を持たず、毎日研究に明け暮れていた。
好奇心旺盛で親の愛情を知らない少年はこう思った。研究の役に立てば自分の事を見てもらえるかも知れない、と。
その願いを持った少年に両親は言った。「愛しているよ、だから力を貸してくれ」と笑いながら。
少年の願いは叶ったのだ。だが、待っていたのは物心付いて間もない少年が到底耐えられるワケがない地獄だった。
実験によって夥しい血を流し、血の代わりに薬剤を投入して、来る日も来る日も絶命する寸前の激痛を受ける日々が続く。
それでも少年は我慢する。実験が進めば両親が喜び、「よくやった」と褒めてくれるから。
日に日に進む研究に、実験内容も変わっていく中でも少年は我慢し続ける。これが終わればまた褒めてもらえると信じて。
黒かった髪が培養液で金色に変色し、同色だった目は薬剤投与によって灰色に変わったが、両親は「実験の成果だ」と大いに喜んで、少年はその見た目に誇りさえ感じた。
そして数年が経ったある日、両親の研究が認められ、外国を転々とする日々が訪れる。
新しい名前を貰った少年は誇らしげに名乗り、様々な国で自ら進んで研究体になることを望むようになった。
自分が役に立てば、両親はもっと褒めてくれる。もっと笑ってくれる。もっと――家族でいられる。少年の願いは変わらないまま、地獄を”普通の事”だと思い始めていた。
一番最初に行ったドイツでは少年の体を使ってある瞳の研究が開始され、次に行ったロシアでは少年の体を媒介にIS適正を高める薬が開発される。
行く先々で両親は歓迎され、また何かを生み出して、そして少年をよく褒めるようになった。少年はただそれが嬉しくて、同時に物足りなさを感じ始めてしまう。
もっと褒めて欲しい、もっと自分を見て欲しい、と。
旅行を終えて帰ってきた彼らを待っていたのは、非人道的な実験を繰り返した罪と、その罰に追われる逃亡生活。少年はずっと、両親は正しいと訴え続ける。
証明する為に自ら実験の回数を増やし、知識を得て、両親と共に自分自身の改良を続けていった。しかし、実験が成功しても褒めてくれることはなくなった。
――最後の実験。そう称した実験内容は、ひどく簡単なものであり、少年に埋め込まれたISにあるプログラムをインストールするだけもの。
そのプログラムの違和感に気付けるほどの知識を得た少年はインストールが終わる寸前で接続を絶つと、自分に埋め込まれたISが暴走。潜伏先の研究所を尽く破壊し尽くす。
両親は狂ったように笑う。「これが私達の最高傑作だ!」と。少年は、気付いてしまった。
両親は…彼らは最初から、自分のことをただのモルモットだと。研究に使うだけの道具程度にしか見ていなかったことに。
笑う両親は言う。「さぁ、殺せ!壊し尽くせ!この、化物がッ!」とただ幸せを願っていただけの少年へ。
何かが壊れた、音がした。
その日を境に、御剣彰の心は死を迎える。
もう生きる意味すらも思い出せず、何を望んでいたのかもわからない。残ったのは化物と罵られた体と、両親が最初にくれた御剣彰という名前だけ。
そこに、一人の女性が現れて手を差し伸べた。
「なんだか面白いのがいると思ったら、ありゃりゃりゃ”お仲間さん”だとはね~」
生きる意味をくれると言ったその人の手を少年は握り締める。
冬が終わり、雪の降り注ぐ真っ白な大地で女性は言う。
「君の体、面白いし役に立ちそうだから私がもらっちゃうね!拒否権はありませーん!」
場違いな程明るく笑う女性――篠ノ之束に、少年は初めて涙を流した。