IS―インフィニット・ストラトス―灰色の騎士   作:芦屋戒

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9P目

 

 

 

「彰……僕、もう…笑えな、いよ……」

 

月明かりの差し込む薄暗い部屋で、シャルロットは呟いた。

 

目の前には愛した人の亡骸、御剣彰の遺体が布団に寝かされている。

 

「わかってる、わかってるんだ…でも、でも…っ!」

 

立ち上がらなければいけない。例え絶望の中だろうと、代表候補生である自分は任務を達成しなければならない。さもなくば、被害は自分達だけでは済まないのだから。

 

それでも心が拒絶する。こんなのは嘘だ、有り得ないと泣き叫び続け、体を動かそうとしない。

 

「僕は……酷い子だよ、彰」

 

一筋の涙が頬を滴り、青白い月の光が淡くそれを光らせ、反応のない彰へ語りかける。

 

「彰がいなくなって、一夏が倒れて…それでも皆立ち上がってるのに、報いろうと泣かずに前を見てるのに、僕はそんなことどうでもいいんだ」

 

静かに、震える声と共に落ちていく涙が止まらない。そっと彰の顔に触れながら、

 

「ただ彰の隣に居たかった。一緒に笑っていたかった。ずっと――愛した人の傍、で……手を、繋いで…いたかった…」

 

嗚咽混じりに呟かれる言葉にシャルロットはゆっくりと現実を受け止めていく。溢れる涙が彰の顔に落ちては弾け、触れた手を彼の心臓に当てると、冷たい感触に打ちのめされていく。

 

「そ、れだけ、なのに……彰のいない世界なんて、もう、僕には…」

 

泣きはらした顔を胸に預け、彼という存在が生きていた時間を思い出す。

 

初めて会った時はずっと笑顔をくれた、再開してからは空いた溝を埋めるように話をして笑いあった、放課後の教室で夕日に照らされた彼は凄く綺麗だった、恋人のように一緒に買い物にいった、毎朝一緒に御飯を食べた。

 

そんな当たり前が――もうなくなった。

 

「……彰、僕ね。ずっとずっと、多分初めて会った時から君に言いたかった事があるんだ」

 

髪を耳にかけ、シャルロットは体を起こして彰の唇に触れる。包帯が巻かれ、痛ましい姿でありながら美しいその顔へ自分の顔をゆっくりと近付けると――

 

「あり、がとう。愛して…ました」

 

――ドクン。

 

――――――――――

 

『俺、は………』

 

「聞かせて、彰…あなたは、何を望むの?」

 

シャルの姿をしたアトが仰向けの俺の上で四つん這いになる。慈愛に満ちたその顔に、俺の死んでいた心がゆっくりと息を吹き返し始めた。

 

『…………ない』

 

「うん」

 

『……たく、ない』

 

「うん」

 

『…死に、たくない…ッ!』

 

今までずっと忘れていた……ずっと、思ってはいけないと考えていた、俺の願いが掠れた声と一緒に吐き出されいく。

 

『もっと、皆と笑っていたい……みんな、と、一緒に…居たい……大切な人を、守りたい…ッ!』

 

「うん…」

 

『俺は……俺は…!生きたい…ッ!』

 

二度目の涙は、胸を締め付けて、それでいて熱かった。

 

アトが俺の頭を覆うように抱きしめて、一緒に涙を流してくれる。

 

死ななきゃいけないと、思っていた。俺はそういう存在だと、諦めていた。あの日、両親を殺した日からずっと、俺は俺自身を殺して生きてきた。

 

許してはいけない、赦される筈がないと。

 

だけど、今この瞬間だけ……願いを口にすることが赦されるならば。

 

『使命なんていらない、生きる意味なんて、必要ない……俺は、俺の意思で、皆を…愛した人を、守りたい…ッ!』

 

「やっと、やっと…応えてくれた…あなたの想いで、意思で……気持ちを届けてくれた…っ」

 

お互いに声を震わせながら、嗚咽混じりに心を解き放つ。ずっと忘れていた俺の願い……ただ、家族と、友達と、笑っていたかっただけのちっぽけな夢を。

 

『頼む、頼む…!俺に皆を、守る力を……もう一度だけでいい、たった一度でいい、叶うならば……届くのなら…ッ!』

 

左手を突き出し、涙で滲んだ目で遥か先の空間へと手を伸ばす。その手を引っ張るように一夏、箒、セシリア、鈴、ラウラ、千冬さん、山田先生、クラリッサ――シャルの手が繋がれた。

 

俺と関わった人達が…俺の手を掴みながら道を作り出していく。

 

―行こう、彰―

 

『俺に、みんなを……シャルを――守らせてくれぇええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!』

 

――――――――――

 

「………嘘」

 

ドクン、ドクン、と心臓の跳ねる音がした。自分のものではない、ましてや彰の心臓が鳴るはずがない…そう思っていたのに。

 

添えた手から伝わる振動と、暖かくなっていく体に、シャルロットは顔を歪ませる。

 

直後、彰の体が眩い閃光を放った。

 

「な、なに…!?」

 

視界全てを真っ白に染め上げる光の中からシステム音声が響き渡り、暴風を生み出しながら徐々に収束していく。

 

―プログラムの起動を確認、肉体の強制停止解除、リカバリー、”灰色の騎士”起動―

 

―リカバリー完了、コア御剣彰との接続を確認、条件クリア、IS―Ravus Eques―展開します―

 

カッ!と一際大きく瞬き、閃光が止んだのを感じたシャルロットはゆっくりと目を開ける。

 

――そこには、鈍く輝く灰色の騎士が立っていた。

 

流線系の美しいフォルムに、右腕全体を覆う篭手のような機械の腕、二枚の推進翼は天使の羽根のようで、一見すれば騎士に翼が授けられたように見えた。

 

『――――――そうか』

 

頭部のV字型バイザーのモニター部分が開き、灰色の瞳が月明かりで輝きを纏ってシャルロットを射抜く。

 

『お前は、俺だったんだな……ラウス・エクエス』

 

―示せ、貴様の未来を―

 

灰色の騎士――ラウスが問いかけてくる。その力を装甲として纏った青年は目の前の愛した人…シャルロット・デュノアに跪いた。

 

『俺の剣を預ける。命を預ける。使命を捧げる……御剣彰という存在を持って、忠誠と、全てを貴女の為に』

 

「彰、彰…っ!」

 

跪いた彰を勢いよく抱きしめる。暖かい肌の体温と、心臓の脈打つ音に安堵し、叫ぶように泣きわめく。

 

『ごめんな、約束したのに…一回破っちまった』

 

「そんなの、も、いい…!いいか、らぁ………うっ…ひっく…」

 

抱きしめ返し、あやすように頭を撫でながらシャルロットの温もりをしっかりと確かめる。

 

生きている。自分も、シャルロットも、この温もりと涙がその証拠だと、彰はもう離さないと誓いながら強く抱きしめた。

 

 

 

 

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