遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十五話 彼はきっと、ヒーローではなく

 

 

 

 

 

 魔法都市エンディミオンで暮らす精霊は十万を超えるという。主に魔法使い族の者が中心だが、かつての戦などを理由にここに移り住んできた他種族の者も多い。

 そして、かつての戦の経験があるからこそ、その対応は迅速だ。

 

「城を解放する。結界を張り、民を誘導せよ。必要はないだろうが、場合によっては地下通路を用いてラメイソンへ避難を。ブラック・マジシャン、その判断は貴様に任せる」

「承知しました。お気をつけて」

「ああ」

 

 頭を下げると、ブラック・マジシャンが即座に動き出した。それを確認すると、神聖魔導王エンディミオンは側を歩いている夢神祇園に来い、と簡潔に告げた。歩き出す方向はブラック・マジシャンが向かった方向とは真逆である。

 

「……どこへ向かうんですか?」

 

 デュエルディスクを確認するように一瞥し、祇園は問う。エンディミオンは視線を向けないまま、外だ、と簡潔に告げた。

 

「結界の起動の為には二か所にある装置を作動させる必要がある。円卓の間にある〝神判〟は魔道法士に任せた。我らは城の門にある装置を作動させる」

「わかりました」

 

 その言葉に祇園は頷く。今二人が歩いているのは城内の大きな廊下だ。平時ならその雄大さに圧倒されたのだろうが、今は彼らとは逆、城内に向けて歩いてくる多くの精霊の存在もあってそこへ意識を向ける余裕がない。

 道行く精霊たちのほとんどは小型の者や幼い者、女性などといった見るからに非力な者たちが中心である。ここからはあまり伺えないが、おそらく戦える者は逆に外へと向かっているはずだ。

 精霊たちはエンディミオンを見ると驚くと共に感謝と誇るような視線を向けてくる。

 隣にいる自分にはほとんどが訝しげな視線を向けてくるが、一部の精霊たちは何かを察したような表情を浮かべていた。その意味に何となく気付き、祇園は自身の手を胸元に当てる。

 

「――気になるか?」

 

 振り返らぬままに、エンディミオンは不意にそう言った。そうですね、と祇園は小さく呟く。

 

「……やっぱり、わかるんですか」

「それなりに力を持ち、格のある精霊だけだがな。とはいえ、今の貴様は一部の精霊たちが言うような〝愛されし子〟と比べれば羽虫程度の力しか有さない。壊れかけた――否、違うな。崩れかけた器もどうにか形を保てるようになっているだけで、元通りとは程遠い」

「はい」

 

 頷く。二つの願いが、この身を再び蘇らせた。しかしそれはあくまで応急処置にしかなっておらず、そして、これ以上が望めることもない。

 

「壊れた者が元に戻ることは無い。直すという行為と治るという現象は過去に戻ることではない」

「そうですね。過去は……変えられません」

 

 ドラゴン・ウイッチが消滅を一度は選び、しかし、生きることを願ったことも。

 夢神祇園が、彼女に出会ったことも。

 全ては過ぎ去ったモノであり、抱えていかなければならないことだ。

 

「本当に……愚かな話だ」

 

 ポツリと、彼は呟いた。そこに込められた感情は、とてもじゃないが推し量れはしない。

 

「貴様という器も、あれ自身も。もっとやり方があったはずだ。……あれの声を聞けぬ我らに、一度は死ねと言った我らにできることなど、なかったかもしれんがな」

「あなたは」

 

 祇園が足を止める。周囲の景色は変わっており、石造りの細い通路となっていた。先程まであった避難してくる精霊たちの声も、今は遠い。

 

「あなたは、ウイッチの名を呼ばないんですね」

「名を呼ぶことは侮辱となる。受け入れていると、受け入れてくれたのだと――勝手な理想を押し付けた我が。わかったように、知った風に今更何かを言うことは許されん」

 

 きっと、これが彼の矜持であり王たる所以なのだろう。その苛烈なまでの優しさに、この地に住む精霊たちは畏敬の念を抱いているのだ。

 

「恨んでいるはずだ。我を。あの日、何もできなかったこの愚か者を。貴様とてそうだろう? 形はどうあれ、我は貴様らを殺そうとしたのだから」

「今もそう思っているんですか?」

「――無論だ」

 

 鋭い視線をこちらに向け、エンディミオンは告げた。周囲に無用な心配と不安を抱かせないために彼は痛む体を押してここにいるのだが、そうであってもその気迫は思わず息を呑むほどに凄まじい。

 

「貴様の存在は最早一つの爆弾だ。ただでさえ〝悲劇〟の心臓を抱くイレギュラーであるというのに、得体の知れぬ星屑の戦士をその魂の形としている。それを異様と思わぬ方がどうかしている」

 

 言いきると、だが、とエンディミオンはこちらへと背を向けて言葉を紡いだ。

 

「我に貴様は殺せない。止めることもできない。ならば放っておくだけだ」

 

 その言葉に、祇園は僅かに苦笑を浮かべた。歩き出す彼についていくように歩を進め、虚空へ吐き出すように言葉を零す。

 

「恨んでなんか、いませんよ」

 

 返答は無かった。だがそれはわかりきっていたことだ。僅かな時であれ、この精霊がどんな存在なのかは何となくわかってきていた。だが、だからこそ祇園は言葉を紡ぐ。

 

「僕も、ウイッチも。……恨むはずが、ないじゃないですか。こんなにも、優しい人を」

「……ふん」

 

 大きな広間に出た。奥には一本の槍が垂直に突き立てられており、そこを中心として無数の魔法陣が描かれていた。おそらくここが目的の場所なのだろう。

 ここを起動させれば、魔法都市エンディミオンの中心にあるこの城は鉄壁の城塞と化すらしい。ただでさえ無数の罠がこの城には仕掛けられており、かつての戦でこの地が最後の戦場となったのもこの城の堅牢さ故とのことだ。

 ちなみにこの結界の起動、円卓の精霊たちがエンディミオンの代わりに自分達が行くと言ったのだが、各々に果たすべき義務があるとしてエンディミオンが一蹴した。曰く、〝王〟自ら動くことが民の安心を得るためにも重要とのことである。

 祇園はその護衛を買って出た形である。彼も前線に、という意見もあったのだがエンディミオンが全力で否定した。相手の目的が読めない現状、祇園こそが相手の目的であることもあり得る。一応隠されているらしいが、それも確実とは言い難いのだ。

 

「優しい、か」

 

 周囲を見回し、不審な点がないかを確認してからエンディミオンが呟く。罠も作動しておらず、どうやら侵入者もいないようだ。

 

「かつて、あれにも同じことを言われた。……貴様は本当に、あれの主なのだな」

「主としてできたことなんて、何もありませんでしたけれど……」

「我らにとって、命を懸けられる程の主に出会えることが何よりの幸福だ。我らは悠久に等しい時を生きる事さえも可能とする。だが、多くがそうなる前に消えていくのだ。我らには悠久という時があまりにも長過ぎるが故、人という存在の魂があまりにも気高く、美しいが故に」

 

 精霊は人の魂、そして心に惹かれる。そして己の主と出会った時、その命の全てを懸けようとする。

 

「あれは幸福だったはずだ。そうでなければ、ならぬ」

 

 最後の言葉は、己に言い聞かせるようだった。そして、だが、とエンディミオンは告げる。

 

「あれにも言ったが、我に優しさなど無い。この両手は多くの血に染まり、背には無数の怨嗟と憎悪がのしかかっている。――碌な死に方はせぬだろう」

 

 そして、エンディミオンが槍へと手を伸ばした。ここを起動させる。それでとりあえずの役目は終わりだが――

 

「――小僧ッ!!」

 

 突如、エンディミオンに思い切り突き飛ばされた。祇園の身体が僅かに浮き、次いで床に着地すると同時に滑っていく。

 

「――――」

 

 声を上げる暇もなかった。視線の先、魔導の王の周囲に鉄檻が現れる。

 

「『悪夢の鉄檻』だと……!?」

 

 半球状の檻に取り込まれたエンディミオンが呻く。流石の彼も、こうして拘束されてしまってはなす術がないだろう。

 何が、と思うと共に祇園は周囲に視線を巡らせる。アレを張った者がいるはずだ。

 

 

「――成程、多少は己の業を理解しているようだ」

 

 

 奇襲を警戒したが、驚くことに相手は堂々とそこに現れた。体の半分以上を機械とした、禿頭の男。

 その姿に祇園は見覚えがある。一人の〝伝説〟の切り札であり、また、その強力さ故に一度は制限カードとまでなったモンスター。

 

「貴様は……!」

「私を知っているか。……まあ、当然であろうな。貴様らが我らから奪ったのだから」

 

 ――人造人間―サイコ・ショッカー。

 罠が機能しないのも当たり前だ。彼の前には、ありとあらゆる罠が無意味と化す。

 

「何のつもりだ! 我らとお主たちは不可侵であったはず!」

「ほざけ下郎!! 知らぬとは言わせぬ!!」

 

 裂帛の声に対して返された返答は、憎悪と憤怒に染まっていた。

 

「これは聖戦だ!! 貴様の首を我らが同胞のために頂くぞ、大罪の王!!」

 

 吠えると共にサイコ・ショッカーが動く。エンディミオンは対応の動きが取れない。表面上は平気な顔をしていても、その体は祇園との戦いでボロボロなのだ。

 ――そして、動いたのは自然だった。

 割り込むようにしてそこに立ち、祇園は〝王〟をその背に背負う。

 

「……人間に用は無い。去ね」

「できません」

 

 眼前に現れた存在に、サイコ・ショッカーが鬱陶しそうな顔をする。そうして紡がれた言葉に、祇園はそう答えた。

 

「小僧……!?」

 

 エンディミオンが驚きの声を上げる。祇園はデュエルディスクを構え、サイコ・ショッカーと向き合ったままに言葉を紡いだ。

 

「これが僕の役目です」

「……貴様もこの地に住む者か? 或いは、悪逆の王の主か?」

「どちらでもありません。僕はこの都市のことを知りませんし、僕にとっての精霊は一人だけです」

 

 凛とした言葉。芯の通ったその言葉にサイコ・ショッカーは眉をひそめ、ならば、と告げる。

 

「何故、そこに立つ? もう一度言う。貴様に用は無い」

「この都市を、僕は知らない。だけど、守らなくちゃいけない」

 

 祇園の背後に、揺らめく光が現出する。

 青き瞳が輝きを増し、サイコ・ショッカーが眉をひそめた。

 

「人間、その姿……。成程、大罪人の下にはやはり悪が集まる」

 

 言うと、サイコ・ショッカーもデュエルディスクを出現させた。

 

「もう一度だけ言おう。ここより去ね」

「――ここは、ウイッチがいた世界だ」

 

 それが返答だった。彼だけの理由であり、そして、譲れぬ理由。

 ならば、と相手は言う。身を焦がさんばかりの憎悪と憤怒と共に。

 

「私の前に立ったのだ。楽に死ねると思うな」

 

 敗北は、許されない。

 目を閉じると共にその言葉を確認し、祇園は覚悟と共に言葉を紡ぐ。

 

「「決闘!!」」

 

 殺し合うための、その言葉を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 魔法都市エンディミオン南部。北部に天然の要塞とでも言うべき山岳を要するこの都市において、敵が攻める方法は正面以外に無い。

 事実、敵軍は土煙を上げながらこちらへと向かっていた。城壁からそれを認め、一人の侍が顎に手を当てて頷く。

 

「数は万を超えるかどうかというところかの。ふむ、流石に機械族……相変わらず数が多い」

「貴様らは機械族との交戦の経験もあるのか?」

 

 紫炎の老中エニシの言葉にそう問いを発したのは、ギルフォード・ザ・レジェンドだ。彼は背後、門の奥に控える兵団を一瞥し、エニシの隣に並び立つ。エニシは懐かしげに、そうじゃのう、と頷いた。

 

「随分と昔の話じゃ。御館様の伝説が生まれた時分のこと故な」

「六武衆総大将……天下人か」

「今でこそ最前線からは退かれたが、未だその力は健在よ。まあ、わしの思い出話などどうでもよい。――どうするつもりじゃ?」

 

 振り返り、彼が問いかける相手はサイレント・マジシャンだ。彼女は魔道部隊の総指揮であり、今回の防衛線において最前線指揮官の任を預けられている。相棒とも言えるサイレント・ソードマンは既に門の内側で先頭に立っているはずだ。

 

「まずは、数を減らします」

 

 ゆっくりと、サイレント・マジシャンはそう告げた。円卓会議ではその真面目さとメンバーの中では若輩ということもあって――それでも精霊全体でみれば十分古参な方だが――あまり積極的ではないが、戦場に立てば事情も変わる。

 そも、彼女は彼の〝決闘王〟が信を置くほどの存在である。その力は推して知るべしだ。

 

「魔術師殿、それは――」

 

 エニシの護衛としてこの場に立つ六武衆―ニサシが問いを発した瞬間、その声を掻き消す轟音が響き渡った。

 黒煙を巻き上げ、無数の爆発が平原で巻き起こる。ほう、と声を上げたのはギルフォードだ。

 

「『万能地雷グレイモヤ』か」

「はい。これで怯み、足踏みするならよし。その瞬間にブレイカー部隊とディフェンダー部隊で刈り取ります。ですが、おそらく――」

 

 黒煙の中、歩みを止めぬ影が見える。その姿を認め、成程、と頷いたのはダイ・グレファーだ。

 

「――『古代の機械』」

 

 古の技術によって活動を続ける謎多き者たち。機械族の中でさえ彼らと交流を持つ者たちはあまり多くなく、だが手出しさえしなければこちらに手を出してくることもない者たちのはずだが……。

 

「解せませぬな。何故、あの者たちが」

「さて、の。理由はわからぬ。恨みを買うた覚えはあり過ぎて今更じゃが、それはわしら六武衆の業。この都市については管轄外よ」

「見たところ、『ガジェット』に『ギアギア』もいるようですね。出所は『歯車街』でしょうか……?」

 

 ニサシの言にエニシが応じる傍ら、ダイ・グレファーが思案する。いずれにせよ、とサイレント・マジシャンが言葉を作った。

 

「使者が立てられなかった時点で、向こうに話し合うつもりはないのでしょう。お下がりください。ここからは我々が――」

「――エニシ。HANZOの阿呆に伝令を出すように伝えよ。奴のことじゃ、その辺に潜んでおるじゃろ」

「ダイ・グレファー。こちらも伝令を出せ。そして、ここより背後のことは全て任せる。己の信念と剣に従い、我らの本分を全うせよ」

 

 侍と戦士が戦場を睨み据えるようにして告げる。二人の従者は膝をつき、同時に言葉を紡いだ。

 

「――ご武運を」

 

 それからは一瞬だった。サイレント・マジシャンが制止する暇さえない。侍と戦士は、まるで散歩でもするかのように城壁から足を踏み出し、宙へと躍り出た。

 

「エニシ様、ギルフォード様!!」

 

 サイレント・マジシャンの声が響くが空しいだけだ。決して低くはない城壁からの落下だというのに二人は難なく着地し、身軽な調子で歩を進める。

 俄に背後が騒がしくなったが、二人が気にした様子はない。爆炎を引き千切るようにしてこちらへと向かってくる無数の機械たち。それを眺め、エニシはのんびりとした調子で言葉を紡ぐ。

 

「のう、ギルフォード卿。〝英雄〟とは何であろうかの」

「……いきなりだな。その質問の答えを、貴殿らは誰よりも知っているのではないか?」

「ふむ。確かに御館様はまさしく戦国の英雄よ。しかし、そうではない。わしが気になるのはあの小僧じゃ」

 

 こちらへ殺気を向けながら突進してくる機械たちを前にしての会話では無い。だが、彼らはこんなものだ。常在戦場。生活全てが戦であるが故に。

 

「あれは大した器を持っておらぬ。そしてそれをあの小僧も理解している。じゃが、あれは何じゃ? あんなもの、わしは知らぬぞ」

 

 彼の少年が見せた可能性。星屑の戦士。あんなもの、自分達は知らない。

 

「混迷の時代、英雄とは別にあのような者は常に現れる。今がそうかは知らぬが、あの目はそういうモノに見えた」

「成程のぅ。〝王〟でもなく、〝英雄〟でもなく。己の在り方の為に己自身さえも捨て去る狂人。……あの守護者が入れ込んだ理由もわかるやもしれんの。何かを貫こうとすれば、それ以外の全てを捨て去るしかないのが現実じゃ。それがたとえ、己自身の命であろうと」

 

 そうして散っていった者も見てきたが、多くはそうならない。捨て去ることを諦め、妥協する。

 それが悪いこととは言わない。貫き通すことは必ずしも正しいとは限らず、貫き通した結果に全てを失えば、それは決して幸福ではないからだ。

 だが、歴史上には度々そういう者たちが現れてきた。〝英雄〟たる器を持たぬまま、しかし、その強き心で魂を超える者が。

 

「多くは理解されず〝狂人〟と呼ばれる。そうでなくてもその苛烈な生き方は敬遠され、〝鬼〟と呼ばれることも多い。折れぬ心とは、時に何より残酷な己への毒となる。あの小僧はいずれ、その毒に殺されるだろう」

「しかし、エンディミオンを――神聖魔導王をあの小僧は超えおった。可々、あんな姿は久しく見ておらなんだわ」

「ふ……どうした、随分気に入ったようだな?」

「無論じゃ。無謀な狂人ほど面白い者もおらぬ」

 

 可々、と再び笑う。その姿を眺め、ふん、とギルフォードは鼻を鳴らした。

 

「――話はここまでだ。来るぞ」

 

 同時、大地から無数の武器が生まれるように出現した。ギルフォード・ザ・レジェンド――彼は過去の戦の記憶、そこで血を流したあらゆる刃を蘇らせる力を持つ。

 その武器を手に取り、掲げるように構えるギルフォード。腰の刀を抜き放ちつつ、しかし、とエニシは呟いた。

 

「その狂気が人を救うならば……人はそれを何と称えるのかのぅ」

 

 奇跡を紡ぐ、その意志は。

 救いを求める者たちに、どんな形に映るのだろう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 精霊界というものの存在を、かつての夢神祇園は知らなかった。

 DMの精霊というものが存在するという噂は聞いたことがあったし、信じているかといえばそうではないが全く信じていないというわけでもない。

 だが、彼は出会った。

 砂漠の世界。そこで、己を主と呼ぶ精霊に。

 ――ただ、神様を信じているほどに世界に対して楽観していたわけでもない。

 両目が光を失った時、今度こそもう駄目だと思った。もう立てないと。立ち上がれないと。

 

 光が、あった。

 その人は、己自身の全てを捨ててでも自分を生かそうとしてくれた。

 

 優しく、気高いその人は。

 きっと、全てを守ろうとしていたのだ。だからこそ、苦悩し、恐怖し、絶望しながらも己を犠牲とする選択をした。

 この場所は、そんな彼女が生きた場所。

 そして、己を捨ててでも守ろうとした世界。

 ならば、己のすべきことは決まっている。

 彼女が守ろうと願った世界。

 生きて欲しいと願ってくれた彼女に。せめてもの、想いを。

 

 

 

 

 向かい合うのは、人と精霊。命を懸けた決闘。

 

「先行は私だ。私は手札より『スクラップ・リサイクラー』を召喚! 効果によりデッキから『人造人間―サイコ・ジャッカー』を墓地へ送り、カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 スクラップ・リサイクラー☆3地ATK/DEF900/1200

 

 やはりというべきか、デッキは『人造人間』だ。精霊はそのほとんどが己自身を主軸としたデッキを用いる。同時にその構築は在り方が反映されたモノとなるらしい。

 檻に囚われているエンディミオンなどはわかり易いだろう。彼の在り方は己を犠牲にしようとも勝利を得るというもの。事実、彼のデッキにおける彼の役割は主に潤滑油としてのモノであり、メインというわけではなかった。

 だがおそらく彼は違う。サイコ・ショッカー。その能力は単純であるが故に強力だ。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 どんな戦術で来るかは読めないが、サイコ・ショッカーの能力は有名であるが故にわかっている。ならば、それを念頭に置いた戦い方をする必要がある。

 

「小僧! 無理をするな!」

 

 背後から言葉が飛ぶ。優しい人だ。

 

「大丈夫です。――僕は手札より、『聖刻龍―アセトドラゴン』を妥協召喚」

 

 聖刻龍―アセトドラゴン☆5光ATK/DEF1900/1200→1000/1200

 

 聖なる刻印を持つ龍が現れる。これは祇園が新たに手にした力だ。〝彼女〟が守護していた存在であり、友とも呼ぶべき龍たち。

 

「アセトドラゴンはリリースなしで召喚でき、その場合攻撃力が1000となります。そして永続魔法『幻界突破』を発動。場のドラゴン族モンスターを生贄に捧げ、同レベルの幻竜族モンスターを特殊召喚します。『闇竜星―トウテツ』を特殊召喚し、更に生贄に捧げたアセトドラゴンの効果により、『ギャラクシー・サーペント』を特殊召喚」

 

 闇竜星―トウテツ☆5ATK/DEF2200/0

 ギャラクシー・サーペント☆2光・チューナーATK/DEF1000/0

 

 二体のモンスターが場に並ぶ。その二体のうち、片方の姿を認めサイコ・ショッカーが眉をひそめた。

 

「幻竜族……?」

 

 未だその姿をほとんど確認されぬ存在だ。その反応も当たり前だろう。だがいちいち説明する義理もない。

 

「レベル5、闇竜星―トウテツにレベル2、ギャラクシー・サーペントをチューニング。――シンクロ召喚! 『邪竜星―ガイザー』!!」

 

 邪竜星―ガイザー☆7闇ATK/DEF2600/2100

 

 闇を纏う咆哮が響き渡る。その竜が放つ威圧感に、サイコ・ショッカーは僅かに呻いた。だがすぐさまそれを振り払うように手を振ると、祇園を睨みつける。

 

「ただの人間ではないな……! 左ではなく、右目に宿った精霊の力……成程、貴様もまたこの都市が生み出した業か!」

「……何のことかわかりませんが、僕は望んでここに立っています。そこに強制はありません」

 

 言い放つ。全ては己で選んだ道だ。そこに言い訳の余地はない。

 だがサイコ・ショッカーは嘆くように息を吐く。

 

「憐れな。己の背後にいる者がどんな存在かも知らぬとは」

「――永続魔法『補給部隊』を発動。更に『邪竜星―ガイザー』の効果を発動し、ガイザーと伏せカードを破壊」

 

 轟音と共に邪竜の力が拡散する。光を放ち、砕けていく邪竜。だがその内側から、眩い光が漏れ出した。

 

「僕はこの世界のことについてほとんど知りません。過去に何があったのかも知りませんし、元々精霊が見える人間ですらありませんでした。毎日を生きることに必死で、その果てにここへ辿り着いた」

 

 砕けた肉体。そこから、新たな幻竜が降臨する。

 幻の如く白く霞み、しかし、間違いなくそこに在る存在感。背に負うは神々の通り道たる赤き鳥居。

 

「不幸だったかもしれません。でも、それでも」

 

 龍大神☆8光ATK/DEF2900/1200

 

 神々しき龍を背に、少年は告げる。

 

「――憐れまれる覚えは、ない」

 

 誰から見ても幸せというような、恵まれた人生ではなかったかもしれないけれど。

 生きたいと願い、生きていて欲しいと願われた夢神祇園の道程は、誰かに憐れまれるようなものでは決してなかった。

 だって、少年は――……

 

「龍大神でリサイクラーを攻撃!」

 

 放たれたのは神気を帯びた光の奔流。一切の容赦もなく、その光がサイコ・ショッカーを撃ち貫く。

 

 サイコ・ショッカーLP4000→2000

 

 だがサイコ・ショッカーは動じた様子もない。くだらぬ、と祇園の言葉を一蹴する。

 

「己の立つ場所のことさえわからぬ者を憐れと言わず、何という」

「わかっています。ここはウイッチが生きた場所。それだけで十分です。――カードを一枚伏せて、ターンエンド」

「――ならばその理由を抱いて散るがいい」

 

 カードをドローし、吐き捨てるようにサイコ・ショッカーが告げる。そのまま彼は一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード『愚かな埋葬』を発動! デッキから『人造人間―サイコ・リターナー』を墓地に送り、効果発動! 『人造人間―サイコ・ショッカー』となっているサイコ・ジャッカーを蘇生し、その瞬間に『地獄の暴走召喚』を発動する!」

 

 サイコ・ジャッカーはフィールド、墓地に存在する時に『サイコ・ショッカー』として扱われる。それは、つまり――

 

「――永続罠『竜魂の源泉』! 墓地の邪竜星―ガイザーを蘇生!」

 

 邪竜星―ガイザー☆7闇ATK/DEF2600/2100

 

 甦る邪竜。ほう、とサイコ・ショッカーが笑った。

 

「気付いたか。だが無駄だ。――デッキより、三体の私自身を特殊召喚!!」

 

 人造人間―サイコ・ショッカー☆6闇ATK/DEF2400/1500

 人造人間―サイコ・ショッカー☆6闇ATK/DEF2400/1500

 人造人間―サイコ・ショッカー☆6闇ATK/DEF2400/1500

 人造人間―サイコ・ジャッカー☆4闇ATK/DEF800/2000

 

 一気に現れる三体のサイコ・ショッカー。だが、こちらにもまだ手がある。

 

「龍大神の効果! 相手が特殊召喚に成功した時、相手は自身のエクストラデッキから一枚絵ランで墓地へ送ります!」

「ほう。ならば二回分、二体のモンスターを墓地へ送ろう」

 

 龍大神はトリガーが特殊召喚成功時という緩い条件でありながら、相手のエクストラデッキを破壊するという凶悪な効果を持つモンスターだ。エクストラデッキというある種見えない場所を崩すためのカードなのだが……。

 現状、サイコ・ショッカーはこちらを超えていない。だが、何故だろうか。嫌な予感が収まらない。

 

「サイコ・ジャッカーの効果を使い、デッキから『人造人間―サイコ・ロード』を手札に。そして手札より、『スペア・ジェネクス』を召喚」

 

 スペア・ジェネクス☆3闇・チューナーATK/DEF800/1200

 

 現れたのはジェネクス・コントローラーに似た姿をした小型の機械だ。そのモンスターの登場により、予感が現実となる。

 

「レベル6、サイコ・ショッカーにレベル3、スペア・ジェネクスをチューニング。シンクロ召喚、『レアル・ジェネクス・クロキシアン』」

 

 レアル・ジェネクス・クロキシアン☆9闇ATK/DEF2500/2000

 

 漆黒の体躯を持つ機体。その効果は単純にして強力。

 

「レアル・ジェネクス・クロキシアンのシンクロ召喚成功時、相手の場の最もレベルの高いモンスターのコントロールを得る」

 

 コントロール奪取。しかも、奪われるモンスターは。

 

「――――」

 

 己の牙が、自分自身へと襲い掛かる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 戦場は混沌としていた。襲い来る機械の集団と、それに抗う魔導戦士の部隊。流石というべきか機械同士の連携は実に精密であり、想定以上の苦戦を強いられている。

 攻勢に出るのはサイレント・ソードマン率いる魔導戦士ブレイカーを主体とした部隊だ。一兵卒としてそれぞれが平均より遥かな力を持つ彼らも、数の暴力を前にすれば思うようには動けない。

 だが、そんな戦場にあって最前線。機械兵団の中心で一騎当千の動きをする者たちがいた。

 

 

「――借りるぞギルフォード卿」

 

 言葉と共に、エニシが近くに突き立っていた槍を手に取った。『城壁崩しの大槍』――身の丈よりも巨大なそれを片手で持つと共に軽く回転させ、短い吐息と共に投擲する。

 

「……むぅ。貫けぬか」

 

 豪速。凄まじい速度で放たれたその槍は正しく敵陣、それもおそらく本陣と思われる場所を守るギアギアーマーたちの一団へと直撃した。

 しかし、数体を屠りはしたものの陣を崩すには至らない。合戦とは結局、大将首を挙げた方が勝つ。それを狙っているのだが、本体の防備があまりにも固い。

 

「ふむ。気になるの。何がおるのか……ヤリザの奴がおれば、無理矢理にでも道を開けるのじゃが」

 

 現在修行と称して各地を放浪中の特攻隊長のことを思い浮かべる。あの槍使いの本質を貫く力はこういう時にこそ重宝するのだが。

 まあ、いない者について考えても仕方がない。今ある手札でどうするかを考えるべきだ。

 

(さて、どうしたものか。こやつら想定以上に気が乗っておる。このままでは少なくない被害が出よう)

 

 そして妙なのは未だ向こうの目的が見えない点だ。いや、目的はわかっている。エンディミオンへの攻撃。しかし、その背景が見えてこない。

そもそも、数がおかしい。万を超える軍勢――確かに強大だが、エンディミオンを攻めるには少な過ぎるのだ。

 

(目的は別、か?)

 

 考え難いが、その可能性もある。そうなると、相手の目的は何になるのか。

 

「――まさか」

 

 思い至る。可能性は低い。あの男がいる場所に辿り着くには命がいくつあっても足りないくらいの罠を掻い潜らなければならないはずだ。

 しかし、それができるのであれば――

 

「ちと、調子に乗り過ぎたか……?」

 

 自分はすでに退けない位置にまで来てしまっている。少し離れた場所にギルフォード・ザ・レジェンドもいるが、自分たちがこうして最前線で好き勝手に暴れているからこそ後方の部隊が動き易い面もあるのだ。下手に合流すれば数で押し込まれかねない。

 そうなると、今できることは――

 

「――信じるしか、ないかのぅ」

 

 向かってきた機械の足を一刀の下に斬り捨て、エニシは呟く。

 彼の側にはあの少年がいるはずだ。ならば、信じるしかない。

 かつての戦いでも、〝悲劇〟に辛くも勝利した一押しは人の力が理由だ。だからこそ、エニシは期待してしまう。

 弱いとは知っていても。

 愚かだとは理解していても。

 それでも、人を信じようとしてしまう。

 

 だから、見せて欲しい。

 己を通したその決意と意志の、終着点を。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 奪われた龍大神。その攻撃力の高さと効果は味方とすると頼りになるが、敵に回すと厄介だ。特に祇園のデッキにおける主力はあくまでエクストラデッキのモンスターたちである。特殊召喚による展開、そこからの連続シンクロが基本戦術なのだ。

 龍大神。あのモンスターは場に残すと祇園のデッキを壊滅させかねない。

 

「貴様の主力は見たところ、シンクロモンスターだろう? 己のモンスターによって滅びるがいい。――龍大神でガイザーを攻撃!」

「ッ、破壊されたため補給部隊の効果でドローし、ガイザーの効果を発動! 破壊された時、デッキから幻竜族モンスターを特殊召喚する!」

 

 この状況を一時的に凌げるモンスターはいる。だがそれは本当の意味で一時凌ぎだ。

 何を出す――そう思い、引いたカードを確認。

 

(――このカードは)

 

 道が開けた。祇園はデッキからそのモンスターを特殊召喚する。

 

「デッキより、『破面竜』を特殊召喚! 龍大神の効果により、『転生竜サンサーラ』を墓地へ!」

「凌ぐだけか。サイコ・ショッカーで追撃!」

「ッ、デッキから『獄落鳥』を特殊召喚します! そして『ドリル・ウォリアー』を墓地へ!」

 

 祇園LP4000→3700

 獄落鳥☆8闇ATK/DEF2700/1500→2800/1500

 

 現れるのは地獄に住まう怪鳥だ。残る二体のモンスターでは超えることはできない。

 

「ふん、それで凌いだつもりか?――速攻魔法『禁じられた聖槍』。攻撃力を800ポイント下げ、魔法・罠の効果を受け付けなくする。レアル・ジェネクス・クロキシアンで攻撃!」

「ッ、くっ……!」

「私自身でダイレクトアタックだ!」

 

 放たれた一撃が、祇園の体を貫いた。衝撃が大気を揺らし、思わず祇園は膝をつく。

 祇園LP3700→3200→800

 

「小僧……!」

 

 エンディミオンの声が聞こえた。その言葉に込められた感情は、怒りか、それとも別の何かか。

 

「今の一撃を受けても意識を保つか。成程、私の前に立つだけのことはある。だが、人間。貴様は理解しているのか? この都市の罪深さを。貴様が背負うその男が、どれだけの巨悪であるのかを」

「……知りません。僕は精霊界の事情なんて知らない」

「無知でありながらもこの場に立つ。それがすでに罪深きことと知れ。……いや、それともその右目。貴様もまたこの都市の罪であるのか」

 

 その言葉に、祇園は眉をひそめた。サイコ・ショッカーはどこか哀れむような視線をこちらに向けている。

 

「『ひだり』とは『霊垂り』。貴様のように精霊と一体になった者は精霊が主体であれ人間が主体であれ、永き時の中で確かに存在した。だがそのほとんどがその結果を左に宿す。貴様のように右目に現れる者を、我らはこう呼ぶのだ」

 

 ――失敗作、と。

 憐みの視線はそのままに、サイコ・ショッカーはそう言った。

 

「そんな体になってまで、何故そこに立つ? 貴様をそんな体としたのは、そこにいる大罪人ではないのか?」

「違います」

 

 己のデッキからカードをドローし、祇園は言う。

 

「これは僕自身が選んだ結果です。誰のせいでもない。僕自身が選んで、こうなった。こう、なり果てた」

 

 誰のせいでもない、己自身の選択。それ故に、夢神祇園はここにいる。

 

「――魔法カード『マジック・プランター』発動。無効となっている『竜魂の源泉』を破壊し、二枚ドロー。そして魔法カード『シャッフル・リボーン』を発動。墓地から『ギャラクシー・サーペント』を蘇生。『幻界突破』の効果を発動し、生まれ変われ――ギャラクシー・サーペント」

 

 闇竜星―ジョクト☆2闇・チューナーATK/DEF0/2000

 

 現れたのは、闇を纏う竜星だ。祇園は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「ジョクトの効果を発動。自分フィールド上ジョクト以外のモンスターが存在しない時、手札の『竜星』カードを二枚墓地へ送ることでデッキから攻撃力0と守備力0の竜星を一体ずつ特殊召喚する。手札の『光竜星―リフン』と『竜星の具象化』を墓地へ送り、『炎竜星―シュンゲイ』と『水竜星―ビシキ』を特殊召喚!」

 

 炎竜星―シュンゲイ☆4炎ATK/DEF1900/0

 水竜星―ビシキ☆2水ATK/DEF0/2000

 

 現れた二体のモンスター。周囲に、光が満ちる。

 

「レベル4、炎竜星―シュンゲイとレベル2、水竜星―ビシキにレベル2、闇竜星―ジョクトをチューニング。――光よ、降れ」

 

 天より、美しい光が降り注ぐ。

 神々しきその光。その光を浴びながら、しかし、その在り方があまりにも歪なその少年は、一体何者なのか。

 

「『輝竜星―ショウフク』!!」

 

 輝竜星―ショウフク☆8光ATK/DEF2300/2600→2800/2600

 

 金色の体躯を持つ伝説の竜。その竜が、歓喜の咆哮を上げた。

 

「ショウフクの効果を発動! シンクロ召喚成功時、素材とした幻竜族モンスターの数までフィールド上のカードを対象に発動できる! そのカードをデッキに戻す! サイコ・ショッカーとレアル・ジェネクス・クロキシアン、龍大神をデッキに戻します!」

「何だと……!?」

 

 行われた特殊召喚は三回。故に三体のモンスターが墓地へと送られる。

 送られたのは、『波動竜フォノン・ドラゴン』、『ダークエンド・ドラゴン』、『アクセル・シンクロン』の三体だ。

 

「これで場は空きました。……打つ手は、ありますか?」

 

 ショウフクの一撃が通れば、それで決着だ。龍大神――その効果は祇園にとって確かに天敵とも呼べる効果である。しかし、ただそれだけならば打つ手はある。

 昔とは違う。もう、敗北は許されないのだ。

 ならば――己にできる全てを込めて、戦うのみ。

 

「小僧……貴様は……」

 

 茫然とした声。その言葉の意味は、一体何か。

 

「おのれ……おのれえッ……!」

 

 呻くように言うサイコ・ショッカー。彼は憎悪に滾る瞳をこちらに向け、言い放つ。

 

「私を倒したとて! 貴様らの罪は消えぬ! 我が同胞の無念を、我らは決して忘れはしない!」

 

 その憎悪が向けられているのは未だ囚われているエンディミオンに向けられていた。どういうことか――問いを発しようとして、祇園は口を噤む。

 何も知らない自分が、今これからこの精霊を倒そうとしている自分が何を聞こうというのだ。

 

「――ショウフク」

 

 短い言葉だった。サイコ・ショッカーがそんな祇園に貫くような視線を向ける。

 

「また踏み躙る気か……! 貴様も同罪だ、人間!」

「ダイレクトアタック」

 

 光の奔流が、その身を貫いた。

 ずきりと、胸が微かに痛む。

 

 ――敗北は、許されない。

 それは、全てを踏み躙ることと同じだ。

 だが、決めたのだ。なら、こうあり続けるしかない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

解放されたエンディミオンが倒れ伏したサイコ・ショッカーに近付くのと共に、祇園もまた彼の側へと寄っていった。

 命までは奪っていないはずだ。見下ろすと、こちらへ憎悪の瞳を向けてくる。

 

「魔導王……!」

「話せる元気はあるようだな。――問おう。貴様が今回の主犯か」

 

 その喉元に杖を突き付け、エンディミオンが問う。サイコ・ショッカーはこちらを睨み付けたまま、更に言葉を紡いだ。

 

「黙れ……! 先に手を出したのは貴様らだろう……!」

「……要領を得ぬ。少なくともここ百年、我らが他へ侵攻した記憶はない」

「白々しいぞ魔導王……! 同胞の無念を、私は――」

 

 鈍い音が響き、それと共に言葉が途切れた。エンディミオンが息を吐き、己の手で気絶させたサイコ・ショッカーを見据える。

 

「話にならぬ。……結界は起動したか。ゆくぞ、小僧。この精霊を連れ、戦闘を停止させる」

「できるんですか?」

「首魁であるならば無論のこと、我に対する暗殺者の類であったとしても晒せばその策の不発に気付くだろう。使者を立てることもなく攻撃をしてきた辺り、対話の意志はないのかもしれんがそれは向こうの都合だ。我には関係ない」

 

 言い切り、サイコ・ショッカーへ手を伸ばそうとするエンディミオン。その瞬間、閃光が二人の姿を覆い隠した。

 

「――スターダスト!?」

 

 閃光竜スターダスト。夢神祇園の魂の形たるその竜が、二人の身を守っていた。

 そして、その障壁の向こう。そこに立つのは、一人の女性。

 

「……防がれました、か。優秀な精霊です」

 

 興味無さげに言うその女性の背後には、一体の竜がいる。

 神々しさを纏い、白き翼を持つその竜の名は――竜姫神サフィラ。

 神の名を持つその精霊を従え笑う一人の女性。祇園はその人物を知っている。つい先日、見た姿だ。

 

 ――アニーシャ・パヴロヴァ。

 先のエキシビションにおいて彼の皇〝弐武〟清心と戦った世界ランカーだ。

 

「しかし、勝てるとも思っていませんでしたがまさかこんな形になるとは。……何者です、あなたは?」

 

 その瞳が祇園を捉える。思わずその足が退いていた。

 言動は理性的であるし、おかしなところもない。だが、これは。

 

「――何者だ」

 

 エンディミオンがその杖を向けながら言葉を紡ぐ。アニーシャは肩を竦めた。

 

「答えると?」

 

 微笑。背筋に悪寒が走った。本能が告げている。

 ――アレは、おかしい。

 

「……成程、まともではないようだな。貴様が黒幕か」

「わかりますか。そこの少年もそうみたいですね。――どこへ行ったのか、と探していました。成程、こんなところに」

 

 クスクスと笑うアニーシャ。その口元は変わらずずっと笑みのままだ。だが、その瞳。狂気を纏うその瞳だけが、ずっと変わらずこちらを射抜いている。

 アレは、まともでは……ない。

 

「……どういう、ことだ……!」

 

 呻き声が聞こえた。振り向くと、サイコ・ショッカーが震える体で立ち上がろうとしている。

 

「貴様が、我らに……!」

「説明は、必要ですか?」

 

 嘲笑うように微笑むアニーシャ。その言葉を引き継ぐように、背のサフィラが言葉を紡いだ。

 

『歯車街。魔法使いに全てを滅ぼされ、その場に偶然居合わせた我らがその魔法使いを討ち取った――そんな戯言を信じたのが過ちでしょう』

 

 その言葉がどういう意味を持っていたのかはわからない。ただ、サイコ・ショッカーは茫然と目を見張り、肩を震わせた。

 

「……な、ん……」

「楽しかった、ですよ。あの〝大怨霊〟の気持ち、少しはわかります。――他人が踊るのは、とても楽しい」

 

 でも駄目です、とアニーシャは言った。

 

「やはり私自身が直接楽しめないと意味がない」

「……狂人が」

 

 吐き捨てるようにエンディミオンが言うと、アニーシャはまた微笑んだ。

 

「狂っているならそれもまた悦。私の理由付けなど世界に任せておけばいい。私は私の理由でここにいるのです」

「己の欲で世界を滅ぼす気か、狂人」

「その程度で滅びる世界、いらないでしょう?」

 

 あはは、と笑うアニーシャ。ふざけるな、と地に這いつくばったサイコ・ショッカーが吠えた。

 

「貴様らが我らが同胞を殺したのか!?」

「勝手に信じたのでしょう?――あの魔法使いは、最期まであなたの仲間を守ろうとしていましたよ」

 

 あはは、と笑うアニーシャ。その言葉に応じるように、背後に控えるサフィラの翼がはためいた。

 

「――それでは、ご機嫌よう」

「待て、一つだけ聞かせてもらおう」

 

 立ち去ろうとする一人と一柱。止めることは不可能と判断したのだろう、エンディミオンがアニーシャへと言葉を紡いだ。

 

「貴様らの目的は何だ」

 

 問いかけ。それに対し、さて、とアニーシャは諸手を広げて首を傾げる。

 

「興味がありません、が、そうですね。……この世界を滅ぼす、と、そう聞きました」

 

 そして、その姿が光に包まれて消えていく。その光景を見送り、エンディミオンが短く息を吐いた。

 

「ふざけた狂人だ。このまま我らを食い合わせればいいものを、わざわざ姿を現したとはな」

「え……どういうことですか?」

「簡単な話だ。黒幕であろう〝悲劇〟の思惑は知らぬが、アレはもっと単純でふざけたルールに則って行動している。ああいう手合いはいつの時代にも必ず現れるのだ。己の命さえもどうでもいい。ただひたすらに闘争を望む手合いはな」

 

 わざわざ姿を現したのも、全ての憎悪を自分に向けることで己を矢面に立たせるため――エンディミオンはそう言い切った。そして、サイコ・ショッカーへ視線を向ける。

 

「貴様はどうする? すでに答えは出ていると思うが」

「…………」

 

 その言葉に、サイコ・ショッカーは一度強く唇を噛みしめ。

 その結論を、口にした。

 

 

 世界のほんの片隅で。

 少年が今、復活の狼煙を上げる――……

 










安心感のある祇園くんとかいう冷静に考えると恐ろしい状態。
さーてさて、誰が生き残るのやら

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