インフィニット・ストラトス~前世の記憶を持つ者~(完結) 作:ダーク・シリウス
ISコア奪取の快進撃は破竹の勢いのごとく順調で成功を果たした。四六七個のISコアもいよいよ半分以下となり世界各国は一誠に対する危険視を更に高め、最高レベルの厳戒態勢で守備を固めるものの・・・・・。
「うん、普通に無駄だから」
禍々しい生物達でけしかけ無力化。中には肉食恐竜みたいな生物も交じって基地の兵士達を蹂躙。
IS操縦者との対決もあっさり倒しのける一誠はもはや誰も止められない。中には千冬と同じ世界最強のIS操縦者と称されていた者もいたが一誠の前では無力であった。
「答えてくれないか?織斑一誠・・・・・全てのISコアを奪ってなにをするつもりサ・・・・・」
「本来のISの在り方に戻すだけさ。武器を持たずただ人に翼を与える自由な鳥のようにさ」
「・・・・・それだけの為に、世界を敵に回したというのサ・・・・・・?」
「未成年に人を殺せる武器を持たせる大人は人徳なんてないだろ?さて、勝負の約束通り、俺と一緒に来てもらうよ。愛猫も連れてさ。―――アリーシャ・ジョセスターフ?」
後に基地は消滅したが襲撃された他の基地と同じように兵士達は全員殺されずにいた。
「・・・・・残りは数十個。全部終われば、また昔のように・・・・・あはははっ!」
そこに悪意はなかった。ただ、あの時の幸せな時間の中で生活できる環境を取り戻したいと願う子供の思いが突き動かしているのだった。例え、それが叶わぬ運命であろうとやらずにはいられない。
とうとう後が無くなり、各国は世界首脳会談と称した作戦会議を開いて議論を飛ばし続けた。しかし、それすら建前で本当は日本に対する非難と罵声、責任の追及と賠償の要求だった。
「日本のせいで我が国のコア全て奪われた!この責任を日本はどう取るつもりだ!」
「もしや奪ったコアを全て日本が保有していないだろうな!?」
と、こんな風に日本に対する風当たりが台風のように強い。日本政府、大統領は取りつく島もないほど言い返す暇もなく、ただ非難と罵声をその体一つで受け続ける他なかった。
一方、IS学園では―――――。
『隊長・・・・・申し訳ございません』
「いや・・・・・お前達が無事で本当に良かった」
『気を付けてください隊長・・・・・織斑一誠は・・・・・ISでも勝てません』
携帯の通信を切るラウラを見守るのは十数の眼。ダリルとフォルテ、楯無以外の一年の専用機持ち全員が屋上に集って通話を終えたラウラにシャルが開口一番に声を掛けた。
「誰だったの?」
「ドイツにいる副官だ。・・・・・やはり、基地を襲撃され迎撃したが、命は助けられたものの基地諸共全滅だ。コアも全て奪われた」
「となると、ドイツのISはあんたの『シュヴァルツェア・レーゲン』のみになったわけね」
「それはお前も同じだろう。中国の基地や企業からコアを奪われたそうじゃないか」
「基地とは関係ないけどさ。デュノア社も破壊し尽くされちゃったようだよ」
「・・・・・そうか」
ISと関わっている基地や企業会社を破壊。しかし、人間の命は奪わないことから本当にISだけを狙っているのだと改めて認識する一夏達。
「世界中にあるコアとISを把握しているなんてまずあり得ない。きっと束さんが協力しているからできる芸道なんだろうな」
「ISを作った稀代の天才博士の下にコアの殆どが戻ってきているというのかよ?」
「コアを手に入れて何をするか分からないけど、間違いなく世界最強のコンビ・・・・・」
ISに関して、束の右に出るものはいない。戦闘に関して一誠より強い者はこの世にいないかもしれない。
この二人が手を組めば―――世界征服なんて朝飯前だろう。
「私達のISも、破壊されちゃってコアを取られちゃうかな・・・・・」
「・・・・・そんなこと、させませんわ」
セシリアがポツリと零した。青い瞳に譲れないという意欲の炎が燃え盛っている。守るべきものがある、それを奪う一誠に許すつもりはない。
「倒して見せますわ。私は守りたいものがありますから」
「倒すって・・・・・相手は―――」
「人だと、そう仰りたいのですの?―――化け物になれるあのお方を」
「「・・・・・」」
「私は手加減しませんわ。申し訳ございませんが、お二人のご兄弟であろうと命を奪う覚悟で戦いますわ」
一夏と秋十に向かって断言するセシリアの気持ちは本物だとこの場にいるセシリア以外の全員が感じ取った。
「・・・・・」
モグモグ、と大きめの握り飯を頬張る件の人物=一誠も感じた。
『・・・・・』
「・・・・・?」
全員、一誠の方に視線を送って目をパチクリと瞬いた。どうした?とばかり小首を傾げる一誠に―――。
驚愕の悲鳴を空にまで轟かせた専用機持ち一同。
「お、おま、一誠っ!」
「まさか、もうここを狙いに来たってわけ!?」
「目標を補足。ただちに捕える」
「い、一誠・・・・・!」
一斉に臨戦態勢に入り、ISを展開した一夏達の周囲の空間が歪み、そこから数多の鎖が飛び出して両手足胴体、背部のスラスターや肩部、BT兵器に巻き付き身動きや攻撃を封じてみせた一誠に驚きを隠せない。
「落ち付け、別にここを襲撃しに来たわけじゃない。ちょっと休憩する為に寄った程度だ」
「何ですって!?」
「ああ、今だけちぃーねぇーちゃん達に知らせるなよ。ISを破壊してコアを奪う前に夏兄達に聞きたいことがあるんだ。それを聞けたら解放するよ」
握り飯を食べながら一人一人顔を見渡す。
「言っておくけど、皆が俺に勝てる要素は何一つもない。それを考慮した上で質問に答えて欲しいかな」
「私達の動きを封じてなければ勝てないような相手に私達が勝てないですって?」
「好戦的でいいけど、もう俺の手中だからな?」
一誠の影から禍々しい生物が湧き出てくる。その生物はこの世の生物とは思えないほど醜く、姿もバラバラで凶悪な牙と鋭い爪があることだけ共通している。
「なんだよ、この生き物は・・・・・!」
「ファンタジー的な言い方で言うと魔獣だ。魔の獣と書いて魔獣」
「ま、魔獣・・・・・!?」
「今まで襲撃した基地や企業会社の殆どがこいつら魔獣によって破壊された。ISもシールドエネルギーがなくなれば―――言わなくても解るよな?絶対防御も然り」
ゾッとした。一誠だけでも驚異的なのに、魔獣まで加わればもう打つ手なしどころかどうしようもなく成す術もないまま蹂躙されるのが目に見えている。
「さて、用件を済ませようかな。質問の内容は箒と同じだ。―――皆はどうしてISを持って戦う?その理由を聞きたい」
とてもシンプルな質問だった。箒も一誠から問われた質問に答えたことがあるので、純粋に聞きたがっていることを理解している。
「セシリア。さっき守りたいものがあると言ったけどそれはなんだ?」
「・・・・・家ですわ」
「家か。確か、両親は事故に巻き込まれて死んで莫大な遺産が手元に残ったんだったな。主にいくつか会社を経営していた母親の方だけど」
「・・・・・プライバシーの侵害ではなくて?」
「二人の兄に付き纏う女の善し悪しを調べて何が悪い?」
このブラコン。と誰かが心の中で呟いたのを気付かない一誠。
「両親が遺した遺産を守りたい方か?それとも家?」
「両方ですわ。その両方を守る為に専用機持ちとなりこの学園に来たのですの」
「ふーん、なるほどな。次シャル」
指名されたシャルは、直ぐに答えず言葉を選ぶようにしばらく考える素振りをした。
「・・・・・僕は父の命でISの適性を受けて適正値が高かったからIS乗りとなったようなものだったよ」
「ISが動かせる夏兄達に近づいて、男が動かすISのデーターを盗む為か?」
「・・・・・教えてないのに良く分かるね。うん、まあそうだよ」
「じゃあ、自分の意志で専用機持ちになったわけじゃないと言うことだな?」
その指摘に肯定と首を縦に振った。が、シャルは後に訂正と付け加えた。
「でも、そのおかげで・・・・・代表候補生となったおかげで皆と出会えたから心から感謝しているよ」
「・・・・・変なの。悪くないけどさ」
「そ、そうかな・・・・・?」
「でも、学園を卒業したらどうする?デュノア社はもう破壊したし、基地も破壊した。お前の帰るべき場所は他にあるか?―――お前のISを破壊してコアを奪った後でだ」
決定事項なことをシャルに問い詰める。フランスに戻っても、何もないのであれば路頭に迷うだけだ。
握り飯を食べる一誠にシャルは・・・・・。
「えっと、一夏に世話してもらおうかなーって」
「―――ほう?」
照れくさそうに、手が自由だったら頬を掻いていただろうシャルの発言で目付きが変わる一誠。
「織斑シャルロットと名乗る気でいるな?」
「ふぇっ!?」
「―――全部終わったら、おいおいそのことについて二人きりで話し合おうか。なあ、『お義姉さん』?」
「あ・・・・・あははは・・・・・」
お手柔らかに・・・・・と思わずお願いしてしまったシャルから視線を反らし、ラウラにも同じ質問を飛ばす。
「ラウラは?培養カプセルで生まれて自分の意志とは無関係に軍人として育てられたんだ。ISを持って戦う理由はない方だと思うけど」
「・・・・・」
一誠の言っていることは遠からず肯定的だった。冷たい鉄の中で生まれ、当然のように軍人としての育成を受け、ISも命令されるままに操縦させられていた。そこに自分の意志はない。ただ命令され続けていただけだった。
「・・・・・そうだな。嫁の言う通りだ。だが、今は少し違う」
「?」
「教官とお前と出会って、私は二人のように強くなりたい、そんな憧れを抱いた。そして、お前を気に入り私の嫁にしたいという恋心も抱いた。それはISが現れたことで巡った出会いで初めて戦いの為に作られ生まれた私の最初の気持ちだ。だから、私は教官と嫁を引き合わせてくれたISに少なからず感謝をしている」
吐露するラウラの気持ち。千冬に連れられる形で出会った一誠と当時、闇の中にいたラウラ。その時のことを脳裏で思い出しながら懐かしんだ。
「お前が全てのISを破壊する理由は分からないが、もしもISのせいにしているのならばそれはお門違いだ。―――一誠、お前のエゴで破壊しているだけだ」
「・・・・・自覚しているよ。でも、エゴだろうが自己満足だろうが俺はやり通す」
鈴の方へ視線を送る。お前はどうなんだと目で訴える一誠。
「・・・・・あたしは、親に言われてIS操縦者になったわよ」
「で?」
「代表候補生になったと知ったら喜んだわ。でも、それは自分の娘が他の一般よりも特別で親類にも優遇されるから。あたしに対して喜びもあったけど、家庭が裕福になれる喜びの方が大きかったかもね。特に母親の方は」
女尊男卑。男を見下す女は絶対にいないとは限らない。それに拍車を掛ける感じで更に増えた。女性の方が偉いと信じ込む女性はいるし、男性もそう思ってしまっている。娘が代表候補生となれば母親は大喜びだろう。軍に属する際に様々な恩恵と好条件が出されるのだから娘も親の為にと思って決断するかもしれない。
「軍人として生きるつもりは正直微妙だけど、代表候補生となって・・・・・その一夏達と再会で切る切っ掛けとなっているから」
「夏兄のこと好きだもんなー?」
「―――っ!?」
ニヤニヤと乙女心をあからさまに指摘し、鈴の顔を真っ赤にさせた。縛られてなければ鈴のIS『
「ISに対して悪い印象はないとそういうわけでいいんだな?」
「・・・・・そうよ」
「んー、なるほどな。次は・・・・・本命の夏兄と秋兄に聞こうか?」
「・・・・・私は?」
「簪は知っているつもりだけど、あれから気持ちは変わったのか?」
楯無を追い掛けて何時かとなりに歩く。それが今の簪の目標であり一誠に背中を押されて進むことができた道標。
気持ちが変わっているかと聞かれた簪は首を横に振るう。
「変わって、ない。でも、一誠は私のISを・・・・・コアを奪うの?」
不安げで悲しげな表情で、『打鉄弐式』の完成を共に協力してくれた一誠に寂しそうに聞いた。
簪の心情を察したのか、バツ悪そうに頬を掻きだす。
「正直、簪のISとラウラのIS、箒のISのコアを奪うのは躊躇いがある。他は躊躇もなく出来るけどな」
「・・・・・何で私達だけ?」
「ん、正直言って好感を覚えている。簪については納得できる理由があるし、箒は幼馴染だし―――だから」
簪と箒、ラウラを縛る鎖を解いて一誠は手を差し伸べる。
「出来れば俺と一緒に来てくれないか?三人と戦うことにも抵抗がある。俺がISのコアの奪取を終えたら、誰かと何かに対して戦うことなんてなくなる。そうなれば残るのは過剰な力の無い世界の中で幸せに生きる時間と環境だけだ」
「「「・・・・・」」」
「これは俺の味方になってくれって言っているわけじゃない。ただ俺の傍にいて欲しいという願いだ」
誘われる三人。箒達も出来れば一誠とは戦いたくない。向こうもそう願ってくるのだから一誠も戦いたくないのだとそういう気持ちは嘘ではないのかもしれない
「戦いたくないならば、今すぐ基地の襲撃とISの破壊とコアの奪取をやめてくれないか?」
「無理。俺の人生を狂わせ家族を引き離した元凶だから」
「それって、篠ノ之束博士に対しても恨んでいるってこと?」
ならば、コアを作れる張本人をどうにかしなければISはこの世に存在し続けるのではないのかと誰もが心の中で思った。ISが元凶だったらそれを作った束はどうなのだと。しかし、面々が抱いている重いとは反して一誠は否定した。
「それはない。断じてな。あの人がどういう気持ちでISを作ったのか俺は知っているから」
「どういう気持ちで作った・・・・・?」
「お前ら代表候補生や国家代表、ISに関わる企業や政府が束ねーちゃんがどうしてISを作った理由を知っているのか?それを知っていてISを持っているとしたら俺は感嘆の思いだ」
―――誰一人として束がISを作った理由を知る由もない。誰一人一誠にその理由を答えることはできない。
知らないからだ。故に女尊男卑として変わった世界の中で世界最強のISを得る為に自分や家族の為に束がISを作った理由なんて気にしないで我が物顔で操縦していたのだこの十年間ずっと。
「まあ、こんなことしているのは俺がISの在り方に疑問を抱いているからだけどな」
「・・・・・え?」
「いや、何でもない。さて、話を戻すけど俺と一緒に来てくれないか?そうすればお互い戦わなくて済む」
再度、同行を求む一誠に箒達は・・・・・行動で意志を、答えを示した。召喚した武装を展開して一誠に突き付けたのだった。―――否定、拒否、拒絶と。
「・・・・・それが答えか」
「―――当然じゃない」
そんな声と同時にバッと現れた一つの影から水の連結刃が伸びて一誠の体に巻きついて拘束した。
「た、楯無さんっ!?」
「お姉ちゃん!」
「ごめんね。まさか、白昼堂々と忍び込んでくるなんて思いもしなかったわ」
ギリッと拘束する楯無の蛇腹剣『ラスティー・ネイル』に縛られる一誠は不気味なほど余裕そうな顔で楯無に顔だけ向けた。
「警戒が緩いだろ。世界各国も平和ボケしていると勘違いしているんじゃないのか?ここは絶対に襲撃されないって保証はないだろうに」
「警備は完璧じゃないって言い方だけどそれは仕方ないわよ。人間だもの」
「そうだな。俺も完璧な人間じゃないから気持ちは分かる方だ」
「あら、人間だって今でも思っているの?」
「嫌な言い方だな。俺が化け物みたいじゃないか」
「実際、化け物になれるのだから化け物じゃないかしら?」
楯無は一夏達の周囲にいる魔獣を見つめる。一誠が何らかの方法で従えているのならば、今でもそれが機能しているのだろう。どうにかしてこの状況の流れをこちら側に引き寄せられないか、冷静になって言葉を発した。
「織斑君。死にたくないなら今すぐ彼等の拘束と不気味な生物達を引きさがらせてくれないかしら?」
「・・・・・俺を殺すか?」
「その権利は私達にあるわ。あなたはとても危険な存在だもの」
「・・・・・そっか。だったら」
一誠は縛られたまま楯無に近づき目と鼻の先で止まった。
「俺を殺せ」
「っ!?」
「せっかく俺を捕えたんだ。だが、それだけだ。俺を完璧に拘束する術は今のお前達には無いだろう?だったら俺を止める方法は一つ。―――俺を殺して止めるしかない」
違うか?とその問いは楯無の口を閉ざすのに十分な仮説だった。
「俺の四肢を切断したところで、生きている限り俺は変わらない力を発揮し続けるぞ。地下深く閉じ込めても脱出できる術がある。俺はそれぐらいの力を持っているんだ」
「どうした、俺を殺すチャンスを逃す気か?」
「っ・・・・・本気、なの?」
「ああ、本気だ。俺は死刑や終身刑では済まさないほどのことをしている。死ぬことを怖がってんじゃこんなことしてない。だから
「―――――っ」
真剣な表情で自分を殺せと叫ぶ人間を見聞したのは初めてだ。対暗部用暗部の次期当主として裏の人間達と戦ってきたこともある。しかし、殺生した事は一度もない。必要がないと判断しているからだ。相手を生きたまま無力化にする力がある故に手を血で染めたことは無い。ましてやそれがISでもだ。
「この『ラスティー・ネイル』を思いっきり引けば俺の体は細切れにすることができる。さあ、やれよ。俺を殺せ。じゃないと、俺は全てのISを破壊してコアを奪うぞ。それでいいのか、楯無」
引けば簡単に人体を引き裂くことができる。一誠に対する説得は不可。倒すことも不可能に近い。―――今しかない。一誠を倒すには殺すしかない。それが今この瞬間なのだ。楯無はそれを理解している。
しかし・・・・・楯無は一誠を引き裂くことを何故か躊躇っている。何故か?簪の手助けをしたから?一夏と秋十の弟だからか?虚のお気に入りの男性だからか?分からない。でも、やらなければならないのは頭でも分かっている。だが、心は・・・・・。
「っ・・・・・」
やらなければならない。でなければ、被害はまた増え続ける。今度はこの学園にまで襲撃される。
心を鬼にしなくてはっ。と感情を押し殺し、『ラスティー・ネイル』の柄をギリッと握りしめた楯無。
「―――私も何時か、あなたのもとに行くわ」
「だったら天国だな。楯無は天使になったら綺麗そうだし」
「・・・・・こんな時に女の子を口説くなんてやっぱり悪い子ね」
苦笑いを浮かべ、意を決した楯無に迷いはなかった。
「・・・・・さようなら」
最期の別れの言葉を送り、力を込めて一誠の体を切り刻む為に引っ張った。連なる刃が肉を裂き、骨を削って両断された人体は肉片となって屋上に散らばる―――そんな地獄絵図が迎えるとこの場にいる一同の頭にそのビジョンが浮かんだ矢先だった。一人の少女が駈け出して楯無が引っ張る『ラスティー・ネイル』を掴んで一誠を守った。
「ほ、箒ちゃん・・・・・?」
「っ」
信じがたいことだ、と目を丸くする。それは一誠も一夏達と同じ気持ちだった。いまさっき否定されたばかりなのに助けられるとは思いもしなかった。
「・・・・・まさか、織斑君が?」
「神に誓って違うと断言しよう」
「・・・・・」
箒が一誠を守ってしまった。千載一遇の機会を棒に振るった箒に驚きで開いた口が塞がらず食い入るように見つめる一夏達。
「どうしてだ?」
「・・・・・わ、分からない。体が、勝手に・・・・・」
当人も困惑の色を顔に浮かべている。頭で考えるよりも先に体が動いたとそんな感じで一誠を助けた箒に、一誠はジッと彼女の顔を見つめた後に息を吐いた。
「思いもしない誤算で助けられた恩を仇で返す訳にもいかないな。―――チャンスをやる」
「チャンス?」
「今夜、また俺はここに来る。その時はちぃーねぇーちゃん、織斑千冬とサシで勝負をして、俺が負けたら奪ったコアを全て返す他に何でも従う」
「・・・・・それで、あなたが勝ったら?」
「別に、俺が勝っても今まで通りに出来る限り全てのISを破壊してコアを奪う活動を続けるだけだ」
これが最大級の譲歩。純粋な格闘術での戦闘で千冬が勝てば全て丸く収まる。これ以上の無いチャンス、本当の意味での千載一隅の好機に楯無が返事をする前に一誠が虚空に消えた。
「夜の九時に第三アリーナだ。そう姉に伝えてくれよ」
捕縛する対象がいなくなり『ラスティー・ネイル』が下に落ちた。魔獣も靄のように霧散して消え去り、一夏達が拘束されている鎖も力が無くなったように弾けた。ISの機能でも周囲を確認しても一誠を探知できない。人の身でありながら完全なステルスの能力も有していることを察して溜息が零れる。
「・・・・・箒ちゃん。助けたことに関して注意したいところだけど、この機会を作る切っ掛けとなったからお咎め無しにしてあげる」
「・・・・・すみません」
「・・・・・いえ、私に謝るよりも私が箒ちゃんに感謝するべきだと思うの。・・・・・ありがとうね」
人の命を奪う感覚をしなくて済んだ。どこか安堵の表情を浮かべる楯無はどこまでも広がる青い空を見上げる。
一誠も誰一人として命を奪わない、奪っていない。そして恩を仇で返すことも良しとせず機会を与えた。
まだ、一誠の中に優しさが残っている証拠なのかもしれない。優しさが無くなる前に何としても止めなければならない。全ては―――今夜決する。だが・・・・・その日の内にISとコアを保有する国は日本とIS学園のみとなった。
―――♢―――
そして時間はあっという間に過ぎて午後八時五十分―――。外はすっかり暗闇に支配されアリーナが発するライトで明るさは保たれて真剣な表情を浮かべる千冬を照らす。黒ずくめの、まるで忍者のようなボディスーツを着た千冬がジッと視線を前に向けたまま微動だにしないで佇んでいる。戦闘準備は既に整えていて、武器は太股のホルスターにある鞘に収まった状態の六本の刀。今の千冬は異形のサムライみたいな出で立ちで黒い長髪をポニーテールにしている。
「・・・・・」
そのままの状態で五分が過ぎた頃・・・・・。千冬の眼前に一筋の光が円陣に走りだし、幾何学的なサークルが完成した直後、眩い閃光と共に一誠が現れた。腰に青い鞘に収まっている剣と背中に背負う大きな剣。
「ん、久し振りちぃーねぇーちゃん」
「・・・・・一誠」
「話は伝わっているようだな。邪魔する者もいないようだし安心した」
朗らかに話し掛ける一誠は千冬の姿を見て高揚感を覚えた。あの憧れの姉と真剣で本気の勝負ができる。
勝敗はこの際どうでもいい。自慢で誇りの姉と戦える喜びが一誠の精神を高ぶらせている。
「一誠、確認したい。私が勝てば何でも従うのだな」
「生命に関わるようなこと以外は」
「・・・・・当然だ。私がお前の命を危ぶむことを願うか」
「分かっているよ。ちぃーねぇーちゃんが家族に危ないことをさせるなんて・・・・・って、しているか」
それは一夏達に対して言っているのだろう。千冬も自覚して否定しなかった。
「・・・・・そう言えば覚えている?昔俺がちぃーねぇーちゃんに言った言葉」
「・・・・・」
「あれ、今でも俺の気持ちは変わってないから」
当時の二人にしか知らない。千冬に勝てば一人の異性として付き合いたい、と娘が父親に『お父さんと結婚したい』という同レベルの願望。しかし、今となっては・・・・・。
「・・・・・もう世界を敵に回すようなことをするな」
「そうしたのは日本政府だ。政府とISは俺から何もかも奪った。―――だから許せない」
そう発した一誠の瞳の奥を覗けば・・・・・悲哀の色が見えてしまった千冬。
「ちぃーねぇーちゃんが中々帰ってこなくて寂しかったよ。それどころか夏兄と秋兄までいなくなって・・・・・仕事から帰れば誰もいない暗くて寂しい家・・・・・。賑やかな食事も雑談もめっきり減った家の中で俺は、三人分の食事を作って待っていた時もあるよ。だけど、誰も家に帰ってこなかった。くれなかった。信じていたんだよ?でも・・・・・帰ってきてくれなかった。―――そんなにISの方が大事なのかよ?」
「・・・・・っ」
「もう、仕事をする意味が分からなくなってきたところで政府が俺の仕事を奪った。・・・・・俺を捕まえて研究材料にするか、IS学園に通わせるかだろうけどな」
泣きそうな雰囲気を醸し出す一誠は力が無い笑みを浮かべる。
「だったら、ISが無い世界に再び戻したら・・・・・また、昔のような生活もできるんじゃないかって思った時に家が奪われた。・・・・・それでもまだ我慢していた方だよ。だけど・・・・・」
間を置いて一誠は言い続けた。
「口を揃えばIS学園に通え、IS学園に来い。お前を保護する。そんな同じことしか俺は聞いてない。俺のこと心配している言葉なんて、結局はISを関われって意味合いじゃないのか?」
「―――それは違―――!」
「違うなら、何で俺だけこんな散々な目に遭っているの?保護なんて大人の都合で言っているんじゃないの?」
ギュッと拳を握る一誠の心情は悔しさに満ちていた。
「俺は、ISよりも家族と過ごす時間が大事だったんだよ。仕事だって、ちぃーねぇーちゃんの負担を減らして笑って過ごせる幸せな日常を遅れる為だったんだ。それを政府とISが―――奪った!」
悔しさが言葉に籠って千冬の心に響かせた。一誠の気持ちを理解していない千冬ではない。感謝もしている。一誠が大人顔負けの仕事とその量をこなし、家庭を支え豊かにしてくれた。全て、千冬達唯一の兄弟と幸せに暮らす為だということを知っている。でも、知って尚・・・・・三人は一誠から離れざるを得なかった。三人がいなくなってから一誠は孤独感を覚えた。疑問も抱いた。虚無感も感じた。何の為にしているんだろう・・・・・と。
「―――だからちぃーねぇーちゃん!俺は決意したんだ!ISを全部破壊してしまえば、また昔のように四人で、今度は五人でずっと一緒に暮らせるんだって!もう寂しさもつまらなさも感じないあの時のようにさ!」
・・・・・一誠の眼から涙が出る。一誠から純粋な狂気が伝わってくる。間違っているだろうとしても、止められない、止まらない、止める気はさらさらない。
「一誠・・・・・!」
「さあ、勝負だちぃーねぇーちゃん!これ以上俺の暴挙を止めたかったら殺すつもりで倒さなきゃ駄目だよ!?俺は、文字でも言葉通りでもISを上回っている最強の化け物なんだからさ!」
―――九時丁度と同時に突貫してくる一誠。躊躇のない動きと目に宿る光と色は本気だと感じる。腰の鞘から抜いた黄金の剣で下段から上段への振るいに対して、千冬の上段から下段へ振るう刀が直撃し、鍔迫り合いをする。
「―――――」
「へぇ」
その手の達人はたった一合だけで相手の力量を計れると言う。千冬は一誠の力量をどこまで計れたのか、驚きの色を浮かべている表情を浮かべて把握できたようだ。
「お前・・・・・」
「言葉より、剣で語った方が早いよ―――嵐脚」
爆発的な脚力で鎌風を起こす技法。振るった足から飛ぶ斬撃が放たれ、回避し切った瞬間の千冬に向かうものの、刀で軌道を反らすように受け流した。
「―――一誠っ」
「あはは、もう一度!」
もう一度足を振るって嵐脚を放てば、もう見切ったとばかり片手で持つ刀を振るって防いでみせた千冬に向かって正拳突きをした直後に、彼女は見えない何かとぶつかって吹っ飛ぶ。が、悠長に見ている一誠ではない。
衝撃波を食らったのだと実感した千冬と狂喜が孕んだ目をする一誠がそれからお互いぶつかりあい、一撃離脱、舞うように剣戟を繰り広げた。
強い・・・・・。
千冬は一誠の剣術に感嘆の一言を洩らす。未成年でありながら、ブリュンヒルデと地上最強のIS乗りの自分と互角に渡っている。一瞬の油断も隙も許されない戦い、学園で教師として教鞭を振るっている間に、見ない間にどこでどうしていればここまで強くなったのか驚きと困惑よりも感心する気持ちの方が湧き上がった。
千冬は―――一気に熾烈で怒涛の攻撃をするようにした。勝つためには全力で挑まなければならないとの思いからだ。それでも一誠は完全についてきている。千冬の技と駆け引きに。
「ははは!強い、強いよちぃーねぇーちゃん!」
「(一誠・・・・・!)」
千冬は二刀流でありながら一誠はたったの一本。それも本来の超常現象やイレギュラーな力を使わず肉体的、格闘術や剣術だけで千冬を圧倒している。
「っ・・・・・」
豪快で隙があるようにも見えるが、それは全て誘い。剣術だけじゃなく体技も心得ている。不用意に懐へ飛び込めばその餌食となる。中々攻め辛く、厄介なのである。そんな時、不意に一誠が足を高々に振り上げた。鎌風を呼び起こす動作と一緒だったそれを千冬は距離を置いた。しかし、それは間違いだった。
「ふんっ!」
振り下ろした足は、地面を穿ち、クレータができた際に宙に浮かぶ土の塊が一誠の周囲に浮かぶと、拳で千冬がいる方へ打ち付け飛ばした。
「学園の施設を壊すなっ!」
怒鳴りながらも飛来してくる土の塊を一刀両断し一誠へ迫る。遠ざかればこのような飛び道具を放ち、近づけば刀と刀のぶつかり合い。千冬は接近戦を臨み、前へ前へと土塊を斬り捨てた。その内の一つも斬り捨てようと刀を振るった矢先、土塊に紛れて現れた一誠へ刀を突き付けた。
「おっと、流石にバレるか」
―――あろうことか手の平を突き付けた刀に押し付け、バギバギバギと折る芸道をしてみせる。
「―――っ!?」
ISでなければできないことをやってのけた一誠に珍しく目を丸くする千冬。手の中にある得物はもはや使い物にならない。固く握りしめた拳が己の顔面目掛けて突き出した一誠を見ながら得物を捨ててパシッと手で逸らす。続いてもう片方の拳も突き出されては同じように逸らしたが、その場で高速回転した一誠は拳を横薙ぎに振って裏拳で千冬を狙った。しかし、それでも千冬は見切って、上半身だけかわし、一誠の足を足で振り払う。
「っ!?」
「終わりだ―――」
地面に刀を突き刺し、それを軸にしサマーソルト。宙で姿勢が横になった一誠の腹部に瞬時に振り降ろした足で踵落とし。
「ぐはっ!?」
ここで初めて確実に鳩尾へ入った足と地面に背中から落ちる一誠が苦痛混じりの悲鳴を上げた。
そしてすかさず首の横で刃を突き立てた。この瞬間、誰もが勝敗は決したと思った。
「―――降参しろ」
「いや、まだ終わってない、―――人間爆弾」
降伏を求めた千冬の視界が真っ白に染まり、一誠を中心に大爆発が起きたことでその爆発の衝撃波が全身に襲い、一誠から離される形で吹っ飛ぶ。体に爆弾でも仕込んでいたかと言う自爆。千冬にも軽くないダメージが負い、爆発の影響で生じた土煙を警戒しつつ見つめる。まさか、負けるぐらいなら死を選ぶなんてことは―――と、後味が悪い勝利に千冬は心底気分が落ちる。自分のせいで弟が死んだ、それはとても重く辛いことだ。しかし、勝負を申し込んできたのは一誠だ。何か、作戦でもあるのか・・・・・と考えていたところで土煙の中から影が飛び出してきた。
「ふっ!」
「なっ・・・・・!?」
あの爆発にしては無傷の一誠が千冬の懐に肉薄して斬りかかって来た。一体どうやれば―――そんな気持ちが湧くもののそれどころではないのが現状。
互いの譲れない戦いが始まってかれこれ十五分が経過しようとしていた。千冬の武器が残り量の腕にある日本の刀しかなく、対して一誠は一本の剣のまま。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・」
「久し振りに全力で戦うから疲れてきた?ちぃーねぇーちゃん、大丈夫?」
「心配するぐらいなら・・・・・私の言うことを聞いてくれ」
「俺を負かしてからにしてほしいかな。俺、まだまだいけるよ?」
体力は無尽蔵な一誠。数多くの仕事をこなしたおかげか、疲れを知らないような言動で徐々に千冬を追い詰める。千冬の体に斬撃が走り、ボディースーツに健康的な肌と一筋の赤が窺える。
「・・・・・くっ」
ここまで追い詰められる。実の弟に。敗北の色も濃くなる一方で後どれぐらい戦えられるのか、精神力と気力、体力、持久力の勝負といったところか。
「降参してくれない?これ以上傷つけたくないんだけど」
「だったら、お前が降参しろ・・・・・っ」
「んー無理」
虚空に向かって拳を突き出すと、千冬は見えない衝撃に襲われ体が吹っ飛ぶ。その途中態勢を整えて足で地面を削りながら勢いを殺し一誠に飛び掛かる。しかし、闇に紛れて姿を消し音もなく自分に飛び掛かる千冬の背後に現れて空を斬りながら振り下ろす一誠に気付き振り向きざまに刀を横薙ぎに振るった。だが、振り下ろされる剣は大剣だった。宇宙にいると思わせる程の常闇に星の輝きをする宝玉が柄から剣先まで埋め込まれてあり、刃の部分は白銀を輝かせ至るところに不思議な文様が浮かんでいる装飾と意匠が凝った金色の大剣。それが千冬の刀と直撃し、あっさりと叩き折って左手にある黄金の剣で追撃するが千冬のもう一本の彼方で防がれた後に両者距離を置いた。
「その大剣・・・・・ただの武器ではないな」
「うん、そうだよ。この大剣はドラゴンを封印したり、殺したりすることができる対ドラゴン専用武器なんだ。持つ俺にもこの大剣で攻撃されたら一溜まりもない」
「・・・・・ならば、それを奪ってお前を斬りつければいいんだな」
「無理だよ。これはドラゴン専用で認められた者にしか扱えれない。他者が扱おうとすると、持ちあがることすらできない―――前世の俺の武器なんだ」
そう言って両手の武器を振るいXの字の光る斬撃を放った。千冬の武器はもはや一本の刀のみ。受け止めることはできない。地面を抉り進む飛ぶ斬撃からかわして一誠に向かって駆けだす千冬に呼応して一誠も駆けだす。
―――二人の戦いは一夏達の目に入っていた。
「・・・・・あの千冬さんと互角以上戦い渡っている」
「いや、嫁が教官を押している」
「凄い・・・・・」
全員、二人の戦いに魅入られている。ついこないだまで芸能界で働いていた一介の人間が最強の称号を手にした女と互角以上の戦いを繰り広げ、二人が武器を鍔迫り合いする度に火花が散る。全員、ぐんじんとしてだけでなく、一人の人間として、一個の存在として、目の前の強大な二つの力に飲み込まれていた。きっと、二度とこの光景が見られないかもしれないと瞬きすら惜しむように、食い入るように怒涛の戦いを見つめ続けていたら、
一体―――何時からそこにいたのか。アリーナの観客席にマドカとナターシャ、もう一人の女性が一誠と千冬の戦いの様子を見守っていた。
「・・・・・」
千冬を押しだす一誠にマドカは視界に入れ続ける。時折体術も交ぜられるが仕返しとばかり応じる二人の戦いはマドカの心まで刺激させる。
「(最強の頂にいる二人)」
いつか必ず超えたい二人の戦いを五月蠅くはしゃぐ束の横で戦いが終わるまで見続けることしばらくして、変化が起きた。
キィンッ!
千冬が梃子の原理で僅かに緩んでしまった手元から、得物を弾かれ明後日の方へクルクルと回転しながら地面に勢い良く刺さる刹那。一誠の剣が千冬の首筋に突き付けられた。
「―――勝負あり、ってな」
「っ・・・・・!」
長い戦いの末、ついに千冬は敗北し一誠は勝利した。異能の力を使わず、真っ向から肉体と剣術のみで千冬を負かした。この瞬間、地上最強は一誠も含まれることとなった。
「はぁ・・・・・疲れた」
剣を鞘に収め、大剣を地面に突き刺す一誠がそれを杖代わりにして寄り掛かる。一誠もそれなりに疲弊しているようだった。しかし、千冬を倒して清々しい気分を顔に浮かべ達成感を浸る。
「倒したぞ、ちぃーねぇーちゃんを」
「・・・・・弟に負かされる日が来るとはな。引退もすれば流石に鈍っていたようだ」
「いいよそれで。ちぃーねぇーちゃんは戦いよりも幸せな日常で暮らした方がいいって。女性らしく料理を作ってさ」
一誠は天使化になった。そして疲弊と傷付いた千冬の全身を瞬く間に包み込み数秒後―――解放すると千冬の体の傷が癒えていていた。自分の体を見下ろし、内心感嘆の声を漏らし傷を癒した一誠に問うた。
「こんなこともできるのだな」
「前世の俺の力は何も破壊だけじゃないんだ。特にこれ何か」
幾何学的な円陣を展開して、一つの杯を出した。
「―――これは、生命を―――」
ヒュンッ!と、空を切る音が千冬の耳元で聞こえた。その音が何なのか千冬は気付かないが目の前の光景を見て思考が停止した。一誠の胸に大きな穴が開いている。
「・・・・・」
「―――ッ!?」
片やこの後の運命を悟り、片や驚愕する。そんな二人にまた空を切る音が聞こえた。その二度目は、千冬が過敏に反応して一誠の腰の剣を手にし、横薙ぎに振るっては何かを斬った。斬った何かを確認する前にグラリと一誠の翼の羽根が弾けるように周囲へ散らばり、舞い散る羽根の最中で千冬に向かって力無く倒れそうになるところを千冬が膝立ちになりながら受け止めた。
「「・・・・・」」
それ以降、二人は動かない。まるで互いの温もりを感じ合っているかのように抱き絞め合っている。
「・・・・・本当に寂しかった。こうしてもらえることもなくなって・・・・・。だから、これから俺は一体何の為に頑張ればいい・・・・・?何の為に頑張れば良かったんだと思っていた・・・・・」
「喋るな・・・・・っ」
格闘用グローブ越しでも分かる液体の感触。―――風穴が開いている体から流れている一誠の血液だ。直ぐに治療せねば死に至ってしまうほどの重傷を負ってしまっている。動揺を押し殺し、焦燥を静めようとし、必死に冷静でいようとする千冬の周囲に夜空から・・・・・数多の軍のISを纏う軍人の女性兵が舞い降りた。
「織斑千冬。貴殿のおかげで化け物の隙を突くことができた。後は我々が引き受ける、その化け物を引き渡してもらおう」
「・・・・・」
「さあ早く。その虫の息の化け物を今殺さなければ―――」
―――その時だった。催促する女性兵に一機のISが飛び掛かった。
蝶の羽根にも似た巨大なスラスターユニットにエネルギーを噴出させ
「っ・・・・・」
「・・・・・っ」
「―――――」
白銀のISを纏うナターシャと嵐のように迫る女性も音速で接近してマドカと共に一方的な戦いを繰り広げる。突然の襲撃に軍人の操縦者達は千冬から距離を置かざるを得なかった。
「本音、本音ぇ・・・・・っ!」
「う、うええええええん・・・・・!」
死に逝く運命の一誠を目の当たりにし、簪は悲しみで涙を流して本音に泣き縋るが本音も声を出して泣き、簪を抱きついた。
「嫁・・・・・一誠・・・・・くっ・・・・・ぅっ!」
一誠の傍にいて話しかけたい衝動に駆られるラウラ。しかし、立場上それは許されない。凄まじい葛藤の中で死ぬ一誠を想い涙を流すラウラ。
「一誠・・・・・一誠・・・・・一誠・・・・・っ」
箒もまた、一誠の為に涙を流す。まだ、話したいことが山ほどあったのに。まだ、触れ合ってもいないのに死んでいく片想いの相手と永遠の別れに・・・・・処罰でも何でも構わない。箒は居ても立ってもいられず一誠と千冬のもとへと飛んで行った。
「・・・・・目の前で弟が、俺達の家族が死ぬなんて・・・・・」
「見たくねぇよ・・・・・。なんであいつが死ぬようなことになるんだよ・・・・・」
目の前の現実に目を反らしたい思いの一夏と秋十は悲しげに涙で頬を濡らし、先に逝く弟を悲哀に満ちた目で見つめた。
「ちぃーねぇーちゃん・・・・・最期に質問してもいい?」
「喋るなっ。いま、お前を治療する者を呼ぶから大人しくしていろ・・・・・!」
「・・・・・化け物でも、俺のこと・・・・・家族だと思ってくれた・・・・・?」
力無く自嘲的な笑みを浮かべ、一誠は語った。
「前世の俺は・・・・・一人の兄がいたけれど、誰よりも弱いから物凄く一方的に嫌われて、存在自体も許されないって殺されたんだ・・・・・」
「・・・・・」
「だから・・・・・俺は家族を・・・・・兄弟姉妹と仲良く幸せな日常の中で生活がしたかった。前世の俺が・・・・・できなかったことを・・・・・したかった」
吐露する一誠の気持ち・・・・・千冬は何が一誠にそうさせていたのか、今更になってようやく分かり、悔いた。もっと知っていれば、未来は違っていただろうし結果も変わっていたかもしれない。
「だから・・・・・寂しかったんだ。家族がいない生活は・・・・・」
「・・・・・っ」
一誠の手が気だるげに上げて千冬の頬を触れた。二人の瞳が互いの視界に入れて見つめ合う。しかし、金色の瞳に生気の光が徐々になくなっていく。力強い意志も弱々しくなっている。
「ちぃーねぇーちゃん・・・・・最期に一つだけお願いしてもいい・・・・・?」
「最期だというな・・・・・お前の願いなら何でも聞くし叶えてやる。だから、だから・・・・・!」
「・・・・・ごめん」
それが一誠の最期の言葉。そして最期に取った行動は・・・・・千冬の唇を重ねることだった。
「・・・・・だ、い、す、き、だ」
―――ドサッ。
「―――――」
全身の力が抜け、千冬の前で倒れた。横たわる一誠の表情は涙を流しながらも健やかで、幸せそうに微笑んでいた。目の前で死んだ弟の亡骸を見つめて一拍した後、必死に堪えていた何かが胸の奥から決壊したダムのように湧き、ポロポロと地上最強の女の顔に涙が流れ始めた。紅を纏う少女もフラフラと一誠に手を伸ばしながら膝から崩れ、受け入れ難い現実に言葉を失う。
「一誠・・・・・」
時が止まったかのように静寂が二人のみ包まれている。死んだ一誠にマドカ達も気付き、思考が停止した。
「一誠・・・・・」
箒は己の手を見つめ、悔しそうに唇を強く噛み締めて手を強く握り地面を殴った。
何が―――仲間を、友達を守る為に、共に戦う為にだ。守れていないじゃないか!ただ眺めていて死なせただけではないか!大切な存在を、幼い頃から想っていた相手を―――!
「ええい、早く回収を急ぐぞ!」
軍人の女性兵士達は躍起になって一誠の亡骸を狙う。そうはさせないとマドカ達三人が奮闘するが大勢のIS操縦者を一誠のもとへ行かせてしまう。
「―――っ」
一誠の死体を回収させれば、人体の解剖、研究・・・・・人の扱いをされないことをするかもしれない。
箒の中で・・・・・最後の最後で迷いが失せた。最期まで人として終わらせたいという思いが箒を動かした。
召喚した近接ブレードで応戦しようと立ち上がった―――その時だった。横たわる一誠の体から黒い幾何学的な円陣が勝手に展開し、黒い光が最高潮に達して弾けたと同時に絶望が現れた。
『ギェエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』
六つの血のような眼に三つの口と同じ数の頭と首、時折紫色の発光現象を起こす漆黒の鱗に覆われている四肢の体と三対六枚の巨大な翼と尻尾をもつ巨大な生物―――ドラゴン。
敵味方関係なく一同は突如現れたドラゴンに度肝を抜かされた。
あれは、一誠しかできないこと。原理は不明でどういえば分からない千冬達からすれば理解し難い現実に黒いドラゴンは人語を発した。
『十秒以内にこの場から去れ』
「な、なんだと・・・・・っ!?」
『言っておくが・・・・・俺はまだ優しい方だぞ?特にこいつらと比べたらな』
突如、今度は深緑と黒の幾何学的な円陣が発現。三つ首のドラゴンの時と同じようにして光が迸った直後に二体のドラゴンが咆哮を上げながら姿を現し、敵意と殺意、ギラギラと狂気の光を孕んで女性兵士達を今にでも襲いかからんと気配を窺わせる。
『なあなあ、アジ・ダハーカの旦那ぁ。
《ぐへへへっ・・・・・く、喰ってやる・・・・・腹減ってるから喰い尽してやりたいよぉおおおおおっ!》
ひぃっ!と情けない悲鳴は誰が上げたのかは分からないが、確実に喰い殺される運命を辿る。
新たに現れた二匹の凶悪そうなドラゴンの手綱を引いているのはこの場で唯一、いや確実にアジ・ダハーカと呼ばれたドラゴンだろう。
『お前達が俺達を倒せるほどの実力があるのであれば、止めはせん。こいつらも喜んで死んでも相手をしてくれる。―――首だけの状態になってもな』
ニヤァと邪悪な笑みを浮かべるアジ・ダハーカ。人間体でいる一誠を倒せたのはドラゴンの姿ではないからだ。今度の相手は三体のドラゴン・・・・・。
「く、くっ!や、やれっ!化け物を殺した我々なら数の利でもこの化け物を倒せる!」
隊長格の女性兵士が味方の部下に促す。他のIS操縦者達もそうだと思ったのか、恐怖しながらも戦う姿勢に身構えた。
『―――だ、そうだ。我が主と交流を持った者以外手を出さなければお前らの好きにしてもいい。それと、逃がすな』
と、言ったアジ・ダハーカの了承を得た二匹のドラゴンは心の底から嬉しそうに笑みを浮かべ、
『よっしゃあああああああっ!暴れてやんよぉー!』
《喰う、喰ってやるぅぅぅっ!》
複数対二の戦いが勃発した。ただし・・・・・直ぐに地獄絵図、阿鼻叫喚と一方的な蹂躙の光景を千冬達は目の当たりにする。巨人のような薄黒い肌のドラゴンの拳がIS諸共操縦者を叩き潰し、胴体が蛇、手足があって背中に翼がある黒いドラゴンが主に捕食をして軍人のIS操縦者達の数を減らしていく。
「あっ、あああああああああああああああっ!?」
「や、やめて!止めてください!食べないで!食べな――――いやぁあああああああああああああっ!?」
「勝てない!こ、こんな化け物にやっぱりISでも勝てないっ!」
「嫌だ、死にたくないっ!死にたくないぃっ!」
見るに堪えない二匹のドラゴンによる怖ろしい暴虐の時間は長く感じた。一夏達の目に焼き付くドラゴンがISを蹂躙する光景。特に人を食べる瞬間を目の当たりにしてISを装着した状態でも心底、恐怖と絶望、精神的に衝撃を受けた。
「ひ、ひぃぃっ・・・・・!」
味方が全滅。一人だけ残された隊長格の女性は、夢なら覚めて欲しい思いで死と絶望が迫ってくるのを―――。
《最後のごはんだぁぁあああああっ!》
『おい待てやっ!てめぇは散々喰ったんだからこいつは俺の獲物だろうが!』
《オイラのご飯をぐちゃぐちゃに潰したお前のせいだってーのっ!》
『ああっ!?邪龍の中でみみっちいテメェが俺に喧嘩を売ろうってんのか!?』
《邪龍の中で一番馬鹿そうな、おめの肉を食ってもまずそうだっ!》
売り言葉買い言葉、二匹から濃厚で濃密で強大なオーラを体に纏い始めた。睨み合い、牙を剥き、怒りと殺意すら露わにしている。
「・・・・・仲間ではないのか・・・・・?」
『俺達ドラゴン―――特に邪龍は気に入らなければすぐに喧嘩をするのは当たり前だ。同じ仲間でも殺す勢いで戦いたがるドラゴンもいる』
アジ・ダハーカが千冬の発した言葉を耳に拾って応じた。
『我が主の中で一番の問題時で手のかかるドラゴンは特にこいつらだ。故に我が主も安易に出せない。よほどの限りではなければ出す気もないのさ』
「・・・・・お前も邪龍なのだろう?」
『ただの邪龍ではない。俺は邪龍の中で最強の筆頭格と数えられている邪龍だ』
幾何学的な円陣が二つ発現する。それはアジ・ダハーカが展開したものだと会話で察することができる。
『お前達、もういい戻れ。後は俺がやる』
『はぁっ!?そりゃねぇーぜアジ・ダハーカの旦那!せっかく現世に出られったってんのによォッ!もっと俺はこの世界の人間共を滅茶苦茶にしてぇーぜっ!』
《オイラも喰ってからでもいいだろぉっ!?ちょっと、三分の一ぐらい喰っても人間共は勝手に増えるんだからぁぁぁっ!》
異議ありと拒否する二匹の邪龍に対してアジ・ダハーカは六つの目を煌めかせたと思えば―――否定的な邪龍達の体を宙に浮かせ・・・・・味方に対し数え切れないほどの幾何学的な円陣を夜空の空中全域に発生させた。
それを見た二匹は目をひん剥いた。
『ちょっ、ま―――!?』
《流石に死ぬぅぅぅぅっ!?》
そこから炎、水、風、雷、闇というあらゆる属性の魔法を一気に二匹の邪龍へ躊躇もなく撃ち出した。その光景たるや脅威を超えて、千冬ですら背筋が凍るほどであり、広大な夜空が全てアジ・ダハーカが撃ち出した魔法の攻撃で埋め尽くされていたのだ。
『・・・・・馬鹿共が』
呆れの声を漏らすアジ・ダハーカの眼前に全身ボロボロ、満身創痍のドラゴン二匹が落ちて二つの幾何学的な円陣から極太の鎖が無数飛び出て来ては二匹の邪龍の全身に巻きついた。
『大人しく我が主の中に戻れ』
『ぐ、ぐおおおおお・・・・・・』
《いでぇよぉぉぉ、マジで、いてぇよぉぉぉぉぉっ》
幾何学的な円陣へ引きずられ姿を消す邪龍達。ISでも勝てなかったドラゴンがドラゴンによってあっさりと無力化にした。やはり、ドラゴンに勝つにはドラゴンでしか駄目なようだ。
『馬鹿共がいなくなったところでようやく落ち付ける』
ズシンと鈍い音を鳴らして千冬と箒と対面する。
『最初に教えておく。まだ生きているぞ織斑一誠は』
「・・・・・なん、だと」
『我々ドラゴンの生命力を舐めては困る。意志が強いドラゴンならば首だけでもこの世に存在し続ける。―――が、生まれ変わってしまった我が主は前世の主とは違い、このまま放っておけばいずれ死ぬだろう』
地面に転がる杯を見つけ、アジ・ダハーカは瞳を煌めかせた。すると杯が光に包まれ一誠の背中から体に沈んでなくなると同時に風穴が開いた胸の肉が盛り上がり見る見るうちに風穴を塞いだ。
「これは―――」
『この世界には無い唯一の道具の力だ。先ほどの杯には生命の理を覆す能力がある。生物の身体強化はもちろん、弱点や生物の情報を抽出して生産という形で生物を生みだすことができる他に―――失った魂を甦らすことも可能だ』
「――――っ!?」
『それは前世の我が主がいた世界に存在する摩訶不思議な能力の一つ。天使の姿になれることや真紅のドラゴンに変化できることも我々がいた世界で得た能力』
幾何学的な円陣がアジ・ダハーカの足元に発現した。
『我々を知りたいなら、前世の記憶を見るといい。付け加えて言わせてもらえば、近い未来。必ず接触する者達が現れる』
「・・・・・そいつらは誰だ?」
『お前達では絶対に我が主を守るどころか勝つことなど不可能なほどに強い者達だ』
その言葉を残して姿を消したアジ・ダハーカ。残された千冬達と見るも無惨な屍と化した軍人達に茫然自失の隊長格の軍人。
「・・・・・」
傷が塞がった一誠を徐に胸の中に抱き締める。耳に入る規則正しい寝息。頬を寄せて触れる頬から感じる温もりは生きている証。ドラゴンとは言え生物。もう死んでしまったのだと思っていたが、今こうして抱き締めると一誠は生きている実感を感じ、心底安心しては罪悪感を酷く覚えた。
「・・・・・すまない。すまない一誠・・・・・」
そんな二人の勝負を空高くから、満月をバックにして見ている者がいることも知らずに。そして、もう一人もいることも。
―――???―――
数日以内、期日を設けて去った原始龍は頃合いを見て再び訪問して見たところ・・・・・。
向こうもそろそろ来るのではないのかと思っていたのか、原始龍が把握しているメンバーの殆どが集まっていた。
「お久しぶりでございますね。彼の者のご両親もいらしていたとは」
「かなり気になることを教えてくれちゃったからな。今度は直接聞きたくて来たんだ」
「教えてくれるわよね?」
隠すまでもないと原始龍は頷いた。一同の顔ぶれを見回し、口を開く。
「今、あの者が何をしているのか私の同胞を経由して映します」
テーブルいっぱいに具現化する幾何学的な円陣から映しだされる立体的な映像。
そこに映し出されているのは一誠と千冬が激しく戦っている様子。
二人の戦い、特に一誠の姿を見た途端。一同は目を見張り、次第に涙を浮かべる者も出始める。
「・・・・・原始龍、この子がいる場所は・・・・・」
「異世界です」
「い、異世界だって?本当にこの子は俺達の・・・・・」
「姿は同じですが、生まれ変わって別人です。既にご説明を聞いておられるかもしれませんが、彼の者はあなた方の子息ではございません。今戦っている相手は彼の姉なのです。戦っている理由は不明ですが・・・・・」
「姉・・・・・そうか・・・・・家族・・・・・」
中年男性は複雑そうな顔をして、懐かしげに慈愛が満ちた目で一誠を見続ける。
「・・・・・我、直接会いたい。触れたい」
「我も・・・・・」
そう願う女性が原始龍に懇願する。否、一同が一誠と会いたいという気持ちが胸の奥から溢れて仕方がないとばかりに原始龍へ視線を送る。会いたいと気持ちを込め、訴えて。
「会っても、この者からすればあなた方を赤の他人として認識しますよ。記憶から知った人物として」
「・・・・・それでもいい。我、会いたい・・・・・会いたい・・・・・お願いします」
ついには頭を下げ出す女性に見習うようにして、次々と男性や女性達も頭を下げた。
一同の気持ちは原始龍に伝わり、こうなることを予想してもいた彼女は柔和に笑みを浮かべて静かに発する。
「分かりました・・・・・。彼をこの世界に連れてくる作戦を共に考えましょう」
―――♢―――
隊長格の軍人を残し他、殉死―――。と、報告を受けた政府は記録された映像を見て硬い表情や暗い表情、頭を抱えて苦悩すると多くのISとコアを失って国力も低下したことに深く問題視、一誠に対する危険視が高まる。殺しても尚、新たなドラゴンが現れて人類の天敵とし、暴虐を尽くすのであればこれからも一誠をどうこうするのはリスクが高過ぎる。
「・・・・・大統領、今後も織斑一誠の討伐作戦を続けられますか?」
「・・・・・」
刺激を与えるとどうなるか・・・・・分かったものではない。野放しするわけにもいかないが、だからと言ってむざむざ死に行かせるような真似をするわけにもいかない。
「・・・・・世界各国に向けて懸賞金を掛ける。生死問わず無力化できた国にはコアも譲渡するとな」
「なっ・・・・・!」
大統領の大胆な提案に重鎮達は度肝を抜かれた。自国が駄目なら他の国に丸投げして一誠の扱いを任せる気でいる大統領に。
―――それは世界各国の首脳達やお茶の間にも知れ渡り、第一の報酬は女性なら無条件でIS学園の編入を認められ、第二の報酬は賞金三億円という額が生死問わずの一誠に掛けられてしまう。
世界中の人類が一誠の敵に回ったことを何時かこうなると千冬は悟っていた為、ニュースで報道されても驚かなかった。―――否、見ていなかった。
「・・・・・」
寮長室のベッドに二つ分の膨らみがある。一つは千冬の膨らみでもう一つは・・・・・一誠の膨らみだった。
あの時からずっと一誠は眠りについたまま目を覚ます気配は感じない。全ての騒動が収束し、一誠を連れて帰ろうとしたナターシャに引き渡さなかった。
『・・・・・すまない。しばらくの間・・・・・私に預からせてくれ』
一夏、秋十、そしてマドカが仰天するほどに誰にも渡さないとばかりに一誠を抱き絞めて弱々しくナターシャにそう願った。大切な宝物を取られたくない子供のようだったと後にナターシャは語ったほど。
―――それから三日も経った。千冬は一時も離れず、学園の長にも長期休暇の有休の申し出をしてまで寮長室から出ようとはしないでいる。眠っている一誠と触れ合うことができなかった時間を埋めるように。
隣で今でも眠っている家族を慈愛に満ちた目で抱き締め、自分の温もりと一誠の温もりを感じさせ合いこの静かな瞬間を感謝しながら噛み締める。―――今日がIS学園の学園祭当日の日であろうとも表に出ようとしない。
「・・・・・」
部屋を後にし寮から出れば賑やかな雰囲気と騒動が見聞できるだろう。しかし、千冬はそれすら拒むように寮長室に籠って目覚める弟のその瞬間を待っているが生理現象だけは拒めれない。名残惜しむように、急ぐようにトイレへと向かう千冬が扉の向こうへと姿を消す。その時・・・・・何時も抱き締められている感覚が無くなって求めるように身じろいだ一誠が一拍してゆっくりと―――瞼を開けた。眠気眼で意識もハッキリせず視界はぼんやりと見慣れない部屋の中と天井を見回す。
「・・・・・どこ?」
見知らぬ場所、束の秘密基地に戻ったわけではない、捕まっているようでもない。周囲を見渡して状況を把握する目覚めた一誠を扉の向こうから出てきた千冬が涙を流しながら抱きしめる。
「ちぃーねぇーちゃん・・・・・痛い」
「痛いのは私だって同じだ・・・・・」
力強く弟を抱き締める姉の心に痛みを差している。死んでしまったと心が認知した時は悲痛で深く後悔もした。だが、もうしないと今決意した千冬の意志が固かった。目の前でISの攻撃で死にかけた光景を目の当たりにして何も思わずにはいられない。
「・・・・・もう、お前を放さない」
「ちぃーねぇーちゃん・・・・・」
「ここに住め。学園に通えとはもう言わない。私の傍にいてくれ・・・・・私の見えないところで死なれては誰がお前の最期を看取るんだ。それに・・・・・」
―――どさくさに紛れて血の繋がった姉弟同士なのに私の初めてを奪ったんだ。その責任も果たしてもらわなければならないぞ。
「・・・・・」
責任を果たせ―――。千冬から発せられた言葉の、裏とその意図を察したかどうか定かではない一誠は徐に腕を上げて、千冬の頬に黒髪を手の甲に触れながら耳まで触れ添えた。顔と視線を逸らさせない意味も込めて。
「・・・・・責任を果たすなら、いいんだね・・・・・?」
「・・・・・ああ、だが・・・・・お願いがある」
「?」
「・・・・・あの時、お前が最期に言った言葉をもう一度・・・・・」
凛々しい千冬が、鋭い目つきで相手に畏怖の念を抱かせる千冬が、一誠に対して懇願した。
千冬の何かが吹っ切れたのか、誰も見たことのないしおらしく甘えるように求めたことで一誠は形容し難い気分が最高潮に達し、嬉しそうに優しそうに温かい眼差しを自分の姉に真っ直ぐ送って口を開いた。
「大好きだよちぃーねぇーちゃん」
「一誠・・・・・ああ・・・・・私も、好きだ・・・・・世界を敵に回してもいいぐらいに」
どちらからでも無く顔を近づけ合い・・・・・今度は一方的にでは無く両者同意の上で、愛し合おうという意志を込めて目を瞑り、お互いの唇を重ね合い―――ベッドに倒れた。
「落ち付く暇もねぇ~!」
「・・・・・来る客が女子生徒だけなんて。分かってはいたが、これは凄く疲れる」
弾と数馬が嘆息する理由は学園祭で催しする一年一組はコスプレ喫茶店で、世界で唯一ISを動かせる四人の男達は燕尾服を身に包み執事という役割をさせられ、一夏達とこの機に接したいという願望を胸に秘める女子生徒が教室の外、廊下で長蛇の列を作って長い待ち時間のあいだ今か今かと期待と不満しつつ待っているのだった。
「いや、女子だけじゃないだろ」
「・・・・・ああ、そうだったな」
二つ分の視線はもう二人の男、一夏と秋十に注がれる。当の一誠の兄達は営業妨害も視界に入っていない様々な国の『大人達』から一誠の居場所を教えろと執拗に迫っているのだった。殆ど、一誠にISと基地を破壊され、コアを奪われた人達でコアを手に入れられるのならば喉から手が欲しいぐらい、手段を選ぶことすら惜しい。
「知りません」
「知っていても教える気はございません」
否定的に一点張りで大人達の要求を応じようともしない二人に、事の重大さと連帯責任のことを烈火のごとく厳しく指摘、しかも遠回しに脅す声も上がった。
「―――――」
一つの影が大人達の背後に回り、次々と首筋に手刀を地味に強く叩きこんで意識を狩った。
「はいは~い。ちょっとごめんなさいね~?」
「な、なにを―――がっ!?」
「いい加減に邪魔だ貴様。営業妨害は終わりにして貰うぞ」
スカートを翻し、きめ細かで華奢な肉付きがいい白い太股が一瞬だけ覗け最後の一人の頭にサマーソルトの要領で踵落としを食らわせた銀髪眼帯の少女。
「た、楯無さんとラウラ・・・・・」
「なんちゅーことを・・・・・」
「あら、何のことかしら丁度そこに面白いぐらい蝿が止まっていたから払おうとしただけよ?」
「ふむ、私の場合はつい激しい運動をしたくなった衝動を抑えきれずに巻き込んでしまった」
あからさまな言い訳で見ていた者達からすれば声を出すことを忘れる。ラウラなんて完全に攻撃したのだから説得力もない。広げた扇子に『駆除』と掛かれ口元を隠す楯無に乗じたラウラは疑問をぶつける。
「で、どうしてここにいる?」
「男の子四人に生徒会の催しの手伝いをして欲しいのと・・・・・朗報よ?」
前者はともかく後者が気になるラウラは目で催促する。「朗報とはなんだ」と。気になる情報を有している楯無に怪訝な視線も含まれている。もったいぶらず、有している情報を公開した。それも人物の名を具体的に言わず。
「織斑先生から連絡があったのよ。―――目を覚ましたようよ」
「「「っ!?」」」
「会いに行けれないけれど、良かったわね。本当に死んでなくて・・・・・」
目の前で死んだら目覚めが悪いと心の中で漏らす楯無を露ほどにも知らない一夏達は安堵で胸を撫で下ろす気分に浸っていた。
「さてさて、そういうことだけど生徒会の出し物に協力するついでにこの邪魔な置物を専用の場所に置いていきましょう」
「「・・・・・決定事項なんですか?」」
「勿論!」
楽しそうに笑みを浮かべる楯無しには逆らえないとどこか悟り、振り回される近い未来に溜息を零す。
取り敢えず、どかすについては異論なく従う方針で動く。
「・・・・・分かりましたよ」
「俺、絶対にこの人にだけは勝てない。別の意味で」
「・・・・・私も手伝おう」
無造作に気絶している大人達の襟を掴んで、ゴミのように引きずる四人。楯無についていく形で行くと―――。
「よいしょっと」
「「「・・・・・」」」
学園の裏の人気のない敷地で積み上げられた人で山のように形成されていた。その人数は少なくなく、一体学園祭が始まってからどれだけ楯無に排除されていたのだろうかと一夏達三人は絶句する。
「この人達って・・・・・」
「んー?学園にドラゴンを匿っているんじゃないかーって言いがかりをしてくる大人達よ」
「・・・・・大丈夫ですか?政府とか企業の人達かもしれませんよ?」
「一夏君と秋十君に迫った一人だと言えば大概なんとかなるもんよ。さて、それじゃこのまま生徒会が貸してもらっているアリーナに行きましょう。それとラウラちゃん」
手招きし、ラウラだけ声を殺して何かを耳元で呟く楯無を一夏と秋十は首を傾げる。
第四アリーナで生徒会の催しをしている最中、IS学園がある離島に向かって飛行中の三機が近づいていた。
「ようやく彼が目覚めたようね」
「・・・・・そうだな」
「ドラゴンとは不思議な生き物なのサ。体に穴が開いても生きるなんて凄まじい生命力」
三者三様、一誠と交流を持ちそれなりに中が良い少女と女性。三人は一誠についていき、一誠の傍にいることを決めていたが三日前の騒動と千冬の願いを考慮して一時別れた三日後の今日、束から一誠が目を覚ましたから迎えに行ってとお願いされたので異論なく国際問題など完全に無視、空域と海域を超えに超えてIS学園に向かって飛行。というか、三人に対しての警告は無理なのだ。
「今更なのだけれど、空って意外と静かなのね」
ナターシャが青い空の下で、青い大海原の上で飛行する感想を漏らした。殆どのISと基地が破壊され、コアも奪われた国ではIS以上の機能と性能を有する兵器は無く、ISによって鉄屑と烙印を押された旧兵器で主力にせざるを得ない状況。自国の領域に侵入した者の探知は宇宙の衛星から伝わり、これの対応をするのが軍や防衛省。しかし、一誠の襲撃でまともに機能していない。
「・・・・・彼の望み、宇宙空間の活動を目的とした本来のISに戻したい・・・・・ね」
「それがどうかしたのサ?」
「本当に宇宙空間で活動できたら何時でもこの青い地球を眺められるわねって思っただけよ」
「だが、それはIS無しでは成せないことなのサ。コアはあの篠ノ之束の手中にある。あの子の願いを本当に叶えてくれるかどうか怪しいのサ」
「そうね・・・・・。何を考えているのかさっぱり分からないわ」
近くで接し続けて分かったことは、何を考えて行動しているのか理解できない。
一誠は理解しているからか、束が一誠に対する執着心に似た愛情は本物。
それだけだ。
「・・・・・関係ない」
「「?」」
「篠ノ之束が何を考えていようと兄さんについて行くだけだ」
マドカが当然のように言い、二人より速く前に出てIS学園に向かう。あの針のようにツンツンしていた少女がそんなことを言うとは珍しく、ナターシャとアリーシャは顔を見合わせ・・・・・。
「「ここにきてブラコン・・・・・?」」
―――♢―――
『―――そういうことだ。兄さん、後数分でそっちにつくから待っていろ』
「わかった」
ISの通信が携帯でも繋がれる束特性の小型通信機でマドカからの連絡を聞き肯定と発する一誠。
残りの時間までこの一時を堪能をしようと眠っている姉を抱き締める。シーツ一枚で身を被せ共に生まれたままの姉の温もりを抱き絞め、しばしの別れを告げるかのように腕の中に寄せた。
「(全部終われば・・・・・またきっと・・・・・)」
千冬の額に唇を落とす。それからベッドから抜けだして一瞬で衣服を身に包み音もなく寮長室から出た。寮の中を堂々と歩くが誰一人といて鉢合わせすることは無かった。学園祭で大忙しの生徒達が楽しいイベントに精を出している好都合な状況の中で寮の玄関先まで進み、外に出た。三日振りに見る青い空と白い雲は大して変わっていなかった。地上では色々と変わり始めようとしているのに呑気な空だと内心苦笑を浮かべて・・・・・学園から消え去った。
「・・・・・一誠っ」