迷少女 作:のんびり屋さん
迷少女。のちに、こう呼ばれることになる十歳と十ヶ月程の少女は、時折点滅する電灯の明かりを頼りに夜道を歩いていた。
特にあてがある訳でもない。財産も無い。此処を歩く理由は皆無。家は、帰る家は——無いことはない。
何も無く、ただただ歩くこの少女の中には、端から見れば意味もなく歩き回っているように見えるが、この少女には何か理由があるのだ。
暇を潰すわけでもなく、夜風に当たろうと出てきたわけでもない。しかし、彼女の中には明確な理由があった。
それは、彼女以外の誰にもわからない。
何故なら、彼女は
非常識ではない。彼女は彼女なりの、他とは
彼女の名前はティア。ティア・ウィリアムズである。
ティアは、我が家とは呼べない我が家へと帰って来た。いや、帰って来たという言葉は正しくはない。やって来た、これが一番しっくりくるだろう。
ティアに言わせれば、「家族が居て、安心できる自分の
ティアは、磨き込まれた廊下を通り、あてがわれている自分の部屋へ戻った。廊下同様、ぴかぴかのつるつるだが、それが逆に窮屈で寂しい気持ちを駆り立てる——普通だったら。
しかし、ティアは何も感じないようで、しかし、この壁や床に隙間なく敷き詰められたタイルは気に入らないようで、枕の下から革でできた工具ベルトのようなものを取り出した。
物理的、或いは科学的にあり得ない筈のことが工具ベルトには起きた。ティアが中に手を突っ込み、引き抜くと、手には不気味な液体の入ったブリキ缶と刷毛が握られていた。
ブリキ缶はシューシューいいながら内側から溶け始めていたが、ティアは特に気にせずに中に刷毛を突っ込み、浸したそれをタイルに塗り始めた。ブリキ缶同様、タイルはどんどん溶けていく。すべて溶け、壁が見えたところでティアは残った液体を拭き取り、缶ごと虚空へと消した。
そして、その後も作業を続けた。
一時間後、変な音がする、と近くの部屋の子供から通報された院長が部屋に入って一番に見たのは、オレンジ色の壁だった。常人だったら最初に驚くところだが、彼女は散々ティアに手こずらされ、後始末に奮闘したプロフェッショナル。開口一番、大声を上げた。
「ティア! またやってくれたわね! 今度の理由は何なの!」
ティアは臆面なく答えた。
「黄色って、素敵な色でしょ? 太陽の色でもあるわ。けど、黄色だと寝るのに目に眩しいから、ちょっと暗めのオレンジを選んでみたの。どう?」
「どう? じゃないわよ! 直しなさい! 今すぐ!」
「どうして?」
「どうしてって、此処は貴女だけのものじゃないのよ。次に使う人も居るし、何より私達孤児院の持ち物だからよ」
「でも、やったからには、私が使わなくなくなったら戻すわ」
「いいえ、駄目です。それじゃ秩序が保たれないわ」
「でも! こんな暗〜いぴかぴかのタイルなんて、押し潰されちゃいそうよ。それに、牢獄みたい。せめて、クリーム色に変えちゃ駄目?」
「駄目。駄目ったら駄目。私達は貴女を
ティアは、何処か納得したように頷くと、パンッと手を叩いた。一瞬で、元通りの状態に戻る。そして、工具ベルトと一冊の革張りの本を風呂敷に包むと、肩に掛けた。
「な、何やっているの?」
院長は、自分が何か不味いことを言い、それによってティアがまた
「院長。長い間、といってもたったの五年間ね、ここに住まわせていただきありがとうございました。衣食住のうち、残り二つは確保できたと思うわ。だって、このワンピース、窮屈なんだもの。サイズが小さいというわけではないのよ。ただ、柄がちょっと窮屈な気がするなって。私、此処に来てからずっと同じ柄で色のワンピースを着ている気がするわ。孤児院は何を考えているんでしょうね? こんな窮屈な服だったら、子供達は皆窮屈な子になっちゃいそう。それだけは避けるべきだと思うのよ。そのことについて良い案があるんだけど、また今度ね。話が逸れちゃったから。
そう、このワンピース。これはもう、服に入らないと思うのよ。これは服じゃなくて、そうね———毛皮? ちょっと違うけど、兎に角服じゃないわ。だから、食住はお世話になったと思うんです。あと、帽子も。あの麦わら帽子、最高ね。私気に入ったわ。これは貰っていっても構わないかしら?
私ね、これからアメリカに行こうと思うの。自由の国、アメリカよ。ホットドッグを食べてみたいわ。あと、ハンバーガーも。もの凄くジューシーで美味しくってボリュームもあるって、アメリカ人の男の子が自慢して来たの。だから、私も食べに行くのよ。手紙書くわ。写真も送ろうと思うんだけど、カメラが無いわね。でも、実物を持って帰るわけにはいかないし。腐っちゃうものね。
あ、院長。院長は保存料がいっぱい入ったお菓子類を大量に食べて下さい。だって、保存料よ。身体が長持ちするから、長生きできるわ。あと———」
「ちょ、ちょっと待って、ティア。貴女、此処を出て行くの?」
ようやく院長は口を挟んだ。
「はい」
拍子抜けする程軽くティアは答える。
「だって、養って貰ってるんでしょ? 自分の力でも生きられるから、わざわざ迷惑掛けることは無いかなって」
「駄目よ、ティア。貴女はすぐに警察に孤児院へ連れていかれるわ。それなら、慣れている此処の方がいいわ。ね? 考え直して」
「でも———」
急に、扉がバタンと開いた。好奇心旺盛に見るティアと、恐る恐る振り返る院長。二人が目にしたものは———。
*登場人物紹介
主人公
名前:ティア・ウィリアムズ
性別:女
家柄:???
性格:兎に角《迷》
その他:不思議ちゃん? いや、迷少女だ。
よろしくお願い致します。
今までとは違う方針の投稿なので、何かと可笑しな点が見受けられると思いますが、感想・評価などで参考にさせて頂けると嬉しいです。