今回のこれジハ第五話はまさかの主人公不在の緊急事態発生回その1です。その1なので勿論その2もあります。二つを合わせると一万字超える勢いだったのでやむなく二話にわけております。うん。どうしてこうなった? それにしても前回の神理バトル、よくよく考えるとインフィニット・ストラトスの一夏VS.セッシー戦と状況が酷似してますね。素人VS.実力者な所とか素人のくせに実力者に食らいつく所とか。
~おまけ(四話NGシーン)~
緋条理「くッ、ぬ――」
緋条理(……なるべく持ちこたえる。一分一秒でもツンデレさんとのネオ・ジハードを持続させてみせる!)
緋条理「【術式≫≫≫光鴉(こうあ)】」
ナルナーク「いいねェいいねェ最ッッ高だねェェェェェェェェェ!!」
緋条理「え」
ナルナーク「【神理≫≫≫反射(ベクトル変換)】!」
緋条理「え――(ちゅどーん)」
~おまけ(四話NGシーンその2)~
緋条理「……う、わぁ。やり過ぎちゃった、アハハ」
ナルナーク「(ムクリ)」
緋条理「え゛!?」
ナルナーク「あ、俺、ゾンビっ――」
緋条理「それ以上はいけない」
愛が欲しかった。愛してほしかった。ナルナーク・フォン・アシュトレイの原点を辿ろうとすれば遅かれ早かれ必ず『愛の飢餓』にたどり着くことだろう。ナルナークは名門アシュトレイ家の次男として生を授かった。アシュトレイ家は『ニーチェの凶笑』による混乱の最中、世界初のネオ宗教たる『セイントキリスト教』設立に多大な貢献をした一人の策士に由来する。血筋のためかアシュトレイの名字を関する者は総じて切れ者ばかり。アシュトレイ家が名門とされ裏社会に対して今もなお多大な影響を与えている大きな要因である。ナルナークは両親に兄一人、姉二人の家族構成の中に属していた。傍から見ればナルナークの立場は羨ましい限りであろう。平民風情が豪勢で優雅な貴族様の生活に憧れるようなものである。しかし。ナルナークを取り巻く環境は人々が憧れるようなものとは遠くかけ離れていた。
ナルナークはあくまで代替品だった。アシュトレイ家の全てを受け継ぐ跡継ぎたる兄にもしものことが起きたときのみ利用される存在だった。兄が健全でいる限り不要なただの保険だった。両親は兄に英才教育を施しあらゆる事を付きっきりで教えるばかりでナルナークの養育どころか目を向けようともしなかった。あたかも次男たるナルナークの存在など忘れたかのように。勿論、両親から愛を享受することはなかった。代わりにナルナークの養育を請け負った使用人達はナルナークに必要最低限の世話しか施さなかった。これはあくまで仕事だと割り切る彼らからも真の愛を受け取ることはなかった。
愛が欲しい。愛してほしい。抱きしめてほしい。自分だけを見てほしい。ナルナークが幼いながらに願ったのがそれだった。ナルナークはそれだけを切に願った。なのに両親は兄にばかり愛情を注いでナルナークへと見向きもしない。使用人達はナルナークの世話を仕事だと完全に割り切っている。兄は両親からの期待の塊に応えるのに一杯一杯でナルナークの相手をする余裕が欠片もない。長女は両親の秘書として二人に付き添いスケジュール管理等の過密な仕事をこなしているのでナルナークと話す機会すらない。次女は神理の識徒育成学校イギリス支部の女子寮に入っているため長女と同様にナルナークと会う機会がない。自然と出来た友達がくれるのはあくまで友情止まりでナルナークに愛情を与えてくれない。例えネオ宗教に関わりを持つ裏社会の住人であっても、神理の存在を知っている神理の識徒であっても当然のごとく身近な人達から与えられて然るべき愛をナルナークは誰からも貰うことができなかった。愛を求めるナルナークの小さな願いはついに叶えられることはなかった。ナルナークの心が徐々に荒んで乾いていくのは当然の結実と言えよう。
いつからか。愛を渇望するナルナークの心はナルナークにある提案をした。誰も愛してくれないのならその辺の女から愛してもらえばいいと。そこからの行動は早かった。自身が一目見て気に入った女子生徒の心を射止めて次々と自身の虜にさせた。彼氏持ちだろうとなかろうと関係なしに。血筋の影響か、ナルナークは類いまれなる見目麗しい美貌を備えていた。枝毛一本もない緑髪に透き通るかのような碧眼も相重なってどこかの皇子を思わせるような外見を持つナルナーク。加えて柔和な笑みの仮面に薄っぺらい心遣いの言葉を以てすれば標的たる女子生徒達の脳内をナルナーク一色に染め上げることなどそこまで難しくはなかった。
程なくしてナルナークは複数の女子生徒達から愛を貰えるようになった。しかし。ナルナークの心は潤うどころかさらに渇きが増しているようにナルナークには感じられた。まだだ。まだ足りない。愛がほしい。もっと。もっと。ホシイ。ヨコセ。愛に渇望する心に忠実に従うことでナルナークは少しずつ暴走し始めた。自分に恋心を抱いていることをいいことにしばしば自身のハーレムと化した女子生徒に理不尽な要求を突きつけるようになった。自分のためにどんなことでもやってのけようとする彼女達の姿に自身への愛を見出していた。それでもナルナークの心が満たされる時は一向にやって来なかった。
生まれつきのハイスペックな脳みそを総動員してオリジナル『神理』を構築し恋愛真教を設立してからは暴走に拍車がかかった。段々と柔和な笑みの仮面に薄っぺらい心遣いの言葉を用意するのが煩わしくなりナルナークは地を出すようになった。恋愛真教のネオ宗教活動の一環と称して自分の外見に惑わされず言いなりにならない女子生徒を乱暴な方法でハーレムの一員として迎え入れることが常となった。
そして。あの日もそうだった。普段はあまり接点のない中等部の女子生徒を偶然見かけて。自分のものにしたいと思って。自分のハーレムに引き込もうとしてその女子生徒を手荒な方法で追い詰めようとして。だけど。そこでナルナークは出会ったのだ。意図的なのか無意識なのか。当然のように人の神経を逆なでするような言動を次々に繰り出すいけ好かない紅髪の転入生と――
◇◇◇
――五月十五日(月) PM6:00 A校舎 一階保健室
「……んぁ」
ナルナーク・フォン・アシュトレイが意識の覚醒とともに目を開けると最初に視界に映ったのは白い天井だった。【術式≫≫≫白鴉(はくあ)】のような毒々しい白さではなくどこか柔らかさを感じさせる清潔感あふれる天井だ。ここはどこだと体を起こすと体にかけられていたのであろう布団がパサリと床に落ちる。布団を拾いつつ周囲を一瞥してここが保健室だとナルナークは把握する。回復関連の神理に著しく特化している保険室の先生は今は不在のようだ。するとわからないのは何故自分が保健室で眠っていたかということだ。ナルナークは目をつむり記憶をさかのぼる。さかのぼること十秒。転入生、緋条(ひじょう)理(ことわり)に鳩尾を殴られてからの記憶がないことを確かめたナルナークは新宗教聖戦(ネオ・ジハード)で敗北したことを悟る。ちなみにグロテスクな肉塊へと化していく過程の記憶がないことはナルナークにとって幸運であろう。もし覚えていれば今頃錯乱状態なんて言葉で表せないほどに狂気に走っていたであろう。確実に。不幸中の幸いとはこのことか。
「……クククッ。無様、だな」
ナルナークは仰向けにベッドに倒れ嘲笑の声を漏らす。裏社会に関わったばかりで神理をロクに知らない転入生ごときに名門アシュトレイ家の次男がネオ・ジハードで敗れた。そのことがナルナークに虚しさを感じさせる。ここまでほぼ独学で積み上げたものが一気になくなってしまったかのような喪失感を抱かせる。しかし。敗北したことへの羞恥や理への八つ当たり染みた憤りの類いの感情は不思議と感じることはない。ネオ・ジハードで負けた以上恋愛真教も今日で終わり。「クククッ」と皮肉を存分に込めて笑ってみるも虚しさが増していくだけだ。
ちなみにいつも侍らせているハーレムメンバー勢はいない。保健室にいるのはナルナークただ一人だ。大方自分に見切りをつけて去っていったのだろうとナルナークは推測する。最初こそ彼女達は自分に深い恋慕の念を抱き全てを捧げてきてくれた。自分が複数の女子生徒を侍らせていたにもかかわらず快く受け入れてくれた。雲行きが変わったのは彼女達に無茶な要求を押し付け始めた頃だったか。百年の恋も一時に冷める。その後も自分と一緒にいたのはおそらく自分やアシュトレイ家をわが物として利用しようとの魂胆だったのだろう。今回彼女達が自分から離れたのは神理を知って間もない緋条理程度に敗れるナルナークを利用することにメリットを見出せなかったといった所か。
わかっていた。とっくの昔に気付いていた。もっともっとと愛を求めれば求めるほど彼女達の心は離れ、もたらされる愛の量は減り、質が変質することくらい。それでも止められなかった。愛がほしかった。思えば彼女達に無茶極まりない要求をしたのは誰でもいいから自分を止めてほしいという思いも含まれていたのだろう。でなければ今回のネオ・ジハードで敗北した理由が説明できない。やろうと思えば威力の高い神術を多用して戦えたはずだ。敢えて威力の低い術式を主に使う必要はなかったはずだ。ネオ・ジハード開始以前の時点で既に前提条件が満たされていた以上、恋愛真教の『神理』――絶対魅了(愛は世界を救う)――を行使すれば勝負は一瞬で着いていたはずだ。男女関係なく対象に神理行使者への恋心を抱かせる【神理≫≫≫絶対魅了(愛は世界を救う)】は個人差はあれど相手の戦意を削ぎ隙を創出してくれるのだから。しかし。それでもあの転入生に負けたのは、きっと終わらせたかったからだろう。何もかもを。愛に狂った亡者――ナルナーク・フォン・アシュトレイの全てを。
「ククッ」
ナルナークは口角を吊り上げていかにも悪役っぽい笑い声を漏らす。改めて考えるとクククと不敵に笑うのは女子生徒を侍らせ始めた頃についた癖だ。大方自身を強く見せようとする虚勢だったのだろう。わかってしまえば話は簡単だ。ナルナーク・フォン・アシュトレイは所詮虚勢を張らないと女子生徒達の心を縛りつけられない程度の人間だったということだ。即物的な愛に縋り付いていたいだけの愚かで醜い人間だったということだ。両親が愛してくれなかったのも必然だったのかもしれない。
「あ、ナルナーク様。起きたのですか?」
「……何だいたのか」
「何だとは何ですか、何だとは。酷いじゃないですか」
言いようもない虚しさに俯いていると前方から声がかかる。ハッとナルナークが顔を上げると紫色の髪をツインテールに束ねた小柄な女子生徒が心配そうにナルナークを見つめている姿がある。いくら『再構成』されたとはいえ一度ナルナークが死んでしまったことが影響しているのだろう。立津(たちづ)麻衣(まい)。藍色の瞳をしたナルナークハーレム内の唯一のクラスメイトだ。保健室には誰もいないと高をくくっていたナルナークはつい心の声を口にする。対する麻衣は「もー」と頬を膨らませつつもナルナークの元へと歩み寄る。わけがわからなかった。恋愛真教は瓦解した。ナルナークのハーレム勢も皆ナルナークを見限ったはずだ。なのにどうしてここに麻衣がいる。尋ねると「私は保険委員ですよ。忘れたのですかナルナーク様?」との言葉が返ってくる。そう言われれば確かに保険委員たる麻衣がここにいるのは不自然ではない。しかし。麻衣が相変わらずナルナークを“様”づけで呼び今も気遣わしげにナルナークに目を向ける理由にはならない。
麻衣はほんの二か月前にナルナークの魔の手により恋愛真教もといナルナークハーレム陣営に無理やり組み込まれた一人だ。彼氏こそいなかったもののナルナークの横暴さ理不尽さに怒りを抱いていた一人のはずだ。証拠に麻衣はナルナークに積極的に関わろうとせずに常に一歩引いた所からナルナークと割と積極的な女子生徒との甘いやり取りを眺めていたことがあげられる。麻衣のナルナークを映す藍色の瞳に恋慕の灯が宿ることは一度だってなかった。他のハーレム勢がナルナークから距離をとった今、真っ先にナルナークの手の届く範囲から姿を消してしかるべき麻衣がナルナークの視界内にいる。今までと何ら変わらない態度で接してくる。何が目的なのか。何がどうして麻衣はここにやってきたのか。アシュトレイ家のハイスペックな頭を駆使すれどもナルナークが麻衣の意図にたどり着く気配は一向にない。
「その。悪かったな。俺のわがままで迷惑かけて」
「……へ?」
「いや。何でもねえ」
愛がほしい。ただそれだけのために麻衣の意思を無視して自身のハーレムの一員として彼女の時間を奪ってきた事実がナルナークに気まずい思いを抱かせる。口を衝いて出た謝罪の言葉に目をパチクリとさせる麻衣。恥ずかしさに首を振り「お前さっさと帰れよ。俺はもう復活したし体に不調もない。ほら。シッシッ」とナルナークは手をプラプラと振るも肝心の麻衣は立ち去る気配はない。自分の思い通りにいかない展開に我慢ができない。麻衣に苛立ちをぶつけようとする自身に嫌悪したナルナークは麻衣が立ち去らないのなら自分がとベットから離れようとする。しかし。ナルナークの行動は麻衣がナルナークの右手を両手で包みこむようにして掴むことで阻害される。
「何のつもりだ?」
「その、私……ナルナーク様のこと、放っておけないんです。今にも壊れてしまいそうに見えましたから。初めて会ったときも。今も」
「クククッ。んだよ。だからここに来ましたってかァ? お前も随分と物好きだな。俺なんかと一緒にいると周りから敬遠されるぞ? 俺から離れたいんなら今がチャンスだぜ。今なら見逃してやらんこともな――ッ!?」
ナルナークの言葉は最後まで紡がれることはなかった。不意に麻衣がナルナークを自身の元へと抱き寄せたからだ。常にナルナークから一歩引いていた麻衣からは想像もつかない不意打ち極まりない行動にナルナークの苛立ちは霧散する。ナルナークの視界が偶然にも麻衣の慎ましい胸に向くように抱き寄せられていることもイライラが消失した理由の一柱だ。どうやらハーレムを築きあげてきた男にも純真な一面はまだ残っているようだ。
「な、何を――」
「今ここには誰もいませんよ。保険室の先生も職員会議で後二時間は帰ってきません。何をしても自由ですよ?」
「……んで、んなこと――」
「言いましたよね? ナルナーク様を放っておけないって」
「~~~ッ!?」
恥ずかしさに顔を真っ赤にして麻衣の拘束を逃れようとするナルナーク。裏返った声で何のつもりだと問いただそうとするも麻衣の答えは全く別のことを示唆するもの。意味を理解したナルナークに麻衣はさらに慈愛に満ちた言葉を重ねる。温かい。いつの間にか羞恥の感情は薄れナルナークは麻衣の体温を心地よく思い始めていた。第三者に見られたら悶絶&登校拒否に陥りそうな体勢に自身が置かれていることは頭からスッポリ抜け落ちている。これまでナルナークは多種多様な女子生徒を抱いてきた。肌身で感じる彼女達の人肌は確かに温かかった。けれど。麻衣のような心が休まる温かさではなかった。本心で愛し合っていないためか温かくもどこか冷めたものだった。ダメだ。このままでは壊れてしまう。麻衣の温もりに浸かっていてはナルナークがナルナークたらしめる何かが崩壊してしまう。変わってしまう。
「……大丈夫ですよナルナーク様。今日私が見たもの聞いたものは全て墓場まで持っていきますから。だから今日だけは無理をしないでください」
「ぅあ、あ、わあああああああああああ!!」
危機意識を抱き麻衣に抱き寄せられている状態から脱しようと抵抗を強めるナルナークの頭を撫でながら麻衣は言葉を紡ぐ。あたかも子供をあやす母親のように。その時。ナルナークの理性は吹き飛び心の枷は壊れて消え去った。ナルナークは号泣する。涙と鼻水で麻衣の制服を存分に汚しながら子供のように泣きじゃくる。赤子のように麻衣にしがみついて嗚咽する。そこに端正な外見から想起されるどこぞの皇子のような凛々しい姿は欠片もない。何人もの女子生徒を侍らせてきたハーレム男の面影も微塵も存在しない。「よしよし」と麻衣に背中をさすられ号泣する緑髪碧眼の泣き虫がいるだけだ。
ナルナークの闇に染まった極寒の心に光が灯る。発光源は橙の炎。麻衣の言葉が火種となった、心に熱さを伝達せずに温かさのみを伝える心休まる炎。心の渇きを薄めていく炎。荒んだ心を癒してくれる炎。昔も今もナルナークが欲してやまなかったものが今ここにおいてナルナークの心に宿っている。
(これが愛、なのか? ……だったらいいな)
麻衣の奏でる心臓の静かな鼓動が安心感を引き立てナルナークを夢の国へと誘う。あらがう理由などどこにもないのでナルナークは眠気に身を任せることにする。麻衣の腕の中で薄れゆく意識の中、ふとナルナークはそんなことを思う。この日。ナルナークは初めて人の温もりというものを知ったのであった――
ナルナークをただの咬ませ犬にしたくなかった。これが今回の主人公不在回発生の理由ですね。ええ。でもこれジハ妄想もとい展開構成作業当初は彼ただの咬ませ犬だったんですけどね。よって今のところ今後の彼の出番はありません。さて。これからどうしたものか。いっそサイトとギーシュみたいな感じにしてしまいましょうか。男ツンデレな感じで。『誰得』感が凄まじいですが。