その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

27 / 60
Myth24 朝帰りと言わないで!

 

 

 

 

 

 

どんっ

 

買い物を済ませ、昼食を摂った後、しばらく通りを歩いていると、後ろを歩いていたティオナに誰かがぶつかる。通りから急に出てきたため、流石の彼女も反応できなかった。

 

「わっ」

「おっと、ごめんよ、アマゾネス君!すまない、急いでいるんだ!」

 

ぶつかってきた幼い少女は謝罪もそこそこに、そそくさと先へ行こうとする。しかしその声と後ろ姿に覚えのあったリヴィエールはすぐさま振り返った。

 

「ヘスティア」

「ん?おお!リヴィエール君!!」

 

呼ばれた名前に反応し、足を止めたヘスティアは嬉しそうに頬を緩める。顔を合わせるのは約2日ぶりだった。

 

「なにやってるんだこんな所で。バイトは?」

「ちゃんと有給取ってきたさ。キミこそこんな所でなにやってるんだい?」

「ちょっと色々あってな…」

 

少しこの場から距離を取りつつ、話こむ。そんな様子を遠巻きにアイズ達が見ていた。

 

「あの可愛い女の子……まさか浮気相手ですか!?」

 

怒りもあったが、ほんの少しそうであってほしい願望が混ざった予想をレフィーヤが口走る。呆れたようにティオネが息を吐いた。

 

「なんでそうなるのよ、女神でしょあの子。多分、今のあいつの主神よ」

 

───ん?

 

会話に入ってこない妹を見やる。こういう時有る事無い事騒ぐあの子が静かにしているのは珍しい。見てみるとヘスティアを見つめつつ、固まっていた。

 

「どうしたの、ティオナ?」

「胸が、すごく大きかった……あの身長で」

 

聞いて損したと言わんばかりに辟易した目を向ける。彼女が自身の発育に不満を抱いているのは知っているが、女神と比べたって仕方ないだろうに。

神々は年を取らず、その容姿は例外なく整っているが、外見は幼い少年少女から老人まで多種多様だ。その為、身の丈に不釣合いな胸囲を持つ幼女の女神がいても、なんら不思議ではない。

 

「そういえば、女神様達の姿が多く見られるような……」

 

辺りを見回す。それに釣られるように、ティオネ達も左右を見ると確かに周囲には容姿端麗な女神の姿がちらほらと見受けられた。

 

「そういえばロキが言ってたわね。『神の宴』が近い内にあるって。自分は行かないようなことも言ってたけど」

「『神の宴』って……どっかの神様が適当に開く、パーティーだっけ?」

「ええ。結構格式ばっているらしいから、仕立てたドレスを受け取りにでも来てるんじゃない?なんだかんだ見栄っ張りな女神達は?」

 

着ていくドレスの質はその場における自身の品格を表す。フォーマルな場における衣服に気を使う事も神の大事な仕事の一つだ。

 

「むきーーー!!無視すんな!二大裏切り者ーズ!」

 

頭からプンスコと湯気を出しつつ、レフィーヤとティオネを指差す。少し前まで自分と変わらない胸囲の戦闘力だったくせに、今や姉は言わずもがなだが、レフィーヤすら最近は脱いだら結構ある程度には発育していた。

 

───また騒いでいる……よく飽きないな。

 

キャーキャーと姦しい空間を耳に挟みながら若干呆れる。

 

「リヴィエール君?」

「ああ、悪い。で?お前も出るのか?『神の宴』」

 

忙しなくしていた理由はティオネ達が予想した通りであった。零細ファミリアの主神があの手の会合に出席する事は基本的に難しい。神であれば誰でも出れるが、それでもファミリアの威信や格が見られる場でもある。その場に相応しい格好をしなければ笑われるからだ。

 

「ボクは気にしないのに……」

「気にしろ。仮にも神だろうが」

 

ヘスティアの小さな手に纏まった金を握らせる。さすがに今からオーダーメイドは無理だろうが、既製品ならば間に合うはずだ。

 

「いいか、この金は絶対ドレス代に使え。買い食いはもちろん、貯金も許さん。それ以外の目的で使われたら一生ジャガ丸くん食わせない」

「おおぅ……わかったよ」

「それと出された食事を食い漁る真似もするな。タッパーに持ち帰るのもダメだ。わかったな」

「そ、そんなぁ!せっかくの立食形式(タダメシ)なのに!」

「馬鹿野郎、みっともない事言ってんな。ファミリアの品格が疑われる」

「僕は別に何を言われたって」

「それはひいては俺やあの白ウサギもバカにされるって事なんだ」

 

黙り込む。そうしてくれることが少し嬉しい。この子は自身の侮辱には耐えられるが、大切な存在の侮辱に怒れる神だ。

 

「少しはシャンとした姿見せてこい。お前は仮にもこの俺の主神なんだから」

 

背中を叩く。『神の宴』への準備もあるだろう。話はそこで打ち切った。

 

「ほら、ヘファイに頼みがあるんだろう。もう行け」

「な、なんでそれを…」

「剣聖さんは何でも知ってるんだよ。ヘファイによろしく言っといてくれ」

「うん!キミももっとマメにホームに顔を見せるんだよ!いいね?」

「わかったわかった」

「あ!あと僕がいないからってヴァレン某と必要以上に仲良くしちゃダメだよ?それから」

「いーから行け」

 

少し強めに背中を押す。確か宴は日暮れからだ。ドレスを買いに行くことを考えれば、急がなければ間に合わない。

 

「あっとと、リヴィエール君!」

「ん?」

「行ってきます!」

 

満面の笑みでこちらに手を振る。軽く手を挙げ、それに応えた。満足したように走り出す。

 

───まったく、女神ってのは得だな。

 

笑顔一つで大抵のことは許されてしまう。ルグの時もそうだった。

 

「話、終わったかしら?」

 

話が終わった頃合いを見計らい、ティオネが肩を叩く。どうやら気を使われたらしい。頷いた。

 

「彼女が今の主神?」

「………ああ」

 

ルグと比べたら背も器も小さいし、イマイチ頼りにならない女神だが……

 

「バカで誠実で、優しい女だよ」

 

───なるほど、貴方が弱そうなタイプね。手のかかるめんどくさい女

 

訳知り顔で見て来るティオネに少し不快感を持つ。考えていることはなんとなくわかった。

 

「で?貴方これから予定は?」

「ん、そうだな。特に予定はないけど…ギルドに行くつもりだ。少し調べたい事があってな」

「調べたい事?…………ルグ様関連?」

 

後半は声を抑えて耳打ちしてくる。苦笑しつつ、首を横に振った。

 

「それも無関係とは思ってないが、一応それがメインじゃない。ちょっと気になる程度の調べ物だ」

「じゃあ今すぐ何か用があるとかではないのね?アイズ、ちょっと」

 

アイズの肩を抱き、リヴィエールから距離を取る。四人で顔を寄せ合いヒソヒソと話を始めた。セブン・センスを最大にすれば聞き取れそうだが、やめておく。女の内緒話にはロクなものがない。聞かない方が心が楽だ。しかし無駄に発達した感覚器官のおかげで断片的には聞こえてくる。耳を塞いでおくかと思った時、内緒話は終わった。

 

「リヴィエール。怪物祭は無理なのよね?」

「ああ、さすがにもうすっぽかす事は許してくれないだろう」

「ならさっき私とした約束、今果たしなさい」

 

どんっとアイズを突き飛ばす。慌てて支えてやるとその隙に三人娘はもう小さくなっていた。

 

「ちゃんと送り届けてねーー!!」

「アイズさんをよろしくお願いしますーー!」

「しっかりエスコートしないとリヴェリアにバラすからー!」

 

おせっかい三人娘が去って行く。なんか約束が変わったことに若干理不尽を感じたが、まあいいかと考え直す。連中の相手をするよりはまだ楽だ。

 

「…………予想はつくが一応聞いとくか。さっき、何の話してたんだ?」

「…………この後は二人で気晴らししておいでって」

 

連中にしては迂遠な表現で送り出したものだ。俺には皆無だが、恐らくアイズには気を使っている。直接表現では金色髪の少女は遠慮すると思ったのだろう。

 

「………」

 

何も返事をしないリヴィエールに不安を感じたのか、悲しみを湛えた瞳でこちらを見上げてくる。そんな顔を見てしまってはもうこちらに選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

迷宮都市を覆う巨大城壁の上で二人の剣士が刃を重ねている。二方とも細い刀身の剣を握っていた。どちらも扱いに技術を必要とする武器だ。並の冒険者では十全に扱う事は難しい。しかし、二人は並の秤を遥かに超えた剣客である。一人は剣姫と呼ばれ、もう一人は剣聖と讃えられている。

剣姫の得物は薄いだけでなく非常に細い。脆い印象さえ受ける。そして剣聖の握る剣は黒く、細身だが、肉厚な武具だった。

 

チャンっと硬質な音が鳴る。剣士同士が戦う時の儀式の一つだ。

 

剣を構える。剣聖は片手剣に半身。剣姫は足を一歩引き、レイピアを胸元に立てた。

 

一陣の風が吹く。それと同時に二人は掻き消えた。

先手を取ったのは剣姫。裂帛の突きが繰り出される。紙一重で躱し、間合いを詰める。レイピア最大の弱点は攻撃した際、その武器の特性上、腕を伸ばしきってしまう点だ。

 

ーーーっ!

 

剣がしなる。紙一重で躱された場合、相手の肩口を突く技。僅かにロープを掠めた。

 

───ジュタージュ……ランジとほぼ変わらないフォームで撃てるようになったか

 

サイドステップで距離を取る。しかし逃さないと言わんばかりに追随してくる。

 

───速い!

 

ルドゥブルマン。即ち連突き。一撃の威力と速さは若干落ちるが、カウンターも取りにくい。

バックステップと同時に刀を鞘に収め、腰を屈めると同時に地面を蹴る。その突進速度はリヴィエールをもってしても目で追う事は困難なほどだ。

 

ルドゥブルマンの突きの一つを選び、抜刀する。疾る剣はレイピアを正確に捉え、腕を弾き飛ばした。隙ができる。勢いそのままに間合いを詰めた。

 

レイピアの特徴は技のほぼ9割が突き技という事。実戦向きではあるがゆえに一撃必殺。突きを繰り出すにはある程度距離がいる。

 

───と思ったのだが、そう簡単にはいかないか。

 

上からの突きをサイドステップで躱し、その隙に距離を取られる。仕切り直しだ。

 

───トウシュ・パール・ドウシュ……随分攻め手のバリエーションが増えている。

 

油断なく剣を構えるアイズを心から賞賛する。ジュタージュといい、ルドゥブルマンといい、技の質も随分と上がっている。恩恵(ファルナ)だけでなく、自身の練磨も絶やしていない証拠だ。そして常に立ち位置を考えながら動き、空間をうまく使えている。戦闘とは究極を言ってしまえば間合いを支配することにある。防御もちゃんと次の動きに繋げられるように行なっている。

 

───腕を上げたな。俺が教えた事も忠実に守っている。

 

唐突に二人きりにされたリヴィエールとアイズだったが、お互いどこかに行きたいなどという願望はなかった。そこで白髪の青年はかつてよく稽古をしていた二人の秘密の場所である市の外壁へと行く事にしたのだった。

リヴィエールの提案をアイズは快諾。どこかに出歩くよりよほどやりたいことだったし、先日ゴブニュから渡された武器に慣れてもおきたかった。久しぶりに剣聖と稽古できることも嬉しい。弾むような足取りで付いてきた。

 

そして至る現在。軽く身体を鳴らした後、剣を交えての実戦稽古を始めたのだった。二人とも魔法はなし、剣客としての条件で。

 

───冒険者としての向上は現状、頭打ちのようだが、剣客としてはまだまだ伸びそうだ。

 

レイピアは比較的接近戦を不得意とする。技の9割が突きだからだ。突くためには一定の距離を必要とする。そのレイピアの近接戦闘において、最も大事な事は相手より先に行動を起こす事、次に自分のガード(刀でいうと鍔)を相手のガードより上か、下か、大きく移行させる事、そして自分から身体をぶつけない事だ。かつて自分が教えたことをしっかりと守っている。

下地としての彼女自身の伎倆はかなり出来上がっている。コレはあと一つランクアップすれば化けるかもしれない。

 

実力に舌を巻いているのはアイズも同じだった。

 

───相変わらず凄まじい速度と手数。反応も尋常じゃない。

 

攻撃はスピード、パワー、テクニック、特にスピードに重きを置いて、全て高い次元でまとまっている。防御は反射神経と反応速度と読み頼り。

 

───つまりは触らせないという戦術。真正面から斬り合い、かつ動きを止める防御はしない超攻撃型の戦闘型。私が目指し、憧れたバトルスタイルの究極の体現者。

 

これだけ撃ち合って一撃たりとも当たらなかったのは久しぶりだ。常にこちらの思惑を上回る防御と回避を見せている。

しかし、自分もついていけている。彼の加減もあるのかもしれないが、少なくとも昔よりは打ち合えている。

 

───いける。私の剣はリヴィに通用している

 

今のところ勝負を有利に進めているのはアイズ。このままいけるなどとは思っていないがそれでも勝機はありそうだ。

 

ジュタージュを繰り出す。避けられても死角から攻撃できるこの技は相手が攻めに転じることが難しい。攻めの手番さえ相手に回さなければ、こちらは絶対に負けない。

 

しかし今度はリヴィエールは避けなかった。突きかかってきたレイピアの剣先を素手で受け止めていた。

 

───見切られた!?

 

予想を圧倒的にうわまわる防御方法。すぐに引こうとしたが動かない。まるで万力で固定されているかのように錯覚した。力では絶対にかなわない。

 

「腕は随分と上がっていたが、攻め切れなかったのは致命的だな」

 

手を離す。今度は突きではなく上段から切りかかってきた。カグツチで受け止める。

凄まじい速度で数合撃ちあったが、リヴィエールには余裕があった。レイピア最大速度の突きを見切れるのならばその他の技も当然見える。

レイピアを刀の柄頭で弾き、アイズのバランスを崩す。そのまま袈裟がけに斬りかかった。

アイズもなんとか受け止める。しかし不十分な体勢で受けた為、圧殺されるような形となった。

 

「悪いなアイズ。お前の今の速さにはもう慣れた」

 

蹴り上げる。レイピアの柄を正確に捉えた蹴りはアイズの手から得物を奪った。高速で旋回し、中空に飛んだレイピアをリヴィエールがやすやすと掴む。そのままカグツチと交差し、アイズの首を剣で挟んだ。

 

「はい、俺の勝ち」

 

剣を引く。カグツチは腰に収め、レイピアはアイズに返す。少し悔しそうな、でも嬉しいような、複雑な表情で受け取った。

 

「…………リヴィ、手加減してた」

「まあね。しかし想像以上に強くなったなぁ。驚いたよマジで」

「本当?」

「ああ、やはり実力の底は実際に剣を交えてみないとわからないものだ」

 

嬉しそうに手を取ってくる。ぴょこぴょこ揺れる犬耳とブンブン振られる尻尾が見えるようだ。相変わらず犬っぽい。

 

「良くなかったところは?」

「…………」

 

さて、どうするかと逡巡する。答えられないというわけではない。言えるところは十分にある。しかしストレートに言っては俺のことに関しては打たれ弱いこの子を傷つけることになりかねない。

 

「よしアイズ。段階をつけよう。辛口、中辛、甘口、どれがいい?」

「私は戦闘に関して妥協はしない。激辛で」

「まだまだだな。剣先に迷いがなさすぎる。モンスター相手の戦いに慣れすぎてるせいでフェイントとかまるでない。常に最善手を打つから2手先、3手先が手に取るようにわかる。予想以上はあったけど予想外がなかった。それと速度と手数にモノを言わせすぎ。お前と同等以下の使い手が相手ならそれで良いけど、それ以上の相手に限界速度を見せ続けたらあっという間に慣れて対処される。もっと緩急をつけてリズムを読み取らせるな。あと思い切りが良すぎ。リスクを恐れずに前に出るのも時と場合による。全部それでは俺に迷いが生まれない」

 

まるで魔法の詠唱のようにこちらの悪かった点がスラスラと語られる。ダンジョン攻略のやり方で怒られた事は度々あったが、戦闘技術において悪い事などここ最近言われていなかった為か、予想外にダメージが来た。膝と両手を地につけて崩れ落ちる。

 

「あー……でも今言ったのはあくまで対人戦闘の悪かった所だから。冒険者としての欠点はそれほど無かった、うん」

 

フォローするがもう遅い。しばらく立ち直れそうにない。稽古を始める前は張り切っていた小さなアイズも今は膝を抱えて落ち込んでいる。

 

「それよりどうだ?ゴブニュから貰った剣の調子は」

 

話をそらす。同系統の武具とはいえ、細部は数え切れないほど異なる。十全に戦うためにはまず手にした武器に慣れる必要がある。

 

「………威力はあるけど、細く、壊れやすい。リヴィが壊さないように気を使って戦ってくれたおかげで大丈夫だけど、使いにくい」

 

あらら、バレてたか。引き斬る太刀筋は極力使わず、当てて圧する剣さばきを心がけていた。

 

「まあしばらくそういう剣で自分を鍛えるのも良いんじゃないか?デュランダルに慣れてるとそういう技術は身につけにくいからな」

「うん」

 

絶対に壊れないデュランダルの強度に頼った力任せの戦い方では限界がある。硬軟織り交ぜた太刀筋が使えるようになると戦いの幅が一気に広がる。これからの事を考えれば、丁度いいかもしれない。

 

「じゃ、ちょっと休憩したら今度は軽くダンジョンにでも行くか。やはり対人とモンスター相手では戦い方の勝手も違う。丁度俺もいるんだ。安全に経験を積ませてやるから慣れておけ」

「うん!」

 

元気よく頷く。壁に背を預けるように座ると、アイズも隣に腰かけた。袖から瓢箪を取り出し、喉を潤す。中身は水だ。

 

「飲む?」

「…………(フルフル)」

 

差し出した瓢箪をしばらく凝視すると紅くなって首を横に振った。

 

「そうか………しかし懐かしいな」

「っ……うん、私も同じ事考えてた」

 

少年の永遠のロマン、秘密基地。かつてリヴィエールはこの場所にソレを構えていた。まだルグ・ファミリアが零細であり、広い場所を確保できなかった頃此処で鍛錬を積んでいた。

そしていつのまにか後ろからトコトコとついて来るようになった幼いアイズにこの場所がバレるのは必然だった。

それ以来此処は二人の秘密基地となっている。誰にも内緒だよ、と告げるとキラキラした目でうなずいたのを覚えている。

二人で此処で一緒に遊び、戯れ、稽古をし、重なって眠る。そんな日々を過ごしていた。今思えばあの時が人生で最も穏やかな時だったかもしれない。

それは成長しても変わらなかった。アイズが抱きついてきたり、リヴィエールが一緒に遊んだりすることは無くなったが、お互い研鑽を積み、高め合い、肩を並べて座り、心地よい風に身を任せていた。

 

そして現在、胡座をかいて座るリヴィの隣に膝を抱えてアイズが腰掛ける。肩が触れ合う距離で、穏やかな風に吹かれる。

 

───また、こんな風に一緒に過ごせる日が来るなんて……

 

少女の胸に熱が灯る。黒髪だった剣聖が失踪した一年前、彼を探して何度もこの場所は訪れた。その度に絶望に打ちのめされた。もうこんな日が来ることはないと諦めていた。

彼の肩に頭を預ける。大きくなってからは恥ずかしくて自発的に甘えるということはしなかったが、でも今はそうしたくなった。リヴィエールも何も言わず、受け入れる。

 

「…………いつまで?」

「もうちょっと」

 

二人は半刻ほど昔の兄と妹に戻り、身を寄せ合った。

 

 

 

 

 

 

翌日早朝、アイズはホームで正座させられていた。彼女の前でリヴェリアは仁王立ちしており、その傍らでリヴィエールも腕を組んで壁に背を預けていた。周りにはフィン以下、ベートを除いた幹部連中が囲んでいる。

 

「はぁ……まったく、調子を取り戻したと思ったらすぐコレだな、お前は」

 

単独でダンジョンに行った事を叱られているのだ。夜通し待っていたらしく、黄昏の館へと戻った時、扉を開けた瞬間、待ち構えられていた。見送りに来ていたリヴィエールも逃げられず、説教に同席させられている。二人とも一瞬逃走を本気で考えたが、やめた。後が怖すぎる。

 

「そ、そんな怖え顔で怒んなくてもでいいじゃないかリーア。アイズも反省してるみたいだし」

「人前で私をリーアと呼ぶな。お前は黙っていろ。アイズのコレが一体何度目か、お前が知らないわけないだろう。だいたいアイズの教育に関してお前にガタガタ言われる筋合いはない」

「ガタガタ言ってねえだろう。アイズが可哀想だって言ってんだよ」

「それがガタガタだって言ってるんだ。だいたいお前が付いていながらなんで止めなかった」

「バッカ俺がついてたからこいつも大丈夫だと思ったんだよ。遠征から何日も経たないうちに一人で潜るなんてことは流石のこいつでも(するとは思うが)しなかったって」

「甘い。断言してもいいが、お前がいなかった所でこの子は行ったさ」

 

怒られてる娘そっちのけで二人の言い争いがヒートアップする。その様子を見ていた幹部たちは皆同じ事を考えていた。

 

完全に怒ってる母親から娘をかばう父親の図だなぁ、と。

 

しばらく言い争った後、リヴィエールの方が黙った。これ以上はこちらに飛び火すると考えたからだった。それに、怒っている母親に逆らうものではない。

 

「いつもの調子を取り戻したのはいいが、まだ遠征から戻って大して日は立っていない。体を休めることも仕事だ。しばらくは大人しくしていろ」

「…………大人しくしてたらしてたで心配するくせに(ぼそっ)」

「お前もだリヴィエール・グローリア!今回の遠征に関してはお前の方がアイズより遥かに疲労が残っていただろうが!」

 

聞こえてたかトンガリ耳め……

 

「うぇ〜〜い、誰か〜〜。水くれぇ……ミズゥ…」

 

まだ説教がしばらく続くかと覚悟した時、地の底から聞こえるようなしわがれた声が地面から響いて来る。この手の声をリヴィエールは何度か聞いた事がある。酔いつぶれた翌朝のロキが発する音だった。

 

「うわァ……久々に見た」

 

青い顔をして地面を這うロキを見て辟易した目を向ける。二日酔いというものは何度見ても醜い。

 

「ンア?リヴィエールやないか。なんでこんなトコにおんねん。まさか遂にウチに改宗する気になったんか?」

「寝言は寝ている時だけにしろ酔っ払い。偶然コイツと会って、ちょっと出掛けて、ここまで送ってやっただけだ」

「ふーん、偶然アイズたんと会って、街歩いて、ほんで今朝帰って来たんか。つまり…」

 

珍妙な空気が辺りを支配する。朝に帰って来たと言ったあたりで全員の動きが止まった。

 

「………朝帰り」

 

ボソッと小さな声で誰かに呟かれたその一言はこの場にいる全員の耳に届いた。冷たい汗が白髪の剣士の背中を伝う。

 

「リッ、リリリリリリヴィエールっ!?あああああんたまさか!!」

「アイズがオセキハン!?」

「卒業証書!!?」

「ほほほほホントなんですかリヴィエールさん!あああアイズさんの純潔ががが!」

「やれやれ、いずれ来るとはわかってた日だけどいざ来てみると団長としては嬉しいような寂しいような、複雑だねぇ」

「リヴィエール、子の名前はワシが考えても良いか?画数というのは中々大事らしいぞ」

「なにトチ狂った事言ってんだてめえら!ぶった斬るぞクォラァ!」

 

襟首を摑みかかるティオネとレフィーヤを払い、腰の剣に左手を掛け、鯉口を切った。

 

「でも朝帰りしたじゃないですか!」

「したけどもやめろその言い方!一晩ダンジョンに潜ってただけだホラ!」

 

魔石などのドロップアイテムを見せつける。ポーチ一杯に敷き詰められたソレは一晩で集めたにはかなり多い。少なくともダンジョンに潜っていた証拠にはなる。

 

「リヴィエール・グローリア」

 

真剣な声が後ろから二つかかる。声の主はリヴェリアとロキ。それぞれの瞳には穏やかならぬ光が宿っている。

 

「アイズになにもしてへんな?」

「してない!」

「ルグ様に誓えるか?」

「誓う!!」

 

しばらく三者とも睨み合う。ロキとリヴェリアは溜息をついて視線を外した。

 

「どうやら嘘はついてへんわ。少なくともそういう事はしてない」

 

神に嘘は通用しない。この一言は何よりの潔白の証明となった。空気が一気に弛緩する。

 

「ま、こいつにそんな度胸あったらとっくにそうなってるやろうしな」

「この根無し草に根を張らせる良いきっかけになるかとも思ったのだがな」

「てゆーか一晩二人で一緒にいて何もしないってのも、どうなの?」

「ヘタレール」

「死にたいらしいな、てめえら」

 

再び鯉口を切り、本気の殺意を込めて連中を睨む。これ以上は洒落にならないと悟ったのか、全員口を噤んだ。

フンっと息を吐き、鍔を鳴らす。渦中の一人であった金髪の少女はキョトンとした顔でこちらを見上げている。純粋培養で育てられたアイズにこの手の知識はほぼ皆無だ。なんの話で騒いでいるのか、わからなかった。

 

「はぁ……帰る。じゃあな」

「ああ待て、リヴィエール」

 

背中を見せて歩き始めた時、ロキがその背中を止めた。振り返る事はせず、足だけ止める。

 

「昨日の晩、ドチビに会うた」

「…………ヘスティアに?」

 

という事は二人とも神の宴に出席していたという事。ヘスティアはともかく、ロキがアレに出席したとは少し意外だった。

 

「ちょっと色々キツイ事ゆーた。お前には一応謝っとく」

「別に謝る必要ないだろ。お前は嘘も平気で吐くし、隠し事もザラにあるだろうが、間違ったことは言わないからな」

 

キツイ事を言ったというなら、それはきっとヘスティアのためか、もしくは他の誰かのために、本気の忠告をしたという事だ。ならば怒る方が筋違い。

 

「その詫びと言ってはなんやけど、おもろい情報をやるわ。こん「今度の怪物祭に気をつけろ、だろ?」

 

背を向けたまま、現状、把握出来ている事を告げる。驚いたことが背を向けていてもわかった。

 

「知ってたんか?」

「そんな気がするだけだ」

 

つまりは勘。しかしリヴィエールは自身の感性を信じていた。この感覚に何度命を救われたか、わからない。

 

「言っとくけどウチの根拠もただのカンや。まったくアテにはならんで」

「アテにしてるさ。天界きってのトリックスターの勘なら充分根拠に値する」

「……………で?お前は怪物祭にでるんか?」

「多分な。気にかかる事もあるし。お前らも出るのは勝手だが、俺の邪魔はするなよ」

 

窓から飛び降りる。即死間違いなしの高さを誇る黄昏の館上階から。

 

「え、えぇえええええ!?」

「あのアホここ六階やぞ!」

 

慌てて窓の外へと皆が顔を出す。重力に従ってリヴィエールが落下している。このままではメンチカツ化待ったなしである。

 

しかし当然そうはならなかった。ボフンという小さな爆発が巻き起こる。同時に爆風が巻き起こり、落下速度を落とす。無事着地する。そのままあっという間に市街の奥へと消えていった。

 

「な、なんや今の。あいつ、何しよったんや」

「炎の魔法の応用だ。空気の熱流を発生させる事により、自身を押し上げ、落下速度を落とした」

「はぁ〜、相変わらず無茶するやっちゃなぁ。ヒヤッとさせよって。あんな事出来るんなら最初から言わんかい」

「まったく可愛げがないほど優秀な弟子だ」

 

今の魔法はリヴェリアから奪ったモノだ。王の理不尽により自分の魔法とし、そして今やあそこまで威力を調節することが出来るようになっている。もうリヴィエールはリヴェリア以上にあの魔法を使いこなしていると言えた。

 

「どこまで強なるんやろなぁ、あいつ」

「…………目に止まる全ての人を、どんな理不尽な力からでも守れるように」

 

独り言のように呟いたロキの言葉にアイズが答える。彼女の喋り方ではない、あの白髪の剣士の口調で。

 

「誰よりも理不尽な存在に、俺がなるまで………リヴィは昔、そう言った」

 

今彼が見せた力はまさにその集大成の一つ。スキルとは本人の経験や本質が反映される。『王の理不尽』はリヴィエールというハーフエルフを体現したスキルだった。

 

「…………凄いなぁ、あいつは」

 

今や雨後のタケノコの如く、大量に存在する冒険者。その殆どはLv.1や良くて2止まりの、一山当てる事しか頭にない紛い物ばかり。ロキのファミリアにさえ、そういうものも存在する。

しかし砂漠の砂つぶの中にも、時折本物が存在する。力も、心も、立ち姿さえ凛々しく美しい眩い太陽のような存在が。神々をも魅了するイレギュラー。それがリヴィエール・グローリアという英雄の器(おとこ)だった。

 

「潰したろうやないか、そんな英雄(アホ)な目標」

 

その一言に、幹部達誰もが頷く。彼ならばいつかそんな存在になれるかもしれない。それはこの場にいる誰もが認める。

 

しかし彼はひたむきすぎる。強さを求めるあまり、誰もついていかれない場所に、独りで行ってしまいかねない。

 

それは少し前のアイズと同じだ。この二人は本当に良く似ている。そんなアイズと違う点がたった一つ。彼女の遥か先を行く存在がすぐそばにいたということ。それがアイズにとっての重石となり、彼女を止めた。

だからこそその危うさもここにいる全員が認識している。しかもさらに悪い事に、彼はアイズと違い、基本的にソロで活動している。止まること重しなど存在しないし、止める仲間さえいない。

 

だから私達が止める。大切な自分の仲間を孤独にさせず、止めてくれた彼を、絶対に行かせない。

 

つんのめっていつかコケる。

 

アイズの脳裏にはその言葉が蘇っていた。彼の予言だ。外れるはずがない。恐らくそれはきっと起こる。

その時彼を地面に伏したままには絶対にしない。支え、肩を並べて戦ってみせる。その為に強くなった。

 

「リヴェリア。今度の怪物祭について調べ。あいつより先に真実に辿り着く。ついでや、一年前の事件についても調査したれや」

「…………」

 

指示を受けた緑髪のハイエルフは黙りこくって主神を見つめる。その目には疑問の色が強く浮かんでいる。

 

「なんや、嫌か?」

「まさか、私としては望むところだ。だがロキがあいつの為にそこまで動く理由がわからん」

 

メリットのない行動というものに対して、歴戦の冒険者であるリヴェリアは警戒心を持っている。無償の善意を施す者などこのオラリオにはまずいない。もちろんリヴェリアは彼に対して何でもしてやりたいと思っているが、自分は立ち位置が人とかなり異なる。他の人間がそれをやろうとすれば疑問に思うのは当然だ。

 

「…………なんか嫌な予感がするんや。あいつが関わってる事はオラリオを.……ヘタしたらこの世界そのものをひっくり返すような事やないのか……そんな気がしてならん」

「…………勘か?」

「天界きってのトリックスターの勘や」

 

怪しく口角が上がる。天界にいた彼女を知る神は最近は丸くなったと良く言う。しかしやはり根っこは変わっていない。賢く、狡猾だ。

 

「まぁ今日明日どうこうなる話ちゃうけどなー。あ、アイズたんは勝手にダンジョン行った罰でウチと怪物祭でデートやからなー!」

 

いつもの喧騒へとロキが身を戻す。言いようのない不安感に駆られつつ、リヴェリアは白髪の弟分が消えていった先をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。神の宴を書くかどうかは考え中。それでは感想、評価よろしくお願いします
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。