『リヴィ、決まり事を作りましょう』
ファミリアのエンブレムを掲げていた少年に話しかける。少年を抱きかかえているのは太陽の光のごとく輝くプラチナブロンドのロングヘアに天覧の空を思わせる青い瞳。陶器を思わせる滑らかさと、空を揺蕩う雲を思わせる柔らかさが同居した白磁の肌。人間離れした美貌を持つ女性だった。それも当然かもしれない。彼女は本当に人間ではなかったから。
天覧の空を具現化したかのような彼女の名はルグ。下界に降り立った太陽神である。
『なんだ、突然』
豊かな胸の中に体が埋まる少年が眉をひそめ、自分を抱く美女を見上げる。艶やかな黒髪にエメラルドを連想させる翡翠色の瞳を宿した美少年が地面に降ろされる。背丈的にエンブレムをかけられる位置に届かなかった彼は青い瞳の美女に抱き上げられて、その仕事を達成していた。
『私達は今日からファミリアを始めます。基本的に貴方を縛るつもりはありません。自由にやってもらって欲しいとさえ思っています。しかし、なんでもやっていいというわけではありませんよ。自由とは無法ではなく、自分が定めたルールに従って、誇りを持って生きることです』
膝を折り、少年と目線を合わせる。いつも柔らかな彼女にしては珍しく、その吸い込まれてしまいそうな宝石のような美しさの瞳には強い光が秘められていた。
『そんなに警戒しないでください。難しい事を言うつもりはありませんとも。言ったでしょう?私は貴方に基本的には自由にやって欲しい。失敗する事も経験です。ですが、いいですか?四つだけ、守ってください』
『内容次第だな。ま、聞くだけ聞こう』
『一つ、人と関わる事を恐れないでください。警戒するのは構いません。ですが、接する事を避けるのはダメです。わかりましたか?』
『わかった』
『次です。私に遠慮するのはダメです。私のことを考えてくれるのは嬉しいですが、その結果、貴方が傷つく、若しくは傷つけられることになってしまっては私が辛いですから』
『元からあんたの為に痛みを負おうとは思ってない。俺は常に俺を優先させてもらう』
『三つ目。貴方を守りなさい。コレは貴方を慮っての事ではありませんよ。現状、我がファミリアの構成員は貴方一人です。貴方に何かあれば私が困ります。良いですか?』
『当たり前だ。死ぬ気なんて微塵もない』
『最後です。貴方自身を守りなさい。コレは貴方を慮って言っています。ヘファイストスから色々話を聞いて、冒険者とはなんたるかを少しは知っているつもりです。ですがそれでも言わせてください。絶対に死なないでください。コレより貴方はダンジョンという未知に挑みます。決して簡単な道中ではないでしょう。ですが死なないで。リスクを負う事も時と場合によっては必要です。冒険者は冒険をしてこそ冒険者足りうる。ですが命が無くなってしまっては何にもならないんです。絶対に死なないで。他の誰が……この私さえ、貴方の前で倒れたとしても、貴方だけは生きる努力をやめない事。良いですね』
『…………言われるまでもない』
こうして、ルグ・ファミリアは始まった。太陽の女神と心が凍った少年。そして定められた四つのルールと共に。
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エイナの話が終わった後、リヴィエールはとある部屋に通されていた。ロキ・ファミリア本拠地、黄昏の館でも最深部。主神と最高幹部しか入れない会議室。その場でリヴィエールはフィン、ガレス、リヴェリア、そしてロキに囲まれていた。
───病み上がりの今の状態で、この三人に同時に来られたらヤバイな
そんなありえない事が脳裏によぎる。それほど他ファミリア本拠地に乗り込むというのは危険な事なのだ。黄昏の館で寝泊まりしたことは何度もあるが、逃げ場のない袋小路に追いやられたことは一度もなかった。しかし今は完全に封じ込まれている。あり得ないと半ば知りつつ、身体から緊張を解くことはできなかった。
ビンに残った最後の一滴を空になったグラスに注ぎ込む。そのまま飲むのかと思ったが、なみなみと満たされたその一杯を赤髪の邪神は悪友の前へと突き出した。
「さて、今度はリヴィエールやなぁ。ウチに何頼みにきた?サッサと言えや。ただ酒奢りにきたなんてウチは信じひんぞ」
「…………お前と話をしに来たつもりはない」
「そう警戒すんな。別にウチはお前になんもする気はないから。ほれ、一杯やりぃ」
グッと彼にグラスを押し付ける。アルコールが入らなければできない話もある。ロキなりに友人に気を使っているのだとリヴェリアは気づいた。
その意思を汲み取ったのか、グラスを受け取った白髪の青年は中の液体を一気に煽った。
「ヒュウ、流石ええ飲みっぷりや」
「本当はリヴェリアに秘密裏に頼むつもりだったんだが……」
冷やかす声は無視する。真剣そのものの口調にロキも薄い目を開いた。
「情報を交換したい。俺の知っていることは全て提供する。だからそちらが掴んでいることも全て教えてほしい」
「…………何について聞きたい?」
「まずは極彩色の魔石と新種について。次に地下水路。ギルドの動向」
的確な質問だった。ここ最近のゴタゴタの核心を突く事柄ばかり。彼を剣だけの男などと思ったことは一度としてないが、それでも赤髪の邪神は悪友の慧眼に舌を巻いた。
「お前は何をウチらに提供できる?」
「18階層の事件とリャナンシーについての情報。それと俺の現状」
「現状?」
「俺がリャナンシーにかけられた呪い。それを転用した魔物化について、全てを語ろう」
会議室の空気が変わる。歴戦の勇者である三人に緊張が走った。それも当然。この白髪の剣聖は自分の弱点と切り札について、他ファミリア幹部および主神に全て教えると言ったのだ。いくら親しい関係を築いていても、通常コレはあり得ない。冒険者の世界とはたとえ友人同士であろうといつもお互いに相手の弱みを握り、己の利益にしようとチャンスを伺っているものなのだ。協力することあっても気を許してはならない。まして今、彼はアウェイのど真ん中にいる。リヴィエールは彼らの前で胸元を無防備に曝け出したに等しい。
───なんて大胆かつ狡猾……
薄い目の奥で光が見える。ロキの中で剣聖への評価が良くも悪くも上がった。リヴィエールの現状など、ファミリアにとっては何の益にもならないが、この場にいるリヴェリア、そしてアイズにとっては何よりも変えがたい情報だろう。子供に甘いロキとしては聞き出してやりたい。
彼の異様な変身については、ロキも軽く聞いている。あの痛みに死ぬほど強いリヴィエールがのたうち回ったことも。リャナンシーは警戒させなければならないと考えていた。敵の情報が知れるなら少しでも聞いておきたい。
こちらの弱みとメリット。二つを匂わせた行動。交渉ごとは苦手としていたイメージだったのだが、払拭される。強かな奴が、ロキは嫌いではなかった。
「教えてやってもええけど、一つだけ聞かせてくれ」
「一つだけな」
「何でウチらに協力する気になった?ウチが知るお前やったら組織を利用する手はつこてもこんな弱点さらけ出してまで情報を取ることはせえへんかったはずや。正直に言え」
それは少し誤解と偏見が含まれている。共同歩調をとった事は今までもあった。ただし、個人的に。最たる例はガネーシャとアストレアである。しかし、主神同士が話し合い、決められた協力関係ではなかったことも事実。シャクティとリューに背中を預けたのは、この二人は信頼できると確信したからこそ。ロキの疑問は誤解もあるが、こじつけとも言えないモノだった。
「特別な理由はない。流石にこのヤマは一人で解決する事は出来ないと判断したからだ」
「意外やな。自分の復讐に他人を介入させる事をお前が良しとするとは」
「俺はルグを嵌めた奴を斬れればそれでいい。過程には拘らん。こだわってどうにか出来る相手じゃない。黒幕も、リャナンシーも」
コレは本音だ。そして共同歩調を取るというなら、まず提案した方が歩み寄るのは当然。協調するというなら多少のリスクは背負う必要がある。それに呪いについて、もうアイズには話してしまってるのだ。ならロキに喋っても、もう今更。バレている前提で動けばリスクも最小限。最小限のリスクでオラリオ最大派閥から情報を引っ張れるなら、策としても悪くない。
「ええやろ、話たる。その代わりお前も包み隠さず話せよ」
「勿論。太陽神の眷属の名にかけて、約束しよう」
そこからしばらくは情報交換に終始する。
50層の新種。フィリア祭の食人花。ギルドの動向。ここ数日でロキが知った全てを話し、18階層の事件の内容。モンスターを変異させた宝玉。赤髪の調教師にリャナンシー。魔物化の呪いとその副作用をリヴィエールが話した。
「ギルドは白と見ていいのか?」
「何か隠してはいそうやけどな。直接関わってはおらんと思うで」
なら黙認説の線が濃くなったか。それとも薄々勘付いている程度で関わりは全くないのか?何だかんだ治安維持に尽力してきたウラノスだ。可能性としては後者の方が高そうだが……
「変異したモンスターの件ならアイズとレフィーヤからも報告は受けている。俄かには信じられんがお前までそういうなら間違いないのだろう」
「俺個人の意見で言えば、レヴィスは俺かアイズを使って何かをしたそうに見えたが……」
「それや。ウチもそれが気になる。だいたいフィンとリヴェリア二人掛かりで辛勝てヤバすぎやろ。リヴィエール、お前はやったんか」
「少し。強かった」
「サシでやったら勝てるか?」
「当然」
「言い切ったな」
フィンをもってして、真正面からやり合いたくないと言わしめる相手だというのに。相変わらず自信家。しかし過信ではない事をこの部屋にいる全員がわかっている。
「…………コレも先日、俺がアイズから聞いたばかりの事なんだが」
あまり重要な情報とも思えなかったため、いうべきか言わざるべきか。少し迷ったが、それでも口を開く。全て教えると言ったのは俺だ。無意味かもしれない情報がのちに鍵になった経験はリヴィエールにもある。ならば教えておくべきだろう。
「レヴィスはアイズを『アリア』と呼んだらしい。俺のことも『オリヴィエ』と呼んでいた」
空気が変わる。明らかに警戒心が強くなった。この名前が重きをおく事柄であると感じたリヴィエールの直感は正しかったらしい。
「間違いないのかい?」
「その名前でアイズが呼ばれていたのを俺も確かに聞いた。あいつは母親の名前だと俺に教えてくれたが」
「それ以上の事は聞いとらんな?」
「聞いてないが、察しはつく。楽士は精霊と関わりが深い」
精霊アリアと関係があるだろう事に気づいている、と暗にほのめかす。彼らならこの一言で理解するはずだ。
「ちなみに神々でアイズの母親について素性を知ってる奴は?」
「それこそ気づいとんのはウラノスくらい…………待て待て、結論を急ぐなリヴィエール」
目の色が変わった事にロキとリヴェリアだけが気づく。放っておけば一人で乗り込みかねない殺気だった。
「連中の狙いは何やと思う?推測でエエ」
「俺かアイズ、もしくは両方を利用したオラリオの壊滅」
「…………それはちょっと極論すぎひんか?」
飛躍した事を話している自覚はある。しかし、現状を把握すると、その程度のことは起こりうると予測する。食人花を大量に飼い慣らし、あれほどの腕の調教師とリャナンシーを味方につけている。あのモンスターたちが地上に一斉に放たれればオラリオくらい壊滅するだろう。
「少なくともレヴィスはあの宝玉を俺かアイズに充てがうつもりだった」
「そうなのか?」
「確証はないがな、勘だ」
だが大きく外れてはいないだろう。食人花に宝玉が食いついたことをレヴィスは明らかに望んでいなかった。リャナンシーは面白がっていたが、アレは順調な過程を楽しんでいるのではなく予想外の事象を楽しんでいるという感じだ。
「リヴィエール」
「なんだ?」
「手を組まないか?私達と」
眉が少し釣り上がる。リヴェリアの意図が読めない。周囲を見渡してみても、リヴェリアに否を発する者はいない。つまりこの提案はファミリアの総意という事。
「それは俺個人とという事か?」
「当たり前やろ。寧ろドチビは関わらせんで欲しいくらいや」
「お前の言う手を組むとは同盟という事か?対等の、目的を達成するまで協力し合うっていう」
「勿論。上下はなしや。友達やろ?ウチら」
「…………」
───わからない。何を考えてる?コイツ……
戦闘力として俺の力を欲している?対レヴィス、もしくはリャナンシーへのカードとして?ないとは言わないが極薄い可能性だ。いくら俺が強くとも個の力は脆い。傘下に降れというならともかく、俺個人とロキ・ファミリア同盟の提案は俺にメリットがありすぎる。
得しかない提案は怖い。利益があればあるほど裏にどんな鋭い刃が潜んでいるか、わからないからだ。
相手の出方がわからない時、剣士としての対処法は……
「断る」
間合いをとる事。近づき過ぎては不意打ちも避けづらいが、一定の距離を取っていれば対処も出来る。
「なんでや?お前にも利益はあるやろ」
「ありすぎる程にな。だからこそ断る。前も言ったが、俺の中ではロキも完全なシロとは言い難い」
ベートを始め、彼のことを気にくわない連中はロキ・ファミリアの中に多くいる。下手に背中を見せたらそいつらが何をするかわからない。いや、闇討ちなど慣れっこのリヴィエールであれば、奇襲を受けたとしても斬り捨てる事は容易だろう。しかし、同盟を組んで仕舞えば簡単に斬ることもできなくなる。襲撃者の命にまで気を配る余裕があるかどうかと聞かれれば難しいと答えざるを得ない。
「でも、お前今まで他ファミリアの奴と組んでダンジョンに潜った事もあったやないか」
「それは俺が個人的にそいつらを信用しているからだ。俺はリヴェリアやアイズなら、命をかけて守れるし、裏切られて背中から刺されても良いと思っている。だがロキ・ファミリア全体に同じ想いを持つことはできない」
リヴィエールが他人とチームを組む条件は大きく二つ。一つは自分が人物と認める能力と人格を持っていること。もう一つがその相手を愛しているかということ。友愛、親愛、信愛、なんでもいいが、自分を犠牲にしても良いと思えるだけの相手であること。
コレはオラリオという伏魔殿で騙し、騙されを繰り返してきた剣聖にとって、能力よりもずっと重要な要素だった。
「話は終わりか?なら俺はもう行くぞ」
「…………」
「そんな顔するなよリーア。冒険者として、クエストを受けることは構わない。俺にしかできないことがあれば豊穣の女主人に言伝を残してくれれば良い。お前の頼み事なら優先的に引き受けよう」
引き止めるような、責めるような、なんとも言えない姉の視線に弟が根負けする。完全に背中を見せることは出来ないが、コレくらいなら良いだろう。実を言えば今後も情報交換はしたい。ロキ・ファミリアに恩を売る機会は作っておいて損はない。
「はぁ……わかった。今回は諦める」
ふぅ…と肩から力を抜くような息を吐き、いつもの細目に戻るロキ。ニカッと歯を見せて笑った。
「実はウチらな。近いうちに遠征に出るつもりでおる」
急に話が変わったことで部屋を出ようとした足が止まる。
「そうか」
「なんや、あんま驚いた感じちゃうなぁ。知っとったんか?」
「まあ、耳に挟む程度には」
情報源はヘファイストス。武器の製作をロキから大量に依頼されたとボヤいていた。ハイ・スミスの同行も。『まだ交渉段階だから話半分程度に。でも、頭の中には入れておいて』と赤髪の友神に言われた。魔剣や
「なら話は早い。今度のは今までにないほど深くイクつもりや。ファイたんのところから腕利きも借りる。でも手練れは幾らでも欲しい。どや?お前も来ぉへんか?51より下の階層、興味あるやろ?」
「まあ、足を踏み入れたことがある身としてはな」
あまりの過酷さにソッコーで引き返したが。51以下の層は本当に次元が違う。とてもソロで潜れるゾーンではない。
「頭には入れておく。詳細が決まったら教えてくれ」
それだけ言い残すと、今度こそリヴィエールは部屋から出た。
▼
「相変わらずガードかったいなぁ。アイツ」
リヴィエールが部屋から出た後、グヘェと椅子の背にもたれかかる。緊張感が抜けたのだろう。彼相手に交渉をするのはロキといえど中々に神経を使う。
「同盟とまではいかないが、今後も協力関係を取る事は約束させた。この辺りが落とし所だろう」
「遠征のことをアイツの耳に入れられたことも大きかったな。あの赤髪の調教師やリャナンシーの事を考えれば、必ず勝てると断言できるアイツの力は不可欠だ」
「ええ子ぶらんでええで、リヴェリア。一人でアイツが戦わん状況にできて良かったな」
ロキの指摘に緑髪のハイエルフはむっつりと黙り込む。実を言うと今のは図星だった。調教師はともかく、リャナンシーが別格過ぎる。一対一で、魔物化を使用しても、彼女とはようやく互角だった。一人で突っ込んで、調教師とリャナンシーのニ対一になってしまった場合、白髪の弟は高確率で負ける。まして魔物化は時間制限付き。副作用もこの目で見た。絶対に一人では戦わせたくない。
「そうかな?彼なら僕らの遠征なんて待たずに深層に行ったとしてもおかしくは……」
「ちょっと前のアイツやったらそのセンもあったけどな。多分それはないやろ」
「その心は?」
「目が違た……いや、正確にはあん時と同じ目をしとったからや」
ルグ・ファミリアがまだ健在だった頃。剣聖が少しずつ、人の心を信じ始めていたあの時。彼は自分の命よりプライドを優先する男だった。それは今も変わっていないだろう。だが、それ以上にあの時、黒髪の少年には優先するものがあった。何を置いても、守るべき者とルールが。
「このヤマは自分一人では手に負えん言うとったやろ。事実その通りや。流石のアイツも一人でなんとかできる状況やない。ウチらを利用できるなら利用しようとするはずや。あいつは一年待った。あと少しくらい待つやろ。待てなアカン」
リスクを負うのも時と場合による。それがわからないバカならとっくに死んでいる。アイツは決して向こう見ずではない。冷静に、リスクとリターンを見極め、自分をチップに賭ける。強いだけで生き残れるほどこの世界は甘くない。
「さて、今後アイツに恩を売っとく為にも色々やっとくか。それでなくても、敵の輪郭くらい掴んでおきたいしな。フィン、地下水路の方を調べてもろてええか?ギルドにはバレんように」
「例の下水道かい?わかった。明日にでも行ってこよう」
「私たちも遠征の準備に取り掛かろう」
ガレスに視線を向けるとリヴェリアは部屋から出る。一応の約束は取り付けたとはいえ、アイツは状況が変われば一人で突っ込むだろう。ならば1日でも早く準備を整える必要がある。
会議室から子供達がいなくなり、ロキだけが残る。指示を終え、やる事がなくなった女神は空を仰いだ。
「まったく、おってもおらんでも心配させるヤツやなぁ、アイツは。ルグ、お前とウチのオキニはホンマによう似とるよ」
▼
「リヴィ君」
黄昏の館から出るとほぼ同時に亜麻色髪のハーフエルフが飛び込んでくる。彼女の名はエイナ。ダンジョン探索におけるリヴィエールの担当官であり、そこそこに親密な関係の美少女だ。
「なんだ、お前待ってたのか」
「当たり前じゃない。遅かったから心配してたのよ?随分長く話してたのね。一体何があったのよ」
「何があったか、わからないから話し込んでたのさ」
戦場において、わからないという事ほど怖い事はない。人とは未知に恐怖する。敵の輪郭さえ見えない今の状況はリヴィ達にとってあまりに不利と言わざるを得なかった。
「何を話してたかは……教えてくれないよね」
「わかってる質問をするな」
ギルド職員であるエイナには間違っても聞かせられない内容だ。それでなかったとしても、ロキやリヴィの内情に関する話など出来るはずがない。
「危ない話だっていうなら私も聞きたいんだけどなぁ」
「お前に危険はないよ。少なくとも俺よりは長生きさせてやるから、安心しろ」
「そんなのわからないわよ?ギルド職員とはいえ、ダンジョンには関わってるんだし、ファミリアに付き添って地下に降りることもある。絶対に安全ってわけじゃないわ」
「いや、お前は安全だよ。お前は俺が守る」
「っ……」
唐突な言葉にエイナの息が詰まる。何でもないことのように紡いだ彼の言葉はエイナの動揺を誘うには充分過ぎた。
「俺は絶対って言葉が嫌いだ。この世に100と0はないからな。たしかにお前も安全とは言えないかもしれない。だがその俺が約束する。俺が生きてるうちはお前は絶対安全だ。お前が死ぬとすれば、俺の次だ」
「…………ははっ」
笑みが零れる。職業柄もあるのか決して暗い少女ではないが、営業スマイルではなく、屈託無く笑うという事はあまり無い少女だ。そこそこに長い付き合いの彼にとっても珍しい彼女の笑顔に少し憤慨する。
「何かおかしい事言ったか?」
「いいえ、私、なーんで貴方みたいな手のかかるめんどくさい冒険者を真面目に面倒みてるのかなぁって、ずっと考えてたのよ。それが今、やっとわかった」
「?」
「騙し騙されが当たり前のオラリオの中で、貴方だけは無条件に信じる事ができた」
「それはお前の買い被りだ。俺だって都合の悪い事は言わない時もある」
「でも、嘘をついた事はない。でしょ?」
鼻を鳴らす。ここで何も言えなくなるのが、剣聖の短所であり、長所でもあった。
リヴィエールの左腕に自身の両腕を絡め、肩に頭を預ける。リヴィエールも特に抵抗せず、エイナの行動を受け入れた。その後、彼女は夕食を一緒にとる事を勧めてきた。二人でいるのも久し振りだったし、まあ少しくらい良いか、と白髪の青年も付き合った。しばらく街を歩き、エイナの住まいへと招かれ、彼女が作った手料理を食べた。
「ねえ、リヴィ君。これから時間ある?」
ベルの異常な成長速度なども含め、彼女が最近ギルドであったとりとめもない事を話し、葡萄酒を過ごしながら聞いてしばらく。話が途切れた時、左隣に座るエイナが訪ねてきた。
「あぁ、ヘファイの所で武器の新調をするつもりだが」
「そう、じゃあリヴィ君にお願い」
腕を引き込まれ、態勢が崩れる。立て直そうとしたが、両肩を掴まれ、全体重を乗せてきたエイナを上半身のみで支える事は難しかった。崩れ落ちる。仰向けに倒れたリヴィに馬乗りになったエイナが耳元で囁いた。
「それは明日にしてください」
衣が地面に落ちると同時に、二人の唇が重なった。
後書きです。師走に突入し、大学も卒業間近です。卒論頑張りましょう!急に寒くなってきましたね。皆さまお身体にはくれぐれも気をつけてください。
エイナってこんなに積極的だったっけ?まあ可愛いからいっか!さて、次回からは舞台がダンジョンへと移ります。レベル6になった剣姫と呪いをその身に宿す剣聖を新たな脅威が待ち受ける。
それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。