OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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初投稿です。


一章 流星
いつもと違う最終日


ユグドラシル最終日。

ヘロヘロがログアウトし、部屋の中が静寂に包まれる。

もう誰もログインして来ない事を悟ったモモンガは、怒りのあまりテーブルに手を叩きつけそうになった。振り上げた腕が、だらりと力無く垂れる。

 

 

(怒っても、しょうがないんだよな………いや、俺に怒る資格があるのか?)

 

 

誰もがリアルでの生活がある。

食っていかなきゃならない。

大体、12年も一つのゲームを飽きずにやっている方が異常なのだ。

 

 

でも。

それでも。

考えてしまう。

 

 

自分がもう少しうまくやっていれば、仲間はもう少しここに居たんじゃないかと。幾らなんでも、最終日にたった一人になるような事は避けられたんじゃないのか?

ギルドマスターである自分の力不足を、最後の瞬間になってひしひしと痛感する。

皆を纏めていく魅力が、自分には圧倒的に足りていなかったのだ。

考えれば考える程、思考はド壷にハマっていく。

 

 

壁に掛けられている、ギルド武器まで酷く虚しく見える。

この杖は自分と同じだ。

忘れ去られ、誰からも思い出される事もなく、使われる事もなく。

ただ、空気のように壁にかかっているだけ。

 

 

 

(もう良い。行こう………)

 

 

 

モモンガは無言で杖を手に取ると、玉座の間へと歩みを進める。

杖を手に取った時、様々なエフェクトが現れたが………それらに対し、モモンガは何の感想も持たなかった。この杖がどれだけの力を持っていようとも、秘めていようとも。

 

 

 

 

 

―――――中身が空っぽな事に、何も変わりはしないのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

玉座に座り、天井に並ぶ仲間達の旗を見上げる。

その数は41。

しかし、ここには自分しか居ない。

誰も居ないのだ。

胸を打つような苦しい静寂の中、モモンガはまるで仲間達の旗に押し潰されそうになった。

 

 

「たった一人で、そんな所で何をしているんだ?」

「まだやってたの?」

 

と、笑われているような気がしたのだ。

 

 

(力不足のギルマスには………似合いの結末なのかもな………)

 

 

これ以上、玉座の間に一人で居る事に耐え切れず、モモンガは指に嵌めたリングを作動させる。

サービスの終了日に、誰一人として仲間のいないナザリックに居る事が耐えられなくなったのだ。

廊下にも玉座の間にも、NPC達は居たが……あれらは作られたAI。

今の自分を慰めてくれる存在ではない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

墳墓の外に出ると、切っていたチャット機能を繋ぐ。

途端、チャット欄が堰を切ったようにログを流しはじめる。

まるでお祭り騒ぎのように、INしているプレイヤー達が騒いでいるのだ。

 

 

 

「あけみー!愛してるぞー!」

「運営氏ね!」

「ウチのNPCが激しこなんじゃ~^」

「もう終わるんだし、18禁行為しても大丈夫だよな!?」

「誰だよ、街にソウルイーター放った奴は(笑)」

「ウチ、屋上あんだけどさぁ…………花火上げていかない?」

「ちくわ大明神」

「誰だいまの」

 

 

 

最後だからと別れを告げる者、卑猥な言葉を叫ぶ者、誰かへの愛の告白、運営への感謝や罵倒、

意味不明な言葉の羅列………。

皆、其々の形でユグドラシルに別れを告げているのだ。

中にはおかしな事を口走ってるのもいるが、まぁユグドラシルではいつもの事だ。

むしろ、最近は閑散としていたチャットが、これだけ盛況だというだけで嬉しくなってしまう。

 

 

 

ふと、自分の装備を見る。

全身を神器級で固めた姿、全身を飾る”超”が付くレアアイテム達。

それも、あと数十分もしたら全てが消える。

これらは形あるものではなく、単なるデータにしか過ぎないのだから。

ゲームが終われば、全てが無に帰すのだ。

まるで自分の人生が全て消されるような………無駄だったのだと言われたようで泣きたくなる。

 

指に嵌めている、一つの指輪。

これなど、夏のボーナスを全て課金ガチャに注ぎ込んでまで手に入れた物だ。

それも、全ては0になって消えうせる。

 

 

「ははっ………あは、、ははっ!」

 

 

笑う。

もう笑うしかない。

全身の装備……一体、幾ら掛けたんだ?

このゲームに……何百、何千時間を費やしてきたんだ?

なのに、何で俺はここに一人で居る?

こんな<墓の中>で一人、俺は何をしてる?

俺は何なんだ?

 

 

 

「もう………なんもかも、終わりだ…………」

 

 

 

ダメだったんだ。

リアルでも、ここでならと思ったユグドラシルでも……自分はダメだったのだ。

もう、全てがどうでも良かった。

どうでも、、、、、、、良くなった。

 

 

 

「I wish………」(我は願う)

 

 

 

あれだけ大切にし、後生大事に抱えていた《流れ星の指輪》を無造作に使用する。

もう、こんな物に意味はなく、

何の価値もないのだから。

 

 

 

 

 

「どうか俺を………

 

 

 

 

 

人を惹きつけてやまない………

 

 

 

 

 

魅力溢れる人間に……

 

 

 

 

 

して………下さ、い…………」

 

 

 

 

 

まともな状態の時に見たら、頭を抱えて転げ回るような痛い願いだ。

当然、指輪の効果の中にそんな選択肢がある筈もなく。

上空に浮かんでいた幾つかの選択肢が消えると同時に、指輪に刻まれていた流れ星のマークが一つ消えた。

 

 

「ははっ……ボーナス、、、消えたな…………」

 

 

何かが吹っ切れたようにモモンガは《飛行/フライ》を唱えると、

墳墓から高く飛び上がり………勢いをつけて遠くへと移動を始めた。

視線の先に見えるのは……様々な光。

異形種は人間の街へ入るのには様々な制限があるが、逆に異形種しか入れない街やバザーも沢山あるのだ。

 

 

 

 

 

せめて最後は、

 

誰かと。

 

 

 

 

 

このユグドラシルを共に遊び、懐かしみ、楽しんだ人達の中に混じって終わりたい。

墓の中で、来る筈もない誰かを待ちながらなんて………余りにも寂しすぎるじゃないか。

全身を包んでいた神器級の武装を外し、体中に着けられたレアアイテムを覆い隠すような茶色いローブを身に纏う。

見知らぬ大勢の中に入るなら、普段の格好だと見せびらかしているようで気が引けたのだ。

 

飛行を続けていると、目に飛び込んでくるのは遠くからでも派手に打ち上げられている花火。

そして、花火代わりのつもりなのか、次々と空に向って放たれている色取り取りの大魔法。

自分も、あそこに混ざってMPが尽きるまで魔法を撃とう。

泣こうが喚こうが………。

 

 

 

 

 

12年にも及ぶ俺のユグドラシル生活は―――――終わったのだ。

 

 

 

 

 

23:59:59

 

 

 

 

 

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《使用者の願いを受託しました》

 

 

 




最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!

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