OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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芸術は

城塞都市として名高いエ・ランテルには高名な文化人がいた。

娯楽の少ない時代である。

吟遊詩人や紙芝居、手品師などは庶民の娯楽であると言えたが、王国で持て囃されるのは何と言っても高名な文化人であろう。

 

晩餐会や社交界では欠かせない一流の演奏家や、美しい壷や触るのが躊躇われるような美術品を作る者、そして―――――画家。

これらは貴族からこぞって邸宅へと招かれ、それらに可愛がられる事となる。

見得や自負心の強い貴族らにとって、高名な者をどれだけ自分の傘下に、影響下に置けるか、と言うのはある種の死活問題でもあり、欠かす事の出来ないステータスでもあった。

 

 

ここ、エ・ランテルで名高い文化人とは?と聞かれたら誰もがこう、答えるであろう。

―――――それは、ジェット氏であると。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

白亜に塗られた貴族のような邸宅で、一人の男が鏡の前で入念なチェックを行っていた。

彼は南方から流れてくるスーツの亜種、タキシードを着ており、

その色は何と、輝くような白一色であった。

口元には丁寧に整えられた八の字髭があり、毛先のカール具合を見て満足したのか、一つ頷く。

毎朝の恒例となっているチェックだ。

それらが終わった事を察したのか、女性使用人が声をかける。

 

 

 

「旦那様、今日は特別な方からの依頼が来ております」

 

「馬鹿者……我輩への依頼者はみな、やんごとなき高貴な方々である」

 

「も、申し訳ありません!モレソージャン様……あうっ!」

 

「たわけっ!我輩の事はジェット様と呼べと言っておるだろうが!」

 

「申し訳ありません!モ……ジェット様!」

 

 

 

―――ジェットストリーム・モレソージャン。

エ・ランテルが誇る文化人であり、いずれは王都へ招致され貴族位を授かるのではないか?

とも言われている高名な画家である。

が、その性格は傲慢であり、庶民を見下すステレオタイプの鼻持ちならない男であった。

 

 

 

 

 

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「ふむ、アダマンタイト級の冒険者か………なるほど」

 

「はいっ、モ……ジェット様。うら若き女性の方でありました」

 

 

王国に二つしかないアダマンタイト級冒険者。

それも、うら若き女性のみで構成されている「蒼の薔薇」のメンバーであるという。

ジェットの口元が思わず、ニヤリと上がる。

 

 

(これでまた、貴族位へと一歩近づいたか………)

 

 

彼の胸には秘めた大望がある。貴族位を受け、自らの名を改名する事であった。

先祖からの大切な名ではあるが、ジェットは気に入らない。

誰もが瞠目する天才であり、高貴な自分には相応しくないのだ。

子供の頃に名前のせいで「ゲリピー」と笑われたトラウマが蘇る。

 

 

(あの連中め……今に貴族位を授かって身分の違いを思い知らせてくれるわッ!)

 

 

恐らくは名誉的な一代限りのお抱え……騎士(ナイト)か、最高でも準男爵ぐらいが関の山ではあろうが、貴族位を授かったともなれば名を変える事も可能だ。

この才に相応しい、高貴な響きを持つ名へと変えるべきであろう。

ジェットの頭に改名するであろう、様々な名が浮かぶ。

 

 

ジェットストリーム・ダイヤモンド

ジェットストリーム・オーシャン

ジェットストリーム・エメラルド

ジェットストリーム・アタック

 

 

どれもが高貴で良い響きを持っている。

特に、最後のは貴族としての力強さも感じさせる良い名だ。

 

 

(それにしても、アダマンタイトか………少し予想外ではあったな)

 

 

ジェットからすれば最高峰とも言えるアダマンタイトであっても、野蛮人でしかない。

あんな夜盗まがいの連中に自分の絵が理解出来るとは思えないのだ。

まぁ、受けたとしてもアダマンタイトから依頼された、という事で名が上がる。

断ったとしても、アダマンタイトをも袖にした、と社交界で持て囃されるであろう。

どちらにしても自分には損の無い話である。

 

 

「それで、どのような依頼内容なのだ?」

 

「はいっ、モ……ジェット様。こちらとなっております」

 

 

何度言っても直らない使用人にキレそうになりながらも、依頼書へと目を通す。

冒険者からの依頼と言って真っ先に浮かぶのは、犯罪者の手配書であろう。

この顔見たら詰め所まで、と言うのはよくある張り紙でもある。

だが、依頼内容は犯罪者でも何でもなく、《尋ね人の似顔絵》であった。

 

 

「何だ、この描かれてある容姿は………」

 

「とても素敵な方なんでしょうね……文字からも伝わってくるようです!」

 

 

やはり、蒼の薔薇だの何だの言っても、所詮は女という事か。

まるで吟遊詩人が歌う、居る筈もない美麗な王子のようなモノを描いてほしいらしい。

下らん。実に下らん。

アダマンタイトともなれば、多少は依頼内容に興味もあったのだが、それも消えた。

 

 

 

ともあれ、一度高名な「蒼の薔薇」とやらのメンバーを見ておこう。

ジェットは依頼人が待つ部屋へと足を向けた。

 

 

 

 




記念すべき10話目に、こんなキャラをブチ込んでいく無謀なスタイル(挨拶)
原作では名前に姓や名、洗礼名や領地名、貴族位などがあり、国によっても色々と違うようなので今作では単純に「名前」や「名」としています。




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