OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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遭遇戦

「へぇ~、ここが有名なバレアレさんの店ってわけねぇー」

 

「えっと、いらっしゃいませ……」

 

 

駒を見る。

随分と若く、中性的な顔をしている。虐めたら良い声で鳴きそうだ。

ゾクゾクする。

若い身でありながら第二位階の魔法を使えるとも聞いている。自分にとっては何の障害にもならないが、随分と色んなものを与えられた存在だ。

 

その反則級なタレントだけではなく、

ポーション職人としても、名人と言われる祖母をいずれ超えるであろうと言われている逸材。

まさに勝ち組。明るい未来が約束されている少年と言って良いだろう。

生まれながらに黄金の馬を与えられ、それに乗って軽く鞭をあてるだけでバラ色の未来へと疾駆出来るのだ。いずれ使う駒でなくとも、この世の絶望を全て与えながら殺したくなる。

 

 

「意外と地味なんだね~。何か面白い物は置いてないのー?」

 

「ウチは余り、余計な品は置かないようにしていますので………」

 

 

店は随分と堅実な経営をしているらしい。

本来なら有名店や人気店というのは本命の品だけでなく、様々な関係無い品まで置いて抱き合わせのように販売して利を稼ぐ。武器屋なのに土産屋のような品まで置いているなどザラだ。

それらに比べ、実に真っ当な店と言えるだろう。

だからこそ。

 

 

―――その堅実さが小賢しい。

 

 

衝動的に、置いてあるポーション瓶を全部カチ割りたくなる。

これまで積み上げてきたもの。何十年とかけて築いてきた客との信頼。

その全てを暴力でメチャクチャにしたくなる。

 

 

「お姉さんさぁー、もっと面白いものが見たいなー。ここって有名な店なんでしょ~?」

 

「そ、そう言われましても……」

 

「後ろにあった工房を見ても良いかにゃー?いいよね?うん、ありがと!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい……お客さん!」

 

 

慌てふためく姿を無視して、奥へと足を運ぶ。

別に工房になんて興味はない。

ただ、このクソガキの顔を歪ませたかっただけだ。てめぇのツラはずっと歪んでいれば良い。

もうじき、まともに笑ったり泣いたり出来なくしてやる。

 

 

(あーっ!またまた名案っ!このガキを巫女にしちゃおっか♪)

 

 

頭に浮かんだのはスレイン法国の秘宝、叡者の額冠。

アレを奪ってこのクソガキに被せ、死を呼ぶ巫女にしてしまうのというのはどうだ?

カジットの儀式も前倒しになり、その規模は更に拡大するだろう。

自分が逃走するのにも都合が良い。

 

 

(こんなガキ、死なんて生温過ぎるもんね~っ。うんうん、私ってば天才だぁー)

 

 

顔のニヤニヤが止まらない。もうヨダレまで出そうだ。

服を着せよう。半透明の巫女服を。

このクソガキは自我をも失い、全裸に近い姿を晒しながら生きていくのだ。

考えうる中でも最も悲惨な人生だろう。

 

 

「うぷぷぷ。大爆笑じゃん!今日は良い日だね、少年っ」

 

「お、お客さん!奥に入られるのは困ります……!」

 

「奥に入りたい~?うわー変態ー。少年のえろすけべー」

 

「な、な、何言ってるんですかっ!」

 

 

このクソガキ、こんなので顔を赤くしてやがる。

だぁけど、残念。お前は女の体も知らずに死んじゃうんだよ~ん。

 

 

「こ、ここには貴重な薬草や実が沢山あるんですっ!素人の方が……うわわっ」

 

「…………ッ。てめ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「…………」

 

 

余程慌てていたのか、クソガキが転び、自分のローブを掴みながら倒れる。

奇しくも、クソガキに馬乗りになったような格好だ。

なんでこんな体勢にしちゃうかなぁ。自分がもっとも好きな体勢なんだよー、これ?

衝動的にそのツラへ拳をブチ込みそうになる。

あァ……殺したい。この顔面をベッコベコにへこませたい………。この場で殺したくなる衝動と、儀式に使う狭間で頭が激しく揺れる。吐きそうだ。

 

何で、このクレマンティーヌ様が「我慢」なんてものをしなきゃならない。

英雄の領域に踏み込んだ自分が、こんな地虫に………。

怒りが頂点に達しようとした時、背後からの気配に振り返る。

そこには全身を隠すようなローブを着た胡散臭い男と、女忍者がいた。

 

 

(あァん……?あの忍者……まさか………風花から聞いた……)

 

 

蒼の………とまで浮かんだところで絶叫に掻き消された。

 

 

 

「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「衛兵さん、こいつです」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

モモンガは余りの光景に驚愕していた。何処かで見た事のある光景……。

奥ではまだ年若い少年に馬乗りになっている女がいたのだ。

少年の顔を見ると、今にも泣きそうな表情をしているではないか……。

かつてのトラウマが蘇り、頭が痛くなってくる。

 

 

 

「もうヤっだなー。変態なんて言わないでよぉー。事故だよ~、事故~。ね、少年?」

 

「どう見ても痴女じゃないか!馬乗りになられるのがどれだけ怖いか知ってるのか!」

 

「逆レは犯罪。許すまじ」

 

「お前が言うなっ!」

 

 

いかん、後ろから聞こえた声に素で突っ込んでしまった。

また泣かれたら困るからもうこれ以上は言わないけど、この子、ほんとに反省してるのかよ……。

とにかく、この少年を早く救ってあげないとな……。

同じ痛みを持つ、自分にしか出来ない事だ。

 

 

「少年から離れろ。あと、匂いを嗅いだりするのも止めろよ?」

 

「匂いだぁ?あんたさぁ~、さっきから何を言っちゃってくれてるわけぇー?」

 

 

女がそう言いながら立ち上がる。顔以外は全部ローブで包んだ怪しい姿だ。

こんなローブで全身を隠している奴なんて怪しい奴に決まってる。

クロだ。

完全に性犯罪者だろう。

 

 

「いい加減、笑えないにゃ~。薔薇まで居るしぃー。もう我慢しないでも良いよねー?」

 

「我慢って……全然出来てないじゃないかっ!獣欲が剥き出……ぅわっ!」

 

 

気付けば、女の突き出した武器が目の前にあった。

それが横から忍刀で止められている。

ティアさんが庇ってくれたのか……助かった……。と言うか、いきなり刺してくるか普通?!

こいつ、ガチモンの犯罪者だ!

 

 

「誰の男に手を出してる。ブチ殺すぞ駄女」

 

「いやいや、勝手に男にしないで下さいよ!」

 

「あっりゃ~。やっぱ薔薇ってそこそこやるんだぁー?聞いてたより楽しめそうじゃ~ん♪」

 

「私のモモンガに手を出すなら1000回殺す」

 

「ちょっと、勝手に所有物にしないでくれます!?」

 

 

何だこれ、どういう状況なんだ……レイプ犯がいきなり襲ってきたって事で良いんだよな?

二人の会話聞いてると何がなんやら分からなくなってきたよ……。

 

 

「法国の人間。この国で何をしてる?」

 

「へぇっー、流石は薔薇の忍者。私の事を知ってんだー?有名人ってばつらーい」

 

「私達の情報網を舐めるな。漆黒聖典」

 

「やだなー、何か悪者扱いで私かわいそー。頑張って仕事してきたんだよー」

 

 

法国ってのはニニャさんから聞いたけど、漆黒聖典?何だ、その厨二っぽい単語は……?

ちょっと格好良いと思ってしまったじゃないか。

そんな暢気な事を考えていると、二人は既に打ち合いをはじめていた。

ちょっと、あんたら血の気多すぎでしょ!?

 

痴女が軽々と突き出す刺突武器を、忍刀が弾く。

一閃、二閃、三閃。

自分の目から見ても結構速い。自分は純粋な戦士職ではなかったが、かつての仲間の戦闘を間近でずっと見てきたのだ。二人とも、随分と小慣れた動きであるように見える。

最高峰のアダマンタイト級冒険者……だったよな。それと打ち合える相手は何者だ?

 

 

(でも、良くて25~30lvぐらいの戦闘だよな………)

 

 

ユグドラシルでの駆け出しの時代が終わり、

次のフィールドで戦っていた戦士職がこんな感じだったような。

 

目の前で女の子二人が斬り合ってるというのに、頭の何処かで冷静に見ている自分が嫌になる。

戦力の分析や、調査、相手の力量を測るのは自分の病的なまでの癖だ。

この分だと一生、治りそうもない。

そんな事をぼんやり考えていると、倒れていた少年が立ち上がり大声で叫んだ。

 

 

「や、止めて下さい!工房が壊れちゃいますよっ!」

 

 

ぁ………ここ、店の中でしたね。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「あっはっは!楽しいじゃん楽しいじゃーん!でぇもぉ、腕がブルってきてんじゃなーい?速さだけは大したモンだけどさー。後衛が私と打ち合うとか舐めんなっつーのッ!」

 

 

痴女の武器が轟音を立てながら横薙ぎにされる。ティアはそれを忍刀で止めつつ、その勢いを利用するかのようにフワリと体を上空へ回転させた。

まるで曲芸のような身のこなしだ。その顔は無表情のままである。

 

 

「イカレ駄女。豚の精液でも舐めてろ」

 

「てめ、楽には殺さねぇぞクソ薔薇ァ……一本一本歯をへし折って全部飲み込ませてやる」

 

「蜘蛛の巣女。蛙相手にファックしろ」

 

 

物凄いヒートアップしてるな……と言うか、女の子の会話かよ……これ……。

聞きとうなかったよ、こんな会話……。

取り敢えず、これ以上やってティアさんが怪我をしたら大変だし、そろそろ止めるべきか。

 

つか、言っても止まりそうもないし、強引に外へ連れ出すか?

後は衛兵さんに引き渡すなり、牢屋に入れて貰うなり………。

このままじゃ店が壊れてしまうだろうしな。

俺はわざと、大きめに手を叩いて全員の注意をこちらに引き付ける。

 

 

「はい、騒ぐのもそこまで。こいつは俺が連れて行きますんで、後の事はティアさん、お願い出来ますか?」

 

「ん……。付いて行きたいけど我慢する(行かないとは言ってない)」

 

「あァ?誰が誰を連れて行くってぇ……?おめぇ、頭がおかし、ッ!」

 

 

瞬時に痴女の懐に飛び込み、その腕を掴む。

こいつ、俺のボロいローブ姿を見て油断していたんだろう。

別に速さに自信がある訳ではないが、侮ってる戦士職を捕まえる程度は出来るんだぞ?相手の職業や格好、武装などで侮るのはユグドラシルでは絶対してはいけない事の一つだ。

 

自分はその慢心を突き。

転ばせる戦いをずっとしてきたのだから―――

 

 

(さて、街に入る時に見かけた“あそこ”で良いか……)

 

 

 

《上位転移/グレーター・テレポーテーション》

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――共同墓地。

 

 

そこは自分には見慣れた風景。酷く懐かしい感じすらした。

ここなら人も来ないし、少々騒がしくしても問題ないだろう。どうも、この痴女は手癖が悪いみたいだからなぁ……衛兵さんを呼んでも素直に捕まりそうもない。

 

 

(それにしても、変なポーズやら台詞が出なくて良かった……)

 

 

流石に空気を読んで緊急を要するタイプや、移動系のには出ないんだろうか。

色々と実験したくもあるが、あんなの誰も居ない空間じゃないと出来そうもないしな。

実験してる間に俺の心が先に死ぬかも知れん。

 

 

「てめぇ……てめぇ!何をしたぁ……何でこんな場所にいる?!それも一瞬で……!!」

 

「うん……?転移の魔法を見たのは、はじめてか?」

 

 

痴女が驚愕しているが、俺にはあんたの格好の方が驚きだよ。

そのローブの下には金物のプレートがビッシリと付いていたのだ。

痛車ならぬ、痛服と言う単語が頭に浮かんだが、そこからは何か……血生臭い怨念めいたものを感じたのだ。自らの持つ、アンデッドを探知する《不死の祝福》に微かに引っかかるような感覚。

 

 

(怨念を自ら纏ってる……?いや、それを誇示してる?)

 

 

ただの痴女どころか、ホラーに近いような気がしてきた………。

七日後に死ぬ呪いとか持ったりしてないだろうな。

体にブルリと悪寒が走る。

怖ッ!

怖すぎだろ、この女。

どちらかと言えば顔は猫っぽくて可愛いと思うんだけどな……化け猫の類って事だろうか?

 

 

「まさか、第三位階の次元の移動……いや、でも、こんな離れた距離になんて………」

 

「そんな事はどうでも良いでしょ。それより、大人しく捕まる気はある?」

 

「………はぁ?てめぇさっきからムカつくんだよ。誰に上から目線でモノ言ってやがる。クソが口からクソを垂れ流してんじゃねぇぞ、この腐れ蛆糞野郎がッ!」

 

「ペロロンチーノさんなら興奮したかも知れないけど…………俺は普通にドン引きだよ」

 

 

ニニャさんの方がよほど女の子っぽく思えてしまうのはヤバいんだろうか……。

俺は普通にノーマルだと思って生きてきたんだが……。

異世界にきて性的嗜好が変わったとか無いよな?流石に心配になってきたぞ……。

 

 

「大体、てめぇは何者なんだよ………クソ薔薇の男娼かぁ?そのローブの下はさぞかし綺麗なお顔があるって事かなぁ~?………ここでズタズタにしてやったら面白そう~っうひひ」

 

「重症だな……どうしてこんなになるまで放っておいたんだ………」

 

 

もう歩くサイコパスにしか見えんよ……早めに片付けて牢屋に放り込んで貰おう。

カチリ、と頭を切り替える。もう説得なんて無理だ。

どうせやるなら、この世界の戦力を測るデータ収集に役立って貰おう。

 

 

「一つだけ聞いておきたいんだけど……君はこの世界でも、強い女戦士なのかな?」

 

 

イライラしていた女の顔からストン、と表情が落ちる。

鳩が豆鉄砲を食らったような感じだ。

そして、ゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。………うん、やっぱり怖い。怖いよ?

 

 

「あーっはっはっ!あんたさぁ……今頃、何をほざいてんだか……ウケる!悪いけど、上から数えた方が早いよ~ん?なになに、今更後悔しちゃってる訳ぇ~?でも許してやんなーい♪」

 

「そうか。なら、良い勉強になりそうだ」

 

 

相手の全力を引き出して、その箪笥の中身を全部見せて貰おうじゃないか。

魔法を使ったら、加減出来なくて殺してしまいそうだしな……。

軽く能力上昇の魔法でもかけて、暫くは様子を窺うとしよう。

 

 

 

 

 

「―――――見せて貰おうか。この世界の女戦士の実力とやらを」

 

 

(またこの口はぁぁぁぁ!)

 

 

 

 




最後の台詞はCV:池田秀一さんでお楽しみ下さい(待

遂にクレマンさんとの遭遇です。
普通、異世界物って「First kissから始まる ふたりの恋のHistory」なんですけどねぇ……。
何故かこの作品では馬乗りから始まってばかりで……ナニが始まるんでしょうか(白目)


それと、こんな作品ですが2000を超えるお気に入りへの登録をして頂けたようでして……深くお礼を申し上げます。
いつも感想を書いて下さる皆様にも深く感謝しています。
お陰さまでモチベを切らす事なく、ここまで書いていく事が出来ました。




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