「ばっかだなー。魔法詠唱者ごときが私に勝てる訳ないじゃーん。それとも、さっきの転移系の魔法で強気になっちゃってる訳ー?うぷぷ、大爆笑なんですけどー」
そう笑いながらも、クレマンティーヌは相手を油断なく見ていた。
転移系は確かに面倒ではある。
が、自分には幾つもの武技がある……いきなり背後を取られようが回避する事は可能だ。
英雄の領域に踏み込んだ自分には《疾風走破》や《超回避》といった武技があるのだから。
それでも足りないなら《能力向上》《能力超向上》を重ねて使う。
その状態の自分なら、転移してきた瞬間を狙って10回は刺せる自信がある。
そもそも、転移系のような《大魔法》は魔力の消費も凄まじい。すぐに魔力が尽きるだろうし、転移魔法に魔力の殆どを割く事を考えれば、他の攻撃魔法を使う余裕すらなくなるだろう。
イージーな相手だ。
前衛が居れば厄介だっただろうが、一人なら問題ない。
恐らく、こいつは《次元の移動/ディメンジョナル・ムーブ》を使ったんだろうが………。
マジックアイテムか何かで相当な強化をしているのか?
あれは精々、距離を開けたり詰めたりするものであって、こんな遠距離を飛ぶような内容ではなかった筈だ……それに、発動にまるで時間を掛けた様子も無かった。
蒼薔薇と遊んでいた時から準備していたという事か……?
ほんの少し、自分の迂闊さに苛立つ。
(どっちにしろ、最後は魔力が尽きてカカシ状態……スッといってドス!で終わりー)
つまらない展開だ。
魔法詠唱者とやり合うと、大体こうなる。
せめて、相手を細切れにして楽しむか?だが、薔薇か、衛兵がいずれ来るだろう。
適度な時間で楽しむしかない。
相手を見ると左手で顔を覆い、その指の隙間から見える右眼でこちらを睥睨していた。
何だ、あの構えは……。
辺りの空気が……少し、変わった気がする。
あの、心臓を貫いてくるような眼は何だ………?
何かを必死に「抑え付けている」ような、あの鬼気迫る空気は……。
背筋に、嫌な汗が流れた―――――
アレは………
この魔法詠唱者は、危険じゃないのか?殺せ、すぐ動け。
戦士としての直感が叫ぶ。
だが、この足が動く前に、相手の右手が切り裂くように水平に伸び………。
絶望が訪れた。
《体は剣で出来ている―――――上位硬化/グレーターハードニング》
《血潮は鉄で、心は硝子―――――天界の気/ヘブンリィ・オーラ》
《幾たびの戦場を越えて不敗―――――竜の力/ドラゴニック・パワー》
《ただの一度も敗走はなく―――――上位抵抗力強化/グレーター・レジスタンス》
《ただの一度も理解されない―――――超常直感/パラノーマル・イントゥイション》
《彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う―――――不屈/インドミタビリティ》
《故に、その生涯に意味はなく―――――加速/ヘイスト》
《その体は、きっと剣で出来ていた―――――上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》
「あ…………ァ………………ひ………」
自分の口から漏れたその呻き声は、何を意味していたのか。
息が、苦しい。呼吸をする度に肺が痛む。
頭が、痛い。何だ、これ……なんだこれ!なんだ、、、この目の前の存在は?!
吹き出すような大魔力にローブがはためき、相手の姿が蜃気楼のように揺れている。
その体は淡い光に包まれ、目を奪うような七色の発光までしているではないか。
自分は、こんなおかしな存在と戦おうとしていたのか………?
イヤだ。
こんなのはイヤだ!
死にたくない……死ぬ!
圧迫感と威圧感だけで、今にも体と魂が弾け飛びそうだ。
「ふざ、ふざけんな………お前みたいな、お前、みたいな化け物が………人の世界に……」
「本当に恨むよ、この力を………」
何を言ってる……何を恨むんだ……これだけの力があって……。
だが、相手の雰囲気は打ちひしがれているような空気すらあった。
それは、幼い頃の自分に重なるような深い絶望を背負った姿。
(そっ、か……そういう、事……か………)
その姿を見て、不思議な程に。
ストン、と胸に落ちてくるものがあった。
自分も含めた、英雄級や逸脱者、神人などと呼ばれる存在達が幸福なのか?と言えばかなりの疑問がある。時には危険視され、時には幽閉され、一般的な幸福などからは程遠い存在だ。
死ぬまで国に飼い殺され、下される指令に命を磨り減らし続ける日々。
こいつも自らの力に弄ばれ、人生をメチャクチャにされてきたという事だろうか?
もしそうならば、気持ちは分かるような気がした。
自分もまた、優れた兄と生まれた時から比べられ、天才である事を、英雄になる事を否応無しに求められ続けた。人生が、毎日が、地獄でしかなかったのだ。
自分よりも遥かに大きな力を持つこいつは………。
もっと大きな何かに人生を翻弄され続けてきた、と言う事か………。
「そう、あんたも苦しんできたんだね………」
「…………まるで、呪いさ」
やはり、か。その吐き捨てるような言葉は、非常に重みがあった。
こんな相手とまともに戦っても勝てる訳もないし、もう戦う気力すら消え果てた。
完敗だ。どうしようもない程の惨敗だ。
戦う前から兜を脱がされた。
この男は、自分の敵ではなく、どちらかと言えば………
自分と痛みを分かち合える存在ではないのか?
同じ痛みを背負い、そして、自分より遥かに強い力を持つ者。
ほんの少し。
そう………ほんの少しだけ。
自分は、孤独ではなかったのだと思った。
「ねぇ、私はクレマンティーヌって言うの。あんたの名前も聞かせてくれない?」
「へ゛っ…………モモンガ、です、けど?」
「へー、モモちゃんか……可愛い名前じゃん」
「は??えと、さっきから何を……」
この街から手を引こう。キッパリとそう思った。
カジットには悪いが、モモちゃんが居て、計画が成功するなど到底思えない。
かなりのアンデッドを呼び出すつもりらしいが、今のモモちゃんを見ていると素手ですら数千の軍勢を砕きそうな気がする。勝ち目なんてない。皆無だ。
それに、この人が住んでいる街を壊して…………嫌われたく、ない。
何となく、そう思った。
「私、この街から手を引く事にしたよ。モモちゃんが住んでる街だもんねー」
「街……?街から出て行くって事ですか??」
「うん、でもね?また会いに来ちゃっても良いかなー?いいよねー?同じ身の上だもんねー」
「また会いにって、もうあの少年に手を出すのはダメですよ!」
その言葉に心臓を貫かれた。
彼はさっき浮かんだ自分の企み……額冠を使おうと考えていた事にすら気付いていたというのか。
「へー、そんな事まで見抜かれてたんだぁ……モモちゃんってば凄いや。最初から勝ち目なんてなかったんだねー。あははっ、いっそここまで行けば清々しいかもー」
これだけの力を持つ彼だ。
恐らくはカジットが地下で行っている儀式にも気付いているのだろう。二度と潜伏させず、表に出てきたところを根こそぎ叩くつもりに違いない。今思えば、蒼の薔薇の女忍者が居たのは既に調査を入れているという事を裏付けているではないか。
(なーんもかも……負けちったー。でも意外と悪い気はしてない??何だろ、これ)
どれだけ巧妙に隠そうと、アダマンタイト級まで動いているともなれば、計画の殆どが既に露呈しているに違いない。カジットが哀れではあったが、別に同情はしない。
彼とは互いに必要な時だけ利用しあっていた仲なのだから。
いずれ漆黒聖典を抜け、この街で事件を起こして追っ手を撒き、他国へ逃げて暮らす。
それが自分の計画であった。だが、大幅に計画を変更せざるを得ない。
一度、国へと戻って今後の事を考える必要があるだろう。
「それじゃ、私はもう行くよー。モモちゃん、また会おうねっ!」
「へ………?アッハイ」
この遭遇により、幾つかの悲劇が未然に防がれる事となるのだが………。
モモンガには全く、知る由もない事であった。
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(どうしてこうなった………どうしてこうなったっ!)
クレマンティーヌが去った後、モモンガは頭を抱え、墓地の中心で一人身悶えしていた。
自分は軽く、そう……戦士職に対する強化をしよう、と考えただけだったのだ。
それが、フルブーストに近い強化を開始し、ギアスを使って皇帝に反逆でもしそうなポーズを取り、国民的ともいえる厨二全開の詠唱を始めたのだ。
余りの恥ずかしさに感情が高ぶり、発光が抑え切れなかった……。
そりゃ、あの詠唱は好きだよ?!百数十年前から今も伝えられている詠唱だもんね!
格好良いと思うよ!でもさ、あれは見る方だから良いんだよ!
自分がやるなんて無いだろ!無いでしょ!
大事な事だから二回言ったよ?!
このスキルは……一体、何処まで俺に試練を与える気なんだ?!
(いつの間にか、痴女も行っちゃったし………!)
まぁ、あの痴女は街から出て行くと言ってたから、それはそれで良いのか??
あの少年にはもう手を出すなとちゃんと釘も刺しておいたしな……。
この国の衛兵でも何でもない俺が、追いかけて捕まえる程の義理はないだろう。
(それにしても、このスキルの適用範囲はどうなってる??)
転移系には出なかったのは、緊急時という事だろう。
《魔法の矢/マジックアロー》などで出なかったのは、恐らくは第一位階魔法だから格好付ける必要がないって判断してるのか??
入力と設定した奴、ほんとに出てこいよ!神か?悪魔なのか?
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「モモンガ、超絶格好良かった。惚れ直した。添い遂げたい」
「い゛っ……」
振り返ると、ティアさんが居た。
まさか………。
「いつ、から………見てました?」
「ポーズを決めた辺りから」
「嘘でしょっ?!あの店からここまでどれだけ距離が………」
「匂いを嗅いで忍者の秘術で追った」
「怖ッ!」
ダメだ、もうこの忍者の性能にはついていけないよ………。
と言うか、あんな姿を見られたら、恥ずかしすぎてもう顔を見れない……。
「モモンガ。あの詠唱も最高に格好良かっ……」
「もうやめてぇぇぇぇぇ!」
違うから!あの詠唱は赤い人がやるものだから!
モモンガのそんな叫びは誰に伝わる事もなく、墓地での戦い(?)は終わったのであった。
遂に戦う事なく、クレマンさんを蹂躙してしまったモモンガ様。
無限の剣製までしてしまったからには…………もう何も怖くない(フラグ)
次回で第二章も終了です。
これまで出してなかった情報も纏めて載せる予定。